小説 TOP | ナノ


※梵天軸


〈ネームレス〉



とある一件のバーで私はカクテルをたしなむ。
本当は彼氏が来る予定だったのだけれど、ドタキャンされてしまったからには仕方が無い。折角来たし今から帰るのもなぁと迷った挙句、週末に家に一人で居るよりはと思いこうして一人で寂しく酒を飲んでいる。

カクテルグラス片手にスマホを確認してみても、彼氏からのメッセージは無し。つまり既読スルーという奴だ。…多分もうすぐ振られるのだろう、私は。別に彼氏と別れる事はそんなにダメージは無い。合コンで知り合って成り行きでそういう関係にいつしかなってしまっただけだから。それでも全く一人よりはなぁという思いでここまで関係が続いてしまった。

グラスの中の氷が溶け、カランと心地好い音を聞きながら私は酒を口へと運ぶ。ファジーネーブルと名付けられたそのカクテルはもうジュースでしょと言わんばかりの甘さで私の喉を通過していく。

静かなBGMに薄暗い店内は、週末もあってか見た限りでは男女が多い気がする。少々やさぐれながらもお通しに出されたナッツを口に運んでいると、私の一つ離れた席に男が座った。

派手な髪の人だなぁ。

ピンクの髪にスーツを着た男性は、カウンター席に腰を掛けると長い足を組みメニューに目を通す。
私が見ていた事に気付いたのか男はメニューから私の方へと目線だけをチラッと此方に移した。目が合った私は驚いて、あからさまに目を逸らし持っていたカクテルをグイッと飲み干した。

「オネェサンさ〜」
「んっ!?んぐっゴホッ」

まさか話し掛けてくるだなんてこれっぽっちも思って見なかった私は、飲んでいたカクテルにむせてしまった。急いでバッグからハンカチを取り出し口へと当てると、男は自分の席を立ち私の横にメニューを持って座って来た。

「なぁんか良い酒ねぇ?オススメとかさ〜」
「ケホッ、え、ゴホッ」

酒が気管支に入り咳き込んでいる私に、彼はそんな事はどうでも良いという素振りで平然と私に話し掛ける。
何?この男。普通酒なんかより大丈夫?とかって声掛けるもんじゃないの。
何とか咳が落ち着けば、男はテーブルに肘を付き手の平に顎を乗せニヤァと笑っているでは無いか。

「笑わないで下さい」
「あん?アンタがこっち先に見てたからだろ」

ぎくり。やはり見ていたのがバレていた。
私は羞恥を掻き消す様に、バーテンダーを呼び追加の酒を注文しようと手を挙げる。すると男はその挙げた手を掴み私の手を自分の持っていたメニューへと移した。

「ちょっ何ですか」
「だぁから、おすすめ教えろって」
「好きなの飲めば良いじゃないですか」

私の可愛げの無い返答に男は小さな舌打ちをする。

「ッチ。ここ蘭と来たことあんだけどアイツが適当に頼んだの飲んでたから名前がわかんねぇんだよ」
「らん?」
「同業者〜。んなのいーから早く教えろ」

マジでこの人なんなんだ。こんな人初めてだ。初めに彼を見た私がいけなかったのかもしれないが、何という俺様気質!と思いつつも、私が言った所でこの男は引き下がらない予感がした。先程の彼の言動っぷりからそんな気がしたのだ。こうとなれば早々にこの男の酒を頼んでこの場を納めようと取り敢えず彼に好みを聞いてみた。

「何か好きなベースとかあります?」
「特にねぇ。んでも甘すぎねぇ奴」

甘すぎないの、か。いうて自分自身もあまりこういう場所に来たことは数回程度しかない訳で、私はメニュー表を見て自分が飲んだことのあるカクテルの中で甘すぎないものを探す。

「じゃあこれにしましょう」

彼の返事を聞く前に私は早々にバーテンを呼んで、自分のものと彼のものを注文する。勝手に決め注文してしまった私に、彼は意外に文句一つ言わず隣でカクテルが来るのを待っていた。

「あのぅ」
「なに?」
「もしかして隣で飲む気でいます?」
「誰か来んの?」
「いや、別に一人ですけど…」
「じゃあいーじゃん」

いいのか?これってナンパ?……まぁ、深く考えるのはよそう。
気を取り直し目の前でカクテルを作るバーテンダーを私達は黙って見ていた。お酒は凄い好きという訳では無いが、氷とベースとジュースが混ざり合う音は心地好くてカクテルを作る工程を見るのは面白くて好きだった。

「こちらテキーラサンセットになります」

彼の前にレモンが飾られピンクの色合いのカクテルが置かれると、彼はグラスを手に取りまじまじとグラスを見つめた。

「テキーラサンセット、ねぇ」
「どうですかね。サッパリしてて前に飲んだとき美味しかったから」
「悪かねぇ」

一口飲み彼はそう答えた。
よくよく見ると顔がとてもイケメンだ。こりゃ女泣かせの男なんだろうなと私も何杯目かのファジーネーブルを口に運ぶ。

「君の髪の色にちょっと似てるよね。ピンクだし」
「ハッ。おめぇソレ口説いてんの?」

そんなつもりは毛頭無かった。無かったのに彼が急にそう言うから私はまた初めと同じくむせてしまった。
苦しくて涙が滲む私を見て彼はニヤニヤ楽しそうに笑っている。私は彼を恨むように睨んだが男は何にも動じなかった。ある意味マジで本当にこの人は女泣かせだと思った瞬間だった。

「ケホッ、わ、たし彼氏いますから!」
「あ?」

再度ハンカチを口に当てると男はグラスをカラカラと回していた手を止め、急に先程とは打って変わった低めのトーンで口を開いた。

「お前彼氏いんの?」
「い、いますよ!まぁ、もう別れると思うけど…」

低いトーンに少々ビビった私は内情をその男に話してしまった。行きずりの男にこんな自分の事を話すことになるとは。いや、行きずりだからいいのか?
私の思考回路は酒が回ってきて正常な判断が出来にくいらしい。

「いつ別れんの?ソイツと」
「いつって、いつかなぁ?」
「フーーーン」

彼は黙ってしまった。え?何か私悪い事言った?何て思ったけれどこの変な空気と無言に耐えられず、私は彼の話題へシフトチェンジしようと試みる。

「君は彼女とかいないの?モテそうじゃないですか」
「ん?俺ぇ?いねぇいねぇ。めんどくせぇ」
「はぁ」

これはモテる男が言う言葉ですわ。私には分かります。だってこんなイケメン女がほっとかんだろと私は自己解釈をする。なんか前にドロドロしたドラマで言ってた。モテる男は特定の女を作らないって。本当にいるんだなぁこういう人。

「おい」

呼ばれて彼を見遣れば、手の平を差し出してきた。
何の為に差し出された手なのか理解が出来ず、取り敢えず私は自分の手の平を彼の手の上に重ねてみる。

「違ぇよ阿呆。スマホ貸せ」
「え?違うの?」

何でスマホ?連絡先でも交換するのかなとか軽い気持ちて私はカウンターに置いていたスマホを彼に手渡した。素面の私なら絶対に渡さないのに。それもこれも酒のせい、という事にしておこう。しかしそれは直ぐに後悔する事になる。

「連絡先教えてくれるんですか?」
「男いる女なんかに興味ねぇワ」
「ッは、はん!?あっあたしだって浮気じみた事は勘弁ですよ!浮気は最低ですからね!」

墓穴掘った自分を本気で殴りたいと思った。あっさり興味ねぇと言われれば、私が自分からまるで彼に連絡先を聞いた様に思えてしまって恥ずかしくなりつい声を荒らげてしまった。
男はスマホから顔を上げ、私の赤面した表情を見てニヤリと口角を上げ言った。

「奇遇じゃん。俺も浮気は許さねぇ」
「は、はぁ…?」

この人本当に掴めない。何がしたいのか分からないし突発的だし、この人が上司だったら私絶対仕事辞めてるわ。とか考えている内に男は私のスマホを「ほれ」と返してきた。

「俺の連絡先入れといたから」
「いやいやいやいや、貴方さっき男いる女に興味ないとか言ってませんでしたか?」

慌ててスマホを確認すれば"春千夜"と名前が登録されている。マジで本当に意味わからないんだけど。支離滅裂な彼の行動に私は小さな脳内で頭を抱える。この人もしかして一杯程度のカクテルで酔ってしまっているのだろうか。

「ハ?だからお前もう彼氏いないからいんじゃね?」
「なっえ?どういう事ですか?理解が全く追い付かないんですけど」

ハテナを浮かべ続ける私に、春千夜という名前らしい彼は私が持つスマホをちょんちょんと指でタップし、一件のトーク画面を開いて見せた。

「え」

画面を見れば彼氏と私のトーク画面であり、私が打った記憶のない別れのメッセージが送信されてあるではないか。

「ちょっと!勝手に何しちゃってくれてんですか!?」
「あー?別れるっつってたしいーだろ」
「それは別れると思うって言っただけで今すぐとは言ってないし!」

そりゃ別れる気ではいたよ?でもさ、こんな簡単にしかも今日出会ったばかりの人に別れのメッセージを送信されるなんて誰が思うだろうか。狂ってる。この人キチガイ。
そんな私を他所に春千夜さんは満足気にカクテルを口へと運ぶ。

「ちょっとちょっと既読ついちゃったんですが!?」
「あっそォ」

慌てふためく私に対し、春千夜さんは平然とまた一口カクテルを飲むと私の腕を引っ張った。

「どうし、ぃっ、んんン"ッ」

無理矢理私の腕を引っ張ったかと思うと何かが唇に触れた。これがキスされていると思考が追い付いたのは無理矢理口を開かされ、口内に伝う酒の味だった。
ゴクリと反射的にソレを飲み込み、自分が飲んでいたカクテルよりも強い度数のアルコールは私の喉を焼くように熱くする。
驚愕し目が開いたままの私に、彼は唇を離すと不満げに口を開く。

「キスする時ぐらい目ぇ閉じろや」
「なっなっ何してくれちゃってんのよアンタ!」
「おーおーテメェ、もう一回してやろうか?」

私が口をゴシゴシする仕草に機嫌を損ねたのか、彼は少しばかり不機嫌に眉間に皺を寄せる。この男が全く何がしたいか理解が出来ず読めない。

「私、春千夜さん?の思考がまったく読めないんですけど」
「あ?お前が慰めて〜て言うから優し〜い春千夜様が慰めてやろぉとしてんじゃねェか」
「……私そんな事一言も言って無いですけど」

いくらほろ酔いだったからとは言え、初対面の人にそんな事言える程酔ってはいないしそもそも言う筈も無い。
必死に抵抗する私に、彼はお構い無しに私の耳元へ顔を近づけ息を吹き掛ける程度に囁いた。

「お前が薦めたカクテルさ〜」
「っ!」

彼が耳打ちしたその言葉に私はアルコールとは別の意味で頬が熱くなっていく。
…知らなかった。全く持って知らなかった。
私が彼に薦めたカクテルにそんな意味があったとは。

「…春千夜さん、カクテルの名前わかんないとか初めに私に言いません、でしたっけ?」
「んなの何の酒飲んだかわからんかっただけで言葉の意味知らねぇなんて一言も言ってねぇだろが」
「何その理屈…」

普通逆じゃないか?とそう思うのに、言った所で上手く丸め込まれてしまうような気がして、私はぐぬぬ〜と悔しさを顔に表す。彼はそんな私を見てハンと鼻を鳴らし口を開く。

「おめぇはどの道もう逃げらんねぇよ。キスした既成事実も作っちまったしなぁ?」

彼はペロッと舌なめずりし、その怪しさ丸出しの笑みに私はカクテルとは素人が飲む酒じゃないなと後悔した。



−−−−−−−



テキーラサンセット『慰めて欲しい』
夜のお誘い含む意味合いもあるみたいです。
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -