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「なぁなまえ、いい加減俺ンち泊まりに来れねぇの?」

ファミレスで夜ご飯を食べ、食後のデザートのバニラアイスを口に運ぼうとしたとき、蘭ちゃんは頬杖をつきながら言った。

「そりゃあ…泊まりたい、けど」

口の手前まできていたスプーンをそっとアイスのグラスへと戻すと蘭ちゃんは静かに笑う。蘭ちゃんと付き合って半年。このお誘いは今日が初めてではなく、前にも何回かこうして蘭ちゃんはお泊まりを誘ってくれるのだが、私は泣く泣く断ってきた。もっと蘭ちゃんと一緒にいたいし、くっついて寝てみたいし、朝だって一緒に目覚めたりしてみたい。しかし私のお父さんがそれを許さない。

「ダチん家泊まりに行くって言ってもやっぱり無理なわけ?」
「う〜ん。ウチのお父さんが……。門限も21時だし」
「あー、お前の親父さんなまえのこと大好きだもんなぁ」

一人っ子として生まれた私は、父からの絶大な娘愛に毎日ため息が出る程困っていた。このご時世女の子は危ないからと門限は21時と決められており、外泊も友達が私の家に泊まりに来る分なら問題はないのだが、泊まりに行くとなれば過保護な父が隠れて男の家に外泊するのではないかと勘ぐり、「泊まりならウチに友達を連れて来ればいい」とうるさいのだ。前にそれで一回大喧嘩をした事もあった。母はもう「高校卒業まで諦めなさい」とお手上げ状態。蘭ちゃんを初めて家に連れて来たときは「部屋のドアは開けておけ」と言われ、いつの時代の話だとそれについても言い合いになった事を思い出せば、口から深いため息がこぼれる。

「じゃあ仕方ねぇかぁ」
「ほんとにごめんね。蘭ちゃんともっといっぱい一緒にいたいんだけど…」

ふぅと拗ねたように息を吐く蘭ちゃんを見ていると申し訳なくなる。こんなとき程、毎回早く社会人になって一人暮らしをして、自由な時間を手に入れたいと切実に思う。家族が心配してくれるのは幸せなことだとは思うけれど、もう少し自由をくれても良いじゃないかなんて思ってしまう。

「あ!俺良いこと思いついちゃったわァ。蘭ちゃん天才かも」
「え?なになに?」

蘭ちゃんはほぼ空のコーラをちゅうっとストローで飲み干すと、にんまりと悪戯少年のような顔付きで笑った。

「ん、それはお楽しみぃ」
「えぇっ、気になるよ」

語尾にハートマークがつくほど楽しそうに笑うから気になって仕方がなかったけれど、蘭ちゃんはそれ以上ニコニコとしているだけで教えてはくれなかった。私は諦めて再度アイスを口へと運ぼうとすると、蘭ちゃんは少し前に乗り出して口をパカッと小さく開ける。

「アイス、俺にも一口ちょーだい」
「あ、いいよ。ちょっと溶けちゃってるけど」
「ありがとー」

スプーンを蘭ちゃんの口へと運ぶと、ぱくりと彼の口へ消えていく。一口と言いつつ結局二人でバニラアイスを半分こしてアイスはあっという間になくなってしまった。結局蘭ちゃんが何を思いついたのか分からないまま談笑していればあっという間に時間は過ぎていき、名残惜しいけれど帰らなければならない時刻が迫っていることに気付く。

「そろそろ時間だよなぁ?送ってくわ」

蘭ちゃんは私の門限までには必ず家の前まで送ってくれる。極悪世代と言われ巷で有名な彼だが、蘭ちゃんは私にたいして無理なことを強要したり、怖いと思うような事をすることは一度もない。寧ろ私のことをいつも気遣ってくれる。たまにちょっと強引なところはあるけれど。帰り道、寂しい気持ちを消し去る様に他愛も無い話を幾つもする私に、ウンウンと聞いてくれる彼が私は大好きだ。

「蘭ちゃんいつも送ってくれてありがとう」
「おー、後で連絡して?待ってっから」
「うん。お風呂入ったら連絡するね」

学校の帰り道なんかは家まで果てしなく遠く感じるのに、蘭ちゃんと帰る時は本当にあっという間で、ゆっくり歩いている筈なのに不思議だ。毎回家の前に着いてしまうと離れ難くて、やっぱり寂しくて胸がキュッと締め付けられる。蘭ちゃんはそんな私の気持ちに気付いていて、大きな手で私の頭を撫でながら包み込むようにぎゅうっと抱きしめてくれた。蘭ちゃんの香水の香りが間近に香って深く安心する。

「んな寂しい顔すんなよー。すぐ会えっから、な?」
「でもやっぱり寂しい。もっと一緒にいたいよ」
「ん、ほんとお前かわい。キスしてもいい?」

その言葉に私がキョロキョロとお父さんと周りに人がいないかの確認をしていると、蘭ちゃんはケラケラ笑っていた。誰もいないことが分かると蘭ちゃんは私に唇を重ねる。ほんの数秒のキスでも、幸せな気持ちは膨れ上がっていく。唇が離れれば蘭ちゃんはまた私を抱きしめてくれた。

「んな顔して家ん中入んなよぉ?親父さんにバレんぞ」
「うっ、うん。気をつけるよ…送ってくれてありがとう」

目尻を下げひらひらと手を振る蘭ちゃんに、私も同じく手を振る。毎回会う度に好きが募っていくのだから恋ってすごい。そんなことを思いながら彼の背中が見えなくなるまでその背を見つめいていた。





お風呂に入って髪を乾かし終えた私は自室へ入り、今日の蘭ちゃんとのデートを思い返しては自然と顔がニヤケてしまう。テーブルに置いてある携帯を手に取り、今日のお礼を送ると私はベッドへとダイブした。

電気を消して、携帯の待ち受けにしてある彼と私の写真を見ていれば、また次に会えるときを想像してさっき会ったばかりだというのにもう会いたくて仕方が無くなる。

デートの余韻に浸りながら布団に潜り込んでも、何故か目が冴えてしまって眠気は全く来なかった。蘭ちゃんから返信が来ないなぁなんて思っていたとき、私の部屋を軽く何かが叩くような音が聞こえた。

コンコン

え?と布団の中で一瞬にして体が固まる。息を殺すように静かに耳を澄ませば、再度またその音は耳へと届いた。布団からそおっと顔を出すと、よりリアルに聞こえる音は自室のドアをノックしているような音ではなく、窓の方から聞こえてくるようだった。私の部屋は一階で、まさか不審者?とも思ったけれど、そんな人が丁寧にわざわざ窓をコンコンと叩く事はないだろう。嫌な汗が体からつうーっと流れ、私はベッドの備え付きの明かりを付けると足音を立てないように音のする方へと向かう。誰か分からない恐怖に心臓がうるさいくらいにバクバクと音を鳴らして、締め切っているカーテンを握り締めた。

もし…もし危ない人だったら大声出して、それから…ええと…ええい!そのときはその時!と私は勢いよくカーテンを開けた。カーテンが開かれる音と共に、窓の外の景色が私の目に映り込む。暗闇で見にくいが窓の外に居たのは不審者なんてものはいなくて、そこにいたのは…

「へ?……らん、ちゃん?」

窓を挟んで向かいにニッコリと笑って片手を上げる蘭ちゃんが立っていた。何で蘭ちゃんがいるのか分からず拍子抜けしている私に、蘭ちゃんは大きく口で「あ け て」と口パクをしながら窓のロックをちょんちょんと指さす。急いで窓のロックを解錠すれば、外の心地よい風が室内に入ると共に愛しい彼が「よぉ」と口を開く。

「らんちゃ!何でここに!?」
「シーっ。あんまでけェ声出すな。泊まりに来れねぇならバレねぇように俺が行けばいい話じゃん?って思ってさぁ」

口元に人差し指を当て言う彼に、私も反射的に自分の両手を口元へと当てる。これがお父さんにバレてしまったらただ事では済まされないだろう。それだけはゴメンだ。

「入っていい?」
「あ、うん!どうぞ」

蘭ちゃんの言っていた"いいこと思い付いた"ってこのことだったのか。室内に転がっている雑誌を早々に片付けて、部屋の掃除を普段からしておくべきだったと後悔をする。取り敢えず絨毯の上に座る蘭ちゃんに私はサイドテーブルの明かりでは無く、部屋の電気をつけようとすると蘭ちゃんはそれを引き留めた。

「いーよ、このままで」
「でもこれじゃ暗くない?」
「ん、でもこの方が夜這いに来たって感じすんじゃん?」
「よっ夜這い!?」

つい大きな声を漏らしてしまった私に蘭ちゃんは「親父さんにばれんぞ」とまた笑う。いつもの綺麗な三つ編みをストレートにしているせいか、それともこのオレンジ色の小さな明かりのせいなのか普段の彼とは違う雰囲気で、私はますます心臓がドキドキと音を鳴らしていた。それに対して蘭ちゃんはこの状況をとても楽しんでいるかのように見える。

「ふはっ、その反応ウケる」
「だって蘭ちゃんとこんな時間にいれるなんて思っていなくて。わざわざ来てくれたの?」
「そりゃあお前、好きな女と一緒に寝たいじゃん?蘭ちゃんは意外と寂しがり屋なんだよ」

ポポポと彼の言葉に顔がどんどん熱くなっていく。私の反応を見て蘭ちゃんは満足そうに微笑むと、私の手を引いてベッドへと連れ込んだ。狭いシングルベッドに蘭ちゃんと二人で入るとぎゅうぎゅうで、オマケに足が長い彼はベッドからはみ出てしまうのか窮屈そうに足を曲げ私の足に絡めてくるのだ。

「あ、えっとゴメンね蘭ちゃん、狭いよね?」
「んー。狭ェけどなまえとくっつけるから我慢してやるー」
「あっ」

ゴロンと横になっていた彼は体制を変え私を組み敷く。蘭ちゃんの長い髪の毛が頬へ当たり、私を見下ろす蘭ちゃんはいつもより格好良く見えてしまう。ギシッと音を立てるベッドに心臓はどくんと跳ね、蘭ちゃんは私の耳元まで顔を近付けると囁いた。

「なまえの声聞きてェけど、あんまし激しくできねぇなぁ?」

今から数分先の未来を見据える彼の言葉に全身が火照っていく。蘭ちゃんの長い指が私の服へと侵入し、お腹から胸へと徐々に指を這わしていく。声が漏れないように必死に声を抑える私を見て彼は艶の含んだ瞳で見つめる。キスを交わし、くちゅりと小さく音が漏れるのですら、お父さん達に聞こえてしまうのではないかと心臓はどくんどくんと鳴り続けている。どうか、どうか家族にバレませんようにと思いながら私は蘭ちゃんから与えられる甘い快感に、彼の首元に必死に顔をうずめた。

「ん、かぁわい。これはこれで燃えんね」
「…蘭ちゃん、声抑えるの難しいかも」
「ばーか。煽ること言うなよなぁ」

煽っているつもりは毛頭ないのに、蘭ちゃんにとってはそれは煽りの分類に入るらしい。夜のせいなのか、このオレンジ色の明かりのせいなのか分からないけれど、いつもと違う雰囲気に一気に飲み込まれていく。何だか悪いことをしている気がして興奮してしまっている私は変態になってしまっているのかもしれない。コショコショと吐息まじりに話す蘭ちゃんが何時もより色っぽく見えてしまうから恥ずかしくて、供え付きの明かりを消そうと手を伸ばせば蘭ちゃんは私の手を掴み阻止をする。

「らんちゃ、恥ずかしいから電気消したいよ」
「たまにはいーじゃんこういうのも。声抑えてるお前見んの堪んねぇからこのまんまな」
「でもっ」
「シーっ」

心底楽しそうに笑う蘭ちゃんはこうなってしまったらもう私の言うことは聞いてはくれない。私の言葉を彼は遮り、私の服を器用に脱がしていく。静かな空間に、夜のせいか少しの音でも響いて感じて、私は全身に緊張が走る。

「ふはっ、なまえ処女みてえ」
「ううっ…」
「何その反応。あー好き、ほんっと可愛い」

彼はもう待てないとばかりに私の体にキスを落としていく。大好きな彼が会いに来てくれたことが堪らなく嬉しいし幸せに感じてそれだけでお腹がいっぱいなのに、彼が甘い言葉と快楽を与えてくれるから、今日食べたアイスのように溶けてしまいそうだ。私と蘭ちゃんの長い長い夜は始まったばかりである。


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