「癪ですけど、アナタに会いたいって人がいるんですよね」
昼下がりのカフェ。成人してからも付き合いのある友人、アレクシス・ネスは久しぶりに会ったというにも関わらず開口一番にため息を吐きながら用件を口にした。
「え、誰なの?」
「…ふん。こんなのの本当、何処がいいのか僕には分かりかねます。泣き虫のくせに」
「ちょっ、ひどくない?ってか泣き虫は子供の頃の話でしょ。ってか誰なんだって」
時々、この男となぜ付き合いが未だ切れないのか不思議に思うことがある。理由は単純明快。親同士が仲が良く、何かと幼い頃から一緒に過ごすことが自然と多くてそれが成人になっても続いているからだ。
「バカなことをしたら僕がタダじゃ済ましませんからね」
「こわ…何それ、会いたくないんだけど」
「そんな拒否権アナタにありません」
「意味分からん」
会わせたくないのに紹介するとはどういうことなのだ。それに会って早々幼なじみをディスるってのもひどい話である。
埒が明かない攻防戦にわたしはアイスカフェオレのストローを口に咥える。目先の男は「あ
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「…え?この人って」
「え?じゃありませんよ。見れば分かるでしょう」
「いや分かるけどでもこの人って、」
スマホに映し出された写真の画像。見れば分かると言ったって、接点なさすぎだし一般人のわたしからしてみたら雲の上の存在といいますか。
「ミヒャエル・カイザー?」
「呼び捨てするなナマエの分際で」
「ドイツのお騒がせ選手じゃん」
「ドイツの"サッカー"選手、です。言葉に気を付けて下さい、イエローカードですよ」
怒気を含んだ笑顔に「ひっ」と体は大袈裟にビクッと跳ねた。縮こまったわたしを見て愉快気に口端を上げたネスに、本当性格が曲がっていると心の中で悪態をつく。小さな頃はそれなりにもうちょっと優しくて可愛げがあった気がするんだけど、あの頃のネスはどこにいってしまったんだ。
「なっなんでこの方がわたしに会いたいの?」
「あなたが僕に何度かLINEを寄こして来たでしょう?その時に誰とやり取りしてるんだって彼が覗いて来たんです」
「えぇ…」
それは多分ネスがそろそろオフシーズンに入ると聞いたものだから、たまにはご飯でもどうかとか連絡をしたときのものだ…多分。
「んーでも信じられないんだけど」
「信じられないも何もカイザーが会いたいって言うから仕方なく今日僕はアナタに会いに来たんです」
「意味分からん」
2度目の同じ発言に、今度は速攻で「バカなんですか?知ってましたけど」と口にされてしまった。いやだってそれだけであの有名なお騒がせ選手がわたしに会いたいという意味が分からないし。というか覗いてきたからといってLINEを見せるなよ。個人情報じゃないか。変な文章とか送ってなかったっけ?
その前に仕方なくってなんだ。
中々普段会えない幼なじみの事をたまには元気にしてるだろうかとか思わないのか。人の心ってものがネスにはないんだろうな、分かっていたけどさ。
「……ちょっとこんな有名人と普通に接せられる自信がないんだけど」
「普通に接して良い訳ないでしょう。腹立ちますね。あのカイザーですよ?アナタが普通に話しかけて良い人材ではない」
「ネス、むかつく」
口で勝てる気がしないわたしはその代わりムカつくの一言に全てを込めた。じゃあ会わせるの了承するなよ!と心の中で声を大にして叫びながら。
しかしネス。そんなわたしの言葉は痛くも痒くもないようだ。
「アナタがなんと言おうとカイザーが会いたいと言っている以上拒否権ないですからね」
「……お腹痛くなってきた」
「もっと語彙力を学んで下さい。アナタ今いくつですか」
なんでこの人こんなに毒舌なの。なんでわたしはこんなにディスられてるの。もう自分から絶対にLINEなんか送らないと誓った瞬間であった。カフェテーブルに両肘を置き顔を埋める。
「はぁぁ。やっぱ無理だよ。ここわたしが奢るからそのカイザーさんに断ってよ」
「カイザーの頼みを僕が断る訳ないでしょう。それにアナタに奢られるほど僕はお金に困ってません。というかもう彼はいます」
「…は??」
伏せていた顔を上げる。くりくりおめ目をしたネスの隣には、変装しているのかしていないのか分からぬ格好で、これでもかという程オーラを纏った彼がそこに立っていた。ゆっくりとかけていたサングラスを外し、青みの強いその瞳とわたしの視線が重なる。
「ご機嫌いかがかな?愛しのナマエ。俺はミヒャエル・カイザーだ。末永くヨロシク」
「…はい?」
驚愕のあまりわたしの声は随分と裏返る。
ぱちぱちと瞬きを繰り返し声が出ないわたしに、彼は目を三日月のように細めた。
「ネス、ご苦労。お前はもう下がっていい」
「分かりました。では先に戻ってますね。…ナマエ、いいですね、くれぐれも失礼なことはないように」
「えっいやいや!?ちょっと待って!」
顔は眩しいくらいの笑顔なのに、圧がすごい。
言われるがままネスは席を立ち上がるとカイザーさんを座らせ、わたしの言葉は無視して背を向ける。
「……」
「……」
彼を間近に見るのなんて勿論初めてで、何を話したら良いのか分からない。というかこのカフェは店内でも何でもなく外のテラス席だ。凡人のわたしと、有名人。雰囲気が違い過ぎてそれだけでも目立つのに、特徴的なグラデの髪を帽子なんかで隠しもせず、サングラスまで外してしまったとなれば、周りの目がこちらに刺さるのは必然的で。
「お前は、」
「ひぇ!!は、はい!!」
肩に力が入りすぎてオバケを見てしまったときのような声が出てしまった。彼は少しわたしの声のトーンに驚きを見せたが、すぐさま余裕めいた顔つきに戻ると、口開く。
「そんなにビビらずとも別に取って喰おうってワケじゃない。安心しろ」
「は、はぁ」
会ってまだ数分のミヒャエル・カイザー。やっぱりお騒がせ選手と言われるだけあって言うことが違う。取って喰うとはなに?どういうことなの。初めて言われた。
口をぽけっ、と開けたわたしに彼はクスクスと笑みを浮かべる。
「反応がウブで可愛いな。俺はまどろっこしいのは性にあわないから率直に言わせて貰うが」
そっと席を立つ彼に反射的に顔を上げた。ふわりと風に乗っていた彼のものであろう香水の香りが間近で香る。カイザーさんは体を少し前のめりにし、わたしの顎をクイッと自身の指で持ち上げると、形の良い唇を開いた。
「俺の女にならないか」
「ムリです」
即答してしまった返事に見たこともないくらいに彼の瞳が大きく見開く。まるで断られるのなんて想像していなかったように。
いやだってちゃんと話すのですら初めてなのに、こんな事を急に言われて頷ける訳がない。それにあの有名なミヒャエル・カイザーだ。わたしの選択肢は間違っていないはず、おかしいもん。
わたしの顎に添えられていた指が離れる。カイザーさんは静かに腰を席に降ろすと腕を組み数秒何かを考え込んでいた。そうしてよくテレビなんかで見る嘲笑ったように片口端をフッと上げたのだ。
「あぁ、お前のことを考えもなしに悪かった。俺としたことが求めていたモノが近くにいたからつい焦ってしまったようだ。先ずは…そうだな。お前が欲しいと思った経緯を話そう」
「え?」
「お前、半年前の強化試合にVIP席に座って俺たちを見に来ていただろう」
カイザーさんが言ったそれには覚えがある。
ネスの母に一緒にどうかと誘われ見に行ったときのものだ。実の所大人になってちゃんとした試合をネット中継以外で見るのは始めてで、サッカーはゴールにボールをキメるという簡単な知識しか分からないわたしもアレには心を震わされた。帰ってからも暫く興奮が治まらなかったくらいに。
「確かに行きました、けど」
「そのとき、俺と目が合ったのを覚えているか?」
「はい??」
「一瞬だったがな」
待ってくれ。全然記憶にない。というか、VIP席といえどそれなりに距離があるし、あんな激しいスポーツの試合途中で客と目が合ったとは信じ難い。
「えと、人違いでは?」
「間違えてない。ちゃんと俺の瞳にはお前が映ったからな」
カイザーさんはテーブルに頬杖をつく。
嘘はついてなく自信ありありとした口調で、自身の人差し指をこめかみにトントン、と軽く当てた。
「で、何故かその日からお前が頭から抜けない。VIP席に座っていたんだから関係者かとは思ったが、まさかそれがネスの幼少期からの知り合いとはな。神は俺に味方をしたようだ」
店員が持ってきたお冷のグラスを、まるでワインを飲むかのように上品に口付けるカイザーさん。
「俺に見つかった時点でお前はもう俺から逃げられない。俺と付き合え」
予め決められたテンプレートのようなセリフがキザである。異論は認めないと言わんばかりの余裕と大胆不敵なその笑み。
彼はドイツで知らぬ者はいないであろうサッカー選手、ミヒャエル・カイザー。常に自分に自信を持ち余裕溢れるプレースタイルで場を魅了する彼はサッカー界では勿論、その他にも雑誌のモデルやCMに抜擢される等タレント業なんかにも最近は引っ張りだこだ。容姿端麗な顔つきは世の女子を魅了し、サッカーとしても有名だがその分スキャンダルも多い。
"カイザー選手、美女と真夜中の密会!"、"元カノ今カノ三角関係!カイザー選手、選り取りみどりの板挟み!"みたいな記事は美容院に行った際の雑誌ではよく見かけたし、テレビやネットニュースなんかでもよく話題に上がる程のお騒がせっぷり。
その相手がどれもこれも女優やモデルなのだから、わたしに告白してくるのがまずおかしな話で。
…絶対遊ばれてるんだ。アレかな、美人も3日で飽きるとかいう。たまには一般人と遊んでやろう、みたいな感じ?それでいらなくなったら捨ててやろう的な、ソレかな?
そんなのに本気になってしまったら泣くのはわたしじゃないか。今後の人生、こんな美青年にウソだとしても付き合って欲しいと言われることはないだろう。それでも答えなんて決まっている。
「どうだ、損はさせない。お前が望むものならなんでも与えてやれる。ただオフシーズン以外では寂しい思いをさせるかもしれないが」
「ごめんなさい」
「へ??」
「あ、お気持ちはその、ありがたいんですけど。わたしとカイザーさんではホラ、見た目からして天と地の差がありますし、遊びならもっと分かり合える方のほうが」
「あそ、アソビ??」
カイザーさんの綺麗な瞳が点となる。
ガヤガヤしだした客たちに「あれってもしかしてカイザー?」というような声が耳に入ってきた。ヤバい、パパラッチがいなくとも、SNSが主流のこの時代。写真でも撮られ拡散されたらアウトである。席を早々立ち、カフェテーブルにお金を置く。
「おい待て。どこへ行く」
「帰ります。あと、カイザーさんも早く帰った方がいいですよ。周りの人たちにバレたら大変です」
ペコりと頭を下げて足早にカフェを出る。もう一度わたしを引き止めるような声が聞こえた気がしたが、それはもう聞こえぬフリをした。
家に着いてもまだ治まりきっていない心臓の音を落ち着かせるように大きく深呼吸。そして力無く玄関へと座り込んだ。
い、生きた心地がしなかった…!!
数分その場で動けず落ち着きを取り戻すことに専念する。なんだか今日は長い夢を見ていたようで、疲労感溢れる1日だった。
その日の夜、お風呂に入っている間に来ていた鬼電の数13件。それ全てネスであり、30分以上こっぴどく叱られた。
『アナタ!!自分のしたこと分かってるんですか!?僕の言ったこと覚えてないんですかバカヤロウ!アナタのせいであのカイザーが肩を落としているじゃないですか!』
あんなに自信満々だったカイザーさんが肩を落とす?ちょっと信じられない。ウソはやめて頂きたい。
カイザーさんの肩を落とす姿を想像しようにも出来なくて、どうにか思い描こうと必死になっていたら、話を聞けとまたネスに怒られてしまった。
▽
「グーテンモルゲン」
「ヒィィ!!」
ただ今の時刻、朝の8時。休日であったわたしは布団の中にくるまってまだ夢の中であった。そこに鳴るインターフォン。ピンポンピンポンと何回かチャイムが鳴るに連れて意識が覚め出したわたしはこんな朝早くに誰だと不機嫌極まりない顔のまま、よくモニターで顔も確認せずにドアを開けてしまった。
「なっ、なんでカイザーさんがここに!?」
「ネスに教えて貰ったからに決まっているだろう。今起きたのか?お寝坊さんだなナマエは。…それにしてもなんだこのアパートは。セキュリティがまるでなってないじゃないか、誰でも入り放題だぞ」
ネスゥゥウウウ!!一気に目が覚めたわたしは顔が青ざめる。それはまるでムンクの叫びのように。
だって今のわたしはスッピンに眼鏡。ダラケたルームウェアを着て人に見せられる状態ではない。…最悪なんですけど!?
目の前の男はわたしに反してオシャレな服に身を包み、それはもう爽やかな笑顔でわたしに微笑みかけた。
「それでこの間のアレ、かなり効いたぞ。俺にそんなことを言う女はお前が初めてだったからな。それでその…まぁ、なんだ、」
わたしの頭の中はネスのことと今のこの状況で一杯である。カイザーさんの言っていることが申し訳ないが耳に全く入ってこなかった。
「まずはお互いを知るところから始めよう。手始めに俺とモーニングでも一緒にどう、」
「こっわ!!!」
パニクったわたしは勢いでドンっと大きな音を立てながら玄関のドアを閉めてしまった。バクバクと鳴る心臓。未だ回りきっていない思考回路。息を殺しモニターを着けるとこの間と同様、カイザーさんは目を点にしてその場に立っていた。
怖くてドアを開ける勇気が出ない。
だって普通まだ出会って2回目にしてアポ無しで家まで来るか?ってかこの間断ったのにそれでも来れる勇気って凄くない??
暫く経ってもう一度恐る恐るモニターを覗く。するともう彼はそこにはいなかった。安堵からのため息が自然とこぼれる。
ドイツのお騒がせ選手、ミヒャエル・カイザーまじで恐るべし。だが勝手に家を教えたネスもネスだ。怒りの矛先はネスへと向かう。連絡先をタップしてネスへと電話を掛けると、コールが鳴る前に電話は繋がった。
「ちょ、ネス!!わたしの家、」
『何してくれてるんですか!!この間あれだけ言ったのにまだアナタは自分の立場が分かっていないようですね!カイザーの気持ちを踏みにじるな!何故アナタは男を立てるということが出来ないんですか。それでもドイツの女ですか!?』
「えぇ…」
なんでわたしがまた怒られてるの?わたしに対するあたりが強くない?わたしが間違っているの?ってかなんでわたしがカイザーさん中心で動かなくてはいけない前提なの?
…ネスがこんな早口で怒るっての長い付き合いなのに今初めて知った。…怖すぎバスタードミュンヘンメン(2名)。
その日も30分近くお叱りを受けてまだ昼間だというのにわたしの体力はHP0。ネスの連絡先を着拒しようかブロックしようか真剣に迷ってしまった。
▽
それからというもの、何かしらのタイミングでカイザーさんはわたしに会いに来る。そして貰えない額のブランド物や綺麗な花束を贈ってくださる。彼は世の女を魅了するだけあると思うけど、やはり何処かズレている。
ネスから聞いたであろうわたしの連絡先にメッセージが日に何通か届く。返信を返すのが遅れると鳴り出す着信。そして必ずわたしに「好きだ」やら「俺と付き合う気になったか」等少しクサいセリフも踏まえて恥ずかしげもなく口にする。
直接会ってもメッセージでも、その都度「ごめんなさい」とわたしは何度もちゃんと断っているのに、彼はめげずに告白をしてくる。そして毎度同じ断り方をする度に、子犬のしょげたような顔をわたしにして見せるのだ。
そうしてその後に必ずわたしがネスに叱られるというのが今やループ化してしまっている。
「サッカー選手って暇なんですか?」
「お、やっと俺に興味を持ったか?ナマエ」
「いえ、全然」
「フッ、まぁ聞け。残念ながら俺は暇ではない。まず朝起きてシャワーを浴びるだろ?その後はトレーニングして、ああ、トレーニング内容というのは」
嬉しそうに自分のことを話すカイザーさん。
だから自然と知ってく彼のこと。
最近の彼は前にも増して距離が近い。距離が近いというか、すぐに引かなくなったのだ困ることに。
「わたしはカイザーさんと付き合える気がしないので、ごめんなさい」
「それは聞けない内容だな。俺はお前を自分の女にすると決めている」
「…?」
「ちょっとくっつき過ぎです。離れて下さい」
「なんだ、恥ずかしいのか?そういう所も可愛いなベイビー」
「どうしたらそう思うんです??」
告白を断り、接近された際に離れてと口にしたときも、カイザーさんはほんの数秒傷ついたような悲しい顔をしてみせるがすぐ素に戻り、いつもの彼の姿に戻るのだ。
そうしている間にパパラッチに写真をとられたカイザーさん。わたしは何も言っていないのに雑誌を持って慌てるカイザーさんの姿は見たことはなく、少しだけ面白かった。
「まぁ落ち着け。これは違う。お前が悲しむような疾しいことは決してない」
「カイザーさんが落ち着いて下さいよ」
「俺は常に冷静だ。いいか、このオンナはただの社長令嬢で、バスタードミュンヘンのスポンサーのパーティに出席した際ただ挨拶を交わしていただけだ。信じてくれ」
「めちゃくちゃ早口」
どうにか誤解を解こうとするカイザーさんにふふっと笑いがこぼれた。別にわたしはカイザーさんの彼女でもなんでもないのだから気にしなくて良いのに。
ドイツのお騒がせサッカー選手、ミヒャエル・カイザー。才能に恵まれ、容姿にも恵まれ、彼に憧れる男も少なくないだろう。ただ人より少し、女性関係にだらしがないだけだ。
『いい加減にしろよ!アナタはどれだけカイザーを弄べば済むんですか!!こんなにカイザーは尽くしているのに何故ナマエはそんな冷たいんですか!?人の心はないんですか!?』
本日もお叱りの電話を受ける。口調が崩れたネスは相当お怒りのようだ。人の心がないってのはネスにも言えることだと思うけど…。
「いや、冷たくしてる訳じゃなくてカイザーさんの圧が凄いというか、」
『はぁ?今なんて言いました?』
「ナンデモナイデス。ゴメンナサイ」
電話口の声が恐ろし過ぎて通話中にも関わらず、つい切ってしまった。暫く鳴っていた電話も、時間が経てば静かになる。
ベッドに寝転び何もない天井を見上げる。
なんでカイザーさんはそんなにわたしに執着しているのだろう。絶対にすぐ別の女の子のところへ行くと思っていたのに。まさか本当にわたしを好きだとでもいうのだろうか。いやでも相手はあのスキャンダルでも有名なミヒャエル・カイザーだ。わたしなんかに本気になるはずがない。だって彼の周りにはわたし以上に可愛くて綺麗でスタイルの良い女の子なんてたくさん溢れている。
毎度断る際にカイザーさんが見せるしょんぼりとした顔が浮かび上がった。
「…むずかし」
考えるのを放棄し、枕に顔をぎゅう、と埋めた。
▽
"話がある"と珍しくその一文だけを送って来た彼に、わたしの心臓は小さく音を鳴らした。いつもであれば、そこに1つのキザな彼らしい文章も添えられてくるのだが、今日はたったその一行だけ。
指定された場所は夜景の見えるレストラン。何度かこういう場所へは連れて来て貰ったが(強制)、ここはカイザーさんと初めて食事をした際に訪れた場所だ。
「…こんばんは」
わたしが着くと、彼はもうその場にいた。わたしを見るなり品良く微笑み、わたしを席に座らせる。こういうときのカイザーさんはいつもと違ってスマートな大人の対応をしてくるので、ちょっと反応にこまる。
「悪かったな迎えに行けなくて」
「いえ、それは全然」
目を細めてワインを口にするカイザーさん。やっぱりわたしの思った通り、今日の彼はいつもと少しだけ違うみたい。だっていつもより口数が少ないし、わたしに会えばすぐ様愛でるような言葉も、今日は一度も口にしていない。別にそれが当たり前だとは思ってはいないし、元は付き合うのをわたしがずっと拒んでいたわけで。
「……」
ほんの少し、気まずい空気が流れている気がするのはわたしだけだろうか。
食事は終盤、デザートに差し掛かるとき。
彼は静かに口を開いた。
「俺は、昔から欲しいと思ったものはなんでも手に入れて来た。サッカー界のストライカーとしてトップになる為なら誰であろうと潰して来たし、それは今後も変わらない」
「……」
「俺に手に入らないモノはないと自信もあった。今思えばクソみたいな話だが、それはオンナも同じだ。簡単な女は俺が話すだけで喜んだし、ガードが硬い女には笑って花をやるだけで心を開く」
彼の見つめる瞳から視線を逸らすことが出来ずに息を飲む。
「だが、お前だけは手に入らない。お前は俺が物をプレゼントしようが花を贈ろうが、言葉を囁こうが1ミリ足りとも靡かない。それは、何故だ?他に何をすればお前は俺に心を開く?どうすればお前は俺の女になってくれる?」
細い眉をほんの少し下げ、本当にどうすれば良いのか分からないとカイザーさんはわたしに答えを求めた。
「…って、」
「ん?」
「……だって、他の子にも同じこと、してるんでしょう?」
「は?」
カイザーさんの目が大きく見開く。
彼の前で自分のこんな気持ちを表に出すのは初めてだ。明るすぎない店内で良かった。熱がこもったこの顔を、あまり見られたくなくて伏し目がちになると、彼は笑いだしたのだ。
「わっ笑わないで下さいよ!やっぱりカイザーさんは、」
「ふっふは、いや悪い。クソ可愛いと思って」
言おうと思っていた言葉は彼の言葉により喉奥で止まる。いつも言われていたはずなのに、雰囲気が違うせいかまるでその言葉がいつもと違う意味にさえ聞こえて、カイザーさんがカイザーさんじゃないみたいだ。
「…っか、カイザーさんの周りにいる人って女優さんとかモデルさんばかりだし、こんな普通のわたしなんかが、カイザーさんと釣り合う訳ないなって。それで、本気にしてフられたらそれこそ惨めになっちゃうな、とか思って、えっと…」
「フる訳ないだろ。俺から好きになった初めての女だぞ。それに、初めから一生大事にするつもりがなきゃ自分から告白なんて俺はしない」
「へ」
心臓が大きく脈打つ。顔はおろか体全身にまでも熱が帯びて熱いくらい。失礼だけど、今まで軽い感じのノリで好きだと言われていたせいか、この告白に死んじゃうんじゃないかってくらい、心臓がうるさい。
「なんだァその顔。意識してくれてるのか?」
「べっ別にそういう訳じゃ、」
にこりと微笑んだ彼に勝てる気がしない。それが形勢逆転されたようで少し悔しくて。既に勝ち誇った顔をしている彼は、試合やテレビでよく見るいつもの彼の表情だ。
「今日このホテルに部屋を取ってある」
「え!」
「そこで俺が好きだと言え」
「え"!!」
ホラ早く頷けと彼は急かす。にやにやと口端を上げ、それはもう愉しそうに。
そうしてわたしは気付いてしまった。きっとカイザーさんは初めからわたしが必ず自分に落ちることを分かっていたのだ。
だけど今更気付いてしまってももう遅い。
わたしはきっと彼から抜け出せないのだ。
だからわたしはそうっと口開く。
「だったらカイザーさんがわたしに"好き"だと言わせるように仕向けて下さい」
カイザーさんは瞬きを数回繰り返す。想定していなかったのだと思う。だが流石は皇帝。すぐに彼は艶やかに笑みを戻し目を細めた。
「あぁ、いいなソレ。今日中に嫌というほど言わせてやるからクソ覚悟してろ」
−−−−−−−−−−
"お騒がせから1年!スピード婚にてカイザー選手、尻に敷かれる!!"
この見出しの報道が出たのは今朝の出来事である。
そしてこの事実に激昂したのは我が幼なじみのネスだ。
「なんなんですかこの見出しは!!カイザーに恥をかかせないで下さい!!」
「しっ知らないよ!勝手に写真撮られちゃったんだもん!」
「アナタが!アナタがちゃんとしないからこうなるんですよ!」
ミヒャエル・カイザーガチ勢のネスはことある事にわたしに怒りを向ける。これは慣れたくとも慣れない。きっとネスが女であれば同担拒否って奴だと思う。今もそんなに変わらないけど。
あの日から1年。わたしとミヒャエルはお付き合いもそこそこに、彼から薔薇の花束を貰いプロポーズされそして結婚。付き合って期間が経っていないプラスあのお騒がせな彼が結婚というだけでかなり世間は賑わった。
「こんな…こんなアナタに怒られしょげているカイザーを世に知らしめてしまうなんて、本当に頭の中どうなってるんですか!」
「いやだってチームの人たちに凄いマウント取ってたから、皆がちょっと可哀想だと思って…」
「いいんです!カイザーはそれでいいんです!」
たまには俺を見に来い、なんてミヒャエルがいうものだから訪れたときのこと。そんなに強く言ったつもりはなかったが、しょげる彼が珍しかったのが場に訪れていたカメラマンが写真を撮っていたらしい。
「でもわたし、しょげたミヒャエル好きなんだよね」
「はぁ??」
頭をガシガシ
![](http://img.mobilerz.net/img/i/25620.gif)
だって本当なんだもん。
ミヒャエル本人にも言ったことはなかったけれど、付き合う前からわたしが断る度に見せるあの綺麗なお顔がきゅ、と悲しげに顔が変わる瞬間。ぶっちゃけ形容し難い感情に襲われてついついもっと弄って見たくなってしまうあの感じ。
「これって、キュートアグレッションってやつなのかな?」
首を傾げたわたしに、ネスは今年1番の大声を出した。
「狂ってる!!」