ブルロ夢 | ナノ


まだ知らない2人のこれから。



※バカな私はそれでも好きで、の続編になっております。


小さな頃は少女漫画だったり、ドラマや映画であったり、必ずハッピーエンドが約束されているものが大好きで、大人になったらわたしもこういった素敵な恋愛を送りたいと夢見ていた。

中学生になって初めて彼氏が出来て、友達と学生らしく恋の話に花を咲かせて、その内別れという名の苦い経験もして。意外と世の中の恋愛って綺麗事ばかりじゃないんだなと思ったのは、確か社会に足を踏み入れた頃。

働き出して一人暮らしが始まると、仕事に追われて毎日同じような時間と日常が過ぎていく。こんな感じで将来歳をとって代わり映えのない日を生きていくのかなぁなんてまだハタチそこそこでそんなことを思っては、誰もいない家に帰るのを寂しく思ったり。

そんなわたしの毎日を覆したのは紛れもなく彼だった。

彼と出会ってから、わたしの日々は自分でも笑ってしまうほど変わってしまった。今まで付き合って来た人のことだって当時はちゃんと好きだったはずなのに、わたしがしてきた恋愛ってなんだったんだろうと思えるくらいの恋を、わたしは彼と出会ってからしてしまったのだ。


こんなに人を好きになったのは、初めてだった。







早朝目が覚めた。目覚ましをかけなくても体が覚えているのかスマホを見ればいつも起きる時間とさして変わりはない。クラブチームに行く前にトレーニングを欠かさないミヒャエルは早起きだ。だから自然とわたしも一緒に起きて、朝ごはんの支度なんかをするのがもうルーティンになっていたからかもしれない。

泊まっていたのはビジネスホテル。まだ働いていた頃の自分の貯金を使って宿泊しているけれど、そんなの何日も続きはしない。実家にはまだ帰れていなかった。父も悲しむだろうが、それより母の悲しむ顔を見たくはなくて。

久しぶりのまるっきり一人の時間。なんだか胸のなかが空っぽになってしまった気分。こうして一人きりになってしまったからこそ、ミヒャエルと結婚をしてから甘えまくりだったことを強く感じてる。住むところも、言語に関しても、生活に使う必需品なんかのお金も、全部全部ミヒャエルに頼りきりだった。

"仕事もしてない、ただ家にいてミヒャの帰りを待つだけのあなたに、ミヒャが一所に留まっていると思う?ちゃんと支えになれてるの?"

あのマネージャーの言葉が痛いほど刺さり頭から抜けない。ふとした時に思い出してしまって、気を抜けばいつだって涙が出そうだ。でも実際はあのマネージャーが言った通りだからこそ、その言葉を言われたときのわたしは何ひとつ反論が出来なかった。

「……そりゃ浮気されるよね」

室内の小さなテーブルに鏡を置いてメイクをする。鏡に写った自分の顔はそれはもう酷く、肌のコンディションは人生で1番最悪。目だって腫れてるし、隈も出来ている。自分のブスさに思わず苦笑した。

"お前はどんな顔をしてたって可愛いな"

結婚する前のわたしはとにかく今以上に泣き虫だった。ミヒャエルがプロポーズしてくれてからすぐドイツに渡るという訳にもいかなかったわたしは、離れ難くてミヒャエルが帰国する際にはよく泣いていた。そんなときの顔はメイクも崩れて死ぬレベルのブサイクさ。なのに彼はいつだって目を細めて嬉しそうにわたしの涙を拭ってくれるから、余計と切なくなって泣いてしまったのを覚えている。


ミヒャエルは今頃なにしてるんだろ。
ちゃんとご飯は食べてるのかな。オフだから羽目を外して飲みにでも出掛けたりしてるのかな。それともわたしがいなくなって少しは焦ったりしてくれてるのかな。

……今ごろあのマネージャーと、一緒に過ごしていたりして。

ダメだわたし。自分からドイツを出て日本に帰ってきたくせにこんなことばかり考えちゃってる。



大好きだった人だから、一生一緒にいたいと心から思った人だったから、前をちゃんと向ける自信はまだ正直ないし、時間が解決するのはもっともっと先になりそうだ。







「あら久しぶりねナマエちゃん!すっかり綺麗になっちゃってぇ」
「お久しぶりです。へへ、おばさんも変わらずお元気そうで」

潔から電話が来たわたしは数年ぶりに潔の家にお邪魔していた。潔のお母さんはわたしとミヒャエルが結婚をした事を知っているだろうけど、昔と変わらず笑顔で出迎えてくれた。何も聞かないでいてくれるところが今は有難い。

「母さん久しぶりにお前の顔見れて嬉しいんだよ。テンション高くてゴメンな?あ、散らかってるけど適当に座ってくれていいから」
「ううん、覚えててくれて嬉しかったよ。ってかなんにも散らかってないじゃん」

談笑しながら敷かれたラグの上に座る。学生時代にたまにテスト勉強しながら漫画を読んだりしていた日が懐かしい。

あの日潔は電話を切ってすぐにファミレスへと駆け付けてくれ、始終泣きまくるわたしにずっと耳を傾けて話を聞いてくれたのだ。帰りのホテルまでタクシーを呼んで送ってくれて、何から何まで本当に申し訳ない。

「お前実家にはまだ帰ってないんだろ?ちゃんと飯とか食ってんのか?」
「うん、食べてるよ。ってかごめんね、この間潔のことなんにも考えずに呼び出しちゃって」
「ん?どういうこと?」
「いや潔も女といるとこ誰かに撮られでもしたら大変になっちゃうだろうし。自分のことしかあのとき考えてなかったから、ごめん」

潔はぱちぱちと大きな瞳で瞬きをする。そうして学生時代と変わらないくしゃっとした笑顔をわたしに向けた。

「ふは、今更んなこと気にする仲かよ。俺の心配より自分の心配しろって」

空気が悪くならないように声のトーンを上げてくれた潔の気遣いに、わたしも同じく小さく笑う。

潔から、ミヒャエルの話はたまによく聞いていた。バスタードミュンヘンに籍を置く前から新英雄大戦で一緒だった潔は、わたしよりもミヒャエルのことをきっと理解しているだろう。

"カイザーって奴がいんだけどさ、一々突っかかってくる奴でムカつくんだよな。この間んときなんて俺からワザとボール取ってきやがって煽ってくんだよ。ガキかっての"

"はぁ!?アイツがかっこいい?いやサッカーに関しては………認めたくはねぇけど、うん。でもアイツ女関係にはだらしがないみたいでさ、この間のときなんか…"

まだわたしがミヒャエルと出会う前から、こうしてそれとなく聞いていた彼のこと。当時は第三者目線で聞いていたから潔から聞くその話が新鮮で面白くて、楽しくて。

だけどまさかわたしがその本人と結婚することになるなんて、わたし自身も思っていなかったし、潔だって想像すらしていなかったはずだ。

"やめとけよ。お前ならもっと良いヤツがいるって。お前には悪いけど、あまり賛成出来ねぇよ"

わたしが結婚を報告したとき、普通の友人ならば中々こんな場で言えない言葉だと思う。だけど潔は眉を下げて何かを考えて、それから、言いにくそうにこの言葉を口にした。

きっとわたしがこの先泣きを見るかもしれないと思っての発言だったんだろう。潔なりの、優しさだったのだ。

潔とはミヒャエルと結婚をしてからの期間、自然と連絡をとることは無くなったに等しかったから、いきなりこんな連絡が来て驚かせてしまったかもしれない。でも、やっぱりかって思われてしまったかも。



「…潔はさぁ、初めからアイツはやめとけって言ってたもんね」

潔のお母さんがいれてくれたココアのマグカップを手に取る。軽い感じで言ってみたつもりだったけど、潔は眉を下げて気まずそうに口を開いた。

「…そのことなんだけどさ、俺もあん時お前から泣いて電話が掛かって来て焦って言えなかったのが悪いんだけど…一度ちゃんとカイザーと話をした方が良くないか?」
「……へ」

まさか潔の口からそんな言葉が出てくるとは思わず、カップを見つめていた目線を潔へと向ける。すると潔は慌てたように言葉を繋げた。

「あっいや!アイツを庇うとか全然そんなつもりじゃないから!アイツ俺には特に突っかかってくるムカつく奴だし!寧ろ嫌いっつーか…じゃなくて、ただまぁ、俺もお前にやめとけとか散々言ってただろ?お前が泣いてる理由はすぐ女絡みかって想像はついたけど、」

どう上手く伝えれば良いのか分からないのか、潔は考え込むようにうーん、と眉間に小さく皺を寄せた。

「…マネージャー、だもんな?お前がここに帰ってきた原因」
「そ、だね」
「俺が言ってもいいのか分かんねぇけど、お前と結婚してからのカイザーってさ……」

そこまで言っておいて言葉に詰まる潔。今更そんな気を使う必要なんてないのに、潔は本当に昔から人のことを考えている。サッカーしているときの潔とはまるで別人で、本当に同一人物かって疑ってしまうくらいに。

「ははっ、今更そんな気を使う仲じゃないじゃん?潔だってさっきわたしにそう言ってたのに。無理しなくても、わたしは大丈夫だから」
「あっあれと今してる話の内容がちげぇだろ!ってか無理とかそういうのじゃなくて、」
「ふふ。ありがとう、潔。ちょっと元気出たよ」
「えっ!?今ので!?」
「うん、潔はずっと変わらなくて安心してる。好きな子とかいないの?モテモテでしょ」
「モッモテねぇしいねぇよ!!そんな暇ねぇって」

恋愛の話をすればいつも潔はこうやってはぐらかす。サッカーをしている潔とのギャップがあり過ぎて自然と笑みが出てしまう。まるで学生時代に戻ったみたい。
冷めてきたココアに口付けて、ほんの少し無言の空気が流れる。

こうしている間にも、ミヒャエルのことを思い出してしまうわたしの胸はその都度痛む。どれだけミヒャエルのことを好きだったんだとツッコミをいれてしまいたくなるくらいに。

こんなにも不安が大きくて、こんなにも幸せで苦かった恋愛は生まれて初めてだったから、わたしはもうきっとこの先恋愛出来ないだろうと思う。嫌いになりたいのになれないって本当、どうかしてる。

暫く潔と昔の話をしたり潔のブルーロック時代の仲間たちの話題を聞いて時間は過ぎていく。

せっかくのオフの日をわたしに使ってくれた潔に申し訳なさと有り難さで心がいっぱいだ。


「…本当にアイツと話さなくていいのかよ」

そろそろ帰ろうとしたとき、潔はもう一度ミヒャエルの話を切り出した。上手く笑えているのか分からないけど、これ以上潔に話を聞いて貰うのは悪い。だから笑顔を取り繕った。


「うん、大丈夫。…わたしとミヒャエルはもう終わったから」


友人にこれ以上心配を掛けさせないように出た言葉。自分自身にも言い聞かせる為の魔法の言葉。



…だったはずなのに。



「Wange?Wann waren Sie und ich fertig? Sag mir 」
(ほお?いつ俺とお前は終わったんだ?教えろよ)




「…へ」


潔の部屋のドアが開いたと思ったら、そこにはいないはずの彼がいる。眉間に皺を寄せ、喉から放たれたのは怒気を含んだ声音。聞き覚えのある声と、見覚えのある顔。え、え?と状況が飲み込めないわたしを他所に潔はハァ、と深いため息を吐くと、わたしの耳に手を添えイヤホンをつけた。

「おせぇんだよバカイザー」
「お前にそんなこと言われる筋合いはないな。とっとと連絡しろよ世一」
「すぐ連絡してやっただろうが」

バチバチとした空間にわたし一人だけが場の空気を読めていない。目先のミヒャエルと横にいる潔を交互に視線を向ける。

「いっいさぎっ!裏切ったの!?」
「誤解すんな裏切ってねぇよ!…お前の為だろ」
「……え」

そんなやり取りを前にして、ミヒャエルはスタスタとわたしの元まで歩み寄ると腕を引いた。

「下にタクシーを待たせてる。帰るぞ」
「えっちょ!」
「荷物はこれだけか?」
「まっ待ってよ!わたしは帰らないって」

わたしの腕を引きバックを手に取るミヒャエルに、その手を離すように腕を引こうとしたけれどぎゅう、と掴まれていて離せない。ミヒャエルはわたしの言葉を聞く気はないようで、無理矢理わたしを立たせると潔の部屋から出ようとする。

「おい待てよカイザー」
「あ?…なんだ」

イラついたような両者の声が耳へと届く。
潔はミヒャエルの低い声音には何も動じず、自分より背の高い彼に向けて視線を合わせ言葉を放った。

「お前の為にコイツの居場所を教えたんじゃないからな。…次泣かせたら許さねぇぞ」
「……これ以上泣かせたくねぇからココに来たんだよ」
「は、」
「今回のことはお前に感謝してやる。借りは必ず返してやるから大人しく待ってろ世一」

わたしが「いさぎ」と口にして顔を向けたのですら気に食わなかったのか、阻止をするようにミヒャエルはわたしの腕を引っ張った。


だからわたしは知らない。
1人になった部屋で、潔が拳を握り締め小さく呟いていたことを。
潔はずっと、わたしの前では普通の友人を演じていたことも。



「…ッハ、何してんだ俺。……俺はお前(カイザー)をマジで殺してやりてぇくれーだよクソ」



これはわたしがこの先もきっと、知ることはないであろう潔の気持ちだ。







潔の家を出るとミヒャエルはわたしの言葉なんかを聞かずに横付けしてあったタクシーに乗せた。

「お前今どこのホテルに泊まってるんだ」
「や、ちょミヒャエ、」
「いいから答えろ」
「……××ホテル」

運転手は頷き、車を発進させる。
一言も口を開かないミヒャエルの横顔をおそるおそる見上げるも、彼はずっとわたしを見ようとはしなかった。

なんでミヒャエルはわざわざわたしの元まで来たのだろうか。書き置き残して黙って出て来たから?関係を持った女の人たちがいるのに?あのマネージャーとはどうなったの。

会ってしまえば聞きたいことはわんさか溢れるのに、その言葉を口にする空気ではない。 潔の家へと訪れてわたしと目が合ったときのミヒャエルの顔付きは、氷のように冷たい顔をしていた。


タクシーを降り、ホテルに入るとわたしの部屋まで歩を進める。喧嘩をしているときですらこんな険悪な雰囲気になったことは少ない。なんだかわたしが悪いことをしてしまっているような気分だ。

宿泊している部屋まで辿り着き、部屋のドアが静かに閉まった瞬間、わたしはミヒャエルによってドアに背をつけられた。

「いっ、みひゃえ、」
「世一とは随分仲が良いようだなぁ?まさかお前がアイツと旧友だったとは知らなかった」
「は、」
「ドイツから日本に帰って世一と何してたんだ?」

天色の瞳は色を無くしてわたしを見下ろす。その目つきは疑っているようで、この場で嘘は無意味だと言わんばかりの至極冷めた表情だ。

なんでミヒャエルがそんなに怒っているのか分からない。潔のことを友人だと言わなかったから?いやでもミヒャエルと結婚をしてから連絡だって取り合っていなかったのだ。それにそもそもミヒャエルがいろんな子と遊んでたからこうなったんじゃないか。

これを全て上手く伝えられたらいいのに、ちゃんと言葉にするのが難しい。

「…潔とはただの友達だよ」
「トモダチ、ねぇ?アイツが本当にそう思ってると思うのか?」
「え、」
「いや、お前が分からないならそれでいい。それより…お前はあの女に何言われた?」

ドクンと痛みを伴う心臓の音が大きく鳴って、言葉に詰まった。

「な、にって言われても、」
「俺が他の女と遊んでばかりだとでも言われたか?」
「っ知ってるなら、」
「なんでそのときお前は俺にちゃんと聞かないんだよ。俺はお前の旦那だ。あの女の言うことを信用して、俺のことは信用できないのか?」

わたしの瞳は大きく見開く。
表情を歪めたミヒャエルの顔がわたしの目に写ったからだ。その顔はまるで、小さな子供が傷付けられたときのあの泣きそうな顔に近い。

「わっわたしはその…ずっとドイツに行ってからミヒャエルに頼りきりで、一人じゃ出来ることなんか少なくて。…だからあのマネージャーが言ったように、浮気、されても仕方がないかなって、」
「お前は俺の為に色々尽くしてくれてるだろ。それだけで十分だ」
「……」
「俺がお前を、俺がいなきゃ生活出来ないようにしたんだよ。お前は悪くない」

好きな女には目移りなんかして欲しくないからな、とミヒャエルは嘲笑うように言葉を吐いた。

「なっなにそれ…」
「俺はどうでもいい女を傍に置いておく趣味はないし、日本にもわざわざ出向かなければこうして迎えにも来ない。…でもこんだけ長い間一緒にいたのに、お前は俺のこと分かってくれていなかったみたいだな」

"分かってくれていなかった"その言葉にわたしは唇を噛み締めた。ミヒャエルはわたしの髪を指に取り絡める。

「だ、だってミヒャエルから女物の香水の匂いとかしたときも…あったし」
「どうしても女と一緒に仕事せざるおえないときもあるからな。それをあの女は俺たちの仲が崩れるように仕向けたんだろ。…お前を不安にさせたくなくて言わなかった俺にも非はあるが、あんな手紙までお前に書かせて、こんな肝が冷える思いすんなら初めから言っとくべきだった」
「……あのマネージャーは?」
「あ?お前のことを傷つけたクソ女を今後俺とお前の視界に入れるワケないだろ。殺しても足りねぇよ」

一際低い声音に、わたしが思わずビクリと体が震えた。ミヒャエルの色のない瞳は、冗談には聞こえない。


でも待って。じゃあわたしは、


「…あのマネージャーに踊らされたってこと?」
「ああ、そういうこと。ほんとクソ迷惑なオンナだよ。お前はもっと俺を信用しろ」
「うっうそ…」
「俺は嘘が嫌いだ」


なっなんてことをしてしまったのわたしは!!

大きな勘違いをしてしまったわたしはあぐあぐと口を開ける。

ミヒャエルは許してくれるだろうか。
目尻に涙が浮かび出すわたしに、ミヒャエルは不服そうに口を曲げる。

「これだけ大事にしてたつもりだったが、まさか他所のオンナにこうも上手く転がされるとは思ってなかったな。まぁでも今回は不安にさせてた俺も悪い。…悪いが、勝手に俺の話も聞かず家出した挙句、連絡先はブロックして他の男の家に行ったのは関心しないなァ?」
「ごめん、ごめんなさい」

ミヒャエルはわたしの謝罪に指に絡めていた髪を解く。そうしてベッドにわたしを連れて行き座らせると、わたしの左手に置いてきたはずのマリッジリングが嵌められる。

「…これ」
「…もうお前にこんな思いをさせるつもりはないが、お前も誓え。……俺以外、絶対余所見をするな。この先何があっても俺だけを一生見てると約束しろ」


あのミヒャエルでも、不安に思うことがあるのだろうか。
変なの、わたしはいつだってミヒャエルのことしか考えてこなかったのに。わたしがミヒャエルのことが大好きだったのは、彼が一番良く知っているはずなのに。

少し背を曲げわたしの表情を伺うように覗いた彼の顔は、なにかを心配するような、そんな目つきだった。

「うん、約束する」

そう口にした瞬間、ミヒャエルはわたしに噛み付くようなキスをした。







…子供、作るか。

そう聞こえてきたわたしは耳を疑ってメイクをしていた手を止める。

「え、今なんて言ったの?」
「子供が欲しいって言ったんだよ」
「あの、誰と、誰の?」
「お前と俺に決まってるだろ。他のヤツの子供を何故欲しがるんだ」
「いや、それはそう、なんだけど」

狭いと言いつつ未だベッドで珍しく横になっているミヒャエルは、わたしの反応を見て面白そうにクスクスと笑った。

「なっなんで笑うの?だって今までミヒャエルが2人でいたいって言ってたから!」
「最近までそう思ってたが、気が変わった。丁度いいだろ、今どうせオフだし」
「丁度いい!?」
「子供は授かりもんだと言うが、俺はお前との繋がりが欲しくなったんだよ」

…たまにこういうことをサラッと言ってのけるの、本当にやめて欲しい。わたし今メイク中なの。やっとあれから涙が止まって目の腫れも引いたのに、嬉しくて泣きたくなってしまうじゃないか。

「俺、お前の泣き顔見んの結構好き」
「はっえ?」
「好きって言われんの、いつまで経ってもなれないなぁ俺の奥さんは」

ミヒャエルはいつの間にかわたしの横へと来てニヤァ、と悪戯気に笑う。羞恥心に駆られたわたしの顔はきっと真っ赤で、ミヒャエルの体をポスポスと叩いてしまった。





今日わたしはドイツに帰国する。ミヒャエルにからかわれてしまっていた為に少し支度に時間が掛かってしまったわたし達は、予定の便に乗れるように少し急いでいた。

「おい、早くしろ」
「あっ待って待って」

足早でドイツ行きの便に遅れないように歩く速度を早める。これからまた始まるミヒャエルとの生活は楽しみなはずなのに、心残りが1つ。


やっぱりお母さん達に会っておけば良かったかなぁ。


ミヒャエルは会いたいなら行けば良いと言ってくれたけど、首を横に振ったのはわたしだ。ミヒャエルのことをあまり良く思っていない母に、ミヒャエルを連れていくのは気が引けてしまったのは事実。だけど本音は、お母さん達にも会いたかったという気持ちもある。

…またゆっくり遊びに来よう。

そう思ったとき、スマホにメッセージが送られてきた。機内モードをオンにすることを忘れていたわたしは慌ててスマホをバッグから取り出す。そうして画面に目を移すと歩いていた足を止めてしまった。

「ん?どうした?」
「…お母さんからメッセージ届いてるんだけど、ねぇミヒャエル。お母さんにプレゼントと手紙送ってくれてたの?」
「………」
「毎月ありがとうって、今度絶対に顔を見せに来てって伝えて欲しいって来てるんだけど、あの、…ミヒャエル?」
「…………」

ぷいっとそっぽを向くミヒャエルの耳は微かに赤く見える。

そっそこ照れるとこなの!?

ぼっと突っ立っているわたしに、ミヒャエルは観念したように口を開いた。

「お前の母には元々良く思われていなかったからな。…まぁなんだ、大事な娘を母国から離してまで俺が連れて行ってしまうんだから、信用して貰う為には近況報告くらい…普通、だろ」

この人は本当に俺様何様ミヒャエル様ですか?
優しい人だけど、それは知っていたけれど、まさかこんなことまでしてくれていたとは全く気が付かなかった。

「っおい、なんだ!飛びつくな」
「あっありがとおっ、ッ疑ってほんとにごめんね」
「もうその話は終わっただろ。今は泣くなって」
「っく、だって…ってぇ」

思った以上に愛されていた実感と、わたしの身内のことまで考えてくれていた彼のこと、こんなの涙しない方がきっとおかしい。

ミヒャエルは困ったように息を小さく吐くとわたしの涙をいつものように拭った。

「ほんと泣き虫ねぇ?ウチのナマエチャンは」

悪戯気に口元に弧を描いた彼の顔はもう普段通りの彼だ。そうしてぽんぽん、とわたしの頭を軽く撫でると歩き出す。そんな彼の後ろ背を追いかけるようについて行き、彼の服の袖を掴んだ。


「ねぇ、だいすき」


誰もわたしたちの言葉なんか聞いてない。仕事や旅行、それぞれ目的があって忙しなく人は歩いてる。公共の場でこんなことを言うのは初めてで、ミヒャエルしか聞こえていないとはいえ少し恥ずかしい。

振り返ったミヒャエルは一瞬固まり、自分の口に片手を当て覆い隠した。そうして目を細めると、一等嬉しそうに両口端を上げたのだ。





「ばーか。そこはミヒャエルくんクソ愛してるって言え」








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