ブルロ夢 | ナノ


未来の話をしましょうか


※大好きな彼氏に「普通の女」と言われてどうしたら良いのか分からなくなってしまった話




念願叶って付き合えたわたしの彼氏は、類まれなる才能を持った人であった。


わたしの大事な幼なじみは、わたしの好きな人だった。小さな頃はそれなりに喧嘩もしたし、ミヒャなんてもう嫌い!とわんわん泣いてた時期もあったが、それは小さな頃特有の可愛らしい小さな感情によるもので、結局次の日になればわたしはまたミヒャの元へ駆け寄っていくような幼少期であった。

ミヒャは小さな頃からサッカー少年で、わたしはたまにそんな彼のサッカーに付き合った。と言ってもボール拾いするしか出来ず練習相手にすらなれなかったと思うが、それでもわたしは楽しかった。「蟻より足が遅い」と煽られ頬は膨らむものの、ミヒャはわたしを邪魔者扱い等のあしらう事だけは絶対にしなかった。ミヒャは優しいのだ。
逆にミヒャにも遊びに付き合って貰ったこともいっぱいある。今でこそ信じられないかもしれないが、人形遊びなんかクソつまらんと眉を顰めるミヒャを他所にウサギの人形を持たせ、そのままおままごとをしたのはわたしだけしか知らない宝物の思い出だ。

こうした日々を過ごし一年一年過ぎていくとおままごとは自然としなくなったし、ママの添い寝がなくとも寝られるようにもなった。体や心が成長していけば、今度は考え方も変わっていく。だけど変わらなかったものがひとつだけ。


それはずっとずっと、ミヒャのことが好きだという気持ちだった。






ミヒャが本格的にサッカーに専念するようになると、わたしとミヒャは少なからずとも昔のようにずっと一緒という訳にもいかなくなった。

わたしよりほんの少し高かったミヒャの身長は十二歳を超える頃にはぐんと伸び、チビと笑われるようになって口を尖らせた。声変わりしたミヒャの声にはなんだか大人の男の人になってしまった気がして、慣れるまで毎回胸をドクンと鳴らしていた。

「ミヒャが好き」

ミヒャがドイツの強豪チームとして有名なバスタードミュンヘンの先行試験に受かったころ、選手寮に入るミヒャにどうしても気持ちを伝えたくて告白をした。彼の長い金髪が風に靡いたとき、わたしの視界は滲んでいた。小さな頃から一緒にいたから、ずっとミヒャの背を追い掛けて毎日を過ごしていたから、いや違う。

わたしがミヒャのことを好きだったから。

ミヒャのことを応援しなきゃならないのにどうしても離れ難かったのだ。そうしてこのタイミングでわたしは告白をしてしまった。


「クソ知ってる。…つかそうじゃなきゃ、困る」


わたしの手に大きな手のひらが乗っかる。ミヒャのひどく穏やかな声に安堵して、涙が頬から落ちた。

この日ほど人生で一番嬉しくて、恋しくて切ないと思った日はないだろう。






ミヒャとの交際はそれから何事もなく、とはいえないかもしれないが、順調に進んでいったと思う。
新世代世界11傑に選ばれたときのミヒャは一番にわたしに電話をくれて、オフの日は必ずわたしと一緒に過ごしてくれた。日本のプロジェクトに参加することになったときはまた寂しさが襲ってきたけれど、それでもわたしは応援をし、ミヒャの隣に居続けた。

ミヒャはどんどん有名になっていった。今ではドイツの有名サッカー選手といえば即座に名が上がる選手だろう。それはミヒャの努力があってこその結果だから喜ばしいことだ。だけど、有名になっていくほど不安も大きく増えていく。根拠のない熱愛報道、美女が集まるスポンサーパーティ。それでもわたしが泣かずにいられたのは、ミヒャがわたしと会う度に随分と緩んだ顔でわたしのことを「愛してる」と言ってくれていたお陰だ。ヤキモチは妬いていた。そりゃもうミヒャに言えないくらいの醜い嫉妬を。

WC等の練習や、メディア関連の仕事が立て続けに入ったときには会えない期間も少なくない。その間周りのカップルや結婚していく友人たちを見ていると、羨ましく思ってしまう日も正直いえばあった。気付けば歳は二十五を迎え、付き合ってから十年が経とうとしていた。それなのに付き合っていればどうしても訪れるというマンネリとした空気がわたし達になかったのは、オフの日くらいしか長い時間を過ごせなかったからだろうと思う。

ミヒャが頑張っている間、わたしだって何もせず毎日を過ごしていた訳じゃない。何年付き合ったって好きな人には可愛いと思われたいし、言われたい。その為にミヒャが隣にいなくたって自分磨きを怠らないように心掛けた。ミヒャがオフの日に帰ってきて喜んで貰えるように、アスリート選手が好む料理を覚えた。

どれもこれも自己満足と言われればその通り。
でも世界に知られていくミヒャの隣にいられる為に、何もしないなんてことが出来なかったのだ。

ミヒャが有名になっていく。それは誇らしいし、嬉しい。尊敬だってしているが、その分だけわたしは自分に自信がなくなっていった。




「…お前は普通だな」


振り返ると、若干疲れた顔で口端を上げた彼が目に映る。多忙であったミヒャの久々の休日。その日はわたしがミヒャの家に泊まりに来ていて、洗い物を終えたところだった。

「…へ?」
「いや、なんでもない」

疲労していたのか、夕食を取る前から眠そうだったミヒャはくぁ、と大きな欠伸をひとつした。こんな無防備な姿を見れるのは、多分わたしかネスくんくらいなものだと思う。でもそれよりも襲ってくるのは胸の動悸だ。

「…みひゃ?」
「ん、」

机に伏せって目を閉じたミヒャに、一旦自分のことを置いておいて声を掛けるも限界らしく返事が曖昧だ。

「こんなとこで寝たら風邪ひくよ。あっち行こ」
「ん…クソだるい」

ミヒャの手を取り寝室へと連れていく。今日は一緒にテレビで映画を見る約束をしていたけれど、数分もしないうちにミヒャは寝息を立てた。余程疲れていたんだろうな。

そうして思い浮かべるはさっき言われた言葉。
もしかしたらミヒャはなんの気なしに口にしただけかもしれない。だけどわたしの胸は晴れず引っかかったままだった。

「…普通じゃ、ダメなのかな」

生理前だったのもよくなかった。今日仕事でミスもしてしまって落ち込んでいたのもよくなかった。これ以上考えても良い事ないと分かりきったことなのに、最近の溜まりに溜まっていた感情が、急に溢れてきてしまった。

わたしは普通だよ。何をしたって一般人だもん。
ミヒャみたいに何かに打ち込んで死ぬほど努力するなんて出来ないし、仕事だってミスをしてしまう人間だ。ミヒャと一緒に報道された過去のモデルや女優たちのように顔や体型が綺麗で細い訳でもなければ、ミヒャの隣に居続けられるようにほんの少し頑張ってるくらいで、ミヒャを応援することしか出来ない。

ああ、ヤダな。悲観的になってる。

ミヒャは変わらずわたしを「愛してる」と言ってくれるけど、それは長年からくる決まりセリフみたいなものになってはいないかとミヒャの気持ちまで疑ってしまって、本当に自分は最低だと顔が歪む。

わたしは昔からミヒャしか見ていなくて、小さな世界で生きてるからその中の中心がミヒャなのだ。だからわたしはミヒャのことしか知らないし、ミヒャよりも格好良いと思う人もいなければ、気持ちが揺らいだこともなかった。

だけどミヒャはどうだったんだろう。
ミヒャはいつもわたしを安心させる言葉を彼なりの言葉でくれていたけれど、ミヒャの周りには何をするにも凄い人で溢れ返っているんだもん。
特段取り柄のないわたしはただミヒャの幼なじみであったというだけで、それを除けば凡人に間違いない訳で。




次の日、またいつ会えるか分からない彼氏の服の袖を掴み名前を呼んだ。聞いてみようと思ったのだ。「普通じゃダメかな」って。

だけどその言葉は喉奥で止まる。
別れの原因に繋がるかもしれないその返事を聞くのがとても怖かった。怖かったから、結局笑顔を作ることしか出来なかった。

「っ…また連絡出来るときしてね!応援してるけど、無理しちゃダメだよ」
「ああ、分かってる。俺がいないからって寂しくて泣くなよ?ナマエチャン」
「な、泣かないよ!ってか抱き枕がいなくて寂しいのはミヒャだったりして?」
「それは黙秘しておこう」
「ちょ!どういうこと!?」

ケラケラ無邪気に笑うミヒャのこの表情も好きだ。
やっぱりわたしの選択肢は間違ってなかったみたい。昨日の件、掘り起こさなくて良かった。

思えば近くの存在なのに遠距離恋愛をずっとしているみたいだ。もう一日寝たら少しはスッキリしてるかな、なんて思ったけど、どうやら自分のなかで思ったよりも事は大きかったらしい。


『今日のゲストはバスタードミュンヘンになくてはならない存在!青薔薇皇帝ことミヒャエル・カイザーさんです!』

テレビの前で、彼氏を見る。
この番組はギャラリーも多いのか拍手と黄色い声がテレビを伝わって耳へと届く。普段こういったテレビ番組にはあまり出演しないようにしていると言っていたから、ファンからすれば感激極まりないだろう。こうして見れば見るほど、本当にわたしの彼氏なのかと疑ってしまうほど遠い存在のように感じてチクリと胸が痛んだ。

『さて、先程のVTRでプロポーズが成立した訳ですけど、カイザー選手!どうでしたか?』
「あ?あー…いいんじゃないっスかね」

絶対興味がないんだなって分かる簡単過ぎる感想に思わず笑いがふふっと込み上げてきた。多分この手の番組でミヒャを出したのは間違いだった気もするし、ミヒャもよくこの仕事を引き受けたなと思う。確か物凄い勢いで出て欲しいと関係者から頼み込まれたと聞いていたが、場違い感が半端ない。
そうしてまた短いVTRを挟むと、今度は司会者が別の質問をミヒャに投げかけた。

『カイザー選手はどうでしょう?もしかして今実は良く思っている女性がいたりなんかは…?』

ファン達が息を一斉に飲んだのが画面上で伝わる、

『いや、いないっすね』

わたしの顔はさっきと全く変わらない。
ここで好きな人いますよ、なんて言えてしまう人はいないだろうけど、この当たり障りのない返答をするように頼んだのは紛れもなくわたしだったから。

今から三年前くらいに一度、ミヒャはわたしとの関係性を公表しようかと口にしてくれたことがある。あの頃は今よりミヒャのゴシップを狙っていたパパラッチが多くミヒャはかなり辟易していた。

「撮られんならお前とがいい」
「いやいや、それはダメだよ」
「何故だ?知らん女と撮られるよりもクソ大事にしてる女がいると世間に知って貰った方がお前も傷付かなくて済むだろ」

素直に言えば嬉しかった。だけどわたしは断ったのだ。ミヒャはプロのサッカー選手だ。アイドルでもなければ俳優でもない。だけどミヒャに女性ファンが多いのは言うまでもなく、それで一般人の彼女がいるなんて知れたらミヒャでさえもバッシングされるのが目に見えている。それくらい女というものは怖い。

そんな理由からわたしは「気持ちはとても嬉しいしミヒャのことは信じてるから」とちゃんと伝えて断った。ミヒャは最後まで渋っていたが最後には納得してくれて、こういった質問の際には「いない」と返すようになったのだ。

今更過ぎるけど、あの時頷いてたら何かが変わっていたのかなぁと思う。

彼女がいると分かれば、ミヒャに近付いてくる女は減っただろうか。彼女がいると分かれば誤報であろうと写真を撮られる数は減っただろうか。そうしたら嫉妬なんかしないで今も変わらず彼の隣にいることに、自信を持てていただろうか。

いや、ないな。

わたし、「普通の女」だもん。

ミヒャにとったら幼なじみからの恋人ってだけで、本当に後はなんにもない。ただのそこら辺にいる女なのだ。「普通の女」がいきなりヒロインになれる訳がないのだから、考えなければ。これからのこと。

努力をし続けている彼に対し、自信を失くした女がいつまでもミヒャの横にいてもいいのかということを。

幼き頃から始まって、付き合ってからは十年。
人生の半分以上をミヒャの隣にいられただけで奇跡に近いということ、ちゃんと理解しなくちゃダメだ。

スマホのLINEを開き、ミヒャのトーク画面を開く。


"忙しいとこゴメンね。いつ会えるかなって思って"


文字をタップして送信を押したわたしの指は、微かに震えていた。










−−−−−−−−−−−−

嫌気が刺していた。
サッカーだけに向き合いたいのに、世間はそれを許さない。まだ十代の頃日本の青い監獄にいた頃の方がサッカーに打ち込めていたと思えるほどだ。

サッカーに関してだけは、絶え間ない努力をしてきたつもりだ。だがこの世界まで這い上がると、周りも同じくらいの努力をしてきた者達ばかりだ。その頂点に立つということは、それ以上の身体能力や思考を身に付ける必要がある。

「大事なスポンサーのご令嬢だからさぁ、頼むよ」
「あいあい」

スーツを着て、ネクタイを締め会場に出向いたというのに、いつの間にか付くようになったマネージャーに早々色紙とペンを握らされてサインを求められた。

最近こんなのばかりだった。
今日のようなスポンサーの会長の誕生日パーティやら、ブランド物の新作発表会への参加。そうして自然と刷り込まれる食事のマナーや挨拶の仕方。何処に行っても張ってるパパラッチのせいで、お互いのマネージャー有りきの食事会であっても撮られる誤報のゴシップ。自分の目指していたものが一歩一歩近づく度に狭くなる世界に、疲れていたことは確かだった。

そんなとき、俺の幼なじみであり恋人だけはいつも俺の居場所をくれた。パパラッチのせいで中々会えない日も多いが、会えれば疲れが不思議と取れる。それくらい特別な女だ。

お前は知らないだろうな。
お前が告白してくれた十年前のあの日、本当は小っ恥ずかしくて言えなかったことがある。

俺だってお前が俺のボール拾いをしていた頃からずっと好きだったんだよ。

会えばいつでも俺に抱き着いてくる可愛い女。
俺の為に覚えた料理や可愛くなろうと努力してたこと、クソ知ってる。
本当は俺の報道が雑誌やテレビで流れる度、泣きたいのを我慢してたことも分かってる。俺のことを思って俺との関係を公表するなと言ってくれたのも、気付いていた。

周りは常に俺の座を狙おうとする敵ばかりだ。
それでもサッカーをしているときと、ナマエに会えている時間だけは、俺が俺でいられる時間だった。
やりたくもない仕事をして、サッカーだけを考えられる毎日じゃなくなって、それを周りに絶対気付かれたくなかったから、俺はお前に甘えてしまった。


「…お前は普通だな」

気を張っていた日常が緩んでツケが回ってきたんだろう。この日まだ普段眠る時間には早すぎたが、眠気が押し寄せてきて今にも瞼が閉じそうだった。

ナマエの作った料理を食べて、その洗い物をしているナマエをぼぅ、と眺めていた。香水の匂いもしない、色目を使ってくる訳でもない、純粋ぶってくっついてくる訳でもない、たった一人の俺の幼なじみであり恋人は、そんな毎日を忘れさせてくれるような、普通で特別な女だった。

今でも俺が抱き締めれば変わらず頬を染める女、そうそういねぇだろ。

何処かの雑誌でふと読んだが、結婚を決めた理由が幾つかランキング形式で乗っていたのを思い出した。

"彼女との将来が想像出来たから"

前は気付かなかったが、今なら分かる。
俺の傍で、ただこうして近くにいてくれたらいい。
俺の傍でただ笑って、俺の名を呼んでくれるだけでいい。

思考は今にもプロポーズしそうな勢いだったが、眠気に負けて瞳を閉じてしまった。

「…また連絡出来るときしてね!応援してるけど、無理しちゃダメだよ」
「ああ、分かってる。俺がいないからって寂しくて泣くなよ?ナマエチャン」
「な、泣かないよ!ってか抱き枕がいなくて寂しいのはミヒャだったりして?」
「それは黙秘しておこう」
「ちょ!どういうこと!?」

別れ間際が何年経っても正直慣れない。
怒る彼女がどうにもこうにも可愛くて、今でもからかいたくなってしまう。

そうして彼女が帰り一人になった部屋で、俺はひとつの決断をする。







"忙しいとこゴメンね。いつ会えるかなって思って"


一週間が経ち、丁度俺からLINEを送ろうと思った頃に彼女からそれは送られてきた。

そうして俺は考えるよりも先に文字を打つ。


"今日の夜は空いてるか?話したいことがある"


今日俺は、彼女に結婚を申し込もうと思う。





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