ブルロ夢 | ナノ


未完成な2人の話


付き合う前も、付き合った後も、ずっとずっと追いかけることの方が多かったような恋でした。

出会った頃、まだわたしを見るその目は冷たくて彼との距離には分厚い壁があったことを思い出す。緊張し過ぎて会話もままならないわたしを見下ろして、初めてわたしに目を細めたあの目付きに、わたしはいとも簡単に落ちてしまった。

友達でもなければ最初から知り合いだった訳でもない。なんの変哲もなく取り柄も特段ないわたしの名前を呼んでくれたとき、体の奥底から熱くなってしどろもどろになってしまった。誰が見ても分かるくらい真っ赤に染まったわたしを見て、品良く笑った彼が懐かしい。

わたしの彼氏は自分に厳しい人だった。周りは彼を天才と称する人もいるけれど、日々のトレーニングやそれに伴った食事制限は常日頃欠かさず、人には見えない努力を積み重ねて彼はピッチの上に立っている。表に決して努力していることを顕にしない彼だから、知っている人はきっと極小数だ。どんなチームの対戦相手であっても、念には念をと1人1人の情報を常に頭にインプットさせて試合に挑むような人。周りにどれだけ称賛されようとも現状満足はせず、試合に勝った後でも更に高みを目指す彼のことを応援していたし、尊敬だってしていた。

だから段々とすれ違いが続くようになってわたしの優先順位がどんどん落ちていくのが分かっても、それは仕方がないことだと割り切ったし、今まで通りの自分を演じていた。彼も頑張っているんだから、わたしも頑張らなきゃって会えない日は仕事に励み、気付けばもうすぐ2年。

俗に世間でいう倦怠期。
彼はわたしの前でいつも疲れた顔をしてる。出会った頃のように笑ってくれなくなった。出会った頃のようにわたしの頭を撫でてくれることは少なくなった。会話も短く、したくはないのに喧嘩も増えた。好きだとか、愛してるだとか、元から愛情表現が得意な人ではなかったけれど、そんな言葉を最後に聞けたのはいつの事だっただろう。口を開けば煩わしそうにして、会話は自然と途切れてしまうばかりだ。

尽くし過ぎたのかもしれない。
人は尽くされ過ぎると窮屈に感じてしまうことがあるそうだ。

わたしは彼のことが好きで好きで仕方がなかったから、彼がどういう事をすれば喜ぶのか考えてしまった結果が良くなかったのかもしれない。何をしても人の目を惹いて魅了してしまう彼が、いつか誰かに盗られてしまうのではないかと怖かったのだ。今となってはわたし自身、無理してたんだって自分でも分かるんだけど。

"ミヒャエル・カイザー、美女と禁断の密会!?"

別れるには何かのきっかけが必ずある。
たまたまその引き金が、この報道であっただけ。

『この女性の方はどうやらモデルのようですね』
『えーそうですね。最近CMで一緒に共演したらしくそこで知り合ったとか。でも確かカイザー選手には一般人で交際されている方がいらっしゃったような、』

リモコンを手に取りピッと電源を切れば、お喋りしていたテレビは静けさを取り戻す。こんな報道は付き合っていた頃から何度もあったけど、今が1番心情穏やかかもしれない。

「お前らは暇人か?仕事で食事しているだけでこんな騒ぎを起こすとはクソ迷惑クソ不愉快。それに俺には大事にしている女がいる」

前に同じようなことで写真を撮られてしまったことがあった。記者に堂々と彼女がいると言い放ったその言葉に、世間は騒ぎ、そして暫くして落ち着いた。

「あっあんな事言っちゃって大丈夫なの?」
「ん?ああ別に構わない。そもそも俺は芸能人じゃないしな。それが理由でファンが減るのはどうだっていい。俺にはお前がいるし、ファンは俺のサッカーを知っている奴だけで十分だ。ってか本当泣き虫ねぇ。俺のこと好きなら信じろ」

いつまでたっても泣き止まないわたしを、泣き止むまで抱き締めてくれた彼は今何をしているのだろうか。

今回の報道で撮られた写真を思い返す。
もうわたしには随分と向けてくれない笑顔をそのモデルに見せている彼に対し、僅かながらあった熱がスゥと冷めていくのを感じる。

あ、もうこれ無理だ。

そんな風に1度思ってしまったら、途端に彼の何処が好きだったのか思い出せなくなってしまった。今まで無我夢中で彼にしてきたことが、無駄だったように思えてしまったのだ。

1度離れていったものを修復することは難しいんだなって改めて思った。自分に見合った恋をするのが1番だったんだってそんな簡単なこと、なんで今まで気付かなかったんだろう。恋って恐ろし過ぎる。ってかもう恋とかうんざりだ。恋なんてもう暫くしたくない。無理をする恋愛ほど、上手くいきっこないのにね。






「一応聞くが、別れたいと思う理由は?」
「それはミヒャエルくんが1番分かってるんじゃない?」

約3週間ぶりに会う彼に、わたしの感情は驚く程に落ち着いていた。終わりを迎えるのがこんなに早く訪れるとは思っていなかったけれど、それだってわたしの踏ん切りつかなかっただけだ。近い未来にフラれて大泣きするくらいだったら、自分からサヨナラする方がずっといい。

「今回の報道なら誤報だ。その食事だって2人じゃない。それくらい分かってるだろ」
「うん。そうかもしれないけど…」

ミヒャエルくんの家にある自分の私物を片付けていく。最近は会えなかったから久々にこの家に来た訳だけど、2年も付き合っていたから意外と置いてある私物の量に全部持って帰れないと諦める物も屡々。

ミヒャエルくんの乾いた舌打ちが室内に響く。1人で住むには広すぎるこの室内は、何れわたしも住めるようにと踏んでミヒャエルくんが引越しする際に選んだ物件だった。

まぁ、そんな同棲話もいつの間にか消えてしまったけれど。

「悪いんだけど、ここにあるわたしの物全部捨ててくれるかな?持って帰れないものがいっぱいで」
「俺はまだ別れるなんて了承してない」
「今になってそんなこと言うの、卑怯じゃない?」

大事にしてくれなかったくせに、とは流石に言えなかった。でもこんなときになってきゅ、と唇を結んだ彼の顔、見たくなかったなとは思う。

「疲れちゃったんだよ」
「……」
「報道の件はね、きっかけ。前のわたしだったら泣くほど嫌だったのに、今はなんて言うんだろ。前みたいにヤキモチとかそういうの、妬かないっていうか、よく分かんなくなっちゃって」
「は、」
「最近のミヒャエルくん、わたしの前でずっと楽しくないって顔してるの、気付いてる?」
「そんなことは」
「わたしも重かったのかもしれないね。でもほんと…うん。なんていうか…わたしはすごく好きだったんだけど、好きって言って貰えないわたしは、もうミヒャエルくんにとって必要じゃないんだろうなって思って」

家でちゃんと言う言葉は決めてきたはずなのに、いざ面と向かってとなると上手く言葉に出来ない。

「っそんなの、長く付き合ってれば俺が好きかどうかくらい分かるだろ」

小さく震えるような声がわたしの耳に届く。
今更そんな置いてけぼりの子供のような顔をされても遅いのに。まるでわたしが全て悪いみたいじゃん。

「長く付き合ってるからとか関係ないよ。口にしてくれなきゃ不安になる人だって沢山いるんだから」

力なく笑ってみるも、ミヒャエルくんがそれに釣られて笑うことはない。でも確かにわたしがもう少し大人の考えを持っていて、ミヒャエルくんの言う通り彼のことを心の底から信用していれば好きだと口にされなくても今まで通り過ごせていたのかもしれない。

でもわたしはわたし。
愛情表現はやっぱり多くはなくても口にして示して貰いたかった。こういうところから、わたし達は知らず知らずの内にすれ違っていたのかもしれないね。

「今までありがとう。…ミヒャエルくんと付き合えて良かったよ。元気でね」

ミヒャエルくんがわたしの名を呼んだ。伸びてきた手に気付いていたけれど、わたしはそれに気付かないフリをして彼の家を後にした。だからその後の彼がどんな顔をしていたかなんて、わたしは知らなかったのだ。






「ちょっとアナタ!1ヶ月も連絡寄越さないなんて一体何処で何をしてたんですか!!」
「あはは。ゴメンて。ちょっと仕事が立て込んでて」
「仕事が立て込んでてじゃないですよ!連絡返す暇くらいあったでしょう!?」

天然パーマの彼はふわふわの髪を揺らしながらまぁるい瞳を釣り上げて怒鳴る。でも失礼ながら全く怖くない。チワワがキャン!と吠えているみたいだった。

「それについては本当にゴメン。でもスタンプで返信してたじゃん」
「アレは返信とは言いません。ただの生存確認と呼べるだけのものです」
「生存確認て…」

昔から辛口なところがあるけれど、いつもなんだかんだ言って話を聞いてくれる数少ないわたしの大事な友人は、未だにご機嫌を直してくれない。

もうすぐドイツは冬を迎える。急いで来てくれたのか鼻先を赤くしながらわたしの真横に座ったネスに、ちょっと胸が痛んだ。

「今日は急に呼んじゃったし給料入ったからわたしの奢り!好きなの飲んで食べて!」
「当たり前です。帰りのタクシー代も請求しますよ」
「えっ!?ここからネスの家遠くない?」
「ざまぁみやがれって奴です」

久しぶりの会話はやっぱりそれでも心地が良い。酒を何杯か飲めば、そろそろ酒の強いネスでも酔いが回り始めて来た頃合いだろう。きっと今日わたしがなんで呼んだのかきっと分かっているのに、自分から聞いて来ない辺りが彼の良いところでもあり、優しいところだなとも感じる。

「ねぇネス、ネス?」
「なんですか」
「わたしとミヒャエルくんのこと、聞いてるんでしょ?」

酒のグラスを持ったネスの手が止まる。
そうしてグラスをカウンターへ置くと、ネスは静かに口を開いた。

「…さぁ。何も聞いてませんね」
「またまたぁ。知ってるクセに」
「本当に何も聞いてませんよ。…カイザーは、あなたのことを僕に一切話しませんので」

ミヒャエルくんに対してか、それともわたしが別れた事を直ぐに連絡をしなかったからか、不貞腐れたように口を尖らしたネスに、ほんの少しだけ笑みが溢れた。

「…別れたんだよね。ミヒャエルくんと」
「…そんなことだろうと思ってましたよ。原因はどうせアナタでしょう?」
「うわっ酷い。そのミヒャエルくん全肯定ボットやめた方がいいってぇ」
「アナタもちょっと前までは同じような物だったでしょう」

その件に関してはブーメランであるから何も言えない。えへへ、と笑ってみるも、気持ち悪いからやめろと即座に顔を顰められてしまった。

「…最近すれ違いが続いちゃっててね?」
「何時ぞやの報道が原因ですか?」
「それはまぁ、別れるきっかけっていうか。ミヒャエルくん、わたしに興味がなくなったのが丸わかりっていうかさ。一緒にいてもつまんなさそうなの」
「長く付き合えばそういうこともあるもんじゃないんですか。他人同士が付き合うってそういうことでしょ」
「それはそう…だろうけど、わたしばかりが好きだったなぁって思ったら急にどうでもよくなっちゃったっていうか。この先こんな思いをしながら付き合って、いつかミヒャエルくんから別れたいって言われるよりかは自分から別れを告げた方が良いなって思ったんだよ」

もっとカイザーの気持ちを考えろ!だとか、アナタが我慢すればいいだけの話!とか言って怒られるかと思っていたのに、意外にもわたしの話を最後までちゃんと聞いてくれているネスに若干拍子抜けしてしまう。

「まぁアナタは元々重すぎたんですよ。試合前のラブコールに泊まったと思われる日の翌日は必ず手作り弁当。飲み会の日は電話を寄越してきて、どんな時でもカイザーに対して自分を合わせる。こんなの傍から見たって重すぎるし尽くしてばかりじゃ飽きられるのも仕方がありませんね」
「ちょっ、傷抉ってくるじゃん!?ってかネスなんでそんなことまで知ってるの?というかネスもでしょ!?それそのまま全部返す」
「僕とお前を一緒にするな!僕とアナタとじゃ格が違うんですよ格が」

一旦の間を置いてお互い手に持っていたグラスに口付ける。こんなことを言う為にネスを呼んだ訳じゃないのに何を言い合ってるんだわたし達はと謝れば、ネスもすみませんと小さく呟いた。

「…えと今日呼んだのは、ネスのお陰でミヒャエルくんと知り合えたからさ。別れたこともわたしの口から伝えなきゃなって思って呼んだんだけど」
「はぁ。…だから初めからアナタにカイザーは無理だって言ったんですよ」
「返す言葉もありません。…ごめんね」
「別に…謝れって言ってる訳じゃないですけど」

ネスは見つめていた空のグラスから視線をゆっくりとこちらに移す。

「で?カイザーは別れることに了承したと?」
「うん…多分。ちょっと言い逃げしちゃった感じはあるけど」
「多分?なんですかソレ」

ネスはそもそもわたしとミヒャエルくんが付き合うことに対して良く思ってなかった節がある。多分、わたしの性格を知った上で、初めからこうなることを読んでいたのかもしれない。ネスはミヒャエルくんのことになると一直線だけど、意外と普段は周りを見て行動する人だから。

「…カイザーは、きっと今だって」
「へ?」
「いや、なんでもありません。ふん、僕的には別れてくれて清々してますけどね」
「ちょっ!マジでわたし一応これでも傷心中なんですけど!もっと優しくしてっ」
「これ以上どう優しくしたらいいんですか。十分僕は優しいでしょ。こうして連絡も取れなかったアナタに会いにここまで来てやったんですから。…でもそうですね。ナマエにしては頑張った方じゃないですか」

わたしが言葉に詰まったのを、ネスは気付かないフリをしてマスターに酒の注文する。今まで泣かないように気を張っていたものが崩れ去っていくのが自分で分かった。無我夢中で仕事をして忘れるように蓋をしていたのに、泣く暇を作らないようにしていたのに、ネスの言葉1つで今になって鼻が痛んで涙が出そうになるの、本当にどうにかしたい。

視界はぼやける一方だ。嗚咽混じりになりながら、どんどん溢れてくる涙を袖で拭っても止まらない。ネスは暫くわたしを泣かせておいてくれたけど、ため息をついて呆れたように口を開いた。

「ほんっとにアナタは。泣くほど好きならなんで話し合わなかったんです?」
「べっ別にもう、すっ好きじゃないし、ぃ、っく」
「だったらもう泣くな。僕が泣かせたって思われるだろ。この泣き虫!」
「ねっネスが泣かせたじゃん

はぁ!?理不尽だ!とネスはまたプンスカ怒り出したけど、それでもいつもの彼とは違い1度だけわたしの頭をポン、と荒く撫でたから、余計と涙は止まらない。こういう時の優しさほど、涙腺を刺激するものはないだろう。

そうしてわたしが落ち着きを取り戻すまで、ネスは黙ってわたしが泣き止むのを待ってくれていた。

「…で?この後のことは決まってるんですか?」
「この後って…?」
「アナタのことだから自殺でもしないかと心配してやってるんです。知り合いが死んだとなれば夢見も悪いので」
「そっそんなことはしないよ!生きる、けど」
「…けど?」

本当はネスに言うつもりはなかったことがある。
ミヒャエルくんに何かの拍子にバレてしまうことを考えて言いづらかったんだけれど、よくよく考えてみればミヒャエルくんとはもう終わった訳で。

「…ちょっと旅行にでも行こうかなあって」
「へぇ?いいですね。何処へ?」
「まだちゃんと決めてないけど、ゆっくり出来るところ。っほ、ほら!わたし社畜だから貯金いっぱいあるからさ意外と!」
「ふぅん、なるほど。仕事は?」
「仕事は…休みを貰ったの」

やけに真剣な口調でネスが言葉を繋げて質問してくるから、バクバクと心臓が音を鳴らしてる。ネスの視線が痛いくらいに突き刺さっているのが目を合わせずとも分かってしまい、思わず冷や汗が背中を伝った。

「あ、そろそろわたし帰ろうかな。もう遅いし。タクシー代これで足りる?」

笑顔を作りこの場から逃げようとしたのがいけなかったのか。それともやっぱりこの話をしなければ良かったのか。ネスは財布を取り出したわたしの手を取った。

「その旅行とやら、別にただの傷心旅行ならどうぞご勝手に。…でもまさかとは思いますがそのまま帰って来ないつもりってことはないですよね」
「は、」
「さっきから飲んでるソレ、酒じゃなくてただのジュースだろ」

呼吸が止まる。その代わりわたしの目が大きく見開いた。ネスの表情はさして変わらない。少し眉間に皺を寄せて、言葉を失ったわたしに言葉を投げ掛けた。




「無意識だろうけどアナタ、さっきから自分の腹に手を何度か当てているの気付いてます?


もしかして、妊娠してるんじゃないですか」






倦怠期の彼氏とどうにも上手くいかないので別れたけど、傷心旅行は先になりそうな予感がしてる


付き合う前はお遊び程度で、付き合ったあと本気で好きになった女がいる。

出会いは試合後の祝勝会だ。適度に時間が回った頃にメンバーの1人が女を呼ぼうという話を持ちかけた。その際、いつもはそういった話に興味すら浮かべないネスが女を1人連れて来たのだ。腐れ縁だとかなんとか言って。

「ナマエ、です」

周りの女より遥かに小さな声量で自己紹介をした女、それが俺の好きになった女だ。

こういう場にあまり慣れていないのか周りの奴らよりずっと静かでネスの後ろにくっついて回っていたような女だった。声を掛けたのは興味本位だが、本音を言えば自分に自信のなさそうに見えたアイツを好ましく思わなかったからかもしれない。

「おいお前、名はナマエと言ったか」

話しかけられると思っていなかったアイツは俺の思っていた以上に驚いたような顔をして見せた。ネスの前では笑っていたくせに、俺の前では怖い者でも見たかのように固まった顔つき。やっぱり俺の得意なタイプではなくて、良い気分は勿論しなかったし苛立ちも感じた。

だけどどうか。

数拍置いたアイツの顔はみるみる内に真っ赤に染まり、俺が知っている周りの女よりも随分と初々しさを表に出して呆気に取られた。

そこから俺に彼女と呼べる者が初めて出来たのだ。

俺の頭を1番に支配しているのはサッカーだから、これといってちゃんと付き合った女は今までいない。その場限りの関係になることはあっても、それ以上を望む女はいつも切ってきた。

だから俺は間違った恋愛をしてしまったんだろう。

「ミヒャエルくん、別れよう」

鈍器で頭を打たれたような衝撃とは、こういった事を言うのかと思った。 アイツの言ったその言葉の意味を、一瞬では理解出来ないくらい頭の処理能力は落ちていた。

「今回の報道なら誤報だ。その食事だって2人じゃない。それくらい分かってるだろ」
「うん。そうかもしれないけど…」

最後までナマエの話を聞き終えたときの、この家を去ってしまう瞬間、名前を呼んでも振り向いてすらして貰えなかったアイツのことを、それ以上追いかけることが出来なかった。そんな自分に今考えても反吐が出る。

それでも毎日はやってくる。いつものルーティンにアイツがいなくなっただけなのに、周りは俺がおかしいと口にするようになった。

「おいカイザー、お前最近調子悪くねぇ?変な食いもんでも食ったのか?」
「…世一ぃ、お前に心配されるとは俺も落ちぶれたもんだな。安心しろ。次はハットトリック決めてやる。他人のことより自分の心配したらどうだ?」
「はっはぁ!?てめっ、ちょっと心配してやりゃこのクソ皇帝がっ!俺がお前より先に点取ってやるから指咥えて見てろ」


「あの、カイザー。…ナマエと何かありましたか?」
「あ"?何故そう思う」
「いっいや、別に何にもないならそれで。…すみません、最近カイザー疲れてるように見えたから」

どいつもこいつも俺がアイツと別れてからそんなことばかりを言うものだから、忘れようにも忘れられなくて余計と頭から離れてくれない。

何れナマエと住む予定だったこの部屋に帰ると、今まで感じたことのなかった心臓の痛みを毎日感じるようになった。捨ててくれと言っていたアイツの私物は、未だに捨てらずにそのままだ。

ナマエの異変に、どうして俺は気づく事が出来なかったのか。

強豪国との練習試合が近かったから。
サッカーだけでなくメディア関連の仕事も立て込んでいて忙しかったから。
スポンサー絡みのクソダルいパーティに参加して接待しなければならなかったから。

思い出せる上辺だけの理由を思い出してみるが、どれもこれも違う。

俺が何をしてもアイツは離れていかないというありもしない自信があったからだ。

俺の気が立っていたとき、俺が疲れて帰ってきたとき、どんな時だってアイツはいつも笑顔で励ましてくれていた。それなのに俺は曖昧な態度ばかり取って喜ばせる事の1つもせずに、裏でアイツが何を思っていたのかなんて考えてもいなかったんだから、こんなのフラれて当たり前だ。

自分勝手だったと思う。離れて気付くなんて情けない。アイツを嫌いになったから連絡頻度や態度を変えてしまったんじゃない。俺が甘えすぎたから悪かった。

アイツが俺がいなきゃダメだったのではなく、俺がアイツのいない生活を考えられなくなっていたこと、今になって気がついた。

「…電話、出ろよ」

何度電話しても繋がらなければメッセージには既読もつかない。

どうしても会いたかった。
どうしても会って俺は今でもずっと好きだと伝えたかった。
俺にはお前しかいないと、伝えたかった。

遅すぎるのかもしれないが、言わないまま本当に終わってしまうのだけは避けたい。

「…お前アイツの居場所知ってるか」
「…カイザー」

不本意ではあるが俺よりアイツの事を知っているであろうネスに問う。表情が固くなったネスの表情を見るに、もう俺たちの事は聞いているんだろう。数秒無言の空気を纏った空間に、いつもだったらすぐ言葉を返すネスは困ったように唇を噛み締めて、口を開いた。


「……は、」


そうしてネスが口を開いて話を聞き終えたとき、俺は即座にその場を後にした。







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