ブルロ夢 | ナノ


"初めて"を捧げた男と再会したワケですが




自分の人生をふと思い返すと楽しかったことや悲しかったこと、それなりにいろんな出来事が起こっているはずだ。

そうしたなかでも特に初めての体験というものは、年数を重ねても当時の記憶を覚えているものである。例えば、初めて友達と家でお泊まり会を開き夜更かししてドキドキしたあの頃の高揚感を映画を見て思い出してみたり、だとか。

懐かしい記憶ってたまに戻りたくて恋しくなったり、苦い思いをしたり、はたまた暖かい気持ちになったりするんだよね。不思議なことに。



今のわたしは少しだけ苦くて、少しだけあの頃より緊張していた。








高校一年のとき、クラスメイトの男と仲が良かった。
その男の名は凪誠士郎といって、席が隣の男の子だった。彼は大体机に伏せって目を閉じているかスマホを触っているかのどちらかで、彼の第一印象は猫みたい、だ。そう、自由でマイペースで猫みたい。この学校一自由な彼はウチの近所に住み着いてる猫のようだった。

「わたしもそのゲーム好きなんだよね」

声を掛けたのはわたしから。でも別にこの男に興味があった訳ではなかった。たまたま同じクラスで、たまたま席が隣で、たまたまわたしがハマっているゲームをしていたのを目にしたから、声を掛けた。

「…あんた、誰だっけ?」
「へ?」

ゆっくり此方を振り向いた男とその日初めて視線が重なって、興味なさげに口を開いた初会話がコレだ。いくらこの男が"面倒くさがり"で有名な男だとしても、まさか隣の席の人の名前まで覚えていないとは思わなかった。

…何こいつ!めちゃくちゃ失礼じゃない!?

小首を傾げた凪が目に映る。急速ピッチで恥ずかしくなってしまったわたしの脳内、一瞬フリーズしかけた。だって季節は5月を過ぎて凪の隣に座ってもう1ヶ月は経つんですよ。わたしがいくら凪から見て陰キャだろうて流石に初対面的なノリをされるとは思わなかったし、いくら人に興味なさそうな彼(失礼)でも名前ぐらいは認知してくれていると勝手ながら思うじゃないか。

眉間に皺を寄せたって当の本人は見向きもせずに欠伸なんてしていて。この人とは気が合わないなと直感でそう感じ、自分からこの男に話しかけることは今後ないだろうとそう思った瞬間でもあった。



なのに……なのに!



人生とは何があるか分からないものである。







「大丈夫?痛くない?」

ワンルームの少し散らかった室内にはシングルベッドの下に無造作に脱ぎ捨てられた制服たち。隣の男は長い前髪をウザったそうにかき上げて、わたしの様子を伺っている。

「…おなかが変」
「あー…ゴメン。ちょい無理させたかも」

ゆっくり起き上がった彼はふぅ、と息を吐くとベッドの下にあったTシャツを着て起き上がる。のそのそ戻って来たと思ったら普段は「取ってきて」とか言うクセに、珍しく自分からペットボトルの水を持ってくるとわたしにそれを手渡した。

「泊まってく?」
「かえる」

若干違和感の残っているお腹を庇うように起き上がって水を一口飲めば、乾いた喉が潤って気持ちが良い。凪は即答したわたしの返答にさして興味のないかのように「そ?」と一言口にするとまたベッドに転がりスマホのゲームアプリを起動する。

そこで違和感。

「ねぇなぎ。なぎ?」
「ん?」

隣でゲームをしている男の腕をツンツンと指でつつくと、凪はスマホの画面に目を向けたまま耳を傾けた。

「…凪っていつもこういうのしてるの?」
「…いつもって?」
「いやだから、その…女の子呼んで、」
「ん?あぁ、セックスしてるかってこと?」
「っデリカシーがない!!普通声に出して言うかなそういうの!」
「だってそれが聞きたかったんでしょ?違うの?」
「う"っ」

隣でギャンと吠えたわたしに凪はうるさそうに顔を少し遠ざけた。なんでコイツはこんなに落ち着いてやがるのだ。なんだかお腹じゃなくて頭が痛くなってきた気がした。凪ってばドライ過ぎない?いやこれが普通なの?てっきりこういう行為の後って甘い雰囲気に浸っているものだとばかり思っていた。腕まくらしたりだとかお話したりだとかそういうの。…まぁこれ全部漫画の受け売りなので、知らんけど。

心のなかで頭を抱える。
ほんと、どうしてこうなってしまったのか。

初めて話したあの日から、何故か凪から話しかけて来ることが増えたのだ。会話の内容は大体ゲームについてだったけど、あんな凪とは絶対に話のウマが合わないとか思ってたクセにわたしも単純だった。多くはないが話しかけられて会話をすることが増える度、あれ?意外と楽しいな、なんて思ってしまったりして。そうしたら一緒にゲームをするようになって、気付けば一人暮らしをしている凪の家に遊びに行く仲にまで発展してしまった。

凪は多分、悪気なく考えるよりも先に思ったことを口に出してしまうタイプである。だからたまにムッとすることも言われるけれど、凪は嘘だとかお世辞を言わないので一緒にいて気が楽だった。でもマジで初見時のわたしが今の状況を見ていたら、驚き過ぎて失神しながら空の彼方へぶっ飛んでいたに違いない。

そうして凪の家に遊びに来るようになって両手の数ぐらいになった本日、ついにヤッちまったのだ。いくら男女であってもお友達はお友達。清い関係の、ただクラスが同じなだけのゲー友だったはずなのに。

何故そんな雰囲気になってしまったのか分からない。
凪が疲れたとか言ってゲームを一旦中断して、いつもの距離よりほんの少し近い距離にわたしと凪がいて、何を考えているのか分からないその瞳と目が合ったときにお互いの手が触れて、そうしたらキスされた。そのまま流れるようにわたしの処女は凪の手によって呆気なく奪われてしまった訳でして。奪われたというのは語弊があるか。結局拒める場面で拒めなかったわたしもわたしなのだから。

「ないよ。俺ナマエが初めてだし」
「ふぅん……へ?あっえっ!?初めて?」

考え事をしていたせいで流してしまいそうになった凪の言葉を慌てて拾いあげる。あんなに余裕そうに手引きした男が初めてだと?ウソだ、信じられない。呆けたわたしとは逆に凪はスマホを枕元にぽふっと置くと目を瞑った。

「え?」
「んー疲れた。30分経ったら起こして」
「寝るの!?いま!?」
「うん、おやすみ」

間もなくすぅすぅと寝息が聞こえてくると、わたしの体は石のように硬直した。…待って、ガチで寝てしまったんですけど。気持ちの良さそうに眠っている凪の頭を軽く小突いてみた。「ぅん」とほんの少し顔を歪めた凪は子供のように布団を深く被ってしまい、本格的にそのまま寝入ってしまったようだ。

とことんマイペースな人間め、このタイミングで寝るか普通。だから万年寝太郎って皆から言われるんだ。

布団からはみ出している彼の白く染まった髪をじっと見つめて数十秒。

「……」

なっなんちゅう男にわたしは処女をあげてしまったんだ!!彼氏でもないのに!!恋愛感情だってないのに!!!

今更になって事の重大さに気付くとわたしの顔は青ざめていく。その日、30分で起こせと言われていたわたしは言うことを聞かずに散らばった制服を集めて凪の家を後にした。

しかし困ったことに家に帰り、ご飯を食べてるときもお風呂に入ってる間も寝る前も、あらゆる場面で今日の出来事を思い出しては凪の顔が浮かんできた。

当時16歳。恋愛経験は虚しくゼロで、ましてや付き合ってもいない男に体を許してしまうだなんて考えてもみなかった。こんなこと友達には相談出来ないし、これからどうすれば良いのかなんて分かるはずもなく。

"なんで起こしてくんなかったの"

いつもわたしにゲームの事以外でメッセージ送ってくることなんてしないのに、なんでよりにもよってこんな時だけメッセージを送ってくるんだ凪 誠士郎。明日どんな顔をして会えばいいの。そんなことばかり考えて結局返信に詰まったわたしは当たり障りのないスタンプだけを送り、眠くもないのに布団を被った。






「はよ」
「え"っっ」

だけど翌日。今日のわたしはというと、凪と顔を合わせる事を考えるだけで高校受験並に心臓が爆発しそうだったのに、当の本人は涼しい顔をして登校してきた。

そう、悩んでいたのなんてわたしだけだったのだ。

どきどきしていたのがバカだったかと思うほど、昨日の出来事なんてなかったかのように凪は普段通りである。そしていつもの如く凪はそのまま自分の席に鞄を置くと机に伏せってしまった。

授業中も、お昼休みも、変わりなく時間は過ぎていく。もしかしてこれが世間でいう割り切った関係ってやつ?と首を傾げてしまうほど、通常通りの時間が過ぎていくだけだった。

放課後のチャイムが鳴ると同時にクラスメイトが散りばめ出した矢先の出来事。昨日の件はなかったことにされているのかもしれないと考えだしていたわたしを他所に、凪は机をトントン、と小さく叩いた。

「今日もウチ来る?」

深い灰色の瞳にわたしの姿が映る。どきん、と大きく心臓を鳴らしてしまったのは、流石にもう誘ってくることはないだろうと思っていたからだ。

「ん?なんか用事でもあんの?」
「いっいや?ない、けど…」
「ならいいじゃん」

凪はわたしの鞄を手に持つとゆっくり歩き出す。

「あっカバン!」
「昨日無理させちゃったみたいだし今日は特別。早く行こ」

声も出せず顔の表情筋も一時停止して彼の背を見つめるわたし。あの面倒くさがりな凪がわたしの鞄を持つということだけでも驚くのに、なんだこの状況は。キャパオーバーにも程がある。

結局わたしはあの日を境にこの後も凪と関係を続けることとなる。
別にセックスばかりしている訳じゃない。ゲームだけする日もあるし、ぐぅたら漫画を読んで解散の日だってある。遊ばない日だってあれば、連チャンで誘われることもある。つまり凪のその日の気分で、過ごし方は毎度違うのだ。


そうしてこんな毎日を過ごしていたら、気付いてしまった。


『バカね。そういうの都合の良い女って言うのよ』
『分かってるけど…誘われたら断れないんだもん。…好きだから』
『フッ。そんなんだからアンタいつまでたってもセフレ止まりなのよ。もっとちゃんとしたオトコ捕まえな』

いやこれわたしじゃん?
凪とよく分からない曖昧な関係が続き3ヶ月が経過した頃。ふと読んだ少女漫画の読み切りの内容が全くもってわたしであった。

そうか。この関係性に名前を付けるならわたしって凪のセフレってことなのか。

結局漫画は漫画なのでハッピーエンドを迎えた訳だが後半はそれどころではなくなってしまって、ぺらぺらページを捲るだけで内容が頭に入ってはこず。

毎回行為に及ぶ訳じゃないしめちゃくちゃ冷たくされる訳でもない。たまぁに飴をくれるように帰り送ってくれることもあったけど、世間からすればこれはセフレという括りになるのか。結局、お互い恋愛感情がないのだから。

曖昧な関係に疑問が募ってやっと解決したくせに、なんだか胸の奥に重石がのしかかったような気分。

凪に聞くのが一番手っ取り早いだろうが、「わたし達ってセフレだよね?」なんて聞ける勇気は流石のわたしにもなかった。それに最近は前より凪と過ごす頻度が減った。クラスが同じだから顔は毎日合わすけど、凪はあの御影くんとサッカーを始めたからだ。

「部活なんてメンドイ」とか言ってたくせに、彼をどう動かしたのか御影くんにより凪はちゃんと部活を続けていた。それは喜ばしいことだろうし、部活動に入っている子の方が多いから普通のこと。ただちょっとだけ前より凪との時間が減っただけ。それがわたしにとったら物足りないというか寂しいというか。

でもこんな感情を持っているなんて知られたら、それこそ凪にすれば面倒臭いの言葉以外ないだろう。彼女でもないから相手のことは縛れない。わたしだったら嫌だもん。

御影くんは元々男女共に人気があったけど、サッカーをしている凪を眺めていると、聞きたくない女子の声なんかも聞こえてきちゃったりして。「玲王くんの隣にいる人かっこよくない!?」とか「いつもとギャップあり過ぎるんだけど!」だとか、それが耳に入ると面白くなかった。

サッカーなんて今まで興味もなかったし、簡単なルールしか分からない。だけど確かに周りの女子が言うように、凪がボールを追い掛けてシュートきめた姿は、間違いなくその場で一番格好良かった。

気付くのが遅くなってしまった恋に今更気付くと、やり場のない気持ちに駆られる。頻度は減ってもまだこのときは時間があれば凪はいつも通りにわたしを家へと招いてくれた。その度に好きだと口にしてしまいそうな場面は何度かあったのに、関係性が壊れるのが怖くて日和ってばかり。

そうして段々と遊ぶ頻度は着実に減っていって、高校2年になればクラスも変わり、凪から連絡が来ることすらめっきり減った。毎日部活動に行く凪に会いたいなんて言える訳もなく、気付けば凪自体が学校に来なくなった。

なんでも強化指定選手に選ばれたとかで。

まぁつまり、曖昧な関係は思いを伝える前に玉砕してしまったわけだ。一言くらい言ってくれても良かったのに、なんて考えるだけ自分が落ち込むのは目に見えている。こんなんじゃダメだとなんとか空元気を出して友達とカラオケなんかに行っては、無理矢理忘れようと頭の奥に気持ちをしまいこんだ。



ただわたしは初めて感じた気持ちも体も全部捧げた男とは上手くいかなかった、それだけだと言い聞かせて。








高校卒業して2年目のハタチ。わたしは大学生活を送っていた。お酒も飲めるし、自由も利く。それなりに毎日を謳歌して日々楽しいはずなのに何故わたしがそんな昔に関係があった男のことを思い出していたのかというと、その張本人、凪から連絡が来たからだ。

"会える?"と。

目を疑って何度もそのメッセージを見返した。数年音沙汰なしだった男からいきなり連絡が来たんだからこんなの誰だって驚く。

断ればいいだけなのに、断らなかった理由は単純に今の凪が気になったからである。数年経ってわたしは彼に対し恋と呼べる感情はもうないのだし、凪からしてみたって思い出の一部となっているはずだ。

「なぎ?」

待ち合わせのカフェ。昔は待ち合わせするなんてことはなかったけれど、マイペースな凪のことだからきっと待ち合わせ場所には遅れて来るだろうと思っていた。だけどわたしが着いた頃にもう彼はその場にいたものだから、咄嗟に確かめもせず声を掛けてしまった。

「ん、久しぶり」
「久しぶりだね。元気してた?」
「それなりに」

取り敢えず席に座りメニュー表を見つめる。その間ずっと凪はわたしを見つめているのが視界に入るから身構えてしまった。

「なっなに?」
「んー、うん。昔より綺麗になったなって」
「はっはぁ!?」

つい大きな声が出てしまい、周囲の人達がこぞって此方に視線を向ける。慌てて口を閉じたけど、一体わたしの目の前にいるの誰だよってくらい、昔の凪との差に驚きを隠せない。

「……いま海外にいるんだっけ?」
「うん、今はオフ。久しぶりに日本に帰って来れたからナマエに会おうと思って連絡しちゃった」
「ブッッッ」

せっかく話を変えたのに今度はお冷の水を吹き出してしまった。凪は相変わらず何考えているのか分からない顔をしている。マジで誰なの。こんなの凪じゃない。凪の顔をした御影くんか誰かじゃないの?いや、御影くんでもこんなこと言わないか。

「ねぇ、俺この間の試合で結構活躍したんだよね」
「は、はぁ」
「それ、日本でも中継されてたと思うんだけど、見てない?多分、夜中だったけど」

え、分からん。お恥ずかしながらテレビをそもそもあまり見ない人種だし、元からサッカーはにわかであるが凪を思い出すからサッカー関連のものは極力避けていた。ちゃんと試合をしている凪を見たのなんて、自分の思いを言えずに終わってしまった高校時代に、彼らが活躍したブルーロックでの試合をテレビで一度見ただけだ。それだって凪が映る度に胸が痛むから最後まで見れなかったけれど。

「ごめん。最近テレビ見てなくって」
「ふぅん。そっか」
「今度ネットで上がってるの見てみるよ!頑張ってるんだね!」
「…ありがと」

あはは、と笑ってみたけれど、凪は頬杖ついてつまらなさそうにわたしから目線を逸らした。まるで不貞腐れているような、そんな感じ。

店員がメニューを取りにやってきて、適当に飲み物とケーキを頼む。食欲なんか湧かないけれど、ちょっと気まず過ぎて目がいった物を頼んでしまった。

「えぇと…変装とかしなくていいの?」
「変装?あー玲王にはしろって言われるけど、一々服装考えんのめんどい」
「いやそこはめんどくさがっちゃダメじゃない?なんか周りの目が気になるんだけど。絶対凪のこと見てるって」
「別に俺芸能人じゃないし。気にし過ぎっしょ」
「えぇ…」

そういうものなのか?違うでしょ。サッカー選手といってもわたし達からすれば凪はもう芸能人のようなものだ。世界で活躍してるんだから。こういう周りの目を気にしないとこは高校時代から変わってないんだなぁと安堵してみたり。

「じゃあせめてフード被ろ」
「それ俺が不審者になんじゃん」
「ならないよ。わたしが凪って分かってれば別に気にする必要ないでしょ」

凪の目が大きく見開いた。
そうしてわたしは自分の発言に気付く。

「あっ違くて!皆さっきから凪のこと見てるからこんなとこ見られて凪選手って気付かれたらヤバいかなって思っただけで深い意味は、」
「…分かった」
「はへ?」

凪は大きめのパーカーのフードを被る。それでも身長が高いせいでかなり目立つけれど、被らないよりはマシだろう。

「俺と一緒に居るとこ誰かに見られんのイヤなの?」
「え?」
「昔は隣で歩いてても平気だったじゃん」
「……?」

なに言ってるのこの人は。今と昔では状況が違うしこんなとこ誰かに見られて困るのは凪の方では?

「え?凪がこまるんでしょ」
「なんで俺?俺は別に困んないけど」
「えっ」
「え?」

暫しの沈黙。店員がカフェラテと共にケーキを運んできて「ごゆっくり」なんて言葉と共に去っていく。
凪の瞳とばっちし目が合って、瞬きを数回。

「食べないの?」
「このタイミングで?」
「食べないなら俺に一口ちょうだい」

凪はシルバーケースからフォークを取り出すとわたしの目の前にあったケーキを口へと運ぶ。
やっぱりわたしは凪の考えていることが分からない。

「ねぇなぎ」
「ん?」
「なんでわたしに会いたいって思ったの?」

凪の口が止まる。今更ながらなんでわたしもこんなこと聞いちゃったんだろ。分からないけど、凪が意味不明なことばかり言うから、これはきっと凪のせいだ。

「そのまんまだよ。会いたいって思ったから連絡した。…それじゃ理由になんない?」

呼吸が止まる。だってあの日からのわたしは関係が自然消滅してからもかなり凪のことを正直引き摺っていた訳ですよ。結構時間がかかってやっと吹っ切ることが出来たのに。

「…なにそれ」
「今日会ってナマエ見たらやっぱりあの時彼女にしとけば良かったって後悔してる」
「はっはぁ?今更なに言ってるの?意味分かんないんだけど」
「なんで?彼氏でもいんの?」

凪は相変わらず表情を変えずにわたしへと小首を傾げる。
何故かウソをついてはいけない気がして、短く息を吐いて口を開いた。

「今はいない…けど凪と会わなくなってから付き合った人はいたよ」

凪は何も答えない。だけどその場の空気が変わったのがイヤでも分かる。なんで今になって凪はわたしに会いたいとか言うんだ。これ以上振り回されるのはキツい。

「…めちゃくちゃムカつく」

カップを見つめていた視線を凪へと向けるとわたしの体には微かに力が入った。だって普段あまり表情を変えない彼が眉間に皺を寄せて心底不機嫌に見える。

「おっ怒ってる?」
「別に怒ってないけど、すげーイヤだなって思って」

本当、凪ってなに考えてるのか分かんない。
なんで今更会いたいとか言うの。イヤだってどういうことなの。やっと吹っ切れたのに、またわたしはあの頃みたく後戻りしてしまうのだろうか。

「…それじゃあ凪、わたしのこと好きみたいだよ」

うるさいくらいに心臓がバクバクと音を鳴らす。この話を冗談です!と言える状況ではない。膝の上に置いた手のひらで服の袖を握った。


「うん。好きだよ。ずっと好き」


わたしの口から拍子抜けした声が漏れる。凪はわたしの瞳をじっと見つめると薄い唇を開いた。

「高校のときから好きだったよナマエのこと。好きだったから家にも呼んだし抱いた」
「ちょっと!ここカフェだから!やめてっ」
「むり。もう後悔したくないから聞いて欲しい」

わたしの口は凪の言葉によりつぐんだ。

「この間久々にブルーロックのヤツらと会う機会があってさ。そんときオンナの話になって、それでナマエのこと話した。玲王には有り得ねぇって怒られるし他のヤツらにももう絶対他に男いるだろうから諦めろって言われたんだけど、どうしてもナマエの横に俺以外のヤツがいるの想像したら、いてもたってもいらんなくなった」

いつも思ったことをわりかし直ぐに言葉にする癖に、凪はどう言葉にすれば分からないのか困惑している目つきでわたしを見つめる。

困ったのはわたしの方なんだよなぁ。あれからもう何年経ったと思ってるの。わたしがここまで気持ちを切り替えるまでにどれくらい掛かったと思ってるんだ。

「…でもその割には連絡くれたことなかったじゃん」
「…言い訳じゃないけど、連絡してる暇がなかった。ブルーロックに行ってる間も今も普段は練習ばかりしてるし。でも、ごめん。俺が悪かった」
「……」

あの頃、好きだと何度も口にしようとして出来ずに会えなくなってしまった凪が今、わたしの真正面にいて好きだと口にした。彼はスポーツや勉強なんかは何をやらせても天才だと口にされるのに、多分恋愛だけは不器用なのだろう。後者はわたしにも言えることなのだけど。一呼吸して凪に視線を合わせた。

「高校のときからずっと凪が好きだったよ。すっごい好きで凪が部活始めてから会えなくなって、全然連絡も取れなくなっちゃってから好きって言っておけば良かったってかなり引き摺ってたの」
「……」
「凪を忘れたくて他の人とも付き合ったりしたけど、全然上手くいかないの」

凪は静かにわたしの言葉の続きを待つ。落ち着いてる店内の中で、きっとわたしだけがこの場で緊張しているのだと思う。

「今日だって、本当に凪のこと忘れられてたらきっとわたしは来なかったよ」

呟くような言葉は、ちゃんと凪の耳には届いていた。
大人になったのは年齢だけで、凪への気持ちは結局16歳のあの頃から結局、わたしはなんにも変わっていなかったのだ。何処かで凪を思い出す自分がいる。

「好き。言うのが遅くなって悪いけど俺、の彼氏になりたい」

もう絶対に叶わない恋だと思っていたのに、もう会うことすらないだろうと思っていたのに、一番言いたかった言葉をやっと数年越しに言えて、一番言って貰いたかった言葉を、やっと聞けたのだ。

そんなの、わたしの返事なんて決まってる。



「会えなかった分、沢山好きって言って欲しい。サッカーも頑張って欲しいけど、一緒にいられるときはずっと一緒に凪といたい…めんど臭いかもだけど、ダメかな?」



凪は一瞬目を見開いた。今すぐ顔を両手で覆いたくなるほど恥ずかしいことを言ってしまった自覚がある。顔に熱を持ち出したわたしに凪は柔和に微笑むと口を開いた。




「…初めからそのつもり。っていうか俺、ナマエのことめんどいとか思ったこと一度もないよ。ずっと大事にするから覚悟しといて」






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