ブルロ夢 | ナノ


初めから好感度はカンストしてた






体だけの付き合いだもん。出会いはロマンチックなんてものは何一つなかった。寧ろわたしは大変失礼なことをしでかしてしまったって自覚もある。

わたしが働いている会社の元請けが、ホテルを貸し切って創立記念パーティを開催した。平社員のわたしなんかは通常出席なんて出来ない筈だが、何事も勉強!がモットーのウチの会社はまだ入社して2年そこそこのわたしを社会勉強として上司と共に出席させたのだ。
主催した企業がこれまた大きな会社で、バスタードミュンヘンのスポンサー企業であった為に、彼も呼ばれていたことが始まりだ。

「くれぐれも失礼のないように」
「…ハイ。ワカッテマス」

そんなに心配なら誰か別の人を。上司にそんな意味を込めつつ口から出るのはもはやテンプレともなった言葉である。わたしが参加と決まってからずっと口酸っぱく言われ続けているせいで、もう同じ返ししか思いつかない。
人が多すぎる場所はあまり得意じゃなくて、家に帰ったら何しようとか別のことを考えながらの人間観察。一応わたしは仕事で来ている訳だけど、周りを見るに遊びに来ているような感覚の方々も少なくはないんだろう。

「あそこにいるの、カイザー選手じゃないか?」
「え?わぁ…めちゃくちゃオーラありますね」

上司の視線の先に目を移せば、バスタードミュンヘンの顔とも呼べるミヒャエル・カイザー。彼の周りには常に誰かしら人がいて、有名人て大変だなぁと遠目でそれを眺めていた。ウチの会社自体はサッカー選手と直接関わり合いがないから、普通に過ごしていれば話す機会なんて当然巡っては来ない。だけどそんな彼が一瞬一人になった隙が出来ると、ここぞとばかりに「カイザーさん初めまして!」と媚びを売るかのように挨拶をしに駆け出した上司に唖然としてしまった。慌てて着いて行くも、彼は冷めた目付きでひどく不機嫌だったように思う。本日わたしは笑顔で頷いていればいいと上司にお達しを下されていた。だから全く相手にされない上司を横目に相槌を打ちこの場をやり過ごそうとしていたら、彼はわたしに目線を移して口を開いたのだ。

「つまらなさそうだな」と。

悪さがバレた子供の如くピシャリと背筋が凍った。そんなことありません!と慌てて弁解しても彼はクスクス笑うだけで、何を思ったのか彼はわたしに話の矛先を向けたのだ。名前や会社名等を聞かれパニックに陥り、何故わたし!?上司に聞いて!上司に!と戸惑って、なんて答えたかよく覚えていない。すると隣にいた上司は間に入ってサッカーの話題を持ち出してきた。ナイスアシスト!と助け舟(絶対そんなつもりはない)に感謝感激したのは言うまでもない。

「あっあの、自分ずっとカイザーさんのファンでして!」
「…ソリャドーモ。で、お前は?」
「え"っ」

なんでそんなにわたしに絡んで来るの。もうこの時点で頭は真っ白で、つい考えもせず咄嗟に言ってしまった。

「すみませ、ちょっとサッカーについては分からなくて…ッハ!」

目先の彼は天色の瞳をぱちくりと瞬きさせ、上司は石のように固まり、わたしは青ざめる。こんなに自分がバカだと思ったことはかつてあっただろうか。サッカーは興味ありませんと言ってるのと同じな失言をプロフットボーラーの目の前でしてしまった事に泣きたくなって、その顔まるでムンクの叫び。後悔先に立たずってまさにこのこと。

ヤバい!ヤバイヤバイどうしよう!!

冷や汗かいて顔を上げることが出来ずにいると、頭上から笑い声が降ってきた。拍子抜けしたわたしがおそるおそる彼に顔を向けると、口に手を添え笑いを堪えている彼が目に映る。

「ふっクク。そうか。うんうん、サッカーについては分からないか」
「あっいえ!?昨日ちょっと勉強したんですけど、えとカッカイザーさんのことは知ってますですハイ」
「へぇ? 興味ないのに名前を知って貰えていたとは光栄だな」

蛇に睨まれた蛙のように動けない。口にチャックをするように線を結び、この時ほど数分前に時間を巻き戻して欲しいと思ったことはなかった。

そうして彼はスーツのポケットからスマホを取り出すと、わたしに連絡先を交換しろと言ってきたのだ。

え、なんで?ハテナを浮かべるわたしに石から人間に戻った上司は自身の腕で早くしろと言わんばかりに小突くから、有無を言わさず連絡先を交換してしまったのが5ヶ月前の出会った日。




「その、先日は大変失礼なことを言ってしまってすみませんでした」
「ん?何度も言わせるな。別に気にしてない」
「でもそういう訳には…」
「早く食わないと料理が冷めるぞ」
「うぅ…」

それからあれよあれよとこの関係に行くまでがお恥ずかしながら早かった。まともに話したこともないのに食事に誘われ、最初こそ緊張して謝ることしか出来なかったのに、美味しそうな料理を目の前にしたわたしの反応はさぞ面白かったんだろう。「田舎娘かよ」と鼻で笑われ穴があったら入りたくなり、穴がないから目先の酒をグビグビ飲んだ。

その飲みっぷりに引いてたのは間違いなく彼である。わたしも男だったら当然引く。

「おい、正気か?さっき酒の追加頼んだばかりでもう空だぞ」
「こんな美味しいご飯と美味しいお酒があったら飲むしかないなって思って…へへ」

ゲエッと片口端を引き攣らせたカイザーさんに取り敢えず笑顔を作った。酒を飲んでしまえばこっちのものである。確かにご飯も美味しいし、いま飲んでいるこのお酒も飲みやすくてとっても美味しい。だけど彼がわたしを食事に誘った理由が分からない。話題に一度躓いてしまうと無言が嫌でも顔をだしてくるので、ここは酒の力を借りてさっさと酔った方が得策だと踏んだのだ。

その結果、カイザーさんはめちゃくちゃわたしに引いていた。自分からやった事だけど、ちょっとだけ複雑な心境ではあるが致し方がない。

しょうがないよね。ほぼ初対面で無言の空気がずっと流れるよりは、マシだとおもう。


「オマエ男いたことないだろ」
「し、失礼な!いたことくらいありますよ彼氏の1人や2人」
「ほう?それは悪いことを聞いた。随分女らしさに欠けているように見えたもんだからてっきり誰とも付き合ったことがないのかと」
「ひどいっ!」

カイザーさんは大口開けて笑う。あれから1時間。こんなわたしを見て幻滅し、お開きになると思ったら全然そんな雰囲気にならない。おかしいな。思ってたんと違う。

「ってか好きな人の前では流石にもうちょっと可愛く振る舞いますよ」
「ふぅん?どんな風に」

…どんな風にと聞かれましても。
最後に彼氏がいたのなんて3年程前のことだ。リアルタイムでフリー満喫中のわたしには、普段好きな人の前でどんな対応をしていたか遠の昔過ぎて情けないけど思い出せない。

「いや、そんなことどうでもいいじゃないですか」
「なぜだ?」
「なっなぜって、別にカイザーさんがわたしをそういう目で見てる訳でもないですし」
「なぜそう思う?」
「えぇ…」

なぜなぜ尽くしに困るんですけど。
うーんと首を傾げるわたしを他所にカイザーさんはグラスに残った酒を飲み干すと、頬杖ついて目を細めた。


「俺はお前を抱こうと思って今日ここに呼んだんだが」



「え…??」


彼は背もたれに掛けてあったジャケットを羽織ると思考が宇宙に飛んだわたしの手を引いて椅子から立ち上がらせた。一気に近くなったその距離に、胸は変な音を立てて口をポケッと開けていると、カイザーさんは「そんな顔も出来るんだな」と小さく笑った。





多い時は週に1回、日が空いても月に2度は必ずカイザーさんことミヒャエルくんはわたしを呼ぶようになった。気付けばこの関係は5ヶ月程続いていてわたしが一番驚いている。

でも別にわたしはミヒャエルくんの彼女という訳でもなんでもなくて、本当にただの体だけのお付き合いだ。
体だけのお付き合いと言っても、ただセックスしてバイバイするって訳じゃなくて、時間が合えば遊んでもくれるから、普通のセフレにしては珍しいなとも思う。そしてこれが結構楽しいと思ってしまう自分がいたりして。彼は聞き上手というかなんというか、わたしの面白みのない日常を聞いてくれるから、ついつい仕事の愚痴まで聞いて貰っちゃう始末。自分ばかりでは悪いと思って、最近はサッカーについてミヒャエルくんに話題を振ってみたら、何故か喜んでもくれた。

今日に至っては買い物にも付き合ってくれたミヒャエルくん。ずっと前から狙っていたバッグを買おうと思って、何ヶ月も貯めたお給料で支払おうと思ったら、彼は財布から1枚のカードを取り出し涼しい顔でそれを支払った。そんな事をして貰うつもりは毛頭なかったし、お金を渡そうとすれば頑なに受け取らない。それでもどうにかしてお金を受け取って貰おうとしていると、お金の代わりにわたしの手に持っていた荷物をサラりと彼は取って言ったのだ。

「はぁ…ほんとそういうとこは強情ねぇ。んじゃ、お前の飯が食いたい」

数秒考えてわたしの口から出た言葉は数ヶ月前に言われたことのある正気ですか?である。
それしか浮かばなかった。だってバッグの値段とわたしが作る料理だなんて、どう考えたって割に合わなさ過ぎる。わたしが三ツ星シェフかなにかであればとんでもないご馳走様を振る舞えるけど、生憎ただの一般平社員だ。だけどそれ以外は「いらん」と答える彼に、わたしは頷くしかなかった。

この日初めてホテルじゃなく彼の家にお邪魔した。わたしの住む家なんかと比べても仕方がないけれど、一人で住むには十分過ぎるくらい広い室内に圧倒されてしまい、子供みたいだと笑われる。口を尖らしたけれど、キスされてしまったらもう何も言えなくなった。名残惜しそうに唇が離れて、わたしの頭を撫でた彼は「早く作れ」と急かすから、こうなったのミヒャエルくんが悪いんじゃんとも思った。

誰でも出来る料理を「うまい」と言ってくれて、きっといつもミヒャエルくんが食べに連れて行ってくれるレストランのご飯の方が美味しいはずなのに、おかわりまでしてくれた。

「っふふ」
「なんだ?」
「ミヒャエルくん、家だとこんな風に食べる人だったんだなって思って」
「はぁ?」

思い出し笑いをしてしまったわたしに、彼は片眉を下げて怪訝な顔を浮かべる。

「外じゃないからな。家でいつもあんな畏まって食ってたら気が休まらないだろ」
「そういうものですか?」
「そういうモンだよ。ってかお前は空気読め。飯食ってもう1時間は経ってるしこのタイミングで言うか?随分と余裕なことで」

鎖骨にちゅ、とわざと音を立てて吸われると、わたしの口からは吐息混じりの嬌声が響く。おなかの奥がきゅう、と熱くなっていくのと同時に、頭の奥がふわふわとしてそれ以上、何も考えられなくなってしまった。

熱が上がりきった行為の後は、どうしても思考とは裏腹に眠たくなってしまう。今日はお昼過ぎからミヒャエルくんと過ごしていた訳だけど、時計を見れば0時になろうとしている頃で、もしかするとこんな長い時間一緒に過ごしたのは初めてなのかもしれない。
いつもはホテルだからそのまま寝入るけど、彼女でもないしここは彼の家でもあるから寝て良いものかと瞼の重くなってきた頭で考えた。考えたんだけど、わたしの頭を撫でるその手が気持ちが良くて、彼女でもない女にこういう所まで手を抜かないところ、ほんとう器用な人だなぁと思う。

今日は買い物に付き合って貰って、なんだかプレゼントまでして貰っちゃって、家にお呼ばれして、ご飯を作って、エッチして…。

あれ、こういうのって。


「なんだか今日のわたし、1日ミヒャエルくんの彼女になったみたいですね」


この時点で眠さはMAX。昨日夜ふかししたせいかもしれない。ピタリ、と一瞬彼の手が止まった。だけどすぐにまたわたしの頭を撫で始めた彼の手により、わたしは瞼を完璧に閉じてしまう。

なにかミヒャエルくんが言っていた気がするけれど特に起こして来なかったので、大したことではないんだろう。

たぶん、「寝言は寝て言え」みたいなことを言われたんだろうなぁ。








ミヒャエルくんは、わたしのことを可愛がってくれている。一緒にいて楽しいと思えるし、誘ってくれる辺りミヒャエルくんも少なからずそう思ってくれている…と思いたい。

だけど恋愛となると別物で、いくらアホなわたしでもそこら辺の線引きは出来ていたはずだ。

こういった一緒にいる期間が長くなると、人間情というものは余程のことがない限り湧くだろう。わたしはミヒャエルくんがいつも何をしているかとか聞かないし、束縛だってしたことはない。お前セフレじゃん?と言われたらそれまでだけど、本気になっちゃって詰め寄っちゃう子も中にはきっといるわけで。

セフレはセフレ。立場は弁えているつもり。

彼から例えばだけど、彼女が出来たからこの関係は終わり、とでも言われたら、潔く頷く予定だったのだ。
彼女以前に、ミヒャエルくんの遊んでいる女の子なんていっぱいいるんだろうけど。






街に用があって出掛けた際、呼び止められた。サングラスを掛けた女性は綺麗なブロンドに染まった髪を綺麗に巻いて、わたしに「話したいことがある」と声を掛けて来たのだ。サングラスのせいで表情は分かりづらいが、その声音は怒気を含んでいて、嫌な予感が頭を掠める。

仕切りのある個室風のカフェに通されて、わたしの注文を聞かずにアイスコーヒーを2つ頼んだ女性は真っ赤なルージュを引いた唇を開いた。

「単刀直入に言わせて貰うけど、あなたミヒャとはどういった関係?」

「へ…」

なんで知ってるんだと目が勝手に泳いでしまう。わたしも今ここでサングラスでもしていればなんて思うけど、生憎そんな魔法みたいなことが急に出来るわけもない。腕を組みながらわたしの方をジッと見つめている彼女は数秒わたしの返答を待っていたが、待ちきれず少々大きな声でわたしの名を呼んだ。

「しらばっくれんのも大概にしなさいよ!ほんとこんな貧相な女の何処が良いのかしら。アンタのせいでミヒャが連絡さえくれなくなったのよ」
「わ、わたしのせいですか?」
「アンタのせいしかないじゃない」

店員がコーヒーを持ってくると流石に一旦女性は黙った。でもこの怒り方から察した。多分きっと、この女性はミヒャエルくんとそういう関係にあった人なんだろう。でもなんでわたしがそこに出てくるのだ。

「えと、すいません。わたしその、ミヒャエ…カイザーさんの彼女でもなんでもないのですが」

この女性、沸点がどこにあるのか分からない。
わたしがそう発言した瞬間、口付けていたストローを噛んだものだから、ついひゅ、と息を飲んだ。

「そんなことは分かってるわよ!アタシが知りたいのはなんでアンタみたいな女にアタシ達が切られなきゃなんないのかってワケ!」
「ひぅ!!…たっ達ってそんなに沢山いる、ってことですか」
「はぁ?自分だけが特別だと思わないで。あのミヒャエル・カイザーよ。アンタが独り占めして良いような男じゃないの。アンタ馬鹿って言われない?」

…言われるけど。主にミヒャエルくんに。この人に言われるとちょっとムッとするのは何故だろう。
黙り込んでしまったわたしに彼女は多少落ちついたのか、ため息を吐きながら言葉を続ける。

「ミヒャはね、特定の女は作らないの。昔からそういう男だった。何故だか分かる?」
「い、いえ…」
「女に執着されて縛られるのを世界一嫌う男だからよ」

アイスコーヒーの氷がカラン、と揺れた。
今日は昼間暑いはずだけど、寒く感じる。このカフェの冷房が効きすぎているのか、それともこの女性のせいでこの場の空気の温度が下がったような気がするのか、答えは両方に違いない。

「それなのに何?好きな女が出来たとかなんとか言ってお前らとはもう切るってそれからサッパリなの」
「……」
「ねぇ、返してくれない?見る限りアナタってミヒャに釣り合う要素1つもないじゃない。どうやって誑かしたの?」

散々な言われように思わず乾いた笑いが出そうになった。でも待って。この人絶対勘違いしてる。わたしは確かに未だに関係は切られていないけど、ミヒャエルくんの彼女では絶対ないし、わたしを好きとかいう訳でもきっとない。

本人とそんな話をしたことがないけれど、目の前にいる女性を見て思う。サングラスを取れば絶対の美人さま。多分ミヒャエルくんはごく普通のわたしと遊んでやっかみたいな感覚が延長してしまっただけだと思う。

「…なんとか言いなさいよ」
「あ、えっと」
「……」



「多分勘違いか何かだと思います。わたし確かにミヒャエルくんとは知り合いですけど、彼女では誓ってないので、安心、して欲しいです」


唇だけでなくお顔まで真っ赤に染めた女性は拉致があかないと思ったのか、わたしに規制用語になりかねない暴言を吐くと店を出て行ってしまった。


「……」


暫く放心状態に陥ったわたしは数分経つと急に心臓がけたたましいくらいの音を立て始めて先程起こったことがフラッシュバックする。

「……こっわ」

ミヒャエルくん、わたしが言えることじゃないとは思うけど、絶対人を選んだ方がいい。もしあんな方とお付き合いでもしたら大変なことになりそうだ。

ってかもしかしてわたし、このまま関係続けていたらまた今のようにミヒャエルくんと関係を持った女に捕まる可能性があるのでは?そもそも好きな子いるならこの関係自体潮時じゃない?

そう思ったわたしはいまだに吐きそうな程音を立てている心臓を他所にスマホを取り出し、ミヒャエルくんにメッセージを送ったのだ。











2時間前に送った"もう会うのは終わりにしましょう"というメッセージ。終わってしまったという寂しさを感じる暇もなくすぐに既読がつき、数秒後に掛かってきた電話。どういう事だと迫る彼に理由を考える時間も足りなかったわたしは「とにかくもう終わりにしたい」としか言えなかったのだ。それでは納得してくれなかったミヒャエルくんは、明日試合で早いというにも関わらずわたしの家に訪れたのが役10分ほど前のこと。

「で、理由を説明しろ」
「えぇと…前々から思ってたっていうか」
「それじゃ理由にならない。俺の何がダメだったかを言え」
「ダメなんてところは特に…」

珍しくミヒャエルくんは困ったように首を傾げた。

「連絡するのが多かったか?」
「いやそれは全然…」
「俺が前に飯作れって言ったのが嫌だったのか?」
「それはわたしの方がプレゼントして貰っちゃったので寧ろああいうご飯で申し訳なかったというか」
「……じゃあセックスがダメだったのか」
「せっっ!?」

今それ言うか!?
わなわなと口をパクパクさせているわたしにミヒャエルくんは一等低いトーンで口を開く。

「答えろ」
「う…そっそれは問題じゃなくて」
「じゃあなんなんだ」

どうしても理由を聞きたいミヒャエルくんは痺れを切らしたのかわたしをカーペットの下に押し倒した。

「ちょ、ミヒャエルくっ」
「どうしても言いたくねぇんだったら無理にでもその小せぇ口から言わせるしかないだろ。ナマエチャンは反抗期のようだからな」
「わっ分かった!言いますっ言いますから!」

わたしの両腕を固定して腕がやっと離れる。
ものすごく不機嫌なミヒャエルくんにもう言うしかないと腹を決めて、今日の出来事をトボトボと吐き出していく。




「……ということで、ミヒャエルくんガチ勢にしこたま怒られちゃいまして」
「……どんな女だ?」
「サングラス掛けてたのでどんな人かまでは…多分綺麗な人だと思います」
「誰だ…クソ分からん」

一瞬で思いつかないだなんて、本当にあの女性が言った通り彼にはたくさんの遊んでいる女の子がいたんだろうな。ミヒャエルくんはイライラを隠さない。別に今わたしが怒られている訳ではないのに、漂う空気が重すぎてつい目を逸らしてしまいそうになる。

「おいナマエ」
「え?…ぅわっ」

名前を呼ばれると同時に腕を引き寄せられると、わたしはミヒャエルくんの胸にすっぽり収まってしまった。

「ちょっ」
「…悪かった。不快な思いさせて」

ぎゅうぅ、と苦しいくらいに抱き締められると、ミヒャエルくんの香水の香りが間近で香る。それが今ミヒャエルくんと一緒にいるってことを実感出来て、最近はこの香りが好きにもなった。

「…わたしは全然」

ぽつりと呟いたわたしの返答に、そっと顔を上げるとミヒャエルくんは悲しげに表情を曇らせていた。いつもわたしのことをからかったりもすることが多いから、たまにミヒャエルくんのこういうところを見てしまうとどうすれば良いのか分からなくなる。

でも勘違いしちゃいけない。わたしはセフレであり、ミヒャエルくんには好きな子がいるようだし。どの道今日でこの関係が終わることは確かなのだ。

わたしの中で思ったよりも長く続いたこの関係に突然終止符を打つことになるけれど、元からいつ切られてもおかしくないなって思っていたし、分かっていたことだ。

ただちょっと、寂しく感じるだけ。

ミヒャエルくんの服の袖をきゅ、と掴んだ。
そうして1拍おいて、わたしは静かに口を開いたのだ。

「…お別れです。ちょっと寂しいけど」
「はぁ?だからなんでそうなるんだ」
「いやだって、ミヒャエルくん好きな子いるんですよね?キープみたいなのは流石に…」
「ハ?…ハァ?」

ミヒャエルくんは眉を顰めた後、全てを悟ったように脱力したような声を洩らした。そうしてわたしに視線を合わせるとわたしの頭をぐしゃぐしゃと結構な力で撫で回す。

「なっなんなんですかいきなりっ」
「なんなんだはお前だクソバカ。俺が好きなのはお前だって分かってただろ」
「は!?わっ分かりっこないですよそんなん、嘘だ」
「分かるだろ!他の女の連絡先はとっくに切ったし、こんなに俺から連絡してやって飯もお前の好きな食い物があるとこに連れてって、お前に会いたいが為に時間も空けてる。普通ここまでしてりゃクソ分かるだろ!」
「えぇ…」

圧倒的なミヒャエルくん式理論と告白に、頭の処理が追いつかない。言われてみればそうかもしれないけど、言われなければずっと器用な人だなぁと思っていたから。というか女の人を切っていたのだって今日女性に会わなきゃ分からなかったことだ。

なんとも言えない空気と、形容しがたい感情がわたしを襲う。自信家の彼がこれまた珍しく不安げに眉を下げたから、今が夢じゃないかとも思ってしまう。

「……いつから好きでいてくれてたんですか?」
「…お前初め俺に全く興味がなかったろ」
「あ…あの時はその、すみませ、」
「別に謝らなくていい。ってか俺にあんな風な態度を取る女が今までいなかったからな。珍しくて遊んでやろうと思ったら……本気になった」
「そっそんな前から?ってかそれ喜んでいいのかな」
「クソ喜べ。俺は自分から女にここまで本気になったことはない」

上目線な態度の物言いなのに、何故か憎めないのはミヒャエルくんだからだろうか。わたしの頭を撫でていた彼の手はわたしの頬をなぞり、そのままその手は離れてしまった。


「…返事は?」


時計の秒針が耳へと届く。
まさかわたしを好きでいてくれているだなんて微塵にも思わなくて、言葉に詰まってしまった。

だけど彼は微笑んだ。黙ってしまったわたしに触れるだけのキスを落としてゆっくりとその唇が離れると、愛しくて仕方がないと言わんばかりの柔和な笑みをわたしにして見せたのだ。




「お前、好きな奴の前ではそういう顔をするんだな」









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