ブルロ夢 | ナノ


これは2つの意味での"大事"な話



※幼なじみで本当の兄のように冴を大事にしていて3ヶ月後に凛との結婚式を控えている主と、傍から兄妹なんて思ったことはなかったけど言えなかった冴の話。




懐かしい夢を見た。

わたしの一個上が冴、わたしの1つ下が凛。真ん中にわたしで親同士が仲良かった故に大体毎日一緒に過ごしてた幼少期。所謂幼なじみというやつ。

冴がサッカーの練習をしているのをいつも凛と2人で眺めていて「流石だね」、「かっこいいね」と可愛らしい会話をしていた子供の頃。

今でこそプロとなり日本の至宝とまで言われている彼だけど、冴の1番最初のファンは凛とわたしだったろうと思う。これだけは誰に何を言われたって譲れない。きっと多分、凛もそうやって思ってる。

冴が魅せるプレースタイルに見惚れては、子供ながらに一生懸命応援してた。
冴が1点取れば凛とガッツポーズして、ハットトリックキメた日には2人のお小遣いを出し合いながらケーキでお祝いなんかしちゃったりして。「お前ら何してんだ。誕生日じゃねぇんだよ」と言いながらも、この時ばかりは蝋燭を立てた小さなケーキ1つに笑ってくれて、余り表情を表に出してくれない冴だったからそれがとても嬉しかった。蝋燭は凛が結局吹き消したけど、もくもくと食べてくれていたからそれなりに喜んでくれていたんだろうなと思う。

凛が兄のようになりたいと努力している姿を見るのは微笑ましくて、どんどん上達していく2人が誇らしかった。わたしは応援することしか出来なかったが、周りから「糸師兄弟ヤバくね?」と耳に入る度、そうでしょそうでしょ?2人はとっても凄いんだよ!とまるで自分のことのように嬉しかったっけ。

冴が夢を追いかけスペインへ旅立ち、そんな背中を日本から追いかけた凛。
わたし達は3人から2人きりになってしまったけれど、わたしは変わらず凛を応援して、冴のことも同じくらい応援していた。

それから時は流れて息を吐けば白く手が悴むくらいに寒くなった冬の季節。
きっとわたしよりもその日を楽しみにしていたであろう凛の前に現れたのは、スペインから一時帰国した冴だった。

憧れ続けていた冴がMFになると帰ってきたときの、凛との兄弟仲に亀裂が生じたあの日。

凛はわたしに「なんでもねぇ」としか言わなかったが、どうしても放っておけなかったのだ。それは幼なじみとしても勿論あるけれど、そうではなくて。歳は子供であるものの、自分の気持ちが分からないほどの年齢ではなかった。
凛の頑張るその姿を1番間近で見ていたからなのか、それとももうずっと前からそうだったのか、きっとその答えは後者であり、自然と押し寄せてくるこの気持ちは冴と一緒にいるときとは感じない別の感情だった。ただ応援するというのではなく、人に頼るのが苦手になった凛を1番近くで支えたいと強くそう思ったのだ。


そんなすこし昔の、懐かしい記憶の夢を見た。







薄明るい部屋の中でパチッと目を覚ました。ふかふかの羽毛布団は実家の物より肌触りも良く、寝心地が良過ぎるせいでぼぅとしていればまたすぐ夢の世界に引き摺り込まれてしまいそうなくらい気持ちがいい。だけど今日のわたしはこれ以上眠っちゃいけない。寝惚けた脳を無理矢理起こすようにスマホを手に取り時刻を確認して、未だ見慣れない室内にあるわたしの私物ではない愛しい彼の物が目に入ると胸が一度大きく高鳴り目が徐々に冴えていく。
カーテンを開けて窓から見える景色は日本と違うけど、今日は晴れを知らせる太陽が顔を覗かせているから自然と気分は上がった。

昨日寝落ちしてしまったから"おはよ。今日も頑張ってね"と文字を打ち、大好き!とお可愛いキャラのスタンプを添えて送信。きっとこのスタンプを見たであろう彼はフン、と涼しく鼻で笑いながら満更でもない顔を浮かべるんだろう。それが安易に想像出来て自然と頬が緩む。

顔を洗ってメイクして、昨日荷物を詰め込んだキャリーケースをクローゼットから取り出すと、なんだか日本を旅立ったときの事を思い出す。

家主が留守の部屋に「行ってきます」と呟いて家を出た。後先のことを考えると絶対怒られるだろうな、なんて少し考えてもみたりしたが、多分きっと今を逃したらこんな機会は訪れないだろうし、やっぱり義兄になる方には出席して貰いたい。

だからこうして遥々フランスからスペインまで来たってわけ。

電車を使い、約7時間かけて。

「普通にアホだろ。飛行機使え」
「や!考えたんだけどさ、ちょい1人で飛行機はまだ勇気がいるっていうか」
「なんの勇気だ。お前はガキか」
「う"…」
「俺は13で飛行機1人で乗れたぞ」
「う"ぅ…」
「知ってるか?そういうのを時間のムダっつーんだよ」

昨日の夕方にスペインに着いた訳だけど、さすがに長旅はしんどくホテルに直行し、今日の朝ホテルを出て向かった先は凛の兄の家。
玄関先のドアから顔を出した男は久しぶりの再会というのにも関わらず容赦なく悪態という名の事実を淡々と述べていく。口にされてもいないのに「帰れ」という圧を全然隠さない。少しくらい「久しぶり!」みたいな態度を見せてくれてもいいのに、やっぱり冴は冴だった。

「連絡くれぇしろ」
「したじゃん」
「3日前にこっち来るとか連絡来て、今日インターフォン急に押す奴がいるか。俺がいなかったらどうしてたんだ」
「あー…そのときは…そのとき?」
「……はぁ」

沈黙の後の深いため息も想定内であるからこれしきの事でめげてはいけない。

「帰れ」
「あっ!ちょっ!?」
「俺はお前と違って暇じゃねぇ」
「まっ待ってって!」

ドアを容赦なく閉めようとしてきたので咄嗟に足を入れ阻止すると、冴の顔は見る見るうちに歪んでいく。へへへ、と笑ってみるも冴の表情は変わらない。寧ろ更に綺麗なお顔の眉間に皺が寄るだけだった。まるでこの姿はお断りに徹した住人の姿と必死なセールスマンの図に見える気もしなくはないんですけど。

「とっ取り敢えず中に入れてくんないかな?」
「俺はお前を家に呼んだ覚えはねぇ」
「ひどっ!いいじゃん、久しぶりの再会じゃんか」

口を尖らしてみたって冴は相変わらずな対応である。それがちょっと懐かしくもあり、塩対応過ぎないかとも思う。だけどあまりにも冴が家の中には入れたくないようなのでハッとある事に気付いた。

「さえもしかして…」
「は?」
「コレですか…!?」

小指を立てて見ると一瞬固まった冴にすかさずニヤリと笑うわたし。しかしすぐその顔は更に不機嫌さを丸出しにし、舌打ちと共にツッコミが入った。


「ンなわけねぇだろ色恋オンナ。お前ほんとそういうとこ変わってねぇな」
「あだっ」


伸びてきた冴の指にデコピンをカマされ色気のない声がわたしの口から洩れた。





「こんな広いところに1人で住んでて寂しくない?」
「あ?マネージャーが勝手に用意した家だし別に。つかそれ飲んだらマジで早く帰れ」
「はいはい」

リビングだけで結構な広さのある室内でお茶を飲んで数分。旅立つときに凛たちのお母さんが持たせてくれた塩こぶ茶に感謝をしなければ。あと日本のお菓子。それがなかったら絶対家に入れてくれなかったに違いない。

「これ冴にってお母さんが持たせてくれたものなんだよ」
「なんでテメェに頼むんだよ」
「わたしが冴に会いに行くって言っといたからかな」
「はぁ?」

冴へのお土産のお菓子を2、3個摘むと美味しくて頬が緩む。外国のお菓子も美味しいけれど、やっぱり日本のお菓子は慣れ親しんだ味というかなんというか安心するしちょっと日本が恋しくなったりしてしまうんだよね。

「ってかお前言ってあんのか?」
「ん?なにを?」
「何をって、アイツにだよ」

頬杖ついている冴に視線を合わす。
冴の言っているアイツとは凛のことだろう。お茶を1口啜り、息を吐く。

「言ってない」
「今すぐ帰れ」

気持ちがよすぎる程の即答に思わず苦笑してしまった。

「大丈夫だって。明後日遠征から凛帰って来るから明日には帰るよ」
「は?」
「ちゃんとホテルも予約してあるから大丈夫大丈夫」
「そういうことじゃねぇ」

何を言われてもここまで来て後には引けないし、これはもうずっと前から考えてたことだから。
きっと冴は凛のことを心配しているんだろうが、それも分かった上で今日ここまでやって来たのだ。

「心配しなくても用事が済んだら帰るよ」
「んならとっとと用事済ませて帰れ」
「すっごく帰らせたがるじゃん。傷付くんですけど」
「一昨日急にウチ行くとかなんとかっつって連絡したお前に言われたくねぇな。そもそも俺は返事をしてねぇ」

既読無視常習犯の糸師 冴くんよ。それはごもっともなんですけどね?

論破され何も言えなくなったわたしは口をぎゅむ、と閉じ、暫しの沈黙が襲う。それでもわたしは安堵した。テレビの中の冴は何度も見たけれど、数年ぶりに会った冴はあの頃となんら変わりがなかったから。でもほんの少し、疲れているように見える。

「あっ、今更なんだけど今日ってオフだよね?」
「お前のせいで予定が狂ってんだけどな」
「それは…ゴメン。時間貰っちゃったお礼っていうかキッチン借りてもいい?」

時計の針はもう時期お昼の時刻を指そうとしている。
冴は意味が分からないと片眉を下げると3秒後、露骨に嫌そうな顔をわたしに向けた。

「空いてもお前の料理なんか食えすか。いっつも失敗しまくってただろ」
「んなっいつの話してんの!ってかアレからわたし料理覚えたしきっと冴が美味しいって言って貰えるようなもの作れるよ」

怪訝な表情を浮かべる冴は絶対に信じてないって顔をしてる。恥ずかしい。むかし皆にもあったであろう一時料理にハマった小学生の頃。力作を誰かに食べて貰いたく、そういうときは決まって凛と冴の家によく持って行って食べて貰っていたという忘れがたきわたしの黒歴史である。

『どうかなどうかな!?おいしい!?』
『…お前味見したか?』
『あじみ…?ああ、でも今日はしゅこうを変えてみようと思ってお塩も多めにいれてみたんだけど、』
『はぁ!?普通でいーんだよ普通で!変なアイデンティティは時に人を死に至らしめるぞ!なんでそれが分からねぇ!』
『アッアイデン?どういうことなのそれ』
『ヴッ…』
『凛!ほら見ろ!まだ死ぬな水を飲め!』

爆発的に料理下手であったわたしは凛の顔が青白くなったことから料理禁止令を冴が発令した。しかし言うことを聞くわたしではなくそれからも作っては持って行き、その度に凛が犠牲となる大変申し訳ない苦い思い出である。

「あの時は本当にゴメン」
「…ふん、今更言われてもな」
「でも毎回食べてくれるのが嬉しかったんだよね」

冴は何を考えているのか分からないなんとも言えない表情をわたしにして見せた。そうしてハァ、と息を吐くと椅子から立ち上がり寝室らしき部屋に向かってドアを閉めてしまった。そうして数分も経たない内に出てきた冴は余所行きのオシャレな服を身にまとっている。

「どっか行くの?」
「アホかお前。今ウチに材料がねぇんだよ」
「ふぅん?」
「ふぅんじゃねぇ。お前スーパーが何処にあんのか知ってんのか」

瞬き2回、いや3回。まさか冴が買い物に着いて来てくれるとは思わず言葉の意味を理解すると自分の顔がすぐ笑顔になっていくのが分かった。そんなわたしを見るも無言で玄関へ向かう冴に言い返す言葉は勿論これである。

「ありがとっお兄ちゃん」
「気色悪ぃんだよ。ってかお前の兄になる気は更々ねぇ」

引いた目つきでわたしを見やる冴を横目に、わたしの口角は上がっていくばかりだ。凛と付き合ってからこういう風にちゃんと話せる機会が少なかったから、嬉しくて仕方がなかった。こんな会話が子供の頃に戻ったような感覚で、ここに凛もいたらなぁとは思うけど、昔よりはギクシャクしていないとはいえ直ぐにそれは難しいかもしれない。言葉足らずな所が2人にはあるけれど、いつかはそれが叶えばいいなぁとずっと思ってる。





フランスに越して来てからも思うこと。海外のスーパーマーケットって本当に目新しいものばかりで面白い。日本にも海外から取り寄せた商品はあるが、やはり本場はちがう。ついついいろんな物に目移りしてしまうと冴が急かしてくるから我に返る。何が食べたいか聞いても食えりゃなんでもいいの一点張りで、頬を膨らましても知らん顔だ。そうして買い物を済まし冴の家へと帰宅した。

「ちょっと買いすぎちゃった。はは」
「だろうな。どうすんだよこんなに」
「なんとかなるよ!大丈夫!」

冴をソファに座らせてリモコンを持たせる。なんとなくだが料理の最中の視線が痛かった。絶対に前科のあるわたしの料理の腕を疑っているんだろうと思う。

冴の視線に気付かないフリをして、料理を作る。
でもまぁ昔よりはマシになったってだけで、コックさんだとかその道を職業としている人たちには敵わないけれど、凛が青白くならず完食してくれるレベルには成長したので大丈夫だと思いたい。

料理が出来上がる頃にはもう14時を過ぎていた。
冴を呼べばテーブルに置かれた料理を見て彼は目を見開く。

「どうかな。一応全部日本食にしたんだけど」
「……」
「冷める前に食べよ!わたしがお腹すき過ぎて死にそう」

箸を持ちわたしの作った料理を口に運ぶ冴に少なからず美味しいだろうかという緊張と不安が襲う。だけどそれは杞憂だった。

「…うまい」

わたしの持っていた箸が止まる。
聞き間違いかと思った。だってあの冴に褒められるだなんて思いもよらなくて。

「おいなんだその顔は」
「えっ?いや、冴が褒めてくれるだなんて思わなくてその、びっくりしちゃった」
「俺だってうまけりゃうまいって普通に言うわ」
「ほっほんと?」

これだけで昔の黒歴史が消え去ったかのような威力であった。なんなら録音しておきたかったくらいに。凛に褒めて貰えたときと同じくらいの感動で、目の奥がほんの少しだけ熱くなる。

「っいっぱい食べてね!おかわりあるし、後で残った食材でなんか作り置き作っておこうか?」
「あぁ、頼む」
「えっ」

自分で言ったんだけど、冴の返事にフリーズ状態。だっていつもの悪態をつく冴がそこにはおらず、お味噌汁を飲んで素直に頷くものだから、こんなの驚きという言葉しか出てこなくてわたしの口はポケッと開いてく。その後もおかわりをしてくれた冴にまた更に感動してしまい、日本昔ばなしに出てくるような山型にご飯をよそったら流石にそれは怒られてしまった。

「今日作ったやつね、実は凛も好きなご飯なんだ」
「…あ?」
「和食系統で冴の好きな物分かんないから何作ろうかなって迷ったけど、美味しく食べて貰えて良かったよ」
「……」

洗い物を終えて、残った食材で簡単な作り置きも作って一休み。もう外はすっかり陽が落ちてお月様が顔を出している。そろそろホテルに戻らなきゃならない。大事なオフだったのに、一日時間を奪ってしまったことを申し訳なく思う。

「それでね?これ、冴に渡したくて今日来たの」

バッグのなかから1枚の封筒を取り出して冴に手渡すと、相変わらずの無表情で冴は受け取ってくれた。

「お母さん達から聞いてるかもしれないけど、3ヶ月後に結婚式を開く予定だから冴にも出席して貰いたくって」
「…わざわざこれの為にここまで来たワケか」
「そ!冴はわたしの大事な幼なじみだしお兄ちゃんですから。直接渡したかったんだよね。忙しいとは思うけど凛も冴が来てくれたら嬉しいと思う。わたしも勿論嬉しいよ」

本当は郵送で送ればそれで良かったんだけど、どうしてもコレは手渡したかった。冴とわたし達は頻繁に連絡を取り合っている訳ではない。だけど昔からの仲なのに郵送だとか電話で知らせるってなんか味気ないと思ったのだ。冴はわたしの大事な幼なじみであり、凛の大事な兄弟だ。少し仲違いをしてしまった彼らだけど、心の奥底では今だって凛は冴のことを誇りに思っているし冴に1番に認められたいと思ってる。凛はずっと近くにいたわたしにさえ「どうでもいい」とか言うけれど、それは素直になれないだけなのだ。

「忙しいとは聞いてるんだけどさ、3ヶ月後なら予定なんとかなるかなって思って」
「バカだろ」
「昔から冴はわたしにバカバカ言うよね」
「バカにバカっつって何が悪い」

ムゥっと頬を膨らますと、冴はほんの少しだけ困ったように眉を下げた。

「お前の義兄になる気はねぇけど」
「まっまたそんなこと言って、」
「式に行かねぇとは言ってねぇだろ」

へ?と呆けた顔になるわたしに、もう眉を下げた冴はそこにはいない。そうしてわたしの腕をグイッと引っ張ると、わたしを引き寄せ抱き締めたのだ。

「あっ、さっさえ!?」
「お前がここまでしなくても、もうアイツから出席しろってとっくに連絡が来てんだよ」
「…え?」
「ハッ、お前らほんとにそれでも夫婦かよ…ほんとうに」

鼻で笑った冴はその先の言葉を飲み込んだ。
凛が冴に連絡取っていたこと、そして今のこの状況。この大きな事態にわたしの持ちうる思考能力では処理出来ずキャパオーバーを起こしている。

「さえ、ちょっはっ離して」

冴の腕から逃れようと胸板を叩くが一向に冴は退いてはくれない。

「お前らは似た者同士だな」
「…へ」

顔を上げると、わたしの喉から出た語彙は全て消え去っていく。

だってあの冴が、どんな時でも人前ではそんな顔を見せない冴が、瞳の色に陰りを含んで寂しそうにわたしを見下ろしていたからだ。

「…あ、あの」
「明日の朝イチ、空港へ行け」
「くっ空港?」

また急に意味も分からないことを述べる冴に復唱すると、冴はわたしの頭をわしゃわしゃと力強く片手で撫でた。

「ちょっと!やめ、」
「アイツが迎えに来る」
「はい??」

わたしの瞳はパチパチ瞬く。
抱いていた腕が離れると、冴はわたしに視線を合わせた。それが逸らせないほどわたしを真っ直ぐ見つめるものだから、思わず息をゴクリと飲み込んだ。

「俺の愚弟がお前を貰ってやるんだ。感謝しろ」
「は?」
「凛はお前が俺のことに関与するとウザくなるのいい加減に気付け」
「は?は?」

わたしの目の前に翳された冴のスマホのトーク画面。
その相手は凛であり、わたしがスペインに来ていることを知らせているものだった。

「こっこういうのは内緒にしとくもんじゃん!?」
「お前みてぇなアホは嘘ついたってどっかでボロが出んだろ。そん時の俺の身にもなれ。くそめんどくせぇ」
「くっ…」

これでわたしの計画は完璧におじゃんになった事を示す訳でして。ってか何?2人ってわたしが思ってたよりも仲良しだったってこと??性格まで見透かされ、青ざめ始めたわたしに冴は楽しげに口端を上げた。

「鬼!悪魔!!」
「なんとでも言え。後のことは俺は知らねぇ」

ギャンギャン吠えるわたしを他所に、冴はまるで自分の私物のようにわたしのバッグを漁ってスマホをわたしに投げ渡す。

「アイツから連絡来てんだろどーせ」

ハッとした頃には時すでに遅し。
凛以外あまり用をなさないわたしのスマホはスペインに向かう際の電車でマナーモードにしてからすっかり切るのを忘れていた。そのため凛からの鬼電&LINEの通知で埋め尽くされている。

"着信 凛"
"着信 凛"
"おい電話出ろ"
"説明しろ"
"勝手に兄貴の家行ってんじゃねぇ"
"着信 凛"
"何してんだ"
"着信 凛"
"お前調子乗ってんな"…エトセトラ。

そうして最新の通知は"迎えに行く"である。

「ヤバい、凛めちゃくちゃ怒ってる」
「だろうな」
「だろうな!?」

恐怖に怯えたわたしの顔が余程面白いのか冴は珍しく声に出してくつくつと笑っている。これがこんな意味でなければとても喜ばしいことなのだけど、今はそんなことに浸っている場合ではない。

ホテルに帰って多分何かを勘違いしているであろう凛に謝罪をしなければ!

「わっわたし用も済んだし帰るね!」
「もう帰んのか。泊まってきゃいいじゃねぇか」

背を見せたわたしが冴の言葉にギョッとして振り返れば、冴は壁に背をついて揶揄うように笑みを浮かべている。

「っそれは是非今度凛と来たときで!」

あんなにわたしが来た時は帰れアピールが凄かったくせにこういうときだけ楽しんでるの良くない。そういえば冴にはちょっとこんな場面が昔からあることをすっかり頭から抜け落ちてた。

冴の返事を待たずに玄関へ急ぎ靴を履く。
そうして玄関のドアに手を掛けて、先程聞きそびれたことを思い出したのだ。

「そっそういえばあの、さっきのハグって、」
「ありゃ別れのハグだ。わざわざここまで足を運んだお前に別れのハグ」
「意味分かんないんだけど!?」

小首を傾げたわたしに冴はスン、とした顔でわたしを外に出す。

「一生分かんなくていーんだよ」

冴の考えていることは凛よりよっぽど分かりにくい。
納得いかないわたしに冴はそれ以上何も言う気はないらしく、そうこうしている間にも鳴り出した着信。
それは紛れもなく凛で、話はそこで終わりを迎える。

「っさえ、今日はありがとう。結婚式絶対に来てね」
「…気が向いたらな」

冴の家を出てホテルまでの道のり。ワンコールで出なかったことから更にお怒りの凛にお叱りの電話を受け、涙しながら謝罪した。
それは予定を早めて空港まで迎えに来てくれてからの機内でも続き、機嫌を直してくれるまでにそれから1週間は掛かったと思う。

「俺に内緒にすんじゃねぇ」
「凛だってわたしの知らないとこで冴と連絡取ってたじゃん」
「俺のは血の繋がった兄貴だ。お前とはワケが違ぇんだよ」

そうしてわたしと凛の間に出来た決まり事は報連相を怠らないこと、である。これはきっと生涯守らなきゃいけない約束事になるんだと思う。

その為冴とは連絡を取れていなかったのだけど、凛と仲直りしてから家に届いた招待状の返信欄。出席の箇所に丸で囲まれているのが目に映ったとき、凛の顔は至極嬉しそうだったのは内緒にしておこうと思う。






−−−−−−−








一人になった室内はいつものことなのに何故か無性につまらない空間に感じられた。この感覚は好きではない。スペインに訪れて初めて実家を離れて一人暮らしをした日を思い出すからだ。


「…こんな食えすかバカ」


冷蔵庫の中には大量の作り置きがガラス容器に入れられ保存されている。賞味期限とか気にしたことねぇんだろうなあのバカは。そんなことを思っては、浮かんでくるのはアイツの顔ばかり。無駄にため息吐いてみたって一向にアイツの顔は消えてはくれず嫌気が指した。



たった一人の俺の幼なじみが、俺の弟と結婚することになった。
電話口で話す母は嬉しそうであり、安心していた様子だった。幼き頃から俺にべったりで執着していた凛が結婚を決めたのが、昔から俺らを知っているアイツだったから無理もない。

アイツがまさか本当にスペインまで来るとは誤算だった。無視してりゃどうにか諦めると思った俺が間違いだったのだ。

「久しぶり!元気だった?」

最後に会った日からなんにも変わってないお前に少なからず驚いて、笑顔は子供のように幼い。だけど左手にはしっかり誰かのモノであることを想像させる指輪が嵌められていて、それが目に入ると嫌なモヤが心臓辺りに掛かって気持ちが悪かった。

俺が悪態をついたって口を尖らせその後はケロりと笑顔を見せるあの顔は、昔から苦手だ。

料理下手であったアイツが、こんなにもうまい物を作れるようになるだなんて思ってもみなかった。それでいて今お前の目の前にいるのは俺なのに、その先に出てくる言葉は必ず「凛」なんだから、そんなの面白くない。

だが実際に俺のいない間、凛のことを支えていたのはアイツだ。アイツが凛を恋愛感情を持って接しているのだって、きっとアイツ本人より俺は先に気付いてた。

会わなければどうってことないって思ってたが、それは甘かった。来てしまえば結局蓋をしめていたものは簡単に崩れさる訳で。

「何が別れのハグだよ。ンなのあるわけねぇだろうが」

自虐めいたから笑いが口から洩れた。
きっとアイツはアホでバカで俺のことには一生疎いから、意味なんて本当に分かってねぇんだろうな。

弟のモノになってしまうアイツを一瞬でも帰したくねぇと、攫っちまいてぇなと思ってしまった自分に反吐が出る。お前の義兄なんかに一生なりたくねぇんだよこっちは。

会うつもりなんてなかったのに、会えば経ったの数時間でまたこんなに心情をかき乱されるとは思わなかった。なんて最悪極まりない。








「冴ちゃん昨日の用事は大丈夫だった?」
「あ?」
「ほら、急に仕事全てキャンセルしてオフくれって言うからびっくりしちゃったよ」

マネージャーがルームミラー越しに俺を心配しながら目を向けたのが分かった。だが気づかないフリをして俺は車窓に目を向ける。

「…別に」
「そっか。…それで試合前で悪いんだけど、今日は雑誌の取材もあって、」
「ああ。分かってる」

マネージャーの言葉に頷けば、ホッとしたような声で何かを言っていたがそれは右から左へと流れていき耳に入らなかった。

「……おい」
「ん?なんだい?」
「この間キャンセルしろって言った仕事あったろ。それ引き受けてやる」
「えっ!?あの嫌だって言ってたモデルの仕事の件だよね!?」
「ああ。その代わり結婚式に出席するからオフが欲しい」
「結婚式!?それはおめでたいけど、誰と誰の?」

はぁ、と息を吐き1拍置いた。
そうして俺はルームミラー越しに気になって仕方がないと言わんばかりにこちらに目を向けるマネージャーに目線だけを移して言ったのだ。





「ムカつくぐれぇ大事な弟と、同じくらい大事だった女のだよ」










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