ブルロ夢 | ナノ


その重さは似た者同士



※付き合う前は男のがサバサバしてたのに、付き合ったら男のが甘くて重たくて時折ヘラるのに彼女も彼女で適度に重たい話


青い薔薇が世界一似合う男と出会った。
透き通るような天色の瞳にモデルのように整った鼻筋と彫りの深い目元。雑誌やテレビに映る彼を見ただけで綺麗だなぁなんて思うのに、間近で見る本物はもっともっと美しかった。これで本業がモデルじゃなくてサッカー選手なんだから世の中って不思議だとちょっと思考能力が滑り落ちて、周りの人とは異なるオーラを放つ彼に名前負けしないってこういうことを言うんだと頷けた。

メディア関連で見るよりも、カイザーさんはずっと大人しい人だった。大人しいというか、すん、としているという表現の方が正しいのかもしれない。なのにたまに自分に対して笑みを向けてくれるから、彼を間近にした女たちはこの顔に魅了されてしまうんだと思う。世の中って本当に不公平だ。どうしても人はまず見た目から入ってしまうから、美男美女とはそれだけで得していると皮肉めいたことを考えてしまった。

初めてこの関係を持ったとき、まんまとここまでノコノコ着いて来てしまったけれど多分、後悔はしないんだろうなって彼の横顔を見ながらふと思った。やっぱりその勘は当たっていて、いまだって当初と変わらず出会ってしまったことを全然後悔していない。
映画でよく見るような誘い方でもなく、はたまた手馴れた手つきで女の腰を抱くわけでもなく、自然というか、成り行きというか、そういう誘い方がとても上手な人だった。
だから好きになっては泣きを見るから絶対にダメ!と酒が入った頭の中で何度も繰り返したのに、わたしの1歩前を淡々と歩く彼の背を見ればそんな気持ちとは裏腹にドキドキ胸が音を鳴らしていたのは事実。

いつ取ったのかも分からないホテルの客室で、熱を帯びた彼の瞳にわたしが映ったとき、心臓がきゅう、と苦しくなった。ここで世の女たちは完璧に落ちてしまうんだろうなとも感じた瞬間だ。そんな顔を自分に見せてくれたら誰だってここから逃げるだなんて選択肢は消えていく。きっとわたしが一瞬見惚れて惚けたのも、彼は見逃していなかったろうと思う。

それがちょっと恥ずかしくなって悔しく感じたから、大人ぶって彼の長い襟足を興味本位で指で掬ってみると、それが合図となり唇が重なった。

「随分熱烈なことで。こういうことには慣れているのか?」
「…えっ、なっないない!これは違くてっ」

初めてですよこんなん!って言いたかったんだけど、その言葉は彼と目が合ってしまったら喉奥で止まる。
目を細めた彼がわたしの耳元まで顔を近付けてきて、甘い薔薇の香りと共に囁いたのだ。

「そんな焦るな。肯定しているように見えるぞ」

ぶわァァ!と一瞬にて体の体温が上昇していくのが分かった。それはもう沸騰したての鉄製のケトルのように。
そうしてピシャリと固まった平凡なわたし如きの女に彼は「嫌か?」と小首を傾げながら不安混じりに問い掛けてきたのだ。

そんなの、

そんなのそんなの、

イヤな訳が御座いません!!

心の中でそう叫んだけれど言葉にするのはなんとか押し殺し、なけなしの平常心を装う。

「…カッカイザーさんこそいつもこうやって女の子引っ掛けているんですか?」
「ん?あぁ、嫉妬か?安心しろ。俺から誘うのはお前が初めてだ」
「へっ!?」

なけなしの平常心は思考回路から即刻家出した。
わたしの裏返った声を聞き、カイザーさんは大きく笑った後にわたしの唇を親指でゆっくりなぞる。好きになっちゃいけないだなんて考えは何処か遠くのお空の彼方に飛んでいき、カイザーさんもこんな風に笑うのかとギャップにやられ、オマケに嘘でもそんな言葉を述べられたら、男遊びに縁のなかったわたしに耐性はなく、頭上に潜んでいたキューピットがわたしに目掛けて矢を放つ。

こんなの今だけの嘘かもしれないのに、嘘で済ましたくなくなってしまったってワケだ。

そうしてその日を境に出来上がった浅い関係性。
その日の内に恋に落ちたわたしは会う回数を重ねる度に好きの度合いは増していき、遊ばれているのを百も承知で好きだと伝えたあの日は吐きそうなほど緊張していた。

「そんな青い顔で好きだと言われたのは初めてだな」

終わった。
わたしの恋は儚く散った。そう思ったのに彼は澄んだ青い瞳を細めるとにこりと口端をあげる。

「俺も好き」

わたし、この世に生まれ落ちて今が1番幸せかもしれない!もう死んでもいい!

舞い上がったわたしは感情の抑えが効かず、人生初の嬉し泣きを彼の前で晒してしまった。そんなわたしを見てカイザーさんは「青くなったり泣いたり器用な奴だな」と片眉を下げてちょっと困った顔をしていたように思う。わたしの長所は感情表現が豊かぐらいなものしかないので許して欲しい。

だがハッとある事に気付く。

ドイツ人のサッカー代表といえばノエル・ノアと同じく名前が上がるのがミヒャエル・カイザーである。ドイツで彼を知らぬ者は赤ちゃんくらいなものだ。そしてミヒャエル・カイザーといえばサッカー関連だけでなく、メディア関連でも幅広く活躍している有名人。熱愛報道は誤報ばかりだと本人から聞いたが、わたしだってカイザーさんの立場になれば同じことを言うだろうから本当のことは分からない。何もしなくたって彼の周りは綺麗で可愛い女がわんさか溢れているのだ。もしかしたら平凡女が珍しく、ちょっと味見してみっかみたいな軽いノリで付き合い、飽きたらポイ捨てする気かもしれない(失礼)と負の考えが頭を過ぎりに過ぎりまくる。

そんなことになったら一生わたしはこの傷を背負って生きてくってこと!?そんなの絶対イヤ!!

付き合えたのに、嬉しさと同等に迫り来る大きな不安要素は考えれば考えるほど膨らみを増していく。付き合って速攻でこんな事を考える奴は自分くらいなものかもしれない。だけど有名人と付き合うということはそれなりの覚悟が必要だってこと、まさかOK貰えるとは思わず考えてもみなかった。

そうしてわたしは心に決める。

カイザーさんが今まで付き合って来た子よりも最高の女にならなくては!!

やっぱり手料理か?それとも自分磨き?いや、わたしもサッカーしたらいいの?良い女ってどんな人?と一瞬にて様々なことを考えたが、名前を呼ばれて我に返る。

「ほら、裸で何してる。お前はほんと面白い奴だな。服を着ろ」
「あっ!?」
「風邪でも引いたら大変だろ」

クスクス笑ってわたしにバンザイさせる彼に顔が瞬く間に熱くなる。されるがままに服を着せられ、この日初めて良い子良い子して寝かし付けてくれたカイザーさんに胸は朝になっても脈打つ一方だった。

こうしてわたし達の交際は半年ほど前にスタートしたのである。









「あの頃のお前はすーぐ頬を染めて可愛かったのにねぇ。毎回会う度に俺のこと好き好き言って帰りは泣きまくってて」
「はいはい。今もそうだよ」
「おい、平気で嘘つくな。もう暫くお前は俺に好きだと言ってくれていないしササッと帰るじゃないか。そんで俺から何故そんな離れる」
「好きだよミヒャエルくん。それでね今日わたし早出なんだよ。ミヒャエルくんもご飯作ったから食べて。練習遅れちゃうよ」
「もっと気持ちを込めろ。ってか早出?そんなこと聞いてないが?」

まだ何か言いたいことはあったようだけど、流石に練習へ遅れる訳にもいかないミヒャエルくんは渋々と目先の朝食に手を伸ばしパンを齧り出す。今日は朝から大事な会議もある為に、早く家を出て準備に備えなければならない。だから泊まった日の朝は必ず一緒に朝食を取るんだけど、今日は先に食べてしまったのもあってミヒャエルくんの機嫌はすこぶる悪かった。

「…ミヒャエルくん、離して。動けないよ」
「昨日は久しぶりに会ったというのにおかしくないか?」
「ん?3日前にも会ったばかりだけどね」
「気付いたら朝だ。お前と全然ゆっくり出来てない」
「??」

わたしの話を聞いていないミヒャエルくんはメイク中のわたしの背から両腕で抱き締め力を込めた。拗ねているようにも見て取れるミヒャエルくんは今年27歳の大人である。大人なのに、まるで今のミヒャエルくんは子供みたいだ。わたしよりも2つ年上のはずなんだけど、たまにわたしの方が生まれるのが早かったんじゃないかと錯覚する。

「それは昨日の練習に疲れてミヒャエルくんが珍しくわたしより先に寝ちゃったからでしょ」
「俺が寝たら起こしてくれと頼んだはずだ」
「前の日、次の対戦相手の試合動画見てて寝れてないって言ってたじゃん?可哀想だったんだもん」
「睡眠薬を飲まされたかってくらいお陰で良く眠れたが、俺はお前と一緒にもっと過ごしたかった。時間が足りなすぎる」
「寝顔可愛かったよ」
「ぐっ」

きゅ、と唇を尖らせたミヒャエルくんを宥めるように絡められた両腕をポンポン、と撫でて本心を言えば、ミヒャエルくんの拗ねた顔は一瞬で切り替わる。

「…会議なんてクソ喰らえだ。頑張るお前は好きだがお前の仕事先は好きじゃない」
「ママを取られた子供みたいだね、ミヒャエルくん」
「ふん。あながち間違いじゃないのかもしれないな」
「え?」
「早く仕事なんか辞めて俺の帰りだけを待ってりゃいいのに。お前一人くらい共働きでなくとも養えるんだ。お前の年収以上ゆうに稼いでいるしな」
「はぁ」
「そういえば恋人を手錠で繋いで自分の元から逃げられなくしたという事件が昔あったみたいだが…今ならその気持ちが少し分かる」
「いや分かるなよ。分かっちゃダメだよ物騒だなぁ」
「それくらい好きってことだ」

わたしの手をサッと自身の手で絡め取り、わたしの首元に顔を擦り寄せていくミヒャエルくん。唐突に恐ろしいことをたまに述べるけど、逐一反応しているとキリがないことに最近気付いたのでこういうときはサラりと流すことがベストだ。

朝から密着度の高さにまるでここだけチョコレートとマシュマロをとかしたような甘すぎる空間。半年ほど前のクールな彼は何処に行った。これがあのバスタードミュンヘンの顔、ミヒャエル・カイザーの素顔などと世間が知ったら青い鳥のトレンド1位を取れるんじゃないだろうか。一瞬写真でも撮ろうかと考えたけど、考えただけで後先考えられないバカでは流石にないので、妄想止まりにしておく。

わたしが靴を履いてる最中にもミヒャエルくんはわたしに容赦なくぷしゅぷしゅと香水を振りかけていく。これは泊まった日のルーティンになっていて、ミヒャエルくんと付き合ってるだなんて会社の人は知る訳がないからこれはミヒャエルくんなりの男避けの意味でもあるらしい。

「さ、もうわたし行くよ」
「…次はいつ会える?」
「まるで片思い中の女の子みたいだね」
「あの頃のお前を思い出すな」
「また連絡する」

玄関先でキスを求めるミヒャエルくんは、ヒールを履いても屈んでくれなきゃキス出来ない。軽いキスに舌なめずりしたわたしの彼氏は朝から色っぽくて、これにはあまり慣れないし目のやり場に困ってしまう。目の毒ってこういう時に使う言葉だと心底思う。

「朝からそんな熱視線で見られると困るんだが」
「それはミヒャエルくんでしょ」
「おい待てまだ行くな。もう1回」

玄関のドアに手をかけると腕を引かれてもう一度唇を重ねる。ゆっくり離れた唇から視線を合わせると、ミヒャエルくんは潤んだ子犬、いや大型犬のような瞳でわたしを見下ろしていた。なにこれ絵面が強い。

まだ駄々を捏ねているミヒャエルくんをなんとか宥め、家を出てピロン、音を立てたのはわたしのスマホ。バッグから取り出して画面を見れば、バイバイしてまだに2、3分も経っていない彼氏さまからであった。


"会社に着いたら連絡しろ"


ふぅ、と息を吐いてスマホをバッグへ戻す。

通勤中、ミヒャエルくんの家から会社に通うときは必ず最近考えていることがある。よく付き合ったり結婚したりなんかすると人が変わったとか言うカップルがいるけれど、まさにわたし達はそれに当てはまるんじゃないかって。

わたしの彼氏のミヒャエル・カイザーくんは蓋を開ければ超がついてドがつくほどの構ってクンだったのである。








付き合って1ヶ月はいつ振られる?今日か?明日か?それとも週末のデートでか!?と正直そんなことばかりを考えて名前を呼ばれる度にヒヤヒヤしていた。だけど早々にそんな考えはぶち抜かれていく。

「ホラ、お前も消せ」
「何を?」
「男の連絡先だ。お前にもいるだろ1人や2人。俺はもう消したぞ」
「えっ?あっえっと、もう何年も連絡取ってない学生時代の友達なら一応いるけと…」
「お前のスマホに俺以外の男は必要ない。ソイツらに朝日を拝ませたかったらさっさと消すんだな」

何を言っているのか分からず、ポカンと口を開けていたわたしのスマホを手に取り"ほら早く"と急かすミヒャエルくん。ミヒャエルくんから女の連絡先を消してくれたのは願ってもない話であるが、こういうのって大体彼女側が"あたし以外の女の子と連絡取らないで!"とか言うことが多いと勝手に思っていたからちょっと驚いたし、半強制的に男の連絡先を消せと言うミヒャエルくんの顔はマフィアもびっくり目が全く笑っていなかった。

「…ほ、ほんとにミヒャエルくんも消してくれたの?」
「お前がいるのに他の女と連絡取る必要性もないし要らない。嘘だと思うんならパスを教えてやるから見ればいい」
「えっ!?そっそれは流石に、」
「お前の誕生日だ」

フフン、と口角を上げたミヒャエルくんは、わたしがすんなり言う通りにミヒャエルくん以外の男の連絡先を消したからか上機嫌である。わたしの方はというと、至極簡単にスマホのパスを教えてくれた上にパスコードがまさかわたしの誕生日だったとは思いもよらず、瞬きを何回繰り返したか分からない。

他にもミヒャエルくんの私的驚きエピソードはまだある。

「はぁ。クソめんどいしお前と1秒足りとも離れたくない」

本当にこんな事を言う人っているんだ!と、ついツッコんでしまいそうになったけど、慌ててお口を閉じる。なのに歯の浮くセリフもミヒャエルくんなら何故かサマになるのはなんでだろうか。

「ただの電話でしょ?早くかけ直してあげなよ。ネスくん困ってるかもよ」
「今はプライベートだ。ネスなんかに邪魔されたくない」
「大袈裟だって。ってかまた掛かって来たよ。どうせミヒャエルくんが後で電話しろとかって言ったんでしょ。早く出てあげなって」
「よく分かったなナマエ。俺のこと本当になんでも知って、」
「いいから出ろ」

渋々電話に出たミヒャエルくんを横目に、付き合ってから少なくとも15回はあの本物のミヒャエル・カイザーですか?と脳内で問いただしたし、本来ならばミヒャエルくんを好きになり過ぎてわたしがこうなるはずだった。いや、ここまでとはいかないかもしれないけれど、近い部類にはなっていたと思う。でも彼は予想以上にわたしを大事にしてくれているので、わたしがそれより上回ることはなかった。

それからも浮気の心配は愚か、ミヒャエルくんは絶対にわたしの悲しむことはしなかった。わたしと体だけのお付き合いのときには数回熱愛報道がテレビで流れたのに、最近は全くと言っていいほど、何もない。

好きでいてくれているんだなぁと心の底から思う。幸せだなぁとも思うのだ。これ以上望んだらバチが当たる。でもそんな可愛らしいミヒャエルくんでも、わたしの一言により人が変わることがあった。

「ミヒャエルくんてば女の子みたいだね」
「俺がか?」
「うん。ちょっとだけ。甘えんぼだし」
「ふぅん」

わたしの膝の上で猫のようにゴロンと寝そべって映画を見ていたミヒャエルくんは、わたしの発言に眉を顰めた。そうして含みのある意味深な返答をするとわたしの腕は引っ張られ、グイッとソファに組み敷かれる。

「ちょっ!」
「いっつも優しくしてやって加減してやってんのに、ナマエチャンはそういうこと言うのね。うんうん。俺が気付かなかった悪かったなぁ。そういうことはもっと早く言えよ」
「えっ、どういうこと!?」
「今日は趣向を変えてやる。マンネリだけはクソ避けたい」

丁度映画がラブシーンだったのが良くなかった。それもちょっと過激な。
意味を180度履き違えたミヒャエルくんはわたしの唇にかぷりと噛みつき、そんなつもりは毛頭なかったのに恥ずかしいセリフを述べられ言わされて、散々な夜になってしまった。…ミヒャエルくんてちょっと変態だったんだね、という感想は置いておいて、もうこういうシーンの際には黙っているのが1番だとミヒャエルくん取扱説明書(脳内)にインプットしておかなければと心に誓った。

ぐったりしているわたしを他所にスポーツ選手の彼は全く疲れた様子もなく涼しげに水を飲んで、遂にはわたしの目に映る彼の周りには、薔薇の花びらまで舞っているような幻覚さえ見えた。

「これに懲りたら俺が女みたいだとかなんとかいう考えを改めるんだな」

フッ、と笑った彼に思わず苦笑。
ちがう。そうじゃない。そっちの意味で言った訳じゃないんだよ。でも疲れたのでもう言葉にすることは諦めた。因みに自分が甘えんぼというつもりも全く持って無自覚だったらしい。そしてわたしの方が甘えんぼだと彼は言い切ったのだ。でも反論する元気は眠気に負けた。

天才は何処か飛び抜けている代わりに抜けているものがあると上司に聞いたことがあるが、ミヒャエルくんは恋愛面だと思う。







「ダメだ。行かせない」
「行かせないったって仕事だもん。1週間だけだよ」
「男の上司ほど当てにならないだろ。何があるか分からないから断れ。そういうのはむさい男を連れて行くべきもんだ。お前が行く必要ないだろ」

こうなる予感はしていた。なんて言おうか迷ったけれど、結局はシンプルに伝えるのが良いという考えに至ったわたしはご飯を食べてソファに座って一息ついたところを狙っての出張発言。今日は幾分機嫌が良いかな?なんて思ったけど、わたしの発言により瞬く間にミヒャエルくんの顔つきが変わっていく。

「上司は既婚者だし誓ってそういうのはないから」
「男は既婚者であっても狼だ。いつ狙われるか分からんだろ」
「じゃあミヒャエルくんはわたしと結婚して女優さんとこの先仕事したらその子を襲っちゃうの?」
「俺がそんなことする訳ないだろ!お前しか興味がないし他の女なんかその辺の石ころと一緒だ」
「石ころって…ってか上司もそうだよ。奥さんと子供が大好きみたいだって社内で有名だし」
「他人の話なんか信用ならない」

あまりわたし達は喧嘩をしないから、どんどん険悪な雰囲気になっていくのに慣れてはいない。ミヒャエルくんの悲しむことはしたくないけれど、仕事だから許して欲しい。だけどこんなことを今言ったら余計とミヒャエルくんの機嫌を損ねそうだ。どうしたら機嫌を良くしてくれるのかと考えあぐねていると、ミヒャエルくんがぽつりと言葉を吐いた。

「…俺ばかりが好きみたいだな」

え、と顔を上げると、眉を下げたミヒャエルくんが目に映る。その顔はところ無しか悲しげだった。

「お前は俺と付き合ってからおざなりになってないか?」
「なっ何言ってるの」
「好きだと言うのも、連絡するのも、会いたいと口にするのもいつも全部俺からで、俺だけがお前を必要としているみたいだ。オマケに最近は残業続きで仕方がないんだろうが俺との時間も取れないみたいだしな。会えてもお前はいつも疲れた顔をしている」

わたしから視線を逸らし、それ以降口を閉じてしまった彼に胸の奥に鈍い痛みが走る。こんなことを言われたのは付き合って初めてで、頭に変な衝撃を受けたように真っ白になりそうだった。

でも待って。

「それは…ごめん。でもわたしが言う前にミヒャエルくんからいつも好きって言ってくれたり連絡くれるからで、」
「俺が言う前に言え」
「あい?」

こんなときに皇帝感出してくるの本当に卑怯だ。口をポカンと開けたわたしにミヒャエルくんはハァ、と深いため息を吐くとソファから立ち上がる。

「…もういい。お前にそんな顔をさせたい訳じゃない」
「えっ!?ま、待ってよ」
「俺はもう寝る。お前も早く寝ろ」

パタンと閉められてしまったドア。ミヒャエルくんの広すぎる部屋に取り残されたわたしは暫く放心状態だった。

なんて言えば正解だったんだろう。

いくら考えても答えは見つからず、結局寝室に行ってもミヒャエルくんはわたしに背を向けたままだった。






「お陰で良い商談が出来たよ。1週間長かったがお疲れ様」
「ありがとうございます!こちらこそ上手くいって嬉しい限りですっ」
「ははっ。いつも悪いね。向こうがどうしても君と話をしたいと言っててさ」
「いえいえ、光栄ですよ」

上司と他愛もない話をして無事1週間の出張は終わりを迎える。あれからミヒャエルくんとはなんとか普通に話せるようになったけど、残業も重なり中々時間が合わず会えずじまいでの出張となってしまった。

だからわたしはその足でミヒャエルくんの家路へと向かうために足早で歩く。するとピロンと鳴ったスマホ。足を止めて画面に目を移せば、ミヒャエルくんからメッセージが届いていた。

"着いたから待ってる"

この関係は世間にまだバレちゃダメだから普段はこういうことを万が一にも備えて遠慮して貰っているんだけど、ミヒャエルくんはわたしを車で迎えに来てくれたのだ。

「久しぶり」

小さく笑ったミヒャエルくん。ちょっとの期間会わなかっただけなのに、懐かしく感じるその声音とわたしの安心する香りになんだか無性に涙が出そうになった。

ミヒャエルくんはそんなわたしを知ってか知らないのか、いつもは決まってからかったりする子供のくせに、こういうときだけ大人になるのは本当に狡いと思う。

「ありがとう。迎えに来てくれて」
「全然。俺が行きたいと思ったから来ただけだ」

走行中の車内はどちらもあまり会話せず、すぐに着いてしまったミヒャエルくんの家。前に来たときと当たり前だけど変わらない空間に安堵して、ミヒャエルくんを見たら我慢が出来なくなって自分から抱き着いてしまった。

「っ、珍しいこともあるもんだな。明日は雨でも降るんじゃないか?」
「…降るかも。会いたくて会いたくて堪んなかった」
「っ!!」

ピシャリと固まってしまったミヒャエルくんにわたしは小さく笑ってしまった。
ほんのり赤く染まったミヒャエルくんにキスを求めると、ぐぬぬと彼は効果音がなるほど何かに葛藤し、わたしに触れるだけのキスを落とす。

「これは夢か?」
「夢じゃないよ。おバカだなぁミヒャエルくんは」
「お前に言われたくない。ってか本当にどうした?いつもはお前から言ってくれないくせに」

まさか浮気か…!?とミヒャエルくんはわたしに軽く詰め寄った。なんでそうなるんだろうな。

「そんな訳ないじゃん。ミヒャエルくん程かっこいい人はどこ探してもいないよ。昔と変わらずずっと大好き」
「…!!」

ミヒャエルくんの頭上に大天使が見えたような気がした。しかしすぐ我に返ったミヒャエルくんは赤くなった顔のままわたしを見下ろす。

「俺の方がクソ好きに決まってんだろ」

きゅん、と胸が早鐘をつく。
いつもミヒャエルくんが好きだと言ってくれるトーンよりも低く甘いトーンで深い意味にも感じさせられる。
ぞくりとするような色めいた天色の瞳はわたしを捕らえて離さない。いつも余裕で溢れている彼の少し余裕のないこの顔が本当に好き。

そうして彼の大きな手のひらがわたしの服に滑り込んだ瞬間、わたしは口を開いた。

「あのねミヒャエルくん」
「ん?」
「この前俺の方が好きみたいだって言ってたでしょ?」
「言ったが…今言うことか?」

ハテナを浮かべるミヒャエルくんをへへ、と笑って寝室まで手を引き、ちょっと自分から脱ぐのは恥ずかしいけれど着ていた洋服を脱いでいく。

そうしてわたしのある箇所に目が止まると、ミヒャエルくんの切れ長の瞳が大きく見開いた。

「お前、これ…」
「出張の合間にね、行ってきたの」

わたしの胸元には以前なかった青薔薇とミヒャエルくんのイニシャルが彫られている。それをゆっくりなぞったミヒャエルくんは押し寄せる感情を抑えるように口を開いた。

「…タトゥーは入れないって言ってただろ」
「ミヒャエルくんが好き過ぎて入れちゃった」
「…!!」
「ミヒャエルくんよりきっとわたしの方が好きだよ。…でも流石にこれは重かったかな?」

1秒、2秒。ミヒャエルくんの返事を待つ間がとっても長く感じた。バクバク鳴らした心臓にそろりとおそるおそる彼に視線を合わせれば、そこには片手で口を押さえ三日月のように目を細めた彼がいた。




「何それクッソ最高。一生大事にするしもう頼むから結婚してくれ」




因みに今どちらが重いかと問われたら、ミヒャエル君は間違いなく「オマエ」と答えるだろう


「ねぇねぇミヒャエルくん」
「なんだ?」
「前に恋人を手錠で繋いで自分の元から逃げられなくしたって事件があったとかなんとか言ってたじゃん?俺もその気持ち分かるとか言ってたやつ」
「あぁ、言ったな」
「あれ、わたしもめちゃくちゃ気持ち分かるよ。今そんな感じ」



「ひぇ…」





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