ブルロ夢 | ナノ


糖度高めの倍返し



※どタイプだったから好きになっちゃって押しまくって避けたら凛に押し返されちゃった話



稲妻が走るってこういう事をいうんだと思った。
あんなの映画や漫画で見る表現の一種だと思ってた。

桜の花びらが舞う4月の春。3月は別れ、4月は出会いといった言葉がよく世間で言われるけれど、今日から始まる高校生活にこれからの事を未来視すれば緊張と不安と、それから少しのワクワクで埋め尽くされているといっても過言ではない。仲の良い友達と同じ高校へ受かってこれからもよろしくね、なんて喜んでいたのは15分ほど前のことである。今のわたしの脳内には不安しか残っていない。
校舎に貼られたクラス表。何度も確認しては心のなかで涙して、思い描いていた青春生活は跡形もなく崩れ去ったと大袈裟に落胆した。だって話したことがある顔見知りが全く一人もいないんですよ。目を凝らしてみたって知らない名前ばっかりだ。

重たい足取りで教室に辿り着き、ドキドキと心臓を鳴らしながら席へ着く。「初めが肝心なのよ。笑顔でいればなんとかなる!」と玄関先で背を押してくれた母の言葉を思い出してみるけど、ごめん。無理だって。ひとりぼっちのゼロから始めるお友達作りってめちゃくちゃ勇気がいることなんだから。

「…サイアクだ」

初日なのに今日は朝から生憎の雨である。わたしの心情は更にザアザア大雨。ただでさえ雨の日は気持ちが沈むのに、今日半日どう過ごすかではなく1年どう過ごすかを考えなければならないとは。
1番最初が肝心なのは分かっている。けれど「おはよう!今日からよろしくね!」なんて話したこともない人に言えてしまえる人間じゃないのだわたしは。
周りを見る。わたしと同じような人がいないかと探す憐れな者は悲しいことに自分だけだった。元から友達なのか分からないけど、早々にちらほらとグループというものが出来上がっているみたい。このクラス決めをした職員は一体何処のどいつだと一人勝手に悪態をついた。だって見る限りぼっちなのはわたしだけだったんだもん。

でも一人だけ。
一人だけいた。

それはわたしよりも後に教室に入ってきた男の子。
身長が高くてそれだけでも目立つのに、一目で分かる綺麗なその顔つきに釘付けになってしまった。わたしだけじゃない。他の女子たちもだ。
彼は周りの子たちの視線なんて気にもせず、またや誰と挨拶を交わす訳でもなくスタスタと歩いて席へと座る。なんとそれも、わたしの隣に。

「……はぅっ」

心臓が止まりかけた。別に目が合った訳でもなんでもないのに、口から洩れたのはおかしな声だった。自分の喉から出た気持ちの悪い声を止めるように、自然と息を吸うのを一瞬止めてしまう。

"初めが肝心なのよ"

母の言葉がこだまする。
そうだよね、そう。初めが肝心。
窓際に座る彼の横顔を横目で見るも、あまりに顔が整い過ぎて直視は難しい。でも見てしまう。この感じは芸能人なんかに会ったときの感覚にきっと似ているんだろうと思う。わたしの熱視線(横目)に気付いているのかいないのか、全く此方を向きもしない彼にゴクリと唾を飲み込んで、早まる動悸と共に口を開いた。


「わっわたしナマエって言うんだけど、よろしくね!」


「あ?」


さっきまでのわたし、もういない。
数分前はこのクラス決めをした職員全員を呪ったし、自分から話しかけるなんて到底無理だと諦めかけていたのになんたることか。

気付けばわたしは隣に座る男に笑顔を向けていた。
ただこの時からわたしと彼には確かな温度差があって、耳に伝った彼の声音は低いものだった。





思春期まみれの学校生活。上手くやっていけるかという不安は数日でなくなり、こんなわたしにも話しかけてくれる女友達というものが出来た。なんだかんだ毎日を楽しんでいると思う。ただ恋愛が上手くいかないだけ。

わたしの隣に座る彼の名は、糸師 凛くん。入学初日にわたしの心臓を秒で奪っていった彼は瞬く間に女子の注目の的となった。まだ入学してから数ヶ月も経っていないのにちらほらと何人か凛くんに告白した子がいるらしい。らしいだなんて他人事な嘘をついた。実のところわたしも告白をした内の1人であり、なんなら多分高校に入学して最初に凛くんへ告白したのはわたしだろうと思う。

「無理。興味がねぇ」

しかし勇気を出して「好きです!」とシンプルに伝えた告白は即座に砕け散った。アッサリし過ぎてあの字も出ないわたしに凛くんは何事もなかったかのように背を向ける。普通告白されたら例え知らない人でも少しは迷うフリをしたりだとか動揺したりしそうなものだけど、凛くんは全然違った。
見惚れてしまうような浅葱色の瞳にわたしが映ったのなんて一瞬で、本当に興味がないんだなって思わざるを得ないその態度。告白され慣れているからなのかすぐに出てきた断わりのセリフに悲しむ暇なんてなかった。

一応わたし、人生で初めてした告白だったんですけどね。

教室にとぼとぼ戻ればもう彼は席に座って男子生徒たちと何食わぬ顔で会話をしていた。一瞬目が合った気がするけれど、わたしが逸らしてしまったので今となっては本当に目が合っていたのかも分からない。
休み時間が終わるまでは席に戻るなんて死んでも無理だと友達と時間を潰し、チャイムが鳴って仕方なく席へ戻る。…まぁ、これも全部わたしが告白したから勝手に気まずい思いをしているだけなんだけど。


授業中、先生の話なんて全く耳に入ってこない。大嫌いな数学だから余計とそう思うのか、凛くんにフラれたからなのか。答えは間違いなく両方だ。
好きな人が隣にいるのに告白なんかするもんじゃないって思った。あと、勢いのまま突っ走るのもダメ。気まずいにも程がある。こういうのはお互い両思いと分かっててすべき行動だってひとつ学習した。もう遅いけど。
授業が20分くらい過ぎたとき。もういっそお腹痛いとかなんとか言って保健室でも行こうかと考えた矢先。

「おい」
「……」
「おい、聞いてんのか」
「へ…?」

数十分前に聞いた声音が小さくなってわたしの耳へと伝う。ゆっくり顔を向ければ声の主は間違いなく凛くんで、まさか話しかけられるとは思っておらず授業中であるのに周りを見渡してしまった。

「わっわたし?」
「俺の隣はお前しかいねぇだろ。ってかなんだその顔」

眉間にぐぐっと皺を寄せた凛くんは不満げにわたしと視線を重ねる。ドッドッと早る心臓と共になんで今わたしが話しかけられたのかという疑問ばかりが募って、彼の言う通りきっと変な顔をしているんだろう。

「なっなにかな」
「…ん」
「え?」
「今どこだ」
「はい?」

一瞬では何を言っているのか理解出来ず。それが表情に出ていたのか凛くんは持っていたシャーペンで教科書をトントン、と軽く叩いた。

「だから今どこやってんだって聞いてんだよ」
「あ…あぁ、えっと、」

まるで1回で分かれよ、と言いたげな凛くんだけど、主語がないから頭の悪いわたしには汲み取るのは難しかった。ってか誰だってそうだと思う。
ここらで今はここだよ!なんて言えれば少しは凛くんの記憶に残れたかもしれない。だけど残念なことに自分のノートへ慌てて視線を移してみても、なんにも先生の話を聞いていなかったせいでまっさらだ。

「ごめん…わたしも聞いてなくって。分かんない」
「っち」

凛くんは小さな舌打ちをした後、黒板に顔を向け会話は終了してしまった。まるで数十分前のわたしの告白なんてなかったと言えてしまうくらいに普通に話しかけてきたことに驚く。というか、告白されてフッた相手に話しかけるなんて普通出来るんだろうか。もしわたしが凛くんの立場であったら流石に話しかけれないんだけど。もしかしてだけど、わたしの告白ってカウントすらされていなかった、とか?

「よし!この問題を…糸師!」
「あー……2x²−x+5」
「違う!因みに次の問題をやったんだろうがそこも違うぞ!」
「………っち」

2度目の舌打ちはわたしだけでなく絶対に周辺の子たちにも聞こえてた。この高校に入学してもう時期1ヶ月。人には得意不得意というものが存在する。わたしは得意なものなんて特にこれと胸を張って言えるものはないが、苦手なことならいっぱいある。数学もそうだし、例えばこういう、距離の詰め方も。
見た目で判断してはいけないけど、凛くんは眉目秀麗、頭脳明晰だと勝手に思っていたから、その思考をぶち破った瞬間だった。

「あの…凛くんて数学、苦手なの?」
「サッカー以外はどうでもいい。使わねぇだろこんな数式」
「たっ確かに。…そっか、凛くんサッカーしてるって言ってたもんね」

入学初日での自己紹介。「糸師 凛。サッカーやってる」と短く一言で纏めた凛くんは小学生よりも単調な自己紹介をしていたことが頭に過ぎる。人付き合いがあまり好きじゃないのかな、なんてその時は思ってて、その日に心奪われた相手のことを1つ知れて嬉しかったのを覚えている。
小声の会話に凛くんはそれ以上言葉を返してくれる気はないようで、つまらなさそうに再度教科書に目を向けた。

おかしいな、と思う。
変な奴だよなって自分で思う。
フラれたばかりなのに、ちっちゃな会話でもお話したらやっぱり胸はきゅ、と苦しくなる。隣の席だとはいえ少しだけ距離のある位置から見た彼の横顔を見れば、やっぱり好きだなぁと思ってしまうのだ。
一目惚れだから、何処が好きって言われても見た感じ全部としか言いようがない。まだわたしが凛くんのことについて知ってるのなんて100分の1くらい。いや、実際はもっと知らないかも。だけど好きだと思ってしまうんだから仕方がない。
わたしをフッたくせに普通に話しかけてきてくれたこと、これは凛くんがわたしに気を使っているなんてことはない。だけどそんなんじゃ余計と諦めることなんて遠のくばかりで。

多分、無理だと言われたら潔く身を引くのが正解だということは恋愛下手なわたしでも分かる。

それなのにどうしたら凛くんともっと仲良くなれるんだろうだとか、どうしたらもっと凛くんに相手して貰えるような女の子になれるんだろうとか、そんなことばかりを考えてしまって、この授業の間のノートは1時間前と変わらず真っ白なままだった。







やっぱり好きだと思った。
好きだと思う瞬間なんてたくさんあるし、見つけた。長めの前髪から覗く浅葱色の瞳も好き。他の教科はてんでダメなのに英語だけはペラペラと話せてしまうことに胸は簡単にときめいた。凛くんはぶっきらぼうというか、冷たいように思えるけど、多分アレが通常なんだと思う。今のところ、わたしだけじゃなくて誰に対してもそうだから。

もしあの告白が凛くんのなかで本当にカウントされていないんだったら、もうちょっと頑張ってみたい。それで時が来てもう一度告白して、それでダメだったらその時はちゃんと諦める。凛くんはわたしからアクションを起こさないとなんにも起こらないことは確定してる。だからわたしから好きだという気持ちを表に出していかなきゃ絶対に特別視してくれることはないのだ。だったらわたしが動かなければ。待ってて勝手に獲物が寄ってくるのなんて蜘蛛という生物だけだ。わたしに興味がないのなら、興味を唆る女にならなくちゃならない。頑張れ、わたし。


とはいえ凛くん。とっても難しい。ってかわたしが恋愛初心者過ぎるせいでこの近付き方すらあっているかも分からない。だって凛くん、あまりというか、殆ど表情が顔に出なくて何考えているか分かりにくい。

「凛くんの下まつげ長いのって遺伝?羨ましい」
「知らねぇよ。んなのどうでもいいだろ」

何かひとつでも1日の内に会話をしたくて話しかける。わたしにとったらこういう何気ない会話が楽しいの1つでしかなくて。聞かなきゃ絶対に教えてくれないけれど、聞けば無愛想ながらも答えてくれるのが嬉しくて堪らない。

「サメの映画ならよく見てた」
「サメの?人間が食べられるやつ?」
「それ以外に何があんだよ。人間がサメなんかと仲良くする訳ねぇだろ」

ホラー映画が好きだと教えてくれたとき、初めて凛くんの好きなものを知れて形容し難い感情にも襲われた。なんというか、感動という言葉が近いだろうか。即座に「気持ちわりぃ顔すんな」とツッコまれてしまうくらいに、わたしの頬はきっと緩んでた。

「じゃっじゃあ今度一緒に怖い映画見に行く!?なんかCMで見たよ!ゾンビのやつやってるよね」
「お前さっき1番初めにホラーだけは無理だとかほざいてただろうが」
「あッ…!」

数秒前に自分で言ったこと、すっかり忘れてアホなことを述べたわたし。しくじった。ぶん殴りたい。
極端に落ち込むのを隠せないわたしに凛くんはハァ、とため息を1つ吐く。

「ンなことで落ち込んでんじゃねぇ」
「いやだって…あ、じゃあホラー以外はどうですか!?」
「見ねぇし行かねぇ。ってかそもそも映画は一人で見るもんだろ」
「えっ!そうなの!?」

どこまでいっても平行線。
映画は一人で、と言われてしまえばその先を望むことは不可能だ。自然体でデートに誘えたかもと思ったけれど、断られてしまえば意味がない。

「おい、だからそんだけでこの世の終わりみてぇな顔すんじゃねぇよ」
「…凛くんと映画見に行ってみたかったんだよ」

帰りのHRが終わり徐々に人は教室から散らばっていく。どうせ好きだと本人にバレてるし。緊張はするけど、今更の恥ずかしさはもう捨てておく。わたしが告白をしてからも凛くんがモテるのは変わらない。いま現在までも何人かに告白されてはフッていると友人伝えに聞いていた。そのなかの一人に思って欲しくないから、まだ好きだよという気持ちを全面に出してる。凛くんがそれに気付いてるかは置いておいて、そのお陰か前よりは話せるようになったし、少しだけど凛くんから話しかけてくれることも増えた気がする。その間で凛くんについて分かったこと。わたしが話の種を増やさないと会話が短く終了してしまうってこと。

凛くんはしょげているわたしを他所にクラブチームの練習に行く為、早々に帰り支度を始めると席を立った。そうしてわたしが顔を上げると、凛くんはわたしを見下ろして形の良い唇を開いたのだ。

「俺の好きなヤツ、教えてやるよ」
「へ?」
「それ一人で見れたら映画行くの考えてやる」
「ほっほんとに!?」

悪戯っぽく笑った凛くんに、胸はどきん、と大きく鳴り響いた。ホラーなんて正直見たいなんて思わないし、どちらかと言えばラブコメだとかアクションの方がずっといい。でもわたしは単純だからホラーが嫌いなんてのは二の次で、教えて貰ったDVDのタイトルを復唱しながらレンタル店に足を運んだ。



「……凛くん、こんなの見てるの」

好きなお菓子とコーラまで買ったわたしを笑ってくれ。
ホラー好きによるホラー映画のおすすめなんて見るもんじゃない。恐怖のレベルが思ってた以上に高すぎる。ホラーというかスプラッタ映画じゃん。これ。

電気をつけて明るい部屋のなかでの映画鑑賞なのにグロすぎて話の内容覚えてない。絶対に見るもんじゃないよ。トラウマになりそうだった。ってかなった。

「おい、教えてやったやつ見たか?」

珍しく凛くんから話しかけてきてくれたのに、なんにも感想が言えないんですよ。だって最後まで見れなかった。そう、どうにか頑張って最後まで見ようとガッツポーズをして挑んだのに、あまりのグロさにわたしの耐性がなく断念してしまったのだ。

「……凛くんとデート行けない」
「はぁ?ンなことは聞いてねぇんだよ」
「あれホラーだけどめちゃくちゃグロいじゃん。お菓子まで買ったのに食べれなかったよ。あんなの毎回見てるの?」
「スカッとしてぇときに見てる」
「……スカッと?」

片眉を下げたわたしの瞳は、大きく見開く。
凛くんが目を細めて小さく口端を上げたからだ。


「ってかなんだお前。怖ぇの嫌いっつったクセに菓子まで買ったとかガキかよ。マジでバカか?」


わたしの心臓が今日1番にきゅん、と早鐘をついた。初めて見た凛くんの笑った顔。あぐあぐと口を開けて言葉を発せなくなってしまうと、凛くんは察したのかすぐにいつものスン、とした顔に戻る。それもかなりバツの悪そうに。そうしてわたしから顔を背け、頬杖ついてこれ以上は口を聞いて貰えなくなってしまった。
いたずらっ子みたく笑われたことはあるけれど、こんな風に凛くんが笑うこと、初めて知った。きっと凛くんは初めからわたしがこの映画を最後まで見れないと分かった上で教えたんだろう。でももうこの顔を見れただけで昨日のトラウマ級のグロいシーンの映像は頭から消え去った瞬間だった。なんならこの嬉しさを某世界的有名なあの「クララが立った!」現象だとわたしは名付けたい。それくらい感動してしまった。

1歩1歩、仲良くなれてる気はする。それが恋愛的に進めているのかは凛くんじゃないから分からない。でもわたしはあの日に好きだと感じた日から更に好きになってしまった。今ならわたし、凛くんの好きなところいっぱい言えるよ。前よりもっと、言える自信がある。



学校帰りに、凛くんを見掛けた。
いつもわたしが寄るコンビニに凛くんがいて、アイスを選んでいた。いつもわたしより先に帰ってしまうから、なんだかレアな凛くんを見れた気がして犬のように凛くんに話しかけてしまった。

「…げ」

お前かよ、と言いたげな凛くんと、心底嬉しくて仕方がないわたし。凛くんはスタスタと目当てのものを買ってコンビニを出てしまうから、わたしも慌てて着いていく。着いてくんなと言われなかっただけでも進歩だと思いたい。

「そのアイスおいしいよね」
「やんねぇぞ」
「そっそういう意味じゃないけど」

食い意地が張ってるって思われちゃったかな。それはちょっと…恥ずかしい。
改めて見ても、凛くんはかっこいいなぁと思う。変わらずずっと直視は出来ないけど。わたしの目的地であるバス停まで後数分。いつも通り話せばいいのに、帰り道ってだけでいつもと違う状況に心音は早まるばかり。

「あっそういえば凛くんてサッカーはクラブチーム入ってるんだよね」
「あ?ンだいきなり」
「チームのエースだって凛くんと同じ中学の友達から聞いたんだよ。何度も優勝したりしてるんでしょ?凄いなぁ」

本当に後もう少しで目的地に着いてしまう。
目先にはバス停。こうやって凛くんと帰れるのなんて後にも先にも今日だけかもしれない。
そんなことを思って歩を進めていたら、凛くんは歩いていた足を止めた。

「凛くん?」
「…アレは、俺のしたいサッカーじゃねぇ」

ちょっとずつ知れたと思ってた。一昨日より昨日、昨日より今日。今日より明日。凛くんのことを好きになってから、少しずつだけど凛くんのことを知れたと思い込んでいたし、知っていきたいし、自分のことも知って欲しいと思ってた。
だけどわたしが知れたのなんて結局まだ数ミリ程度でしかなかったんだ。凛くんは今までに見たこともない顔をわたしにして見せた。ほんと一瞬だけ、苦しそうに、つまんなさそうに。

わたしはサッカーについては分からないことだらけだし、覚えたとしてもこればかりは凛くんと対等に話せる位置にはなれない。だから迂闊なことは言えないし、言っちゃいけない。


「そっか。…じゃあ、この先凛くんが楽しいと思えるサッカーが出来るようになればいいね」
「は?」
「楽しいって思えたらきっともっとサッカー好きになるよ。わたし応援してるからねっ」


浅葱色の瞳が大きく見開く。拍子抜けしたような顔をした凛くんに、おこがましいことを口走ったかもしれないと慌てて両手を横に振った。

「あっいや!?ごめっ、」
「なんでお前はそんな俺に毎回構うんだよ」
「え…」

今日言うつもりじゃなかった。好きだなんて初めに告白してるにしろ次はきっと最後になってしまうから、まだその準備は流石に出来ていないし、悲しいけれどフラれる心構えだって出来ていない。それに凛くんが言ったように構ってるつもりなんて毛頭ない。なのに、

「その逆、だよ。構ってるんじゃなくてその…まだ凛くんのこと好き、だから…えっと」
「あ?」
「あっ諦めろって話だよね!ごめん!でっでも今日はまだ…フラないで、欲しい」
「……」
「いま、フラれたら…死ぬ、から」

今日告白するつもりはなかったから口が回らない。何言ってるのか分からなくなっちゃって、凛くんの顔なんて全然見れないの。

「おい、」
「バス!バス来たからわたし行くね!今日はありがとうまた明日!」

凛くんが何か言ったような気がする。でもとてもじゃないけど無理だとバス停まで逃げるように早足で凛くんから離れた。

バスに乗ってからも、家についてからも、ご飯食べてお風呂に入ってベッドに横になってる間も、ずっとずっと今日のことを考えてしまう。

「…言っちゃった」

本当に終わるかもしれない。あれから凛くんに好きになって貰えるように頑張ってみたけど、どう考えたって凛くんはわたしのことを好きじゃない。ホラー映画も見れないし、サッカーについてだって上手い言葉が出ないのだ。少し話せるようになったってだけで、凛くんの特別な子になれるはずがない。

…明日学校行きたくないな。
休みたい。でも休んだところでどの道行かなきゃいけない日がどうしても来てしまう。なんで自分の気持ちをあそこで踏みとどまらせなかったのかとどれだけ後悔したって、過去に戻るなんてことは出来ないのだ。






時間ギリギリに学校へ着くように時間を適当に潰した。教室にはもう凛くんがいて、いつものわたしであればおはようって声を掛けるけど、今日は無理。
こういう日の朝のHR。いつもは早く先生の話終わってくんないかな、と思うくらい長く感じるのに、今日に限ってマジで速攻終わってしまうのはなんなの。
それに、思い違いでなければさっきから視線を感じる気がする。たけど昨日の今日でフラれる準備がまだ出来ていないわたしは、感じる視線の先へ顔を向けることなんて出来はしない。


「おい」
「つっ次移動教室だよ!凛くんも早く行かなくちゃ。あの先生すぐ怒るしさ、先に行ってるね?」

避けて、

「昨日のことではな、」
「あっ…ごめん。職員室にプリント持ってかなくちゃいけなくって」

避けて避けて、

「今なら時間あんだろ」
「昼休みはその…友達と購買行く約束してて」

また避けて。

流石の凛くんもかなり怒っている、というか不機嫌になっているのが分かった。男子生徒が話しかけても「うるせぇ」と低めの声音で答えていて、周りも苦笑いになってしまうほど。いつものわたしなら話しかけられたら確定して喜んでいたところだけど、どうしても今は喜べない。
凛くんにとったら早めにわたしを振りたいのは分かっている。興味がないと言ってたし、ちゃんと分かってるんだけど、お前のことは好きじゃないって言われた後のことを考えるとこわくて堪らないのだ。

「もう放課後だ。速攻で家にいつも帰る奴がもう用事なんてねぇよな?」
「えと…」

逃げまくっていても、放課後になってしまえばアッサリと捕まってしまう。目を逸らしたいのに凛くんの瞳はしっかりわたしを捕らえているから逸らせない。

「…凛くんクラブは?」
「お前と話す時間くれぇある」

これ以上はダメだ。凛くんは絶対に今日わたしに返事をするつもりなんだろう。数分後の自分を思えばもう鼻は痛んでくる。覚悟を決めなくちゃ。そう思ったとき、わたしの友人が名を呼んだ。

「ナマエーっ!ちょっと呼ばれてるよーっ」
「へ?」

教室のドアに目を向ければ声を掛けてきた友人と、顔だけ見たことのある話したことのない男の人。確か、3年の先輩だ。その先輩はわたしに向けて軽く会釈をする。

「えと、呼ばれてるみたいだから…行ってくるね?」
「あ"?ってめ、俺が」

凛くんの声を聞こえないフリしてしまった。心の中でごめんなさいと謝罪して、また逃げるようにその先輩の元へ向かう。

だからどんな顔をして凛くんがわたしの後ろ背を見ていたのかなんて、わたしは知らないのだ。







「急にごめんね?ちょっと話すタイミングがなくってさ」
「いえ、」

先輩が自分の名前をわたしへ口にする。この時間誰もいない渡り廊下で歩を止めると、先輩はわたしに視線を合わすように背を少し屈めた。

「いつもあの糸師って奴と話してるよね。彼氏?」
「いや彼氏じゃ…ないです」
「そっか、なら良かった。よく2人でいるの見掛けてたからさ。もしそうなら悪いなって」

ホッとしたように声が幾分柔らかくなった先輩は顔にも安堵を見せる。シン、とした渡り廊下に息を飲む。静寂に包まれたこの場に、先輩はどこか緊張しているようだった。

「なっなんでしょうか」
「うん。あのさ俺、前からずっと君のことが好きで」
「……へ」
「急にこんなこと言って悪いなって思うんだけど。たまに下校中とかに君のこと見掛けてて。ずっと可愛いなって思ってたんだ」

わたしは高校に入学してから凛くんにしか目が向かなかったから、こんな風に自分を思ってくれていた人がいるなんて知らなかった訳で。
痛いくらいに目の前にいる先輩から緊張しているのが伝わってくる。少し顔を赤らめて、わたしの表情を不安げに伺っている。多分遊びなんかじゃなくて、本気でわたしに恋してくれているんだな、と思えてしまう顔つきだった。

「え、えっと」
「いや、君は俺のこと知らない訳だし!もし君が良ければ連絡先くらい知りたいなって思ってさ」
「…れんらくさき」

場の雰囲気が悪くならないように声のトーンを高めた先輩は、きっと優しい人なのだろうと思う。凛くんとは全く違うタイプの人だ。きっと。
付き合うなら、自分のことを好きだと言ってくれる人と付き合うのが一番良いに決まってる。この人はきっと、わたしが先輩のことを知らなかったのを分かってて段階を踏もうとしてくれているのだろう。でもやっぱりこんな風に思ってくれる人がいたって頭の中にいるのは凛くんで。わたしは凛くんにフラれてしまうのだろうけど、だからといって聞こえは悪いけど別の逃げ道は作りたくなくて。

「…あの、先輩、」



「ぬりぃんだよお前。コイツが好きなのは俺だ。諦めろクソ野郎」


断ろうと口を開いた瞬間、わたしの背後から聞き覚えのある声がする。反射的に声のする先へ振り向くとグイッと肩に腕を回されて引き寄せられた。

「りっりんくっ!?」
「俺と話してんのに他の男のとこ行ってんじゃねぇバカ女」

引き寄せられた腕を掴むも離す気はないらしく、凛くんは無理矢理わたしを連れて行こうとする。先輩がわたしの名を呼んだけど、振り返ることを凛くんは許してくれない。
そうしてわたしが振り向く代わりに、凛くんが先輩の方へ振り返ったのだ。べぇっと舌先を出し「お前にはやらねぇ」と口にして。







わたしの知ってる凛くんは、無愛想で、あんまり表情を変えなくて、お顔が綺麗だけど切れ長の目をしているからか初見ではちょっと話しかけにくい人。だけど実際は話してみれば素っ気なくても答えてくれるし、サッカーがとっても上手で、ホラー映画が好きで、好きな食べ物がお茶漬けとか言っちゃう意外と可愛い人なのだ。もちろんかっこいいんだけど、話していく内にそう思えてしまう場面もあった。

だけどこうして今日のように、今のようにわたしに向けられた浅葱色の瞳が色をなくして見下ろされたのは初めてだ。こんなに怒っているような顔、見たことがない。

「凛くっ、」
「なんでテメェは俺の話は聞かねぇクセにさっきの男ンとこには行きやがんだよ」
「それはその、」
「ずっと避けやがって。気に食わねぇ」

凛くんの前髪がゆらりと揺れた。顔を歪めた凛くんに、息が詰まってしまいそうだった。

「だって…フラれたくなかった、から」
「俺は一度もお前をフッたことねぇだろ」

ダメだ。限界。やっぱりわたしの1度目の告白はカウントすらされていなかったらしい。じゃあ結局わたしの好きってずっと伝わっていなかったってことを指すわけで。
凛くんが分からない。凛くんが難しい。
じゃあさっきなんでわたしのとこに来たの。じゃあなんでお前にはやらねぇとか言ってたの。わたしちゃんと聞こえた。こんなの訳が分からなくて涙堪えるのにも限度がある。どうしても泣きたくないのに涙は勝手に目に溜まる一方で、それを見た凛くんはギョッとした。

「なんで泣いてんだ」
「っ1回わたし凛くんに、こくはく、してるし、」
「は? アレは…ノーカンだろ。



今は更々フるつもりはねぇし、あん時からこっちはずっと後悔してんだよ。やり直しさせろ」


凛くんとの数センチ開けた距離が縮まった。言わせんな、と言いたげに、それでもいつも表情をあまり変えない凛くんの頬が滲んだ視界のなかでほんの少しだけ、紅潮しているように見えてしまった。

「……へ」
「ずっと話しかけてくるし適当に答えたって嬉しそうにする奴はお前くらいなモンだ。見れねぇ映画もマジで借りてんのバカかよ。俺の言うことに一々嬉しそうにしたり落ち込みやがって。分かりやすいんだよお前」
「えと、あの」
「サッカーのことなんも知らねぇクセに応援するって言うわ急に告り出すわ。…俺から次は言おうと思ってたら先越された挙句、返事しようとすりゃそっからテメェは逃げやがる。そんで今日は他の男に告られやがって。俺以外の男にノコノコ着いて行くんじゃねぇよクソ」

凛くんらしくない言葉とその声音。嫉妬混じりのセリフと、わたしに対しての気持ちが凛くんの口から聞けたのが信じられなくてつい瞬きを繰り返してしまう。

「おい、なんか喋れ」
「……ぁ、と。その、しんじ、られない」
「っち」

急に来た逆転劇に、心情も心臓もどちらも慌ただしく涙なんて引っ込んだ。だって絶対にフラれるって思っていたから、凛くんがまさか自分のことを好きでいてくれてるだなんて思いもよらなかったんだもん。

「……許してやる」
「え?」
「だから避けやがったのも男んとこに行ったのも今回だけは許してやるから俺と付き合えって言ってんだよ。お前は俺だけ見てりゃいい。何があってもこの先ずっとな。…こんだけ言っても意味分かんねぇか?」

わたしも恋愛下手だけど、同じくらい凛くんも恋愛下手だということが今日分かった。
ふるふると首を横に振る。それが凛くんの視界に入ると同時に、縮まった距離は更に近付き、柔らかな感触が口に伝った。

「おい、キスするときぐらい目ぇ閉じろよ」
「りっ凛くんだって開けてたじゃん!ってかいきなりは不可抗力だよ!!」

片眉を下げた凛くんに、羞恥心と現状にいっぱいいっぱいでぎゃん!と声を子供のように荒らげてしまった。すると凛くんはうるせーと口にして、わたしの手を取ると指を絡めた。

「だったらもう1回するか?」
「へっっ」
「早く閉じろ」

好きな人の言うことは逆らえない。というか凛くんだから逆らえないのだろうか。答えはきっと両者で、絡められた手はきゅ、と力を込められて凛くんの体温を間近に感じてしまう。

目を閉じたわたしにもう一度唇が重なって、薄く目を開けたら凛くんはもの優しげに笑っていた。それを見ただけで胸の奥が熱くなっていくのを感じて、この顔を見れるのはわたしだけなんだと思えば急に現実味を帯びてくる。



「…凛くん、すき。前よりもっともっと、好き」



「知ってる。俺も好きだ。離す気ねぇからお前は一生俺の隣でずっとバカみてぇに笑ってろ」




−−−−−−−−−−−−

「ねぇ、ナマエ大丈夫かな?ってかあの先輩も」
「…めっちゃくちゃ怒ってたよね糸師くん」
「んね。ハッ…!ちょい待って、これが恋のトライアングルってやつ!?」
「何それ!初めて聞いたんだけど!?」
「お兄ちゃんの持ってる漫画で読んだことあんの!でもまぁ取り敢えず、」
「「戻ってきたら聞いてみよ!」」

可愛い2人組は手をパチンと叩き合う。
女子高生の話題に恋愛はつきものだ。だからこうなるのは自然なことであり、仕方がない。

2人が質問攻めに合うのは数分後の未来である。






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