ブルロ夢 | ナノ


ネスくんは勘違いをしている




恋とは、前触れもなしに起こる実に不思議な現象である。


「お前に前話したと思うが、コイツがネスだ」
「はじめまして、ネスです。アレクシス・ネス」

長年の友人、ミヒャとの食事の場で紹介された男、アレクシス・ネスくん。少し高めな声音に、触りたくなるようなふわふわの髪の毛と、くりっとまぁるい大きな瞳。つまりは童顔。人当たりの良い笑顔をわたしに向けた彼の第一印象は、スポーツ出来るんだ、という実に失礼なもので、差し出された手はわたしの手がすっぽり収まってしまうほど、大きな手だった。

こんなお人形さんみたいな彼が、弱肉強食の世界を走り抜いているとは思えなかった。人を見た目で判断することも良くはないと分かっているけれど、ネスくんはどちらかというとピアノとか、バイオリンだとか、クラシック聞いて紅茶飲んでます、が似合っちゃうような見目であったから。

食事中のふとした際に、彼をたまに見やる。
ミヒャの他愛もない話を随分と楽しげに始終笑顔で頷き、たまに輝かしい眼差しでミヒャを見つめ拍手なんかをしている男の子。自分のことは口少なで、ミヒャの話に全肯定。中々に初対面でこんなミヒャエルラブって表に出している同業選手、いないだろうな。

わたしの周りにこういった人はあまりいないから、新鮮で可愛いなぁなんて素直に感じて微笑ましかった。そうして久しぶりに会ったミヒャと、そんな彼の可愛がっているであろうネスくんとの食事を純粋に楽しんでいたのだ。


「随分と仲良く見えますが、カイザーとはどういった関係で?」
「へ?」


食事も終盤。電話が掛かって来てミヒャが席を立った際の出来事だった。先程までにこにこ笑顔だったのが嘘のように、真正面のネスくんからは表情筋が消え去っている。

「えと、どういった、って?」
「そのまんまの意味ですよ。お前はカイザーの女ですか?って聞いてるんです」

ハン、と腕を組み、あからさまに顔を顰めたネスくんから発せられた声は1トーンも低い。態度だってさっきまではちょこん、と座っていたのに、今ではドシンとした気迫がある。呆気に取られたわたしの目は点だ。

「友達、だけど?」
「友達、ですかぁ。ん、それってセフレとかそういったカラダのオトモダチ?たまにいるんですよね。ちょっと関係持ったからってカイザーの女になった気になる馬鹿なオンナ」
「は?は?」

目が点に加え、今度は空いた口が塞がらない。
何度かミヒャが今まで関係を持った子たちに何故か顔バレし凸られたことはあるけども、そんなのは10代の頃の話で、成人してから口にされたのは初めてだ。それも男に。

「わたしがミヒャとそんな関係な訳ないじゃん。大体子供の時からの仲なのに今更そんな感情お互いないよ」
「なにそれ…正妻の余裕って奴ですか?良い身分ですね。いや、認めませんが」
「はなし聞いてた??」

ネスくんて好きな子前にすると一直線に物事を捉えてしまう人なのだろうか。というかわたしを見る氷のようにハイライト無くしたその目、敵対心丸出しなのになんだろう、怖くない。


もう1度、テーブルに逸らしていた目線を確認するかのようにネスくんへと向き直す。


「なんですか?」
「あ、いえ。別に…」


イラッとした態度を表に出すアレクシス・ネスくん。

やっぱり怖くない。

それどころか子犬が威嚇しているみたいでめちゃくちゃ可愛いんだけど、どうしよう。



「なに2人どす黒い雰囲気出してんだ?」
「ッカイザー!いっいえ、ナマエさんの恋愛事情をちょっと聞いてみたっていうか。ね?ナマエさん」
「えっあっ、うん」

ミヒャが苦笑しながら席に戻ればさっきの会話はまるでなかったように満面の笑みに戻すネスくん。こういう場に慣れてる感が垣間見えたほどの表情早変わりだ。助演男優賞貰えるレベルだと思う。

「ふぅん?俺も興味あるな。お前は昔っから男運ないし?」
「…うっうるさ。ミヒャだってよく報道されてるじゃん」
「お前と一緒にするな。俺のは誤報。それに俺は女を泣かせたことはあっても泣いたことは一度もない」
「サッ、サイテー」

時々、なんでこの男がそんなにモテるのかと疑問に思うことがある。でも深く考えなくたって理由は単純で、彼の持ちうる全てのものに魅力があるから、だろうな。だからどんなに俺様であっても世の女たちは許してしまうのだ。わたしも生まれ変わったらこんな感じで余裕さ溢れる言葉を一度は言ってみたい。

「…付き合ってる奴とかいないのか?」
「いないよ。いたらここに来ないもんミヒャじゃあるまいし」
「ハァ?俺は一途だアホ。お前が知らないだけ」

ミヒャの口調はどこか嬉しそうでご機嫌だ。きっとご飯食べいこ!の連絡からお互いのスケジュールが中々合わず、今日こうして久しぶりに話が出来たからかもしれない。ミヒャは昔からこういう所はあまり素直じゃないけれど、そう思ってくれているなら友人としては嬉しい限り。その横でネスくんは「流石です!その通りですねカイザー!」とこれまた大変愛くるしい笑顔で相槌を打っていた。

「今日はありがとう。ミヒャもネスくんも。楽しかったです」
「また連絡してやるから日を空けておけよ」
「うん、わたしも連絡するよ。ネスくんも良ければまた一緒に」
「は?あ…はい。それではおやすみなさい」

家まで送ってくれた2人にお礼を言い、アパートの鍵を開ける。一人暮らしの寂しい部屋の電気をつけて、ふぅ、と息を吐いた。

作りきった笑顔のネスくんと、冷めた表情を浮かべていたネスくんの顔が交互に浮かぶ。

そうして途端に緩みそうになってしまう口角を必死で抑えようとしている自分が気持ち悪くてヤバい奴。

ミヒャに言った通り、付き合ってる人はいない。
いないけど、好きな人は出来ちゃった。それはお互いのことを知っている長年の友人ではなく、その隣に座っていた今日出会ったばかりの男の子。こんな簡単に人を好きになってしまったのは、人生で初めての出来事である。だけど仕方がない。冷たく刺さるようなその視線とミヒャに向けるあのあどけない顔。どれが本物のネスくんなのか分からないけれど、もっと知りたくなってしまった彼のこと。



人間は、ギャップというものに弱いので。








あの日になんとしてでも連絡先を交換しなかったこと、後悔してる。

『知らん。なんで俺がお前にネスの番号教えなきゃいけないんだよクソ面倒』
「いいじゃん!この間のお礼が言いたいの!一生のお願い」
『一生をンなくだらないことに使うな。ってかお前と先に約束したのも飯連れてってやったのも、車出したのも全部俺だ。ネスに感謝すべきことなんてないだろうが』
「ミヒャにも感謝してるよ、ありがとう。けどネスくんにも色々話聞いて貰っちゃったし、」
『クソ嫌。クソ無理。クソ却下』
「えっちょ!?ミヒャ!?」

ブツッと勢いよく切れた音に通話はそこで終わりを告げる。真っ暗なスマホの画面に映ったわたしの顔はどうしたものかと口がへの字に曲がっていた。

どうやらミヒャはご機嫌が大変斜めだったらしい。練習で嫌なことがあったのかもしれない。たまにこうして普通に会話をしてたと思ったら急に機嫌が悪くなることがあるんだよなミヒャって。

日を改めて…といってもあの様子じゃ今後も教えてくれることはない気がする。なんとなくそういったことは、付き合いの長さで分かるものだ。


それから2週間。やっぱりネスくんのことが頭から抜けない。動画サイトで調べれば直ぐに上がってくるネスくんのプレー動画に胸は忙しなく踊ってしまう。ミヒャの欲しいであろう箇所に絶妙なタイミングでパスを繰り出すその柔軟なプレースタイル。彼の2つ名は魔術師というらしい。

なにそれ、可愛いし面白い。

最近はたった1回会っただけのネスくんのことばかりを考えてしまい、なぜ今までミヒャが何度も「試合を見に来い」と誘ってくれていたのに断ってしまったのかと後悔が募る。今のわたしなら間違いなく2つ返事で行くと答えているに違いない。スマホを手に取る。ミヒャにメッセージを送った。

"試合近々ないの?見に行きたい"
"ない"

秒で返って来た一言。
おかしいな。いつにも増して冷たすぎない?ミヒャエルくん。







「ゲッ」


街中の、初めて入ったカフェ。わたしの顔を見て露骨に顔を顰めた男はネスくんだった。

「えっ!えっ!?ネスくん!?」
「…誰ですかソレ。人違いです」
「ネスくんじゃん!なんで嘘つくの!?」

今日は休日。早起きするつもりが2度寝してしまい、家を出たのは昼前だった。お目当ての今日発売の新作コスメは寝坊のせいで売り切れ。再販も現状いつになるか分からないとのことでショックを受けて適当に入った店。そこでコーヒーをテイクアウトした矢先のネスくん。

わたしの顔に、笑顔が戻る。ひと月前から狙っていたコスメなんてどうでも良くなってしまうことなんて、一瞬だった。

店を出たテラス席の一角。そこに1人で座っていたネスくんに気付けて良かったと心の中で手を拝める。だってまさかこんなところで会えるなんて思いもよらないじゃない。

「ねぇねぇ、一緒に座っても良い?」
「空いてません。他の席座って下さい」
「3つも席空いてるのに?誰か来ちゃう?だめ?」
「あなたテイクアウトしたんでしょう?早く帰って下さっ…て勝手に座るな!」

プンスカ怒っているネスくんを前にわたしが座ると、彼は有り得ないと言わんばかりに声を大きくさせた。だってこれを逃してしまったらまたいつ会えるか保証ないし。強行突破という自覚はある。テイクアウトした袋からサンドウィッチとカフェラテを取り出す。それを見てうんざりした顔をしつつも何も発しなくなったのは、諦めたからなのか、それとも呆れているからなのか。両者かもしれないけど、眉間に皺を寄せて不機嫌ってのだけはわかる。悲しきことに。

「…食べる?」
「いりません」

ツン、とわたしから顔を横に向けたネスくん。慣れた相手にしか心開かない系男子なのだろうか。ミヒャはどうやってネスくんを手なずけたんだろう。

「ネスくんこんなとこで普通にしてて平気なの?街中だけど」
「はぁ?…ご覧の通りですよ。僕はカイザーと違ってそんな知名度ないですからね」
「でもわたしは速攻でネスくん見つけちゃったけどね」
「…は?」

そう返ってくると思わなかったのか、ネスくんの目が大きく1秒程見開いた気がする。見てないフリをして、サンドウィッチを齧るけど、ちょっと心臓が早鐘をついた。

「っ、てかあなたは何しにここに?僕になんか言いたいことでもあるんですか?カイザーについてなら何も教えることはありませんよお前なんかに」
「ん?っふは、たまたまだよ買い物に来てたの。ってかなんでわたしがミヒャのことネスくんに聞くの?」
「くっ、それは宣戦布告って奴ですか?昔からの知り合いだから何なんです?そんなことを一々自慢するな」

なんの宣戦布告?っていうか自慢したつもりはないんだけどな。ネスくんて、ちょっと発言が斜め上をいっていて面白い。

面白いし、可愛いし、近くで見ると尚かっこいい。

「…ネスくんて彼女いるの?」
「お前にそんなこと教えなきゃなんない義理はどこにもないです」
「気になっちゃって」
「ハァ?いようがいまいがあなたに関係ないでしょ」

ツン、とした冷たい口調とは裏腹に、ネスくんは甘い甘いケーキを1口頬張った。

「甘いもの好き?今度お菓子作ったら食べてくれる?」
「絶対食べません。毒でも入れられたら困るんで」
「ネスくん面白いね。仲良くなりたい人に毒なんて入れる訳ないじゃん」
「……は?」

ネスくんの持っていたフォークから苺がポロッと落ちる。お口に入る1歩手前だったからポケッ、と間抜けに口開けて。まぁ、すぐにその口はきゅ、と結ばれてしまったけれど。

「…折角のオフなのに、あなたのせいで台無しですよ」
「ごめんね。わたしは会えて嬉しかったですけどね?」
「……?」

ネスくんの表情にハテナが浮かび上がっているのが分かる。首を傾げて、"お前意味分からん"と言いたげに。

「ネスくん、連絡先知りたいんだけど」
「あ?…は?なっなに言ってるんですか!?僕はお前と交換するつもりは死んでもないしそんなことしたらカイザーにっ!」
「ミヒャ?」

ハッと片手で口を覆うネスくんに、今度はわたしが小首を傾げる番だった。なんでそこでミヒャが出てくるのか分からない。けれどわたしはミヒャでポン!と閃いた。

「ネスくんネスくん」
「もうホントなんなんですか。ちょっと静かにしたらどうで、」
「連絡先交換してくれたら、ミヒャの子供の頃の写真送ってあげるよ?」
「…へ」

汚い手だとは自分が1番分かってるので、ミヒャに心の中で謝罪する。でもいつの日にかわたしが昼寝してヨダレを垂らしていた恥ずかしい寝顔をスマホのカメラで撮って暫く待ち受けにされていたことがあるので、おあいこだと思ってくれ。

黙ってしまったネスくんの表情を伺う。
1、2分の長い間彼はかなり迷っていたようで、考えあぐねていた。

迷うというか、何かに葛藤しているみたい。
なにと…なにと悩んでいるのネスくん。


「…嘘ついたら許しませんから」


それから約3分。ネスくんの口から出た言葉にわたしは今日1番の笑みがこぼれた。引いた目つきで差し出されたスマホと無事連絡先を交換することに成功。

そうして帰り際にネスくんは言った。


「絶対にカイザーのこと以外で連絡してくるような真似はやめて下さい。それと、この事はカイザーには内密に」


ミヒャのこと以外で連絡してくるなっていうのはなんとなく理解した。でも内密にってどういうこと?知られたくない理由でもあるんだろうか。

思っていることが顔に出ていたのか、ネスくんは大きなため息を吐くと席を立ちわたしを見下ろした。

「これはお互いの為でもあります。っとにバカなオンナはこれだから。いいですね、絶対内緒にしろ」

念押しするように冷淡な顔つきで瞳を細めたネスくんに、わたしはただただコクコクと頷いた。

だってネスくんが少し背を屈めてわたしとの距離を近付けたのだ。こんなのフリーズしない方がおかしい。

硬直し、言葉も発せないわたしを置いて行ってしまったネスくん。わたしは暫くその場で動けないでいた。






「お前しつこい!毎日LINEしてくるな!」
「えへへ…ごめん。でもミヒャに言ってないよ」
「そういうことじゃなくって…はぁ」

前にネスくんと会ったカフェ。日は落ちかけて夕暮れ時だった。絶対に来てくれないであろうダメ元で誘ってみたんだけど、なんとネスくんは来てくれたのだ。相変わらずめちゃくちゃわたしに会いたくなさそうだけれど。

「……」
「何か頼む?お腹空いた?」
「……」

何も答えないネスくんに、氷だけになってしまったアイスコーヒーを1口啜ってみた。だけど、薄まったコーヒーほど不味いものはないよね。

「…今日僕は行かないって言ったはずです」
「うん、聞いたよ」
「じゃあなんでいるんですか。…もう言ってた時刻より2時間も過ぎてますよ」

店内の時計に目を移す。そうしてゆっくりネスくんに視線を移し変えれば、ネスくんは眉を下げて怪訝な顔をしている。

「でも、ネスくん来てくれたじゃん?」
「…っ、お前が悪いんです!お前が来るまで待ってるとか意味分かんないこと言うからっ」
「で、まだ待ってるかもって思って来てくれたの?」
「それは、」

ネスくんは口篭る。
どうしても言いたくないようで、それがあからさまに態度に出ているから思わず笑ってしまった。

「なっ何笑ってやがるんですか」
「ごめんごめん。そんな切羽詰まった顔しなくても良いのに」
「だっ誰のせいで…!」

ネスくんは声を荒らげようとしてそれを飲み込んだ。

「ネスくんは、ミヒャのこと大好きなんだね?」
「はぁ?なんですかいきなり」
「だってマジでミヒャ以外のことは素っ気ない返信ばかりだし。でもミヒャのことになると絶対返してくれるんだもん」
「当たり前でしょう。初めに約束したはずです」

まぁ、その通りなんだけど。
でもそれにしてもネスくんてガード固すぎで、わたしは拍手を送りたい。

連絡先を交換したとて、前よりは前進出来るかなと思いきや全然そんなことない。ネスくんのことを聞けば返信なしか、教えない知らないのどちらかで、ミヒャのことを話題に出せば長文で返って来るの。ミヒャの話題に乗っかって、わたしもそれ好きだと送ってみれば聞いてないと返ってくる。ホント泣けてしまうくらい、表面上でのネスくんはわたしに一切興味がない。きっとミヒャがいなかったら早々にブロックされていたんだと思う。

「…僕にとってカイザーはなくてはならない存在ですから」
「ん?」
「憧れでもあり、尊敬しています。彼が一番有意義なプレーが出来るなら、僕はいくらでもその踏み台になる覚悟があるし、邪魔する奴は絶対に許さない」

わたしは、どんな風にネスくんがミヒャと出会い、どんな時間をサッカー通して過ごしてきたのか知らない。ミヒャに聞けば教えてくれるかもしれないけど、出来ればそれはネスくんの口から聞けたら嬉しいな、と思う。

ネスくんの心のなかのミヒャの存在は思った以上に大きかった。それもそっか。じゃなきゃあんな忠誠心丸出しなんてこと、出来ないだろう。ミヒャは幸せ者だ。身近にこんな分かってくれる人がいて。


でもそれが愛でないならば、それとこれ。

話は別。


「ねぇネスくん」
「…なんですか」
「わたしと初めて会った日、覚えてる?」
「そりゃまぁ、はい」

ミヒャのことになるととりわけ反応早いのに、わたしのことになると反応が本当に鈍いな。ちょっと寂しい。


でも、わたし、勝算がある。


「あの日にネスくんと会わせてってミヒャに頼んだんだよね、わたし」
「は?」
「ミヒャからたまにネスくんの話題を聞いててね?ミヒャが側に置いとく子って珍しいから会ってみたいって」

大きな大きなおめめが更に大きくなる。女のわたしより可愛いってどうかしてるよな。

初めはただの興味本位。あまり良い顔をしなかったミヒャだけど連れて来てくれたときは嬉しくて。でもまさか会って好きになるとまではわたし本人ですら思わなかったけれど。

数秒そのままネスくんは固まり、暫くするとみるみる内に顔が赤色に染め上がっていく。

「なっ、…んなっ」
「なんで今日ここに来てくれたの?わたしが嫌いなら放って置けば良かったのに」
「きっきらっ、」

あぐあぐとこういうのに慣れていないのかネスくんは言葉に出来ないようで。そんなネスくんが、バカみたいに可愛いのだ。

いつも誰かを追っている人は、誰かに追われることに慣れていない。だからネスくんは今のわたしの対応に頭がいっぱいだと思う。

こういう人は、押されると弱いのだ。

緊張は0ではない。わたしだって好きな人前にすれば胸はドキドキ音立てるし、苦しくなったり、意識しまくって変なこと言ってないかだとか気になっちゃうんだよ。

でも、絶対ネスくんはそんなわたしのこと、気付いていなかっただろうな。


「ネスくんのこと、好き」
「…は」
「ネスくんの彼女になりたい」


今にも口から心臓が飛び出しそう。こんなストレートな告白は青い春を過ごしていたときくらいなもので、余計と恥ずかしさが募っていく。でも、それ以上に、目先のネスくんの方が真っ赤である。

流石にちょっと焦り過ぎてしまったかもしれない。いつもの勢いでフラレでもしたら流石のわたしも寝込んでしまう。

「あ、返事は今じゃなくても大丈夫だからね!ごめん、変なこと言って」
「あ、いえ…ってかあなたはてっきりカイザーが好き、なのかと」
「……へ?」






『わたしミヒャとはただのお友達。世のリアコ勢に言いたいことがある』



そう。わたしは昔から何故か勘違いをされやすかった。ミヒャに恋していた女の子から、またやわたしが恋した過去の男たち。わたしとミヒャの友人関係を知っている人たちは皆口を揃えて言ったのだ。

「アンタってミヒャエルのことが好きらしいわね」
「君はカイザーくんが好きだと思っていたから」
「本当はあの男が好きだったんだろ!?もう無理だ、別れてくれ。頼む!お願いだ!!」

蘇る過去の記憶たち。ミヒャとは確かに幼少期からの仲である。だけど恋人が出来たら当たり前かもだけど異性との連絡は控えていたし、ミヒャ自体連絡を頻繁に送ってくるタイプでもなかったから、なんでいつもわたしが好きだと勘違いされてしまうのか首を傾げていた。

ラブじゃない。ライクである。

それなのにわたしが好きになる男には、毎回ミヒャと接点がなくとも必ず彼の名が上がり、そうしてフラれてしまう。


「なっなんでミヒャ??」
「なんでって、気付いてないんですか?」
「なにを?」

わたしの間の抜けた返答に、ネスくんは一瞬憐れむかのようなため息を吐いた。え、わたしが悪いの?
未だ理解が追いつかないわたしにネスくんは何かを考え、そうしてわたしの腕を掴むとカフェを出ようと歩き出す。

「えっ、ちょ!ネスくん!?」
「僕、カイザーに殺されるかもしれません」
「なんで!?そんなことさせないから大丈夫だよ!?」

ちょっとパニックになってしまっているので、自分でもおかしなことを口にしてしまっているのは十分に分かっている。案の定、支払いを済ませ店を出たネスくんはわたしの方へと振り向くと眉間に皺を寄せていた。

「はぁ…あなた自分が何言ってんのか分かってます?」
「あっいや?訳分かんなくなっちゃって」
「訳分かんないのは僕もですよ。ホントばか。あー…もういいや。分かんないなら分かんないままでいて下さい」
「うぁっ!?」

一瞬だった。
グイッと掴まれていた手が引かれると、本当に本当に一瞬だけ触れ合った唇。

ムードもへったくれもないキスに、可愛さの欠片もなくわたしの目は見開いたまま瞬きすら出来やしない。

ネスくんはそんなわたしを見て初めて愛おしいモノをみるかのように、目を細めて笑みを見せた。



「…僕が殺されたらお前も道連れです。1人お前を残しとくような優しい男じゃないんで」












後日、わたしとネスくんの関係性を知ったミヒャは、ミヒャなのにミヒャではないような瞳の色を失くし放心状態。まるで別人かと思った。そうして信じられないと僅かな希望を持ちつつもミヒャはわたしに顔を向けた。

「…嘘だと言え。今なら笑って許してやる」
「嘘じゃないよ。わたしから告白したんだもん」


「!!」

その瞬間、ミヒャは風に舞う砂と化した。
そうしてミヒャがネスくんに詰め寄ったことを知り、わたしが止めに入ったのが2日前。そしてわたしにミヒャは不貞腐れたかのように「…お前とネスを会わせるんじゃなかった」と口にしたのだ。

その意味を理解したのはネスくんの看病をしにいったその日の夜の出来事である。









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