ブルロ夢 | ナノ


手馴れた男に要注意 後






「見て!今年も抱かれたい男No.1カイザーなんですけど!」
「3年連続だっけ?ってかこの写真エグいね。でも遊んでるって有名じゃない?この間もモデルと噂あったよね?」
「え?私は新人女優との噂聞いたけど!?」
「スポーツ出来て顔も良いとかヤバすぎん!?抱かれてみたいよね

知ってるか世の男子たちよ。意外と男より女の方がこういう込み入った話は深いとこまで話すんだぞ(当社比)

お昼のランチタイム。同期たちの会話が飛び交うなかわたしはその話題に着いていけずにいた。同期たちが興奮しているのは月間で発売されているファッション誌。今月の特集がカイザーさんだったらしい。勿論同期たちはわたしとカイザーさんの関係を知る由もない。だけど下手なことを言わないようにお口チャックしておくのが無難だと、黙ってオレンジジュースのストローを1口吸った。

「でもあの前に付き合ってたって噂があった女優!"ミヒャとは良い友人関係よ。あんな優しい男に初めて出会ったわ"とかいうやつ、意外過ぎて覚えてるんだけどさ」
「アレ濁してたけど絶対付き合ってたよね。でも報道されるまでなんにも表沙汰にならなかったの凄くない?」
「大事な女だけはしっかり囲う系?」

キャアキャア話す同期に耳だけ傾ける。

え、そうなの?全く知らなかったんだが。

わたしはもう少しちゃんとニュースとか見て知識を得た方が良いのかもしれない。いや、そもそもカイザーさんとこんな関係になることすら思いもよらなかったし。

今まで有名人の恋愛事情にどうとも思っていなかったが為に、そういったものがテレビで流れていてもBGMと化してしまっていたからそこら辺わたしはとても疎い。

カイザーさん、モテる。遊び人。好きな人だけ大事にする。

いま聞いていたことが頭の中でぐるぐるとめぐりに巡る。そりゃあの彼がモテない筈がないだろう。実際かっこいいし。そんなの分かりきったことなのに、なんだかつまらない。

そうだよね、一般人のわたし一人だけがカイザーさんと関係を持っている訳ないじゃん。

答えは即座に出たのに何故かモヤモヤした感情は消えてはくれず、気持ちが悪い。

「…ナマエ?」
「へ?」
「も聞いてなかったの?芸能人の中じゃ誰が好みかって話!」
「あ…わたしは、」

誰だろう。一瞬カイザーさんの顔が浮かぶ。いやいやこれは今カイザーさんのことを考えていたからで。

そろりと同期たちに目を向ける。返答を待つ彼女たちに焦ってしまった。

「いっ潔選手!!」

同期はお互い顔を見合わせ、そうして首を傾げた。

「アンタあんな可愛い子タイプだったっけ?」





ミヒャエル・カイザー 熱愛 検索

午後の仕事中も家に帰ってお風呂に入っても、胸のおかしな感情は一向に良くはならない。ベッドの上でスマホを持ったら自然と手が彼のことを検索してしまっていた。

そうしたら出てしまう真実なのか嘘なのか分からないネット情報が。

「このモデルもそうだったんだ…」

わたしが10代のときに好きだったとっても綺麗なモデルさん。全てを鵜呑みにするのはどうかと思うが、名が上がっている彼女たちはわたしでも知っている名の知れた人たちばかりである。

心臓がぎゅう、と押さえつけられるように痛んだ気がする。

見るんじゃなかった。こんなの。

そう思っている自分にハテナが浮かぶ。

あれ?あれあれ?なんでわたしこんなこと思っちゃってるの。

この気持ちは短い人生で幾度か経験したことがある感情である。それをかき消すかのようにつけていたテレビの音量を上げた。これ以上は気付いちゃいけない。気付いてしまったところで、上手くいきっこないんだから。






深く考えないようにしているのに、カイザーさんから連絡が来るとあれから心臓が大きく跳ねてどうしようもない。こまった。本当に、非常に、こまった。

「これやる」

彼の家に呼ばれソファの上に座っていると、カイザーさんはわたしに箱を差し出して来た。

「…お菓子?」
「あぁ。お前好きだろ」
「好き、ですけど。なんでわたしに?」

わたしの隣にカイザーさんがぽすっと腰をおろすと、重心で少しソファが沈む。ちょっと前まではその距離にここまでドキドキと音が鳴ることなんてなかったのに。それを誤魔化すように箱を開けてみると、ケーキが幾つか入っている。

「この間仕事で疲れてるって言ってたろ」
「えっ!?あっはい。ってかこんなに沢山。いいんですか?」
「なんのケーキが好きかまでは分からんから適当に買ってきた。食いきれないのは家に持って帰れ」

ザッハトルテにチーズケーキ。それとさくらんぼが可愛らしく乗った伝統的なケーキまで。他にもあと2つほどケーキが箱に入れられており、まさかカイザーさんからお菓子を貰えると思っておらず箱と彼を交互に見てしまう。

「なんだ、嬉しくないのか?」
「やっ、違くて。カイザーさんが買いに行って来てくれたんですか?」
「ん?それしかないだろ。誰に頼むんだ」

カイザーさんが、あのカイザーさんが1人でケーキを買いに?お菓子屋さんに行ったの?想像がつかないんですけど。

「おい。お前今失礼なこと考えてるだろ」
「いっいえ!?ちょっと意外というか。ここ結構並ぶとこのケーキですよね」
「…お前」
「あっ!一緒に食べます?」
「甘いものは苦手だ。1人で食え」

ケーキを見て眉を顰めたカイザーさんはコーヒを啜る。甘いものが苦手なのに選んで買って来てくれたのかこの人は。

「カイザーさん、ありがとうございます。嬉しい」
「ん」

短く返事をしたカイザーさんの横でケーキを頬張る。

平常心平常心へいじょ……無理だって!
めちゃくちゃ嬉しいって思っちゃうんですけど!?
美味しい筈なのに!味もよく分からないんですけど!?

「お前食いすぎ」
「カイザーさんが買って来てくれたんじゃないですか。…でもちょっと気持ち悪いかも」
「考えて食わないからそうなるんだよ。おバカだな」

嬉しくて気が緩めばすぐにでも上がってしまいそうな口角を押さえ込みたくて、ケーキを3つも平らげてしまい流石にお腹が悲鳴を上げていた。そんなわたしへカイザーさんの顔が近付いてくる。そうしてぺろっとわたしの唇を舐めたのだ。

「…はぇ」
「あっま。こんなん3つもよくうまそうに食えるな。正気じゃない」

眉間に皺を寄せ親指で自身の口を拭う彼に、いつもであったら言い返すことが出来ただろうに。わたしはその間静かに黙って、忙しない心臓をどうにか止めることに必死になっていた。


認めよう。わたしはカイザーさんのことが好きだ。





カイザーさんからの連絡は多いときで週に1度。忙しいときは3週間に1度あるかどうかである。連絡が来たときのわたしはかなりテンションが上がり、それで連絡が空いた日にはテンションが下がる。つまり分かりやすいくらいに気分の上げ下げがカイザーさんによって左右されてる。

でも自分の気持ちを伝えてしまったら、終わりになってしまうだろうから言えないのだ。

他にもカイザーさんにはこういう女の子がいるのかもしれないとか会えない日は考えてしまって、勝手に落ち込む日々に頭を悩ましてばかり。

そもそもカイザーさんにとってわたしはただのセフレなのだ。帰るときも「またな」ってあっさりしているし。名残惜しさの微塵も感じられないその言葉。またな、がいつかサヨウナラに変わってしまうんじゃないかと思うと怖くて行動が出来ない。



「さっきのテレビ、まだ見たかったです」
「飽きた。俺の相手してから続きみりゃいいだろ」
「…その頃には終わっちゃってますよ」
「あら、今日は長期戦の気分?」
「……サイテーです」

わたしの首元に唇を寄せ、跡を残さぬ程度にちゅう、とわざと音を鳴らして吸われると、わたしの身体は勝手にピクっと反応する。数分前はソファに座ってバラエティを見ていたというのに関わらず、今は何処にもそんな雰囲気はない。

両手で彼の肩を押しのけようとしてみる。今更可愛こぶることなんて出来なくて、きっとそういう態度を取ってみてもカイザーさんに「やめろ」とか言われてしまいそうだ。

っ、家で録画するの忘れてたんです!カイザーさんもこれみたいって言ってたじゃないですかっ」

カイザーさんの右手がわたしのお腹をなぞり、青薔薇が彫られている左手はわたしの頭を優しく撫でる。

「はぁ…ホント、空気読めないのな」
「ッ読んでます、けどあはっ、くすぐった!それっやめて、」
「やめるワケないだろ。こうされるの好きじゃん。ナマエチャンは」

耳元に触れそうな距離で彼が笑ったのが分かった。いつもカイザーさんのつけている香水の香りが鼻を掠める。お腹に触れていた指がこしょこしょと遊びだし、舌先で首筋を這って、鎖骨を噛まれる。

「んっ、ふッ」

痛いような、くすぐったいような、気持ちいいような。

そんなわたしの反応を見て、柔和に微笑む彼が相手をして来た歴代の女の中では多分、わたしが1番子供に見えるんだろうな。きっと。悲しいことに。


「カイザーさ、」
「ん、かぁわいい」


わたしを見下ろした天色が三日月のように細まるともうダメだ。彼はわたしを黙らせることを熟知している。カイザーさんは自分のペースへと持っていくことが大変得意だ。否、わたしがカイザーを好きになってしまったから、逐一わたしは彼の発言に一喜一憂してしまうのだ。



行為は終わりを告げ、いつもはすぐ眠りにつけるのに、今日のわたしは眠れなかった。わたしの部屋より寝心地の良いこのベッドで、カイザーさんはいつもわたしの頭を眠るまで撫でてくれる。セフレにこれだけ優しいのだから、本当に好きな子にはどんなカイザーさんを見せるんだろう。

…いいなぁ。カイザーさんに愛された人たち。

何度も悩んだって仕方が無いのに、会う度こんなことを思ってしまう。妬むなんてお門違い。でもでもだって女子になっている気がして、自分をぶん殴りたくなるほどだ。

「…眠れないのか?」
「あ、えと」

カイザーさんの体温が気持ち良い。だけど寂しい。
わたしはカイザーさんの彼女ではないけれど、ほんの少しだけ我儘を言ってみてもいいだろうか。

ムズっと背を向けていた体を動かして、カイザーさんの胸に顔を擦り寄せた。これ以上ないくらい心臓が音を鳴らしているのが分かる。

「ぎゅ、てしてくれませんか?」

自分で言ったくせに恥ずかしくて堪んない。わたしはあまりこういった何かをして欲しいとか言わないタイプなので、今が一番緊張しているかもしれない。

カイザーさんの顔はとてもじゃないが見られない。ゲラゲラ笑われたらわたしショック死してしまう。

「あ、」

だけど彼は笑うなんてことはせず、わたしを抱き締めてくれたのだ。ぎゅうう、と力強く。

「うぇ、ちっ力つよっ」
「なんだぁ?珍しく甘えたチャンだから寂しいのかと」
「……」
「可愛いねぇ子供みたいで」

…ほんと狡いよな。ファンじゃなくても、例えカイザーさんを知らなかった人でも、こんなの落ちるって。好きになっちゃうに決まってるって。わたしがそうであるように、あの女優も、モデルも、みんなこんな感じで恋をしたんだろうな。

カイザーさんの穏やかな声音に鼻の奥がツン、と痛む。
彼がいまどんな顔をしているのか分からないけれど、きっといつものように笑っているんだと思う。

「…カイザーさんは他にもこういうことしてる女の人、いるんですか?」
「なんで?」
「…なんでって」

わたしの髪を遊びながら指に絡める。言うつもりなんてなかったのに、言ったら終わってしまうかもしれないのに。ヤダな、泣きたくないのに泣いてしまいそうだ。

「…俺に他の女がいたら嫌?」

ばくんばくん。
心臓の音がカイザーさんに聞こえてしまうんじゃないかってくらい音を立てている。聞きたくないけど、その先を聞きたいのだ。

バカにされたり、子供扱いされたり、そうかと思えば優しくて調子狂ったり、紳士であったり。

わたしは遊ばれてるのかどうなのか、気になって仕方がないんだもん。

「いやです。めちゃくちゃいや」

カイザーさんの撫でていた手がゆっくりと止まる。怖くて顔を上げることが出来ない。多分、わたしの声は震えていると思う。でもここまで来たら言うしかない。

「ど、しよカイザーさん」
「ん?」
「っカイザーさんのこと好きになっちゃったぁ」

もうちょっとちゃんとした告白があっただろうに、そんな事を考えている余裕はなかった。涙は勝手に出てくるし、それこそ子供みたいな告白。絶対笑われる。そう思ったのに、カイザーさんはなんにも笑わなかったのだ。


「……知ってる」


「……え」


思いもよらなかった発言に、一瞬脳内にフリーズが起こる。

知ってるって、え?どういうこと?って。

カイザーさんはぽけっとしたわたしの顔を上げさせる。そうしてわたしの瞳に映った彼は、見たことがないくらいに嬉しそうに目を細めていた。

「お前必死で俺に隠そうとしてんの知ってはいたが、可愛いから黙ってた」
「へ?え、と…え?」
「会うたび"カイザーさんに会えて嬉しいです!"っての凄ぇ顔に出してるし、帰るときは泣きそうな顔になってんの、お前気付いてる?」
「いや?えっと、」
「俺が可愛いって言やぁすぐ顔染めるしあんなん誰が見ても気付くだろ。俺のこと好きだなぁコイツって」

クスクスと楽しそうに笑って種明かしをしていくカイザーさんに空いた口が塞がらない。

ずっと、ずっとわたしが好きだったの知ってたってこと!?そんなことってありますか!?

「なぁナマエ」

わたしの名を、彼が呼ぶ。言葉に出来ず未だに涙が滲んでいたわたしの瞳をカイザーさんは指で拭った。


「俺も好き。何を思ってたのか知らないが、他の女なんていないしお前で手一杯だ。それに俺は単なる遊びにこんな頻繁に連絡は取らない」
「えっあ、」
「言ってる意味、分かるか?」


語彙、消滅。無事、死亡。わたしの命日は今日である。
嬉しくて信じられなくて、カイザーさんはわたしを恋愛対象としてはみていないとマイナスな事ばかり考えてしまっていたから、キャパオーバーしてしまっている。

こくん、となんとか首を縦にふり頷く。それだけが今は精一杯のわたしに彼は一度キスを落とすと、今まで見せてくれた表情のなかで一番甘くて優しい笑みを向けた。





「安心しろ。俺はもう前からお前のモノだから」






−−−−−−−−−



ピンポーン。


インターフォンの音で目を覚ます。寝ぼけ眼でスマホで時間を確認するもまだ8時だ。隣に眠っているカイザーさんに目を移せば昨日のことを思い出して顔が勝手に熱くなる。

だけどそうしている間にまた鳴るインターフォン。

「カイザーさん、だれか来た。カイザーさんってば、誰か来ましたよ」
「ん…ネスか?っち。悪いが出てくれ」
「え"!わたしが出るんですか!?」

珍しく枕にぎゅむ、と顔を埋めて起き上がろうとしないカイザーさんは、わたしにお願いねと手を振る。

ネスって人は確かカイザーさんと同じチームの人だよね?
わたしが出てしまっていいものだろうか。

そろりそろりと足を玄関に運ぶ間でも鳴り止まないインターフォン。知り合いだから出来るのかな、と思うけど、それにしても朝からこんな鳴らすか普通。

ちょっと開けるの怖いんですけど。

そうしてドアを開けた瞬間、わたしはカイザーさんを叩き起さなかったことを後悔することになる。



「いやぁぁぁぁァァ!!」



わたしを見た瞬間、目の前の青年は大きな声を出し、目をかっぴらいてわたしに人指をビシッと指したのだ。


「だっ誰ですかあなたは!ここはカイザーの家ですよ!?不法侵入!!」
「え、いや、わたしは」
「カイザー!カイザーはどうしたんです!?何処にやったんですか女狐!!」
「めっ女狐!?」

ぎゃん、と叫ぶ彼にわたしもつい大きな声が出てしまう。
女狐ってひどくないかこの人。生まれて初めてそんなことを言われたわたしは彼と同じくヒートアップしてしまった。

失礼が過ぎる!

だけどわたしは大人。玄関先でこんな大声で話していると近所迷惑になってしまう。

「ちょっとあなたって、」
「うるさい!お前はほんと誰なんですか!」

ダメだ。この人に勝てる気がしない。宥めるように声にしたって全く聞き入れて貰えないのだ。今にも胸ぐら掴まれそうな勢いのこの彼は目がイッてしまっているので、ぶっちゃけこわい。


「お前ら何やってんだ。クソうるさい」


背後から安心する声が聞こえて振り向くと、カイザーさんが扉に背をつけてぐったりした顔を私たちに向けている。

「カイザー!」
「ぐぇっ」

ネスという男はわたしを押し寄せてカイザーさんの元へと歩み寄る。

なっなんなのあの人…!?

先程とは打って変わってきゅるんとした目を向けるこの人に、カイザーさんは慣れたようにその彼の頭をガシガシと手を乗っけた。

「あんまし虐めてくれるな、仲良くしろよネス。コイツは俺のオンナだ」
「おんな…オンナ??カイザーに固定の女???」

ギギギ、と効果音がなったかのように首をこちらに向けた彼と目が合うとわたしの体は石のように硬直した。

嘘だ、嘘だ。嘘だと言って後生だからお願いカイザー。
そんな言葉がわたしの耳に伝わるも、カイザーさんはネスさんを無視してわたしの手を引いた。

その際に後ろを振り向いたこと、超絶後悔してる。

「どっ泥棒猫ォォォォ!!!」

ハンカチを噛み締めたネスさんの声が早朝8時に響き渡る。

ちょっと待って。わたし初対面なのに女狐から泥棒猫に昇格したんですが?どういうこと。


そこでわたし、気が付いた。


カイザーさんの彼女になる上で一番のライバル。

それはスタイルの良いモデルさんでも、綺麗で可愛い女優さんでもない。絶対にこの男、アレクシス・ネスであるということを。





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