春光
某、春の一日、俺こと春光は高校3年への進級を迎える。
歩き慣れていたはずの通学路。
そんな道でも、春休みという長い休日に入れば記憶は薄れる。
咲きかけの桜は、まだ蕾が多く、新学期の華々しさには欠けている。
周囲の煩い盛り上がりに顔を顰める俺だが、個々の世界に入ってしまっている彼らには伝わるはずも無く、気休め程度に舌を打った。
集団を嫌う俺には、彼らの喜々とした感情の元は知り得ない。
集団で過ごす意味も分からない。
登校するだけなら一人で十分だろうに。
彼らの心情に貧相な頭を捻らすが、知った所で俺があの中に入る。何て事はないんだから。
そう考えるのはやめた筈なんだけど。
開かれた門から敷地へ入る。
そこは、クラス表を見る人、雑談に励む人らが次の指示を待ちごった返していた。
あまりの人の多さに吐き気がするな。
「.....あー、あー.....っと」
メガホンごしの教師の声に、大衆の注目は一変にそちらに集中した。
一時周囲を確認した教師は下げていたメガホンを再び口元へと運んだ。
「あぁーっと、今から玄関をあけるから。
各自自分の教室に入って待機してろ」
不審者進入防止のため、閉められていたとが開け放たれた。
どっと雪崩れ込む大衆に、俺は身を引いた。
(....そろそろ行くか)
人が大分減った事を見計らうと、自分の靴を上靴へと履き替えた。
乱雑にあけっぱにされた教室扉に、気だるさを抱きながらも手を掛けた。
俺の方へと視線を向けるのは極少数で、殆どのクラスメイトは友人との会話に花を咲かせている。
黒板に大きく記された座席表を頼りに、自分の席を探す。
名前のあいうえお順で番付けされた、俺の席は窓辺。
まだ肌寒い朝の春風が頬を撫でた。
頬杖をつき、窓の外を眺めれば、寝坊したのであろう男子が、癖の付いた髪を揺らし走っていた。
「席に着いてろ、お前等ー!!」
見慣れた社会教師がパタパタとスリッパを鳴らしながら教室中を歩き回り叱咤した。
ガタガタと次々に席に着く音が耳を通る。
着席してもなお、クラスメイトの会話は止まらない。
後席の男子も、右席の男子も.....
と言っても、男子高のここでは生徒どころか教師までもが男子だ。
彼らもまた、友人と笑いあう。
友人の居ない。....いや、作りたくないおれは、外部との交流を妨げるため、右のズボンのポケットから音楽プレイヤーを取り出した。
垂れ下がるイヤホンを耳へ埋め込むと、カチカチ操作し音楽を流す。
適量の音が耳へ、脳へ心地よく入り込む。
ふと、時計を見れば、短と長の2針は、きっかりと8:00を示す。
今回の始業式は放送で行う。
体育館が改装中の今、この大人数が集まれる場所はどこにも無く、仕方なく提案されたのが放送で行う、と言う事。
だが、その開始時刻は8:30。
今から30分もの間、この煩い空間に居なければならない。
そのストレスは、口から毀れるため息によって現れた。
「.....あ、ため息......」
俺に対して言ったであろうその言葉。
無視するわけでは無いが、向こうも何も言ってこないんだ。
大した返答は求めていなかったのだろう。
"音楽を聴いていて聞こえなかったんだ"と微かな良心に言い聞かし、
本人を確認することも無く、視線を窓外へと戻す。
何かするわけでもなく、ただ外に意識を向ける。
ちらり微かな希望を片手に、プレイヤーの液晶画面を見る。
が、その示す数字は8:10。
やることの無さに重い息が漏れる。
「あ、またため息した」
今度こそは、と強く覗き込まれた。
その顔は、俺を下から見上げるように目線を合わせた。
ぴっと乱暴に外し取られたイヤホン。
「......なに」
食い気味に掛けた言葉は、彼のくさい演技めいた仕草にかき消される。
「あんまり始業式の日にさ、ため息ばっかりつくもんじゃないと思うんだけどなぁ」
「勝手だろ」
「運気が落ちるよー?」
「......余計なお世話だ」
「えー」
いきなり話し掛けてきて失礼な奴だな。
見覚えの無い顔に、自然と睨みは強くなる。
――何で、....俺の知らない奴がいる。
イヤホンが残る左から流れる微細な音。
「――〜♪」
それと彼の口笛が同じだと気付き、見てやれば。
彼は何気なく俺から奪い取ったイヤホンを付けていた。
「お前っ....」
「あ、僕百合男っていうんだよね。よろしくー」
「誰が..」
俺と誰がよろしくするか。
外された片イヤホンを取り返し、一睨みをきかすと自分の耳に捻じ込んだ。
イライラに任せ、音量をあげる。
その大音量さは、今の俺には心地いいくらいだ。
俺にちょっかいを出した後も、失礼な彼は他の誰かと談笑していた。
次第に彼の周りには人が集まる。
フレンドリーというものか。
普通の奴なら、俺の隠す気の無い人嫌いに誰も寄り付こうとはしない。
それに比べフレンドリーな奴はそれもお構いなしに話しかける。
俺にとっての敵。
つまり、俺はフレンドリーが大嫌いだ。
よって、俺はあの、失礼でフレンドリーな百合男と言う男が、大嫌いだ。
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