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続・いつも別れを見つめて4 [ 99/145 ]


 佐久穂から送られて来たであろう手紙の日付当日、鯉伴はこの日のために新調した紋付袴というやけに気合の入った格好で出かけていった。
 誰もが止めようとしたのだが、当人は全く気にする様子もなく且つ聞かないという暴挙に出たため早々に諦められたのが真相である。
 予定の時間よりも十五分ほど早く到着した鯉伴は、コーヒーだけ頼み入口がよく見える場所に陣取り佐久穂を待ち伏せすることにした。
 しかし、約束の時間になっても佐久穂が現れる気配はない。五分、十分と無常に時間だけが過ぎていく。
 三十分程時間が経った頃、見知った女が鯉伴の前に立っていた。
「あんた、何て格好してんのよ」
「雪麗! 何でオメェが、ここにいるんだ。佐久穂は、佐久穂はどうしたんだ?」
 雪麗の質問には答えず、彼女の肩を掴んだかと思うとガクガクと揺さぶり始める。乱暴な扱いに雪麗は、容赦なく鯉伴の頭をグーで殴り止めさせた。
「うぇっぷ、あんたのせいで吐きそうじゃない」
「あの紙は嘘だったのか……。佐久穂が、ここに来るって書いてあったのに」
 ヘナヘナとその場に蹲り魂を飛ばしている鯉伴に、雪麗は余りの重症さ加減に顔を引きつらせる。乙女の時よりも酷くなっているのは、心底佐久穂に惚れているからなのだろうが、肝心の佐久穂にはそれが1ミクロンも伝わっていない現実に気付くべきだ。
「佐久穂のことで鯉伴と話したいことがあんのよ。ちょっと、面貸しなさい」
 佐久穂の名前を出した瞬間、ガバッと顔を上げる鯉伴を見て雪麗は思った。
 これは百年の恋も冷めるわ、と。
 鯉伴は、一にも二にもなく是と返し雪麗に促されるままにファーストフード店を後にしたのだった。
 鯉伴と入替るように、首なしが飛び込んできたのを彼は知るよしもない。


 遡ること30分前、佐久穂は奴良邸を訪れていた。玄関を箒で掃いている首無しに声を掛ければ、彼は酷く驚いた顔で佐久穂を迎えた。
「お久しぶり、首無しさん」
「佐久穂様、どこへ行ってたんですか!! ずっと探してたんですよ」
「ごめんなさいね。新しい環境に慣れなくて時間が掛かってしまったの。リクオは、居るかしら?」
 佐久穂の口ぶりからは、リクオに会いに来たのだと分かる。ここで彼女を逃したら、元の木阿弥である。
「リクオ様ならお部屋にいらっしゃます」
「そう、ありがとう。お邪魔します」
 佐久穂は、ニコニコと笑みを浮かべながら門を潜り家の中へと入っていった。
 屋敷の中から小妖怪達の奇声が聞こえてくる。首無しは、朝早くに出かけて行った鯉伴に悪態を吐きながら佐久穂の後を追いかけた。
 佐久穂に群がる妖怪の多さに、彼女が慕われていたことがよく分かる。
「リクオ様、佐久穂様がいらっしゃいました」
「は? 何で母さんが!? 駅前のファースドフードに居るって書いてあったけど」
 スパンッと襖を豪快に開け転がるように出て来たリクオを見て、佐久穂はクスクスと笑みを零していた。
「久しぶりね、リクオ。お前の事だから鯉伴様に手紙を渡してるんじゃないかと思ってここに来たんだけど、予想が外れなくて良かったわ」
「母さん……」
「鯉伴様が居たら出来る話も出来なくなるでしょう」
「……最初から話する気ないでしょう」
 リクオの指摘に佐久穂は動じることなく深く笑みを浮かべ無言を貫いている。どうやら図星のようだ。
 リクオは、首無しに視線を寄こし駅前で待っているであろう鯉伴を呼んで来るように命令した。首なしも心得たもので、辺りさわりのない言葉を交わしその場を離れた。
 思いがけず二人きりになったリクオは、一癖も二癖もありそうな佐久穂にどれくらい粘れるかが正念場になる。
 リクオは、気を引き締め佐久穂を部屋の中へと誘った。

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