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少女、拉致される [ 80/259 ]


 ぬらりひょんが、下僕を連れて薬膳堂を訪れるのに慣れた頃。九重と桜を鴆に押し付け、白雪を庭に投げ捨てると私を抱え上げて屋敷を後にした。私の意思などお構いなしにだ。
「どこへ行くつもりなんですか!! 下ろしてください」
 バシバシと私を抱える彼の腕を叩くが、ぬらりひょんは気にした様子もなくヒョイヒョイと屋根の上を飛び走り続けている。
「喋ってると舌噛むぞ」
 上下に揺れるので彼の忠告は最もなのだが、これだけは言いたい。
「私をお家に帰してーっ!」
 絶叫空しく、私はぬらりひょんに拉致られ連れて行かれたのは彼が拠点としている島原の屋敷だった。


 お姫様抱っこから解放された私を出迎えたのは、彼の下僕たちだったのだか酷く誤解をしているようだ。
「総大将が、嫁を連れてきたぞーっ!!」
 入り口で出会った小妖怪とバッチリ目が合い、ひとの顔を見て目を丸くしたかと思うと屋敷を揺るがすくらい大きな声で絶叫した。
 その一言で、沸いて出てくる妖怪たちの多さに顔を引きつらせる。
 江戸から遥々京まで遠出で出入りをしている最中なのだ。自分が知っている本家妖怪の数よりも遥かに多い。
 ちらほらと見知った顔を見つけるが、下手に喋りかけない方が良いだろう。
「総大将、嫁を連れ帰ったとは本当ですか!?」
「おう、瑞じゃ。可愛かろう」
 ズイッと烏天狗の前に押し出され見詰め合うこと数秒、思いっきり泣かれました。
「人間では御座いませんか! しかも、まだ年端かもいかぬ子供。どこから拾ってきたんですか」
「拾ったんじゃねぇ。連れてきたんじゃ」
 胸を張って応えるぬらりひょんに、私はすかさず訂正を入れる。
「拉致されたんです。嫁になった覚えもありません」
「総大将っ!! どういう事ですか? 人の子を、それも拉致するなんて……それでも大将のすることですかっ!」
「瑞の云うことを真に受けるなカラス。照れてるだけじゃ」
 自分の都合の良いように脳内変換するのは止めてほしい。
「照れてません。家のことをしていたら、人を担いで有無を言わさず連れ出したのは妖様です。それを拉致と云わず何と仰るのです」
 恨みがましく文句を云うと、謝ってきたのは烏天狗の方でぬらりひょんは拗ねたようにソッポ向いている。
「うちの総大将がご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。私は、烏天狗と申します。総大将の側近をしておりますが、総大将は何分破天荒で自由気ままな妖ゆえ傍若無人な振る舞いを瑞様にもされたかと思います。本当に申し訳ない」
「……おい」
 虚仮下ろす烏天狗に、ぬらりひょんの目が剣呑になるが彼は気づいていない。
「頭を上げて下さいませ、烏天狗様。さぞ大変な思いをされてらっしゃるんですね。妖様の傍若無人っぷりには、ホトホト呆れますが慣れてますから私は良いのです」
「瑞様」
 ボロボロと涙を流す烏天狗に、面食らったものの彼が将来ヒヨコサイズまで縮んだのはストレスのせいじゃないかと勘ぐってしまう。
「オイオイ、それじゃワシが人でなしみたいじゃねーか」
 憮然とした顔で睨むぬらりひょんに、私と烏天狗は一言一句違わず同じことを言った。
「「自覚はあったんですね。なら、自重して下さい」」
 ステレオ効果で、ぬらりひょんはウグッと言葉に詰まっている。
「私をここに連れてきた理由は何ですか?」
 返答次第では帰ってやると続ける前に、聞き覚えのある声に言葉を飲み込んだ。
「瑞?」
 凛としたアルトが響き、ついでドンッと背中に衝撃が走る。
「どうしたのよ。あんたが、ここに来るなんて初めてじゃない」
 嬉しそうな顔で訪問を喜ぶ雪羅に、私は曖昧な顔を浮かべて言葉を濁した。
「ええ、その妖様に連れてこられて……」
 拉致られたと言えば激怒されそうなのでオブラートに包んでみたが、それを片っ端からぬらりひょんが壊してくれる。
「ワシの嫁を皆に披露しようと思ってな」
 ハハハッと高笑いするぬらりひょんに、雪羅の顔がビシッと固まる。
「嫁? 瑞が、あんたの嫁?」
 総大将をあんた呼ばわりしていることに、果たして雪羅は気づいているのだろうか。
 空気が一瞬で凍りつく。危険を察知した私は、烏天狗の手を取りススッと雪羅とぬらりひょんから離れる。
「瑞、これと結婚するの承諾したわけ?」
「してません。妖様が、勝手に言ってるだけです」
 ぬらりひょんを睨みつけながら問い掛けてくる雪羅に、訂正を入れると彼女の怒りの矛先はぬらりひょんへと向かった。
「この馬鹿大将がぁああ! あんたって奴は、拉致ったのか。攫ったんだな。この誘拐犯が、死にさらせぇえー!!」
 ゴゴゴーッと強烈な吹雪がぬらりひょんに襲い掛かる。胸倉を掴みガクガク揺さぶり彼女の怒り吹雪を受ける姿は、以前にも見た気がする。
 凍死する前に助ければ良いかと思っていたのが間違いだった。これが原因で風邪を引いてしまい、鴆不在の状況で私が看病する羽目になろうとは思いもよらなかった。

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