小説 | ナノ

波乱の映画デートD [ 41/259 ]


 ぬらりひょんの名前を呼ぶわけには行かず、視線だけで帰れと念を送ってみるが、変に解釈されてしまった。
「何じゃ、藍。ワシの顔をじっと見て見惚れたか?」
「いえ、全然。それより、この後用事がありましたよね! 時間に間に合いませんよ」
 ニッコリと笑みを浮かべてぬらりひょんを追い返しに掛かるが、相手は五百年以上生きている妖怪である。
 そう易々と私の口車に乗ってくれるわけがない。
「つれないのぉ。ワシは、約束よりも藍と一緒に居たいんじゃがな」
 赤面するような甘い台詞に、私は絶対ワザとだと確信した。ぬらりひょんの顔が、ニヤニヤと人を食った笑みを浮かべているのだ。本当に意地が悪い。
「貴方といい……本当に性質が悪い! 桜、おいで」
 ぬらりひょんの膝に座っていた桜を呼ぶ。彼女は、キョトンと私を見たが呼ばれたことに疑問を持つことなくぬらりひょんの膝から折り私の元へ来る。
 桜を抱き上げ膝に乗せると、私はヒラヒラと手を振った。
「桜、バイバイして」
「かえっちゃうの?」
「パパが迎えに来てくれるから、ね?」
「むぅ…あい」
 少々不満げに私の顔を見た後、リクオが迎えに来ると言えば彼女は機嫌を直しぬらりひょんに向かってバイバイと手を振った。
 いい子だと頭を軽く撫でると、嬉しそうに目を細めている。可愛い娘にバイバイされたぬらりひょんは、ヒクッと顔を引きつらせている。
「しょうがないのぉ……。じゃあな、藍」
 顎を掴まれたかと思うと、唇に柔らかいものが触れた。その後、ベロッと舐められビシッと固まる。
「な、な、なにしてんのよーっ!! 藍、しっかりして!」
 突然のフレンチキスにフリーズする私を正気づかせようとカナが一生懸命声を掛けてくれるが、ゴメンなさい。無理です。現実逃避させて下さい。
 妖怪では、キスなんて挨拶代わりなのが普通なのだろうかと疑問に思った瞬間だった。


 私がフリーズしている間に、ぬらりひょんは退散していて復活した私の目の前には、事情を知ったメンバーが何故か怒り狂っていた。
「何それ! 妻子持ちのくせに藍にモーション掛けてるの? 本気で女の敵じゃん」
「まるっきりロリコンじゃん!! 藍もぽや〜っとしてるから、キスされちゃうんだよ!!」
 怒り心頭の巻に、鳥居が同意しさらに私の抜け具合を指摘してくる。そこは、スルーして欲しかった。
「家長、貴女が傍に居ながらなんで藍を守れなかったんですか!!」
 ゴゴゴッと冷気を漂わせる氷麗に負けじとカナも言い返す。
「一瞬のことだったんだもの。仕方が無いでしょう! あの人に似てたから気を許してたわ」
「あの人って?」
 リクオの質問に、カナが眉を顰めながらぬらりひょんの容姿について語り始めた。
「旧鼠に拉致られた時に、妖怪の主が助けてくれたんだけど。その人にそっくりだったの」
「えええええーっ!!!!!」
 皆の声が合唱しているように聞こえる。ああ、五月蝿い。
「どどどどどういうことでうすかーっ!!」
「そうだよ! どういうことか説明して!!」
 ガシッと肩を掴まれガクガクと揺さぶられる。
「離してぇぇ……気持ち悪ぅ…」
 グワングワンと視界が回り吐きそうだ。グッタリとする私に気付いたゆらが、リクオや氷麗から私を引き剥がしてくれた。
「大丈夫?」
「気持ち悪いです……。少し寄りかかっても良いですか?」
「ん? ええよ」
 激しい揺れから解放された私は、ゆらに身体を預け悪酔いが抜けるのを待った。
「神崎君! なぜ君が妖怪の主に会っているんだ!!」
「以前、お話しましたよね。迷子になっていたのを救ってくれたと。カナさんが会ったのは、救ってくれた方の血縁者ですよ」
 リクオの祖父だから嘘は言ってない。私の言葉に感激しているのか、プルプルと身体を震わし感激のあまり咽び泣く清継に釘を刺す。
「清継君、彼に会わせて欲しいとか言われても無理ですからね」
「どうしてだい? 僕の気持ちを知っておきながら、そんなこと言うのかい!?」
「はい、言います。会いたいと願っても、とっても気紛れな方ですから簡単に会える方じゃありません。それに、彼は清継君が探している闇の主ではありません」
 その妖怪は、目の前にいるのだ。チラリとリクオを見ると、ヒクッと顔を引きつらせている。
「そ、そうなのかい」
「ええ、だから会っても意味が無いです」
 そこまで言うと、清継はガクッと肩を落としイジケ始めた。鬱陶しい天パである。
「――って云うことは、藍はさっきまで妖怪と一緒におったんか!?」
「(現在進行形で)いましたね。でも、害は……無かった、ですし?」
 無かったと言い切るには、聊か……ではなく、かなり衝撃的なことをされたが妖怪だからと納得させる。
 リクオだって過度なスキンシップでキスしたりセクハラしたりが当たり前になっているのだ。
 フレンチキスなど、妖怪にとっては挨拶のようなものなのだろう、多分。
「キスされて害は無かったって何いっとんの!! 十分害あるやん! こういう時こそ私を呼ばんの。パパッと祓ってやるのにー!!」
 物騒なことを宣うゆらに、私はまあまあと声を掛ける。
「妖怪にとって、あれは挨拶のようなものだと思うので一々反応してたら思う壺です」
「挨拶って……」
 呆気に取られるゆらだけでなく、それを聞いていた他の面々も呆けた顔をしている。おかしなことを言ったつもりは無いのに何故だ?
「……藍ちゃん、超鈍いね」
「……藍だし」
「……そうだね、藍ちゃんだし」
 ボソボソと鈍いだのなんだの聞こえるが無視だ。
「藍の唇を奪った妖怪は、後で報復を考えるとして無事で良かった。心配したんだからねー」
 ギューッと抱きついてくる氷麗に私は何とも云えない顔で抱擁を受け入れる。
 だってねぇ、彼女の後ろに居たリクオがニコニコと笑みを浮かべながら般若を背負ってこっちを見ているのだ。
 恐ろしいったらありゃしない。あんまりな不幸っぷりに思わずホロリと涙が零れてしまった。

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