小説 | ナノ
夜の若君と少女 [ 14/259 ]
買い物を終えた私は、夕食の片づけをした後に買い物したものを整理していた。
ぬらりひょんは散財ではないと言ったが、一日で二十万円も使うのは立派な散財に当たるのではないだろうか。
カナや氷麗、リクオが選んだ女の子らしい服を箪笥に仕舞う。あのメンバーの中にいてTシャツやパンツも数着購入できたのは奇跡だ。
新しく購入した櫛と基礎化粧品を三面鏡の台に並べる。洗顔の後につけないと、顔がカピカピして引きつってしまうから必需品だ。
一通り整理し終えたところで、休憩していると襖が開いた。
黒と白の二色の長い髪が特徴的な美青年が立っている。リクオだというのは分かっているが、この姿の彼とは初対面である。
どうするべきかと悩んだ末、私は挨拶から始めることにした。
「こ、今晩は。どちら様でしょうか?」
「何堅苦しい挨拶してんだ藍」
私の質問には、綺麗にスルーされてしまった。
「えっと、どこかでお会いしましたっけ?」
すっとぼけて見せると、彼は嗚呼と思い当たったのか明瞭完結に答えた。
「リクオだ」
「妖怪仕様の若様でしたか。失礼致しました。で、夜分に何用ですか?」
用件は何だと聞けば、彼は懐に手を入れ盃を出したかと思うとズイッと私の方に差出言った。
「酌しろ」
夜の彼は、唯我独尊と言い表すのがピッタリだ。
大きな溜息を一つ漏らし、私はペシッと彼の手を叩く。
「何言ってるんですか。あなた、未成年でしょう。お酒はダメです」
「今は、妖怪だ。関係ねーよ」
「でも、3/4は人間です。身体が出来上がってない状態でお酒を飲むのは好ましくありません。成長の妨げになります。昼の若様にも影響が出ますよ。例えば、身長が伸びないとか……」
「……少しくらいなら良いだろう」
どうしてもお酒が飲みたいらしい。私の言葉を聞き入れるとは端から思ってもいないので、少しだけならと譲歩した。
「一合くらいなら目を瞑ります」
私は、リクオの隣に座りトクトクと盃に酒を注ぐ。
注がれた酒を水のように飲む彼を見ながら、単なる酒の相手をさせるために部屋に訪れたわけではないでしょうと話を切り出した。
「私にお酒の相手をさせるためだけにここに来たわけではないんでしょう」
「まあな。ちょっと聞きたいことがあって来た」
「なんでしょう?」
「藍、お前いつのまにカナちゃんと仲良くなったんだ? 氷麗までお前にベッタリだし」
「はぁ!?」
予想していなかった質問に、思わず目を疑っても仕方が無いと思う。
嫉妬かよ!と心の突っ込みはさて置き。カナに対するものなのか、それとも氷麗に対するものなのか。現段階ではハッキリと分からないが、私が彼女等と仲良くするのは気に食わないらしい。
「……知りませんよ。安心して下さい。若様から、二人を取り上げるようなことはしませんから」
氷麗はともかく、カナに関しては懐く理由すら分からない。
二人がリクオに気があるのは知ってるし、リクオが好きな方を応援する気でいる。
「変な勘違いしてるだろう」
「してませんって。変に疑り深いんですから……って、キャアッ!? 何するんですか!!」
両脇に手を差し入れられふわりと身体が浮いたかと思うと、膝に乗り上げる格好になっていた。
正面から向き合う形になった私は、慌てて降りようとしたところ背中に腕を回され抱きこまれてしまう。
「藍」
耳元で呟かれた低く甘い声にゾクゾクと身体を震わせる。
無駄に色気がある夜のリクオの声に、私はギュッと目を瞑りバクバクと五月蝿い心臓を鎮めるのに躍起になった。
「藍は俺が拾ったんだ。俺のもんだろう。俺以外を見てんじゃねぇ」
何て理不尽なことか。拾ったから俺のものって、ジャイアニズムもここまでくれば天晴れだ。
「私は、私のものです。確かに若様に拾われたけど、それだけは譲れません」
人権を主張すると鼻で笑われましたとも。
「ハッ、ならお前の意識を変えるまでだ。今は、それで許してやるよ」
「何で若様の許可がいるんですか……もう、勝手に言ってて下さい」
諦めと一緒に大きな溜息を吐いた私の唇を奪うように、彼の形の良い唇が覆いかぶさってくる。
「んっ……んん、ふぅ…ぁ…」
強引に舌で唇をこじ開け中にあった舌を我が物顔で絡め取る。
唇を合わせるだけのキスならしたことがあったが、濃厚なキスは初めてだ。
今の自分の顔は、真っ赤に熟れたトマトのように赤いに違いない。
呆然とリクオを見上げると、
「――ただし、目移りしようものなら一生閉じ込めてやる」
ゾクリとするほど妖艶な笑みを浮かべ物騒なことを宣う彼に、私は厄介な相手に拾われてしまったことを今更ながらに後悔したのだった。
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