小説 | ナノ

始まりは満月の下で.6 [ 66/145 ]


「はぁー……鬼姫って言われるだけあって強ぇな、佐久穂」
「うるさい」
 ゼイゼイと肩で息をしながら、小太刀を振り下ろし血がこびり付いたを落としている。
「鬼退治にしちゃあ、ちときちぃーがなぁ」
 そう嘯くぬらりひょんを睨みつけた後、佐久穂は深呼吸を繰り返す。
 自分と違い彼は、息一つ乱していない。
「私は、結局何の罪もない妖怪の命を奪ってきたのね」
 復讐に駆られ鬼となった自分がしてきたこと、それが何の意味もなかったということに絶望した。
 しかし、彼女の瞳から涙は流れなかった。壊れた人形のように、空ろな目で宙を見ている。
 腕を掴まれ抱き寄せられたかと思うと、愛しむように頭を撫でられた。
「泣け…誰も見ておらん」
「………うっ、うわぁぁー」
 ぬらりひょんの羽織を握り締めながら、堰をきったように佐久穂は声を上げて泣き出した。
「沢山泣いて泣き終わったら、また前を向きゃあいい。泣くことで悲しい気持ちを流しちまえ」
「うっうっ、ごめ…ん、なさ……」
 ごめんなさいと繰り返し謝り泣き続ける彼女の背中をぬらりひょんは、何も言わずただ撫で続けた。
 一頻り泣いた彼女の目は真っ赤になり、ウサギみたいだと揶揄すれば彼女は無言でぬらりひょんの足を踏んだ。
 ぬらりひょんに手を引かれ元居た場所へ戻ると、彼は真剣な目をして佐久穂に問うた。
「これからどうするんじゃ?」
「分からない。復讐は終わってしまったもの。出来るなら、奪ってしまった命を償いたいかな」
 ぬらりひょんを殺すためだけに生きてきた。でも、擦り替えられた記憶で本当の仇は唯一の味方だと思った男だった。
 それも、今日この手で討ち取り復讐は成し遂げた。後に残るのは、酷い空虚感と罪悪感だけだった。
「なら、ワシのところに来ねぇか? 償いたいならワシの組で働けばいい」
 急に何を言い出すのかと思えば、彼の下僕も手に掛けた相手に対し言うことではないだろう。
「……馬鹿じゃないの」
 呆れた顔でぬらりひょんを見ると、ニカッと笑みを浮かべ言った。
「ワシが作った組は、人に仇なす妖怪は許さん。真実かどうか、それを間近で見届けろ」
 嘘吐きと言った言葉を根に持っているのか、ぬらりひょんの言葉に佐久穂はおかしくて笑っていた。
「フフッ……変な妖だ」
 佐久穂の笑みを間近で見たぬらりひょんは、ポカンとはとが豆鉄砲を食らったような顔をしている。
「……まさか、こんなガキに見惚れるとは思わなんだ」
 ブツブツと呟くぬらりひょんに、佐久穂は首を傾げる。
 挙動不審から立ち直ったぬらりひょんが、気を取り直して佐久穂を奴良組本家へと案内すべく歩き出すと、ドンと背中に衝撃が走り立ち止まる。
 羽織越しに感じる彼女の頭に、自然と笑みが浮かぶ。
「ありがとう」
 佐久穂の精一杯の感謝の言葉は、とても小さかったがぬらりひょんの耳にはちゃんと届いた。
「さあ、行くか」
 差し出された手に小さな手が重なり、少女と妖は共に歩き出したのだった。

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