小説 | ナノ

act53 [ 54/199 ]


「何だここは」
 苔姫に成済まして袖モギ様と対峙していたはずが、 目の前は闇が広がっているばかりだ。漆黒の世界に放り出された気分になり顔を顰める。
 一瞬死んだのかとも思ったが、成代った時とは状況が違う。訳が分からない。
「取敢えず歩いてみるか……」
 立ち止まっていても仕方がないと歩き始めた私だったが、歩けど歩けどどこにも辿り着かない。
 どれくらい歩いたのか時間の感覚さえなく、私は焦る一方だった。
「つーか、生死の境目なら三途の川とかあるだろう。何もねぇってのは一体どういうことだ」
 精神世界かと思ったが、それはそれでおかしな気がする。夜の彼が覚醒するまでは、彼もまた精神世界に居たのだ。
 この暗闇が私の精神世界というなら、相当止んでいるな自分。などと思わず突っ込みを入れてしまい凹む。
 苔姫のことが気になる。最後に見たのは、黒の法衣。黒田坊が恐らく片を付けてくれたのだろうが、心配なことには変わりない。
「あーもうっ! 一体どこへ繋がってるんだよ」
 ヤケクソのように喚き散らしながら足を進めていると、柔らかな女性の声が聞こえてきた。


――それ以上進んではなりません。引き返せなくなります。――


 頭に響く声に、私は思わず足を止める。
 ぐるっと辺りを見渡しても闇しかない。死霊かと持ったが、悪い感じはしない。
「誰だ?」
 闇に問い掛けると、また声が頭に響いてきた。


――私は××。あれに気づかれる前に、ここから出なくては――


 ノイズが走り言葉が聞き取りづらい。酷く焦る彼女は、ここから出るようにと必死に訴えかける。
「出ろといわれても闇しかねぇよ」
 どこへ行けば良いのか道すらない。八方塞の私に、別の声が聞こえてきた。
「ほう、まさかここまで力をつけているとはな」
 声のする方へ顔を向けると、狂気を纏った目をした男が立っていた。狩衣に烏帽子と平安時代の装束を連想させる格好をしている。あれは危険だ。頭の中で警音が鳴り響く。
「……誰だ」
「我は、お主の生みの親よ」
「貴様に生んで貰った覚えはない」
 自分のような身体だとして、子を成す確立は低い。また、この器を生んだ母親は別に居るのだ。検討違いなことを宣う目の前の男に対し、剣呑になるのも仕方がないと思う。
「分からぬか?」
 謎かけをするように問い掛ける男に、私は眉を寄せる。それを肯定と取ったのか、彼は私に分かるように噛み砕いて説明を始めた。
「お主の魂を呼び寄せその身体に封じたと言えば分かるか。元々入っていた魂では、その器を使えこなせなかったからな。極上の魂と完成された器が揃い完璧な存在を作り出せる。お主は、我の最高傑作だ」
 吐き気がした。理を捻じ曲げ作品と言い切る男に殺意が沸く。
「貴様が、私をこの世界に呼び寄せたのか」
 次第に低くなる声は、怒気が孕む。ギッと男を真正面から睨みつけると、彼はそれすらも楽しいと言わんばかりに笑った。
「お主は、我の伴侶となるために生まれたのだ。もう既に男を知っている身体のようだが、手間が省けた。女の部分が、徐々に目を覚まし始めているようだな。出会う頃には、完成体に近づいているだろう。神を生むことができる唯一の存在」
「寝言は布団の中で呟け。得体の知れない奴の伴侶になるなんて冗談じゃねぇ。男が伴侶なんて願い下げだ」
 ケッと吐き捨てる私に、男はクツクツと何がおかしいのか笑っている。
「気の強いところも悪くはないな」
 男の手が私を掴もうとする。後ず去ろうにも身体が動かない。下腹部に手を差し込まれる。痛みはない。しかし、一体何が起こったのか分からずプチパニックになっていると、私を守るように桜の香りがした。


――この子に指一本触れさせません! 去りなさい――


「フンッ、貴様に何が出来る。魂だけの脆い存在が、我に楯突く気か」
 背筋がゾッとするほど冷めた目をした男に、私は息を呑む。想像以上にヤバイ相手にぶち当たったもんだ。


――私が守ってみせる。希望の光を消すわけにはいきません――


 彼女の言葉が頭の中で大きく響いたかと思うと、桜の香りがより強まった。むせ返るような香りに身体が包まれたかと思うと、暗闇から明るい場所へと放り出される。
 暗闇に慣れた目には眩し過ぎて固く目を瞑る。私の頭に響くのは、優しい女性の声だった。


――妖様とリクオを、どうかお願いします。貴方の力が必要なのです……――


 彼女は一体誰だったのか。ぬらりひょんとリクオに深く関係する人物であるのは間違いないだろう。
 眩しさが目に慣れる頃、薄っすらと目を見開くと泣きそうな顔で私を眺めている夜のリクオの姿があった。
「佐久穂っ」
 苦しいくらいきつく抱きしめられる。ああ、私は生き伸びることが出来たのかと今更ながらに生を実感したのだった。

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