小説 | ナノ

act32 [ 33/199 ]


 捩目山山頂に到着した私達が見たのは、夥しいまでの血と傷つき倒れた牛鬼の姿だった。
「……おめぇが、何でここにいる」
 怒りよりも理性が勝ったのか、リクオが私の名前を呼ぶことはしなかった。
「話は後だ。それより、応急処置をしなきゃ。黒羽丸、止血するから縛るものを持ってきてくれ。トサカ丸はお湯の準備。ささ美は、医学に通じる奴を連れてきてくれ」
「な、何言ってんだ。そいつは謀反を起こした逆賊だぞ」
「馬鹿言うな!! リクオがそれを望んじゃいねーだろう。てめぇらの主は誰だ? こいつじゃねーのか? だったら、こいつが望むことをしてやれ」
 折れた刀を睨みつけながら叱り飛ばした私に、リクオはククッと喉の奥で笑いを堪えている。
「そいつの言うとおりだ。牛鬼に死なれちゃ困る。これからもバシバシ働いて貰うんだからな」
「若っ!」
 リクオの一瞥に何を言っても無駄だと悟ったのか、三羽烏は散り散りに頼んだものを集めに行った。
 医者じゃないから本格的なことは出来ない。せめて止血できればと必死で手を動かした。
 出血量は半端じゃなく、結構ヤバイ状態だ。リクオも牛鬼ほどではないが、相当出血している。
 牛鬼は、医者が来る前に出血多量で死亡しかねない。
 正直この手だけは使いたくなかったが、そうは言ってられない状況に私は意を決して顔を上げる。
「お前ら、ここで見たこと他言無用だからな」
「は?」
 言われている意味が分からなかったのか、訝しむ牛鬼、そしてリクオに釘を刺す。
 親指を歯で噛み千切り血を流すとそれを牛鬼の口元へと持っていった。
「飲め」
「何言って…」
「良いから、早く!」
 牛鬼の顎を掴み口に指を突っ込み無理矢理抉じ開けると血を数的垂らした。人にとっては単なる鉄の味しかしないが、妖怪にとっては甘露のようなもので口に広がる濃厚な甘い味に牛鬼は眩暈を起こした。
「一体何を……」
 体の痛みが引き、息苦しさもない。まさかと、牛鬼は胸に負ったはずの怪我を確かめるように触ると既に傷が塞がっていた。
「なっ……お前、何だ?」
「人だよ。やっぱり、こうなったか。リクオ、お前も飲め」
 ん、指を差し出すと奴は顔を顰めたまま私を見ている。血を飲むのは嫌だろうが、そんなこと言っている状況じゃないのを理解して欲しい。
「殺し合いして出来た傷が、浅いわけねーだろうが。明日は、俺の別荘の掃除が待ってるんだ。寝込まれたら困る」
「お前なぁ……ハァ」
 溜息と共に指に付いた血を舐め取られ、私は眉を潜める。舐め方がやらしいと思うのは私だけだろうか。
「……甘い」
「俺には鉄の味しかしねーよ。牛鬼、あんたの傷一応塞がってるが無理すりゃ開く。安静にしてろ。後、念のため医者に見せておけよ」
 ファーと欠伸を一つ噛み殺し、ショボショボする目を擦る。やばい…安心したら眠気が襲ってきた。このまま山を降りる気力はない。
「眠い。寝る」
 私はそれだけ言うと、床にうつ伏せになり爆睡した。フリーダムな私の行動に一同呆気に取られるが、リクオは慣れているのか私の体を抱き上げ寝床を用意させた後、布団に寝かせてくれた。


 目が覚めると、血の海だった部屋ではなく畳の敷かれた部屋に移されていた。
「あー……ヤバイ! あいつらのこと忘れてた!!」
 眠気に負けて惰眠を貪った結果、私は牛鬼の館で朝を迎えていた。ガバッと起き上がり、布団を畳んで廊下に出る。
「起きたか」
「トサカ丸、黒羽丸お早う」
「おう、お早う」
 和やかに挨拶を交わしている場合ではなかった。
「奴良は?」
「若なら、牛鬼のところにいる」
「そうか。悪いが、回収していくぞ。他の連中が待ってる」
 寝起きのまま髪はボサボサだが、気にしてられない。襖をガラッと開けてリクオを確認して声を掛けた。
「お早うお二人さん。話の最中悪いが、こいつ返してもらうぞ」
「へ?」
 私の言葉に何故かリクオは顔を赤くする。様子がおかしいことに構ってられない私は、山を降りる準備をしろとリクオを急かした。
「あいつらが待ってる。無断で出てきてんだ。早いところ戻るぞ」
「あ、そっちね……」
「は? 何言ってんだ。牛鬼だっけか朝早くに悪いな。ゆっくり休めよ」
 私はリクオの背中を押しながら部屋を出ようとしたら、牛鬼に止められた。
「娘よ、礼を言う。ありがとう」
 娘発言に噴出すトサカ丸に、肩を震わし笑いを堪える黒羽丸。リクオは、ムンクの顔をしている。
 そうだろう。そうだろうとも、牛鬼に背を向けているから私の表情は分からないだろうが物凄くドス黒い笑みを浮かべているのだから。
 くるりと向きを変え、ツカツカと牛鬼の前に座ると思いっきり顔を引っぱたいてやった。
「俺は男だ」
 唖然とする彼を一瞥した後、私はリクオを押し退けズカズカと門の方へと歩く。
「牛鬼、彼にとって性別を示唆するワードはNGだから気をつけてね」
「……もっと早くに言って下さい」
 リクオは苦笑いを浮かべるだけで、改善しようとしてないことに気づいた牛鬼は溜息を吐いたのだった。

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