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嫁の仕事B [ 133/218 ]


 ぬらりひょんは、妻である佐久穂に関しては米粒よりも狭い心の持ち主だと鯉半は思う。
 例え盃を交わした下僕だろうと、血の分けた息子であろうと彼女に近づくものには容赦しない。
 一部の下僕が言い出した心無い言葉が引き金で、自体は一変した。
 鯉半が若頭に就任した辺りから仕事を押し付けるようにはなっていたが、家を空けるなんてことはしなかった。
 佐久穂にだけ伝言を残し、居なくなったぬらりひょんが戻ってきたのは一月が経った頃だった。
 思った成果が出なかったのか、ぬらりひょんの表情は暗い。下僕達が一体どこへ行っていたのかと聞いたところ、彼はどこで何をしていたのは話そうともしなかった。
 佐久穂は、ぬらりひょんがどこで何をしていたのか知っているようで慌てる素振りもない。
「なあ、親父はどこへ行ってたんだ?」
 組を置いて一月も放ったらかしにしたのだ。聞く権利はあるだろうと詰め寄れば、佐久穂は首を傾げつつも答えてくれた。
「京都にいる友人のところへ行ってらっしゃったようですよ」
「友人?」
「はい、花開院秀元様です。祢々切丸の製作者だと仰ってました」
 ぬらりひょんの友人だったら、まず常識で測れないだろう。と、鯉半は思った。
 祢々切丸の製作者と言えば、天敵の陰陽師である。羽衣狐を倒す時に共闘した話は聞いていたが、陰陽師のところへ何しに行っていたのか疑問は尽きない。
「一ヶ月近く人に仕事を押し付けてたかと思ったら、親父のやつ京へ行ってたのかよ」
 愚痴の一つも言いたくなる。ブツブツと佐久穂に愚痴を零せば、彼女は済まなそうな顔をしていた。
「ぬらりひょん様が、家を空けたのはわたくしのせいなので御座います」
 思わぬ彼女の言葉に、どういう意味かと問う前に鯉半はぬらりひょんに呼ばれた。
 勿論、佐久穂も一緒にだ。珍しいこともあるものだ。
 ぬらりひょんの目を盗み北の離れに押し掛けたことは多々あるが、ぬらりひょんが鯉半を通したのは始めてである。
 そこで、ぬらりひょんが家を空けていた理由を聞かされ更に予想を超えた提案をされることとなる。


 ぬらりひょんは上座に座り無言を貫いている間、佐久穂はお茶の用意をしている。
 お茶の温度や好みを把握し、それを淹れてくれる彼女は凄いとつくづく思う。
「俺を呼んでおいてだんまりは止してくれ」
 暗に暇じゃないと言葉に臭わせると、ぬらりひょんは眉間に皺を刻みながら言葉を切り出した。
「一ヶ月無断で家を空けて悪かった」
「……親父、何か変なもんでも食ったのか?」
 ぬらりひょんから謝罪の言葉が出ようとは思わなかったため、思いっきり間抜けな面をしていることだろう。
 鯉半は、訝しむようにぬらりひょんを見ると彼も謝るのは癪なのか憮然とした顔をしている。
「失礼なこと言うんじゃねぇ」
「へいへい、それで一ヶ月京都で何してたんだよ」
「それを今から説明する」
 ぬらりひょんは、居住まいを正し深呼吸を一つする。その姿を見て、鯉半は重い話だと感じた。飄々とした父の姿はどこにもない。一人の男が目の前に居た。
「佐久穂が、妖と子が成せぬ身体なのはお前も知っとるじゃろう」
「嗚呼、佐久穂から聞いた」
「佐久穂は、ワシの血を継ぐ子を産みたいと言った。呪いが解ける方法を探しに行ったんじゃ」
「その様子だと成果は無かったように見えるが」
 鯉半の言葉に、ぬらりひょんの顔が険しくなる。図星のようだ。
「嗚呼、そうじゃな。でも、全く無かったわけじゃねぇ。……ワシとの間に子は生まれぬ。じゃが、鯉半……おめぇなら佐久穂との間に子を授かることが出来るかも知れねぇ」
「は?」
 寝耳に水とはこのことを言うのか。鯉半は、唖然とした顔でぬらりひょんを見る。それは、佐久穂も同じだった。
「鯉半は、妖でもあるが人の子でもある。秀元が、物凄く低い確率だが鯉半となら子が出来るかもしれないと言ったんじゃ」
「そいつの言葉信用できるのかよ」
「あいつは、性格に難がある奴ではあるが腕は確かじゃ。人知を超える力を持つ稀代の陰陽師が言うんじゃ。間違いはないじゃろう」
「それで、俺にどうしろってんだい」
 ぬらりひょんが、次に何を言おうとしているのか。息子である鯉半は分かっていたが、明確な言葉が欲しかった。
「佐久穂を抱け。そして、子を作れ」
「ぬらりひょん様」
 目を大きく見開きぬらりひょんの名を呼ぶ佐久穂に、ぬらりひょんは苦渋を浮かべ言った。
「佐久穂の望みを叶えてやるには、こうするしかないんじゃ」
「わたくしは、そこまでして子を欲しいとは思いませぬ」
「ワシとて、佐久穂を他の男に触れさせるのは嫌じゃ。じゃが、子を産まねば奴らは黙っておらぬ。分かってくれ佐久穂」
「そんな……。鯉半様も、ぬらりひょん様に言って下さい! このままでは、わたくしを抱く羽目になるのですよ」
 子を産めぬ嫁は要らないと下僕達が言っているのは聞いたことがある。もし、このままいけば近い将来佐久穂は奴良組を去る。彼女の死を持って。
 誰が、そんなことを許すものか。ぬらりひょんが傍にいるせいで、なかなか付け入る隙が無かった。これは、鯉半にとって好機だ。
 ぬらりひょんから佐久穂を奪う機会が与えられたと言っても良いだろう。
「俺は、構わない。佐久穂には悪いが、俺はあんたを抱けて嬉しい」
「鯉半様」
 新緑を思わせる瞳が大きく見開かれる。ぬらりひょんは、俺の言葉に舌打ちした。
 彼も予想はしていたのだろう。虎視眈々と彼女を狙っていたことに。
「佐久穂は、ぬらりひょんの嫁として奴良組に嫁いだんだ。俺もぬらりひょんだということを忘れるな」
 ぬらりひょんという妖に嫁いだのだと言えば、彼女はその瞳からボロリと大粒の涙を零した。

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