小説 | ナノ

三十壱夜 [ 107/218 ]


 志和稲荷神社の最寄り駅である紫波中央駅に着いた頃には、日がどっぷりと暮れていた。
「あ、ホテル取ってない」
 ビジネスホテルくらいはあるだろうが、今から予約が取れるものだろうか。麿美を回収いないといけないし。どうしよう…。
 眉を垂れ困った顔をしている佐久穂に、
「志和稲荷神社で泊めて貰えばいいだけの話だろう」
と宣った。
「や、それはちょっとどうかと思うんですけど……」
「そんな瑣末を気にするような神であれば、即天罰が落とされるだろうな」
 などと、淡々とした口調で恐ろしいことを言う。
 高淤神だけでなく、最高神である天照大神までにも気に入られている佐久穂を無碍に扱うなどしようものなら消されかねない。
 また、倉稲魂神(うがのみたましん)に至っては神格を落とされかねないだろう。
「理不尽だ……」
「神とはそういうものだ」
 神格によって差はあるにしても、基本的に神という存在は自由であり人のように何ものにも縛られない。
 人に迷惑を掛けることであったとしても、神にしたら瑣末なことであり、どうでも良いことなのだ。
「……取りあえず、志和稲荷神社に行って麿美と合流しよう」
 泊まる泊まらないは、考えないことにして佐久穂は麿美と合流するため志和稲荷神社へと向かった。


 紫波中央駅から歩くこと二十分。立派な鳥居を見つけ、その前には麿美とは別の白狐が佐久穂たちを待ち受けていた。
 白狐は、佐久穂を見ると前足を揃え背筋を伸ばし一礼する。
「わたくしは、倉稲魂神(うがのみたましん)にお遣えしております狐で御座います。我が主と麿美様が、神殿にてお待ちしております。どうぞ、こちらへ」
 白狐は、そういうと鳥居を潜り中へと佐久穂たちを誘った。佐久穂は、白狐の後に続くように鳥居を潜ると世界が揺らぐのを感じ勾陳を見る。
「どうやら倉稲魂神(うがのみたましん)が作り出した結界の中に入ったようだな」
「貴船もそうだけど、清廉な気が充満してるわね」
 次元が異なるのなら、志和稲荷神社の宮司に挨拶する必要はないかと佐久穂は考えた。こんな夜更けに『泊めて下さい』なんて口が裂けても言えない。
 倉稲魂神(うがのみたましん)の配慮に、佐久穂は心から感謝したのだった。
 白狐に連れられ、神殿の前まで通される。
「主様、佐久穂様と式神様がお越しになられました」
 白狐が中に居る倉稲魂神(うがのみたましん)に声を掛けると、扉が自動で開いた。
「話は、麿美殿から聞いておる。遠いところから来なさったんじゃ。疲れも溜まっておるであろう。早う座るがよろし」
 長い銀髪を背中に垂れ流し、赤を基調とした十二単を着た女性が満面の笑顔で手招きしている。
 頭には髪と同じ色の耳がついており、彼女こそ倉稲魂神(うがのみたましん)に他ならない。
「お初にお目に掛かります。わたくしの名は、安部佐久穂と申します」
 頭を下げようとしたところで、倉稲魂神(うがのみたましん)からストップがかかる。
「あっちは、堅苦しいのが嫌いじゃ。挨拶は要らぬ。それよりも、佐久穂と話がしたい。神在月(旧暦10月/別名:神無月)になると、高淤神や天照大神らが佐久穂の話ばかりするのでな。会ってみたくてのぉ。こんな形で会うとは思いもしなんだが、会えたことにこした事はない。あっちは、嬉しいぞえ」
 悲しいかな、神将は神の末端に連なるものとはいえ神有月に行われる出雲大社での会合に出席することは出来ない。
 出席できれば、何を話しているのか聞けたものを、あの神々は一体どんな話をしているんだ……と、佐久穂はここには居ない二神を思い浮かべ心の中で突っ込んだ。
「は、はぁ……」
「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)の件は、我等眷属が総出で探しておる。ある程度の場所を特定するには、少し時間が掛かるであろう。それまでは、ここでゆるりと休むが良い。なにその間、あっちの話し相手になってくれれば祟りはせんぞ」
 タダでは動いてくれぬのは、この土地の神も一緒なのか。まだ、話し相手になれというだけ良識がある方かもしれない。
 そう思っていた佐久穂だったが、それが間違いだと気付くのはもう少し後の事だった。

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