小説 | ナノ

act20 [ 21/218 ]


 江戸に戻った奴良組の面々は、新たに人が加わり賑やかな生活を送っていた。
 中でも、藍にくっつくように付いて来た珱姫とぬらりひょんの馬鹿馬鹿しい小競り合いは日常の風景の一つと化していた。
 習慣とは恐ろしいものである。
 ぬらりひょんに、禁呪で蘇った代償に人の輪から外れ不老になったかもしれないと聞かされた時は、藍も言葉を失い暫く呆然としたものだ。
 物は考えようで、先に老いてぬらりひょんを置いて逝くよりは一緒に居れる時間が延びたと思えば喜ばしいことだと思うようにした。
 食事の準備に追われていると、雪麗が台所に飛び込んできた。
「藍、あの子止めてぇぇえ!! また、藍の護身刀を片手に総大将と殺り合ってるのよ」
「……気が済めば止めるだろう」
 それよりご飯を作らなければ、下僕達が可哀想である。花開院邸に居たときよりも、手際良く料理をこなす藍に、雪麗がそうじゃなくてと声を荒げた。
「アンタが、総大将に夫婦になる事を説得しろって言ったんでしょう! その結果が、大広間半壊になってるのっ」
 大広間が半壊するくらい大きな騒動になっているとは思いもよらず、思わず持っていたお玉をぼちゃんと鍋の中に落としてしまった。
 菜箸でお玉を救出した後、雪麗に料理を見ているように頼み台所を離れた。
 無駄に広い奴良邸の廊下をバタバタと駆け抜け、大広間目前で足が止まる。
 襖は見事に破れていて、そこから伺えた中の様子に絶句した。
 珱姫は、藍の緋色の袿を着ており手には祢々切丸とは別の護身刀を持っている。
 妖の攻撃を一切受け付けない緋色の袿に護身刀……鬼だ。畳や壁は、刀傷が無数にある。ぬらりひょんも下手に手を出せないのかヒラリヒラリと交わしている。
「いつまで逃げるのですかっ! いい加減くたばりなさい」
「くたばるのは、お主の方じゃ! 毎度毎度ワシの邪魔ばかりしおって。馬に蹴られて死ぬがいい」
「それは、こちらの台詞ですっ!! 私と藍殿の間に妖様が入る隙間なんて、これっぽっちもありませんから」
 ぬらりひょんの殺気に恐れるどころか、言い返している辺り肝が据わっている。
 被害を被った奴良組の面々が、半泣きになりながら藍に縋りつく。
「何とかして下さい」
「このままでは、屋敷が壊れますぅー」
 懇願というよりも哀願に近い彼らの願いに、藍は大きな溜息を飲み込み馬鹿騒ぎを起した張本人達に声を掛けた。
「いい加減にしやがれ! どうしてお前らは、喧嘩ばかりするんだ!! 珱姫、刃物を振り回すな。畳みや壁に傷がつく。修繕費幾ら掛かると思ってんだ。それから、ぬらりひょん。子供じゃないんだから、珱姫を煽るようなことを言って喧嘩に発展させるな。結婚取りやめるぞこの野郎」
「今からでも遅くありません。結婚を取り止めて京に戻りましょう」
 ポイッと護身刀を放り投げガシッと藍の手を取る珱姫に、
「帰るなら一人で帰れ小姑。藍は、ワシと結婚するんじゃ」
と、藍の腰を抱き一歩も譲らないぬらりひょん。二人に挟まれて身動きが取れなくなった藍はというと、
「本気(マジ)でいい加減にしろっ! 喧嘩止めねーってんなら、今すぐここを出て行く。思う存分二人で勝手に喧嘩してろ」
と言い放った。流石に、堪忍袋の緒が切れた彼女の怒りが声に現れてたのか、二人は競うように謝り始めた。
「藍殿、ごめんなさい。私が悪かったです。だから置いて行かないで」
「ワシが悪かった。許してくれ」
 土下座せんばかりの勢いに、下僕たちは若干引き気味だったが、藍は冷たい目をして笑いながら二人に言った。
「今回で何回目だ。ああ? お前らが、あちこち壊すもんだから修繕費が掛かって満足な料理が出せやしない。しかも料理中や掃除中に呼び出される身にもなってみろ。迷惑だ。……次、同じことで俺を怒らしたら本当に出て行くからな」
 キッチリと釘を刺し、二人がコクコクと頷くのを確認した藍は、ぬらりひょんと珱姫に部屋の修繕を言いつけて大広間を出た。
 流石にヤバイと危機感を覚えた残されたぬらりひょんは、妥協点を見出し珱姫の結婚承諾を勝ち取る事に成功したのだった。
 それでも、結婚後も二人の衝突は絶えずその度に藍の怒声が奴良邸に響くことになるのは、もう少し先の未来である。

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