小説 | ナノ

麗しき椿姫.4 [ 36/145 ]


 ある日を境に、佐久穂のぬらりひょんに対する態度が変わった。
 それは、見て取れるほどに分かりやすく何より態度を変えられたぬらりひょんの機嫌が頗る悪いのだ。
 魑魅魍魎の主の座を狙い京入りを果たしたのは、ついこの間のこと。
 島原の一角を借り、奴良組は居を構え妖狩りと称し夜な夜な町に繰り出しては生き胆信仰の妖怪を手当たり次第に狩っていた。
 ほぼ八つ当たりに近いそれに、誰も恐ろしくて口に出さない。
「おめぇら、終いだ。帰るぞ」
 返り血を浴びた若き総大将が、刀についた血を振り払い肩に掛けるとクルリときび返した。
 脇目も振らずスタスタと歩くぬらりひょんに、烏天狗はハァと大きな溜息を吐く。
 元凶でもある佐久穂に声を掛けた。
「総大将が、ああなったのはお前のせいじゃろう。何でも良いから機嫌直して来い」
「私のせいじゃないわよ。変な言いがかりつけないで頂戴」
 烏天狗の言葉をバッサリと切り捨てる佐久穂だったが、ぬらりひょんの機嫌の悪さがこれ以上続けば組に悪影響を及ぼすのは必死だ。
「総大将を気分転換させた方が良いな」
 牛鬼の言葉に、周りはうんうんと頷いている。その言葉は、確かに一理ある。
「保津峡を登った先に温泉があるらしい。そこへ行ってはどうだ?」
「温泉ねぇ。総大将が頷けば良いんじゃない」
「じゃあ、総大将の説得は頼んだぞ。金は、用意しておく」
 ポンッと肩を叩き耳を疑うようなことを押し付けられ、佐久穂は目が点になる。
「はぁ?」
「総大将のご機嫌取り頼むぜ」
 ギャハハハッと下品な笑い声を上げる狒々に、牛鬼の言った言葉がようやく頭に入ってきた。
 要するに、自分を人身御供にしたのだ。何が悲しくて機嫌の悪いぬらりひょんと一緒に旅行をしなければならないのだろうか。
 嫌だと言おうにも、聞く耳を持たない面々に佐久穂は心の中で恨みつらみを吐くしかなかった。


 憂鬱な気分で島原に戻り、佐久穂は風呂で汗を流した後、その足でぬらりひょんの部屋を訪れた。
「総大将様、佐久穂です」
 廊下から声を掛けると、返事はない。二度・三度と声を掛けるも無視される。
 気の長い方ではない自分が抑えられるわけもなく、ブチッとキレて襖を勢いよく開けた。
「居るのは分かってるんですよ! 返事したらどうなんですか」
 窓際に腰を掛けながら月見酒をしていたぬらりひょんは、佐久穂を一瞥するとまた月を眺めている。
 どこまで子供なんだ、この男は。心の中で毒づきながら、静かに襖を閉め彼の傍まで寄り腰を下ろした。
「何を不機嫌になっているのか知りませんが、周囲にあたり散らすのはお止め下さい」
「別に不機嫌になっておらん。佐久穂の態度が気に食わねぇ」
 ボソッと呟かれた言葉に、佐久穂の柳眉がピクリと釣りあがる。
 佐久穂が、態度を変えたことに対し怒っているのだ。彼は。ここで怒鳴り付ければ元の木阿弥だ。
 深呼吸をして心を落ち着けた後、佐久穂はぬらりひょんに温泉の話しを持ちかけた。
「……気分転換に温泉へ行きませんか?」
「気分転換など必要ねぇ」
「皆で行くわけではありません。僭越ながら、私一人ではありますがお供します」
「ほぉ……あんたがねぇ。何かい。その身体でワシの機嫌を取ってくれるって言うのかい?」
 小馬鹿にするような挑発に、
「命令ですか?」
と聞き返したら、逆に聞き返されてしまった。
「命令だと言ったらどうするつもりじゃ?」
「別に構いません。貴方の下僕ですから、こんな身体で良ければお好きにお使い下さいませ」
 ぬらりひょんの目が剣呑になり、畳の上に引き倒された。
「ハッ、ならば遠慮せん。ワシが満足するまで付き合ってもらうぞ」
 帯を乱暴に解かれ、着物を脱がされると逃げられないよう後ろ手に拘束される。
「いい格好だな佐久穂。赤い帯が、身体に良く映える」
 ツーッと指で身体の輪郭をなぞるぬらりひょんに、佐久穂はカッと頬を染めた。
 これから何をされるかなど分かりきっている。彼に抱かれるのだ。
「逃げません。解いて下さい」
 声が震えないように強勢を張るのが精一杯できることで、キッとぬらりひょんを睨みつけるも全く効果はない。
「単に抱くなら、その変の女と同じじゃ。ワシ無しでは居られぬ身体に仕込んでやろう」
 クツクツと妖艶な笑みを浮かべる姿は、どこか狂気を孕んでいる。
 どこで狂ったのか、佐久穂はそう思わずには居られなかった。

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