小説 | ナノ

鯉伴|絵本物語 act2 [ 3/145 ]


 私の一日は、日が昇らぬ明け方から始まる。主に家事全般が私の仕事で、そこにはリクオの子守りも含まれていたりする。
 鯉伴に忠誠を誓い下僕になったわけでもない私が、奴良組に居着いているのは一重に鯉伴の前妻と少なからず関わりがあったからと言えるだろう。
 鯉伴の私に対する態度も元を正せば、私が原因でもある。鯉伴と乙女の間に子が出来ない理由を、そして私なら子が産めると迂闊にも彼女が聞いている最中に零してしまった。
 世間話をするかのようにつるりと零れた言葉を取り消すことも出来ず、乙女は一枝の山吹と和歌を残し去って行った。
 その日を境に、鯉伴は事ある毎に当たるようになった。それでも、私は奴良組を離れることが出来なかった。いつか戻ってきてくれると信じて待ち続ける自分は何て愚かなのだろうか。
 庭に枝垂桜が佇んでいるように、道場の裏にひっそりと植えられた山吹を見て思うのだ。
 本当に彼女は戻ってくるのだろうかと。山吹が咲く季節は、いつも感傷的になる。
「リクオは、もう六つになるわ。彼は、人と妖どちらを選ぶかリクオに決めさせたいって言ってるのよ。それなら学校へ通わせるべきだと思わない?」
 山吹を眺めながら、返ることのない返事。独り言のように話しかける姿を鯉伴が見たら嘲るに違いない。
「貴女は、いつになったら戻ってくるのかしら? 早く戻って来なさい。でないと、私は逝くに逝けないじゃない」
「行くってどこへ行くんですか?」
 返るはずのない返事に、私は後ろを振り返れば毛女郎が立っていた。
「……吃驚させないで」
「驚いた風には見えませんでしたよ。それでどこへ行こうっていうんですか?」
 呆れた顔で私を見る彼女を軽く睨み付けるも、相手はどこ吹く風で気にした様子はない。
「毛女郎には関係ないわ」
「ふぅん。ちゃんと戻って来て下さいよ」
「なによ、それ」
 私の心を見透かすかのような毛女郎の言葉に、内心冷や汗を流しながらも言葉を濁す。
「今年も綺麗に咲きましたね」
「ええ、こんな場所で申し訳ないけど」
 鯉伴にばれたら山吹を根こそぎ抜かれてしまう。そんな気がしてならない。
「中庭へ移動させないんですか? ここだと人の目もないし寂しいですよ」
「……この山吹は鯉伴にとって心の傷を抉るような存在なの。あの子が戻ってきてくれれば、この山吹も人目につく場所へ移動できるわね」
「乙女様が戻らなくても、この山吹を見ても二代目は気にされないと思いますよ」
 そう断言する毛女郎の根拠が分からなかった。
「それより佐久穂姐さん、最近顔色悪いですよ。具合が悪いなら早めに鴆様のところへかかって下さいね」
 メッと子供を叱るかなのような毛女郎の忠告に、私は小さな溜息を一つ吐きそのうちと返したのだった。

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