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麗しき椿姫.2 [ 34/145 ]


 買出しに出かけてからというもの、ぬらりひょんは事ある毎に佐久穂に付き纏っている。
 必要最低限の会話と無表情・無関心が、自尊心の高い彼の心に火をつけたようだ。
 冷たい態度を取られたことなど一度も無かったのだろう。
「……ウザイんだけど」
「良いじゃねーか。もう仕事終ったんだろう? ワシと鍛錬しようぜ」
「嫌。他当って頂戴。ていうか、人の腰撫でながら言う言葉じゃないでしょう」
 スッパリと切り捨てる佐久穂に、ぬらりひょんは一向にめげない。
「つい触りたくなるんだよ」
 腰を撫でる手つきがヤラシイ。本当に嫌になる。
「いい加減手を離さないと氷付けにするわよ」
「お〜、こわっ!」
 毎日毎日同じ問答を繰り返していると、周りの連中の反応は「いつものことか」と生暖かい目で見られる。
 慣れとは恐ろしいもので、その状況を作り出したぬらりひょんに殺意が芽生えても仕方が無い。
 一度、本気で奴を氷付けにしてしまった方が自分の貞操は守られるのではかなろうか。
 佐久穂は少し考えた後、ぬらりひょんの申し出を受けることにした。
「いいわ。私が勝ったら二度と近寄らないで」
「じゃあ、ワシが勝ったらアンタを貰う」
「ハァ? 何それ。私は物じゃないのよ」
「誰も物だとは思ってない。ほれ、行くぞ」
「ちょっと、待ちなさいよ!!」
 何が悲しくてぬらりひょんの所有物にならなくてはいけないのだ。
 佐久穂が持ちかけた賭けだが、勝ったときのメリットよりもデメリットの方が大きいって有り得ない。
 撤回しようかと思ったが、どのみち彼の百鬼夜行に加わらなければならないのだ。
 そう考えると、彼の言っていること自体無意味に思えた。
 面倒臭いと思いつつも、いつも鍛錬している練習場に足を運んだのだった。


 鍛錬場には、ぬらりひょんと佐久穂しかいない。普段は、誰かしら居るのに今日に限っていないのは不自然だ。
「他の皆はどうしたのよ?」
「さあ、気を使ってくれたんじゃろう」
「……私が、あんたに負けるとでも言いたいわけ?」
「そうは言っとらんが、まあ結果的にはそうなるじゃろうな」
 どこまでも自信満々な彼に、佐久穂は女の子らしからぬチッと舌打ちする。
「まあ、誰が居ようが私には関係ないわ。手加減なんてしない。精々死なないことね」
「じゃあ、始めるか」
 ぬらりひょんの一言で、鍛錬というなの賭けが始まる。
「我が身にまといし眷族氷結せよ。客人を冷たくもてなせ。闇に白く輝け。凍てつく風に畏れおののけ―呪いの吹雪・風声鶴麗」
 佐久穂の声に応じるかのように、冷気が鍛錬場を覆う。ぬらりひょんに目掛けて、雪の結晶が襲い掛かった。
 彼の身体が、一瞬で凍りつく。しかし、佐久穂はそれが本体ではないことを知ってる。
 彼の畏れ、それは―鏡にうつる花 水に浮かぶ月―すなわち夢幻を体現する妖。
 目に見えるものが全てではない。畏れてしまえば相手の思う壺だ。
 目を瞑り視界閉ざすことで五感を高める。
「おいおい、やる気があんのかい」
「殺す気満々だけど?」
 軽口を叩き返しながらも、ぬらりひょんの妖気を探り続ける。完全に気配や妖気を消すのは至難の業。勝機があるとすれば、そこを狙うしかない。
 風が頬を霞める。佐久穂は、口上もなしに技を放った。
「呪いの吹雪・雪化粧。凍てつく氷に埋もれて砕け散れ」
 目を開けると、ぬらりひょんの羽織が氷付けにされ砕けていた。
「残念。殺したかと思ったのに」
「恐ろしいこと言うなお前。でも、これで終いじゃ」
 彼に捕まるのは目に見えて分かっていたので、佐久穂は今度こそ抵抗しなかった。
 喉に長ドスを突きつけられても平然とした顔で立っている。
「参りました」
「あっさりしてるのぉ」
「負けは負けだもの」
「しかし、ワシの畏れを見破る奴がおるとはな。あんたが、ワシの百鬼夜行に加われば更に強くなる」
 分かっていたけれど、そっちの意味で自分を欲しいと言ったぬらりひょんが憎くて堪らない。
「百鬼夜行を作って魑魅魍魎の主になるつもり?」
「ああ、そうじゃ。分かってんじゃねーか」
 カッカッカッと笑うぬらりひょんに、佐久穂は心の中で大きな溜息を吐く。分かっているのではなく、単に知っているのだ。
 転生されてきたときに、その記憶さえ消してしまえればどんなに幸せだっただろうか。
「そう……なら、魑魅魍魎の主となるその時まで私の力をあんたに預けるわ。約束だしね」
「ああ、頼む」
 綺麗な笑顔を浮かべるぬらりひょんの顔を佐久穂は、約束と共に心に刻んだ。

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