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17.護衛と官吏 [ 18/39 ]
日も暮れ始めたので一旦引き上げようと陣営まで戻ったら、肝心の王族二人が姿を消していた。
テキパキと指示を出すジャーファルの表情が、幾分機嫌が悪そうに見えるのは見間違いではないだろう。
「お帰りなさい」
カシムの視線に気付いたジャーファルは、先ほどの機嫌の悪さをつゆにも見せずニッコリと笑みを浮かべて出迎えてくれた。
「ただいま、です」
「夕飯の支度は出来てます。皆さん、お腹が空いたでしょう」
母親のような台詞に、カシムは何だか気恥ずかしくなり頬をうっすらと赤く染めた。
「何頬を染めてんだい。気色悪い」
「ばっ、ちげーよっ! 母さんみたいだと思っただけだ」
ザイナブの鋭い突っ込みに、カシムは即座に反論したが、内容が頂けなかった。
「母親、ですか」
笑顔で固まるジャーファルに、いつもは静観しているマスルールが口を開いた。
「先輩、シンドリアの母と言われてますから間違いではないんじゃないっすか」
嬉しくない新事実を突きつけるマスルールに、シドリアの救助隊一同は『それ余計な一言ですから』と満場一致で思った。
「ジャーファルさんの感じが、亡くなった母に似てたんです。本当すみません」
「……」
沈黙が痛い。相手は、シンドリアの高官だ。カシムの失態でバルバッドとシンドリアに亀裂が入るようなことがあってはならない。
落ち込むジャーファルにカシムは必死で頭を下げた。
「……そうだったんですね。カシム君、ここに居る間は私が母親代わりになりましょう。遠慮せずどんどん甘えて下さいね」
フルフルと肩を震わせたかと思うとガバッと顔を上げて宣った。内容がぶっ飛んでいるのに、シンドリア組は誰も止めもせず驚きもしないのは何故だろう。
「へ? え? ええ!? あの、ジャーファルさん?」
「ご飯が冷めてしまいますから手を洗って下さいね。皆さんも」
ジャーファルは、カシムの背中を押しながら水場へと誘導している。一人混乱しているカシムを余所に、マスルールがポツリと呟いた。
「……ご愁傷様」
その言葉を聞き漏らさなかったザイナブが、マスルールに尋ねた。
「ご愁傷様ってどういう事だい?」
「先輩は無類の子供好きっす。嫌ってほど構い倒されるっす」
「……それは、経験上のことかい」
「すっ」
コクンと頷くマスルールに、ザイナブはカシムの背中に向かって合掌した。
どうやら彼は、年上から構い倒される運命にあるらしい。
簡素な食事が終り、カシムは報告をするためアブマドを探していた。
どこを探しても見当たらないことに嫌な予感を覚えた彼は、ジャーファルのところへと聞きに行った。
「ジャーファルさん、うちの王子見ませんでしたか?」
「アブマド王子なら領主に会いに行くと言って出掛けてしまいましたよ」
「責任者が何やってんだぁあっ!!」
嫌な予感的中したー! 頭を抱えるカシムに、ジャーファルは追い討ちを掛けるように困ったような笑みを浮かべながら告げた。
「シンが、追いかけていたので危険はありませんから。私達は、私達のするべきことを全うしながら待ちましょう」
慰めにもならない言葉に、カシムは頷くことは出来なかった。
「シンは、七海の覇王です。護衛には打って付けの人間です」
「そんなことより、シンドバッド王と一緒に居る方が危険ですよっ!! 七海の女誑しって言われてるじゃないですか。うちの王子を毒牙に掛けたら……俺、マジで殺される」
「男は、対象外です。大丈夫です」
「でも、あの人ベタベタと王子に触りまくってました」
「それは……そう、シンも子供が好きなんです!」
カシムの反応を見たジャーファルは、焦ったようにシンドバッドを弁護してみるも説得力に欠けてしまいより一層不安を煽る結果となった。
「王子! 今助けに行きます」
今にも飛び出していかんばかりのカシムを眷属器で縛り上げ追いかけるのを阻止したのだった。
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