目覚めると、そこは見慣れた自分の部屋だった。
何一つ変わった場所も無く、何かが動いた形跡もない。
ならばあれは夢だったのだろうか。私は起きて尚覚えている内容がただの夢だったことに酷く落胆しながらベッドから降りる。
それからいつも通り勢いよくカーテンを開いた。
同時に私は大きく目を見開くこととなる。
『……なるほどねェ』
窓から見える景色を見つめながら私はぽつりと呟いた。
『まさか、私の部屋の内装を丸々写した場所に飛ばすとは思わなかった』
そうこの部屋自体には何の変化も無かった。
だがそれは違う。実際には有るはずの無い部屋が作られたのだ。
見覚えのない街並みを見下ろしながら私はそう考えついた。
とはいえいつまでも寝間着のままぼんやりしている訳にはいかない。
私はそのままクローゼットへと足を向けると、そこから適当な服を取り出だした。
服を着替え終わると、今度は身分証や通帳といった細々したものを確認する。
ざっと計算して一時間ほど経っただろうか。
分かったことといえば、この世界で現在私は齢十八のニートということと、それから家賃やらを差し引いても二か月ほどならば優に暮らせるぐらいの貯金があるということだった。
『貯金があるのは嬉しいけど、まずは働き口を見つけないといけないなァ。王道パターンで行くなら探偵社だろうけど、ポートマフィアも捨てがたい……。って、妄想だけ語ってても意味ないよね』
そもそも探偵などという頭を使うような職業につけるような頭脳も入る為のコネもないし、マフィアに関しては以ての外だ。私のような普通が服を着たような人間が裏世界で生きていけるはずがない。
……どこか近場で探すしかないか。
そうと決まれば探索も兼ねて外に出るしかない。
私はお気に入り白いコートを羽織る。これは
『羅生門!なーんて言ったりして……』
意味も無く記憶に残る彼の真似をしながら言う。
――その時だった。
意志を持つように、蛇が鎌首を擡げるかのように白いコートが形を変える。
作中の羅生門は黒いフォルムに赤い瞳をしていたが、今目の前に現れたそれは対照的に白いフォルムに蒼い瞳をしていた。
『え?な、ぇ、なんで?』
有り得ない、こんな事が有り得てしまってはいけない。
そう思った時だ。ふと私はあの夢のような、楽園と呼ぶに相応しいあの場所で交わした言葉を思い出した。
──キミに適応した能力を込めるよ。
──でもキミが望む力では無いよ?
『もしかして……あの子が言っていた能力……?』
私はハッとして近くに置いていたお気に入りの手帳に【懐中電灯】と書いた。
それから書いた紙を自分の前に構えると、『独歩吟客、懐中電灯!』と唱える。
結果……私の手の中に懐中電灯が現れた。
『これは……他者の異能をコピーする能力、なんだろうか』
まだ試していないが、きっと人間失格も君死給勿も使えるのだろう。
ドクドクと心臓が悲鳴を上げるのを感じながらも、私は考え試すことを止めなかった。
興味本位からではない。ただ単純に未知数なこの能力が怖かったのだ。
来る時に我が身を守る武器として、私はこの能力を、異能を熟知しておかなければならない。
本能的にだが、そう感じた。
そして同時に、何が何でもこの異能の存在を誰かに知られてはならないとも思った。
『全く……とんだ能力が適応してしまったなァ』
既に元に戻ったコートと無くなった懐中電灯を見て、私は頭を抱えたくなったのだった。
第一話
〜 知る者と見る者 〜