手首と顎。添えられたと言うよりは、手順を踏むように坦々と抑えられ、木剣が無力化されている。蹴りは鋭く、容赦がなかった。
支えていた足が崩されれば、あとは倒れるだけとなる。
大柄な身体が、一瞬、空中に浮いた。
そのまま地面へと叩きつけられ、肺の中の空気を吐き出すようなグッという呻き声を漏らしてから、沈黙。

砂埃がおさまった後、逆さまにひっくり返った状態──足の間から顔をのぞかせるという間抜けな体勢だ──になったライナーが視界に入り、俺は感嘆の声を上げていた。
小柄なアニがライナーを投げ飛ばす姿は、何度見ても圧巻だった。

力ではなく技術らしいが、あの蹴りは受けてみたいとは絶対に思えない威力に見える。


「あんたも私とやりたいの?」


アニと目が合った。
慌てて首を振る。


「そう」


少しだけ残念そうな表情を浮かべたアニは、衣服を整えて乱れた髪を耳へとかけた。
ライナーはまだひっくり返ったままだ。
俺の対戦相手だったのだが。
無謀な挑戦を止めてやれなかった。そして仇も討てそうにない。不甲斐ない俺を許してくれ。


「前にエレンを固めていた技もそうだが……凄いよな。親父さんに習ったんだっけ?」

「か弱い女が勝つには、それなりの技術が必要だからね」


凄い事だ。相手の力を利用して、捩じ伏せる。それをアニは簡単にやってのけている。
ミカサも強いが、そちらは単純に力技での勝負だった。気が付いたら転ばされているという点では同じだが。


「負けた事ってあるのか?」

「……………いや、父さんに──」


と、アニが何かを答えようとした瞬間。
ドーン、と。
背後からアニにぶち当たる者がいた。
「あっ」
そんな声が聞こえた気がする。
少し離れた場所で、片足を上げた謎のポーズで硬直しているコニーの姿も見えた。


「………………」


なんとなく状況を理解する。
だが、かけるべき言葉が見つからない。

転倒したアニが、両手と膝をついて沈黙していた。所謂四つん這いというやつだ。急に背後から掛かった体重を支えきれずに、前のめりに転倒していた。

すごい。アニが膝を付いてる姿なんて初めて見た。


「…………………」


アニの背中に乗っているのは、やはりサシャだった。
大方ふざけている内に(もしかしたら本人は真面目にやっているのかもしれないが、その可能性は限りなくゼロに近い)後方の確認も怠って突っ込んできてしまったのだろう。

ゆっくりと、サシャが立ち上がる。
アニはまだ動かない。
救いを求めるように、サシャが俺を見てきた。


「…………ナマエ」

「お、俺は知らない、自分で何とかしてくれ」


サシャの声は僅かに震えていた。
俺の声も同じように震えていた。
アニはまだ動かない。
ライナーもまだ動いていない。


「うおっ、なんだこれ!?お前達が倒したのか!?」


ふとこちらを向いたジャンが、驚いたようにそう叫んでいたが。
謝罪するタイミングを完全に逃したサシャと、硬直する俺とコニー。
答えられる者は、その場には誰も居ないのだった。




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