「……なんの真似だ?」
「リヴァイ、ちょっと」
そんな背後からの声と同時に、ポンと肩に手を置かれる。
リヴァイに対してこんな真似をするのは──というよりこんな真似が出来るのは、兵団内でもハンジかナナシ、それにエルヴィンくらいなものである。
今の声はナナシだった。
気安すきる接触にイラッ、とする気持ちを抑えて顔だけで振り返れば、なにかが頬に突き刺さった。
ナナシの人差し指だ。
「……………」
「……………」
肩に置かれた手。
そこから一本だけ伸ばされた人差し指が、リヴァイの頬に突き刺さっている。
どこかからヒィッ、という悲鳴が聞こえた気がするが、二人はしばし無言のまま動きを止めた。
見知った顔が近くに何人かは居た筈だが、悲鳴の後は誰一人として割り込もうとする者はいない。
張りつめた空気が、リヴァイの動きによって揺らいだ。
「…………なんの真似だ?」
置かれた右手を振り払う。
意図したわけではないが、出した事もないような低い声が出た。
本来ならば二度とふざけた真似が出来ないように叩き…いや、蹴り伏せる所だが、そう簡単にやられてくれる相手でもない。
苛立ちを込めて睨み上げる。
人でも殺せそうな目付きだよ、といつか誰かが言っていたが、どうやらナナシには効果はないようだった。
怯む様子もなく、何故か満足そうな表情で払われた右手を見下ろしている。
読めない相手だとは思っていたが、まさかここまでとは。
初めて会った時からずっと、コイツは俺を恐れない。
「なんの真似だ」
再度、問いかける。
このふざけた行動の理由も意図も不明すぎて対応のしようがない。
ハンジが相手ならいざ知らず、俺にまで仕掛けてくるとは予想外すぎた。
すると漸くナナシの視線が俺へと向けられる。
「然るべき報い…の代行、かな」
「ぁあ?」
理由は聞けたが。
意味が分からない。
報いだと…?
この俺に?
敵なら山程いる自覚はあるが、その代行をコイツがする、などと。
繋がりすら想像出来ない。
「本当は頬にキス…とかも考えたんだが、それは互いに傷を負うだけだからやめておいた」
「絶対にやめろ」
傷どころの話ではない。
そんなものでは済まさない。
きっとコイツは死ぬだろう。俺が殺すわけだが。
心底ゾッとしながらも、今の言葉で代行とやらの相手がエルヴィンでない事だけは確定した。
確定したところで、なにもかもが一気に面倒になる。
疲れすら感じながら深く息を吐き出した。
どうして俺がこんなふざけた事に付き合わなければならないのか。
「…用件はそれだけか?」
「リヴァイ、イェーガーとは上手くやれているのか?」
「は…?」
「なにか相談があるなら乗ろう」
「……頭でも打ったか」
どうでもいい、などと言っていたのは誰だったか。
それが、相談?
エレンの事で、俺がお前に?
笑えない冗談だ。
そんな俺の様子など一切無視し、
グ、と親指などを立てて「任せておけ」と言いながらナナシが立ち去っていく。
呆気に取られて眺めていると、ナナシの向かう先に呆然とした表情で立ち尽くしているエレンの姿が目に入った。
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