コニー視点
ざわざわと。食堂がなにやらざわついていた。
すげー、だの怖かった、だの。
至る所からそんな呟きが聞こえてくる。
またエレンとジャンが喧嘩でもしたのかと思ったが、どうやら違ったようだった。
「なにがあったんだ?」
「見てなかったの?…いや、あれは見ない方が良かったのかもね」
アニに尋ねてみれば、良くわからないそんな言葉が返ってきた。
ミーナもどこか青くなった顔をしている。見れば、女子の顔色は悪い。
反射的にユミルを振り返れば、バチッと目が合ってしまった。
「なんだよ…?私になにか用か、コニー」
「いや…何の騒ぎなんだこれ?ちょっと席を外しててよ。何があったのか知りたいんだが」
「あぁ。確かにさっきまで煩かったな。大した事じゃない。ただゴキ──」
「ユミル!!!」
バシッと。
クリスタがユミルの口を掌で塞いだ。
目にもとまらぬ速さで、何の反応も出来ないままユミルがもごっと声を発した。目が見開かれている。さすがに驚いたらしい。
「その名前を出さないで…!!」
その名前?言いかけていたのは、確か…
「ゴキ…」
「だから言うなっつってんだろ!!」
「ま、まぁまぁ、落ち着いて」
後ろからゴツッと頭を叩かれた。
鳥肌を立てたジャンがマルコに宥められている。
すげー痛いんだけど。
なにがどうなってるんだ。
「おいおい…大丈夫か?とりあえず説明してやるから、こっちに来い、コニー」
「そこに座って。すごい音がしていたけど、痛くないかい…?」
手まねくライナーに従う事にする。
チクショー、初めからコイツらに聞いとけば良かった。
ズキズキと痛む頭をすりながら、そちらに向かう。ベルトルトも心配そうに声をかけてくれた。なんていい奴らなんだ。
ライナーの正面に腰を下ろせば、わずかに声を潜めながら、話し出してくれた。
「さっき、ここにゴキ──いや、Gが出たんだ。あの黒い害虫が」
「それをたまたま通り掛かった分隊長が始末してくれたんだよ…普通とは違うやり方で」
「普通とは違う…?」
「コレだ」
ライナーが掲げてみせたのは、ナイフだった。それを投げる素振りをしてから、壁の一点を指差してくる、
「入り口から、そこまで。一発で仕留めた」
「マジかよ…!」
動き回るゴキ──いや、Gを捕らえるのは並大抵の事ではない。故郷にある実家でもそれで大騒ぎになった事がある。あの時は阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
それを、その距離から一撃で…!?
「あのナイフ捌き、ただ者ではありませんね…」
いつの間に近付いてきていたのか。サシャが口を挟んでくる。確かこいつは狩猟民族の出身だったか。
「分隊長だからな」
「なんて名前でしたっけ?」
「ナナシ分隊長だよ」
三人のやり取りを聞きながら、頭を回転させる。
ナナシ分隊長。…だめだ、どんな人だったか思い出せねぇ。こう…ぼやっとした印象のみしかない。今度しっかり見てみよう。
人類最強と名高いリヴァイ兵士長の姿もまだ見た事がなかった。そうだ、会った事がないからだ。俺がバカだからではない。
「その後のミカサも凄かったけどね…」
「やっぱりアルミンも苦手なんですね、あのGは」
「うん、得意ではないかな…。エレンも駄目でしょ?」
「ほんと信じらんねぇよ…ナナシ分隊長は凄かったけどさ。それでも、躊躇なくナイフを引き抜いて残骸を捨てに行ったミカサと比べれば…」
「マジかよ…!?」
ミカサ…!!
まさか素手で…!?
先程から姿が見えないと思ってはいたのだが。エレンの隣にミカサ居ないのはおかしい。
手を洗いに行かされたようだった。
うん、そりゃ…仕方ないと思うぜ。
一番初めに話しかけたアニの言葉に、今更ながら納得する。
見なくて良かったのかもしれない。
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