目が合うなり、ギロリと睨み上げられた。いくら目付きが悪いとは言え、そこまで柄が悪いわけではなかった筈だが…
何も言えずに立ち止まっていると、リヴァイがコツリ、とブーツの音を鳴らして近付いてくる。


「おい、ナナシ」

「…なんだ?」

「今日は何もするな」

「は?」

「熱があるんじゃねぇのか」


言い当てられて、沈黙する。
朝からどうにも頭が痛かったのだが、休む程でもないと無視をしていた。
それが先程から、ズキズキと痛みを増してきている。体温が上がり始めているような感覚もあった。
一目見ただけで見破られるほどとは思わなかったが。


「もう戻れ。後はどうにかしといてやる。聞いているのか、グズが」

「……愚図は余計だ。聞いている」

「ならさっさと休め」

「……悪いな」


その言葉に甘えさせてもらうとしよう。
謝罪と感謝をその一言に込めれば、ふん、という返事とも頷きともとれないものが返ってきた。
病人に対しては優しいらしい。





「聞いたよナナシ。調子はどうだい?って起き上がらなくていいから。ほら寝てなって」


ぐい、と肩を押されてベッドに倒される。力が入らずそのまま倒れると、ハンジの手が額へと伸びてきた。
ひやりとしている。


「だいぶ上がってるみたいだね」

「そうか…?」

「目も死んでる」

「それは…どうなんだ」


目が死んでいる状態。
かなりヤバそうではあるが。
手が離れると同時に、前髪を上げられてそこに濡れたなにかが置かれる感触があった。
満足そうに、眼鏡越しの目が細められる。


「また後で来るよ」


看病なんて出来たのか…ハンジ。
などという失礼な感想はなんとか飲み込めた。





タオルを絞る水音。
どこか遠くで聞こえるような、夢と現の間。そんな感覚に意識が浮上する。
先程ハンジも言っていた通り、どうやら本格的に熱が上がり始めたらしい。


「おや、起きたのか」


姿はまだ見えないが。
今の声はエルヴィンだった。
まさか見舞いにやってきたのか?


「リヴァイから話を聞いてね。林檎も持ってきた。このところ、無理をしすぎていたんじゃないか?丁度いい機会だ。ゆっくり休むといい」

「……エルヴィン」

「どうした?」


漸く顔が見える。
タオルを手にしたエルヴィンに、取り合えず言わなければならない事があった。


「あれは、お前が切ったのか…?」


机の上に置かれた、その林檎。
目立つ…と言うより、場違いな感が否めない。兎型。
可愛らしくカットされたそれ。


「私ではないよ」


ラルだったらしい。
一先ず安心した。






カチャリ。

静かに扉が開かれた音に目を醒ませば、丁度足を踏み入れたばかりのミケと目が合った。
俺の部屋に入るのは、もしかすると初めてだったかもしれない。
どうでもいい事に思考を取られていると、ミケが手に持った袋から何かを取り出して掲げてくる。


「ハンジから薬を預かってきた。飲めそうか?」

「あぁ…」

「吐いても飲み込ませろと言われた。……市販の薬ではないのかもしれない」

「…………」

「…………やめておくか?」

「いや…、飲もう」


生きるか死ぬか。
その二択を迫られたような気がする。
とりあえず、これで死んだらハンジを恨もう。

ミケに背を支えられて上体を起こす。
信じられない程に、体が重くなっている。まさかここまで悪化するとは思っていなかった。
触れた熱さにミケが驚いていたようだったが、俺自身も驚いていた。
いくらなんでも、上がりすぎだ。
これは相当、まずいかもしれない。


★★


薬は飲んだと聞いた。
林檎もなくなっている。
なら後は、寝て体力を回復させるだけだろう。

本当は着替えさせた方がいいんだろうけど、ぐったりと眠っているナナシを起こすのも気が引ける。
この距離で起きないのだから、無理はさせられない。

安らかとは言い難い寝顔に、ナナバはそっと手を伸ばす。滲んだ汗を拭っても、その表情に変化は見られなかった。

ここまで体調を崩す姿は、初めて見た。
あんなに落ち着きのないミケも。


「みんな心配してるよ、ナナシ」


聞こえていないとは分かっているけれど。思わずそう声をかけてしまっていた。
いつものように、何事もなかったかのように。
返事をして欲しかったのかもしれない。





暫くして、扉の外に賑やかな気配が近付いてきた。
ナナシはまだ眠り続けている。タオルが温くなる間隔はだいぶ遅くなってきていた。少しは快方に向かっているのだろう。
出迎える為に立ち上がる。


『ここ…だね…』

『なぁ、やっぱりまずいんじゃねーか…?』

『今看病しているのは、ナナバさんだと聞いた。ナナバさんなら、わかってくれる…はず』

『話した事があるのかい?ミカサ』

『ない』

『ないのかよ!』


………うん。この声は、104期生かな。
ナナシと仲良くしている、あの三人だろう。
扉一枚とは言え、ここまで丸聞こえというのもすごいけど。
そんなやり取りの後に控えめなノックの音が響き、苦笑してしまった。


「君たち、少し静かにね。ナナシは今眠っているから」

「す、すみません!」


少年が二人に、少女が一人。
思っていた通りの姿がそこにはあった。
まずい、と言っていたのは、きっと誰かに止められんだろう。
それでも来たのはナナシが心配だったから。
好かれているね、ナナシ。


「ナナバさん、俺たち…」

「見舞いに来たんだろう?あまり長居してはいけないよ。移るといけないから」

「!!はい!!」

「エレン、声が大きい」

「あっ」


賑やかだ。
あと少しすれば、ハンジかリヴァイがやって来るのだろう。
それまでは、私も付いていようかな。


***

お見舞のレパートリーの少なさに絶望しました…!
そして兵長結局まだ来ていないという…ナナバさんを贔屓してしまいました!(爆)
リクエスト有り難うございました!(*^^*)



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