目が合うなり、ギロリと睨み上げられた。いくら目付きが悪いとは言え、そこまで柄が悪いわけではなかった筈だが…
何も言えずに立ち止まっていると、リヴァイがコツリ、とブーツの音を鳴らして近付いてくる。
「おい、ナナシ」
「…なんだ?」
「今日は何もするな」
「は?」
「熱があるんじゃねぇのか」
言い当てられて、沈黙する。
朝からどうにも頭が痛かったのだが、休む程でもないと無視をしていた。
それが先程から、ズキズキと痛みを増してきている。体温が上がり始めているような感覚もあった。
一目見ただけで見破られるほどとは思わなかったが。
「もう戻れ。後はどうにかしといてやる。聞いているのか、グズが」
「……愚図は余計だ。聞いている」
「ならさっさと休め」
「……悪いな」
その言葉に甘えさせてもらうとしよう。
謝罪と感謝をその一言に込めれば、ふん、という返事とも頷きともとれないものが返ってきた。
病人に対しては優しいらしい。
★
「聞いたよナナシ。調子はどうだい?って起き上がらなくていいから。ほら寝てなって」
ぐい、と肩を押されてベッドに倒される。力が入らずそのまま倒れると、ハンジの手が額へと伸びてきた。
ひやりとしている。
「だいぶ上がってるみたいだね」
「そうか…?」
「目も死んでる」
「それは…どうなんだ」
目が死んでいる状態。
かなりヤバそうではあるが。
手が離れると同時に、前髪を上げられてそこに濡れたなにかが置かれる感触があった。
満足そうに、眼鏡越しの目が細められる。
「また後で来るよ」
看病なんて出来たのか…ハンジ。
などという失礼な感想はなんとか飲み込めた。
★
タオルを絞る水音。
どこか遠くで聞こえるような、夢と現の間。そんな感覚に意識が浮上する。
先程ハンジも言っていた通り、どうやら本格的に熱が上がり始めたらしい。
「おや、起きたのか」
姿はまだ見えないが。
今の声はエルヴィンだった。
まさか見舞いにやってきたのか?
「リヴァイから話を聞いてね。林檎も持ってきた。このところ、無理をしすぎていたんじゃないか?丁度いい機会だ。ゆっくり休むといい」
「……エルヴィン」
「どうした?」
漸く顔が見える。
タオルを手にしたエルヴィンに、取り合えず言わなければならない事があった。
「あれは、お前が切ったのか…?」
机の上に置かれた、その林檎。
目立つ…と言うより、場違いな感が否めない。兎型。
可愛らしくカットされたそれ。
「私ではないよ」
ラルだったらしい。
一先ず安心した。
★
カチャリ。
静かに扉が開かれた音に目を醒ませば、丁度足を踏み入れたばかりのミケと目が合った。
俺の部屋に入るのは、もしかすると初めてだったかもしれない。
どうでもいい事に思考を取られていると、ミケが手に持った袋から何かを取り出して掲げてくる。
「ハンジから薬を預かってきた。飲めそうか?」
「あぁ…」
「吐いても飲み込ませろと言われた。……市販の薬ではないのかもしれない」
「…………」
「…………やめておくか?」
「いや…、飲もう」
生きるか死ぬか。
その二択を迫られたような気がする。
とりあえず、これで死んだらハンジを恨もう。
ミケに背を支えられて上体を起こす。
信じられない程に、体が重くなっている。まさかここまで悪化するとは思っていなかった。
触れた熱さにミケが驚いていたようだったが、俺自身も驚いていた。
いくらなんでも、上がりすぎだ。
これは相当、まずいかもしれない。
★★
薬は飲んだと聞いた。
林檎もなくなっている。
なら後は、寝て体力を回復させるだけだろう。
本当は着替えさせた方がいいんだろうけど、ぐったりと眠っているナナシを起こすのも気が引ける。
この距離で起きないのだから、無理はさせられない。
安らかとは言い難い寝顔に、ナナバはそっと手を伸ばす。滲んだ汗を拭っても、その表情に変化は見られなかった。
ここまで体調を崩す姿は、初めて見た。
あんなに落ち着きのないミケも。
「みんな心配してるよ、ナナシ」
聞こえていないとは分かっているけれど。思わずそう声をかけてしまっていた。
いつものように、何事もなかったかのように。
返事をして欲しかったのかもしれない。
★
暫くして、扉の外に賑やかな気配が近付いてきた。
ナナシはまだ眠り続けている。タオルが温くなる間隔はだいぶ遅くなってきていた。少しは快方に向かっているのだろう。
出迎える為に立ち上がる。
『ここ…だね…』
『なぁ、やっぱりまずいんじゃねーか…?』
『今看病しているのは、ナナバさんだと聞いた。ナナバさんなら、わかってくれる…はず』
『話した事があるのかい?ミカサ』
『ない』
『ないのかよ!』
………うん。この声は、104期生かな。
ナナシと仲良くしている、あの三人だろう。
扉一枚とは言え、ここまで丸聞こえというのもすごいけど。
そんなやり取りの後に控えめなノックの音が響き、苦笑してしまった。
「君たち、少し静かにね。ナナシは今眠っているから」
「す、すみません!」
少年が二人に、少女が一人。
思っていた通りの姿がそこにはあった。
まずい、と言っていたのは、きっと誰かに止められんだろう。
それでも来たのはナナシが心配だったから。
好かれているね、ナナシ。
「ナナバさん、俺たち…」
「見舞いに来たんだろう?あまり長居してはいけないよ。移るといけないから」
「!!はい!!」
「エレン、声が大きい」
「あっ」
賑やかだ。
あと少しすれば、ハンジかリヴァイがやって来るのだろう。
それまでは、私も付いていようかな。
***
お見舞のレパートリーの少なさに絶望しました…!
そして兵長結局まだ来ていないという…ナナバさんを贔屓してしまいました!(爆)
リクエスト有り難うございました!(*^^*)
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