今から何が始まるのか。
何を言われるのか。
緊張に固まっている顔ぶれを見渡す。
104期生。これから、死と向かい合わせの訓練を受ける者達。自分の過去に通った道が、随分昔の事のように思える。
彼らの正面に立ち、まずは自己紹介から始めた。


「俺の名はナナシ。先日まで調査兵団で分隊長をしていたが、訳あってお前達の教官を務める事になった」


調査兵団、という名にざわりと動揺が走ったようだが、無視をする。
ただ、一際強い視線を感じてそちらへ意識を向ければ、どこまでも真っ直ぐにこちらを見つめる意志の強そうな翠の瞳があった。
危うい色をした、子供らしからぬ目だ。
その子供の周囲にもいくつか。
怯む事なく俺を見る視線があった。
今期の訓練生は、なかなかに骨が有りそうな気がする。


「訓練中に無理だと判断した者は、遠慮なく俺に言うといい。続ける意志のない者はここに居るだけ無駄だ。すぐに開拓地へ戻そう。適性のない者も送り返す。それは覚悟しておけ」


はっ!!
という、威勢の良い返答。
公に心臓を捧げる。その敬礼の意味を、どれだけ理解しているのだろうか。





「コニー・スプリンガー。それでは逆だ」


全く理解していないようだった。
むしろ心臓ですらない。
冷えた思考で見下ろせば、恐怖に染まった幼い顔付きがカクカクと頷いた。
ただ名を聞いただけだと言うのに、この焦り様である。恒例のように恫喝していれば、どうなっていたのだろうか。


「申し訳ございません!!」

「次からは間違えるな」


一列が終わる事に、後ろを向かせる。
残り僅かだ。
そこ中に、先ほどの子供の姿があった。


「貴様は何者だ?何をしにここへ来た」

「シガンシナ区出身、エレン・イェーガーです!巨人を駆逐する力を付ける為に、ここへ来ました!」

「…そうか。せいぜい死に急がぬよう頑張るといい」

「はっ!」


本来なら聞く必要はなかったのかもしれない。通過儀礼を終えた者には、必要のないものだ。
シガンシナ出身。それならば、先程の視線の理由にも納得がいった。
が、やはり危うい。あの惨状を目の当たりにしても尚、折れなかったのか。

ふと、こちらを窺う少女に気が付いた。黒髪黒目。東洋人か。緊張でも敵意でもない、読めない視線。
自分にも訊ねろと言う事だろうか。催促する者など初めて見た。

だがその彼女に声をかけるよりも先に、指摘しなければならない者の姿を見付けた。
指摘、などという生易しい表現で足りるかどうかは分からなかったが。
何故か…芋を握りしめている。食べるべきか、食べざるべきか。ギリギリのところで踏みとどまっているような、そんな少女。
周囲の訓練生が、ギョッとした表情を浮かべていた。


「何をしている…?」


思ったよりも、低い声が出た。
びくりと少女の体が跳ねる。
取り敢えず、今すぐに食べる気はなくしたようだった。


「貴様は何者だ?」

「ウォール・ローゼ南区ダウパー村出身!サシャ・ブラウスです!」

「貴様が持っているものは何だ…?」

「蒸かした芋です!調理場に丁度良い頃合いのものがあったので、つい…」

「…………つい?」

「食べ…………いえ!きょ……、教官に差し上げようと…」

「…………」

「…………」

「…………そうか」


嘘だ。
きっと、その場にいた全員の気持ちが一致していた事だろう。
危機回避能力は、それなりにあるらしい。

握りしめられている芋へと手を差し出せば、その表情が絶望へと変わる。
く…っ!という断腸の思いを吐き出すかのように震える右手がゆっくりと芋を手放した。
どれだけ食べたいんだ。


「……とりあえず、走ってこい」






「あの教官怖かったな…」

「そうか…?っていうか、敬礼を間違えたらそりゃ怒られるだろ」

「咄嗟にやっちまっただけだ…!」

「そう言えば分隊長だって言ってたよね。どうして教官なんてしてるんだろう?」

「さあな…オレは有り難いけど」

「もしかして、キミ…調査兵団に入るつもりなのかい?あ、さっきシガンシナだって答えてた…!?」


・・・・


・・






「ナナシ教官、今期の訓練生はどうだ?」


背後から声が掛かる。
振り返らずともわかった。
本来、104期生の教官となるはずだったのは、この人だった。


「鍛え甲斐がありそうです」

「実は知り合いの息子がいる。イェーガー…と言ってわかるか?」

「シガンシナの?」

「そうだ。兵士になったようだな…」


どこか遠くを見つめるように。
細められた眼差しは、喜んでいるのか、悲しんでいるのか。
俺には判別出来なかった。



***

サシャは野生の感的ななにかで逆らってはいけない!となっていたらいいなと思いました
イリアスさま、リクエスト有り難うございました!(*^^*)


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