▼ ハンジの薬で女体化した分隊長主がリヴァイ(とまわり)をからかう話
「………………ハンジ」
震えを抑えた声で、高く、静かに、その名を呼ぶ。
そう、高い。女の声だった。
そこから、おかしい。
身体も縮んでいる気がする。
少し視線を下げると、胸だ。
胸がある。
「………………何をした?」
自分の身体が──性別が。
変わっている。
その原因。
考えられる答えは一つ。
視線をハンジへと戻すのと、そのハンジが「成功だ!!!」と両手を突き上げて叫び出すのとは、ほぼ同時の出来事だった。
*
「何故俺で試したのか、聞いてもいいか」
「一番怒られない可能性が高かったから…かな」
廊下を歩きながら、そんな会話を交わす。とにかく、エルヴィンに報告をしなければならない。元の姿に戻るのは三日後らしい。三日。三日だ。
「……視線で人が殺せそうだよ、ナナシ」
「誰のせいだ?」
「折角の美人が勿体ない」
「どうせなら、次からはリヴァイで試せ」
「それはガチで殺されそうだね…」
俺よりは似合……いや、わからないな。
脳が想像を拒絶している。
そんな拒絶を引き起こす事態が、今自分の身に起こっているのだ。
ダメだ、泣きたくなってきた。
目線がいつもより低い。
身長まで少し縮んでいるらしい。
服もダボついていたために、今はマントを羽織っている。
加えて、声だ。
どこからどう聞いても、完全に女の声をしている。
俺の面影は残っているのだろうか。いない方がいい。ないと願おう。
「いっそ別人になりきるか……」
「設定はどうするんだい?」
「リヴァイの姉」
「姉!?」
「それでいこう。少し弟と遊んでくる」
「えっ、ちょっと、ナナシ!?エルヴィンに報告は……!?って、もしかしなくとも自棄になってる!?」
ハンジが何か喚いているが、聞かなかった事にする。
自棄ではない。どちらかと言えば、現実逃避だった。エルヴィンとは、もう少し覚悟を固めてから会いたい。
**
トントン、と軽くノックしてから、返事を待たずに扉を押し開ける。
幾つか並んだ机の一角に、リヴァイ班が揃って座り、お茶を飲んでいた。
いきなり現れた俺に、不思議そうな眼差しが集まってくる。
「リヴァイ」
その中から、目的の人物の名を呼ぶ。
呼び慣れた名ではあったが、声が違うせいだろう。新鮮な響きだった。
扉を開けた直後からシン、と静まり返っていた空間に、俺の声が響いていく。
ぎょっとしたような顔をしたのはラルとシュルツだった。ジンとボザドは、怪訝そうな中に僅かばかりの警戒の色を浮かべている。
「知らない顔だな……ここは俺たちしか……」
「誰だ……?聞き間違いでなければ、リヴァイ兵長を呼び捨てたようだが……?」
そんな呟きが耳に入り、その反応に納得する。
俺だとはバレていないらしいが、そうなると呼び捨てたのは確かにまずかったかもしれない。
「リヴァイ兵長、少しいいか」
「言い直した!?」
「ペトラ、問題はそこじゃない」
的確なツッコミが即座に入ってくる。
テーブルに身を乗り出し、コソコソと四人で相談するような体勢になったラル、シュルツ、ジンにボザド。
それから少し離れる形となったエレンが、不思議そうにそんな四人を眺めた後、リヴァイへと視線を移した。
「リヴァイ兵長のお知り合いの方ですか?」
直球だった。
ビクリと反応した四人が固唾を飲んだ様子でリヴァイへと視線を向けるが、その本人が何か答えるよりも先に、口を開く。
「姉だ」
「お姉さん!!?」
驚きの声を上げたのはラルだった。
エレンもさすがに目を丸くしている。
ええ!?やら、はあ!?やら。
五人が五人とも、衝撃を受けたようにそれぞれ反応している。
リヴァイが選んだだけはあり、面白いメンバーか揃っていた。ころころと変わる表情は見ていて飽きない。
警戒が解けたところで、室内に足を踏み入れる。
止められる事は無かった。そのままリヴァイの元まで歩み寄ろうと──思っていたのだが、エレンの後ろで足を止める。なんとなく、その頭へとぽんと右手を乗せてみた。
「えっ!?」
座っている為に丁度乗せやすい。
二三度撫でている内に、胡乱げな眼差しで事の経緯を見守っていたリヴァイが、深く息を吐き出した。
「てめぇは何を遊んでやがる……」
「すごいな、もう分かったのか」
「命知らずな馬鹿は二人居れば十分だ。言動がそのままってのもあるが」
「そうか」
設定を考えただけで、なりきるつもりもなかった。こうまで早く見破られたのは予想外だが、いつまでも現実逃避はしていられない。
エレンの頭から手を離す。未だ混乱したままの五人は取り合えず後回しに、リヴァイと会話を続ける事にした。
「……そのふざけた格好はなんだ?」
「ハンジに聞いてくれ」
「あぁ……」
たった一言で、全て伝わったらしい。
睨むようだった眼光が、どこか遠くを見つめるようなものへと変わる。
疑問を挟む余地などない様子に、普段のハンジの行動が表れている。
初めて心を共有できたような感覚だ。
主に疲労のみではあったが。
「あの……、すみません、兵長」
「なんだ、エルド?」
「結局どなたなんですか?」
邪魔してもいいものか、という気まずそうな問い掛けだった。
元々、姉だというのも無理な設定だ。ならどういう関係なのか。
もしかすると、邪推を招いてしまっているのかもしれない。
「こいつはナナシだ」
リヴァイもそれを感じたようだった。
アッサリとバラしてくれている。
ぽかん、とした沈黙。それから、凝視。
小さくない騒ぎに、その日、旧調査兵団本部が揺れたのだった。
***
リヴァイというよりリヴァイ班をからかう話になってしまいました…!リクエストしていただいた内容からズレてしまい申し訳ございません!
ハルマさま、企画へのご参加有難うございました!(*^_^*)