ガバリ、と。
覆い被さるように抱き付いてきた体に目を見開く。
ありえない展開に、エレンは硬直していた。

これがジャンやライナーの悪ふざけなら、すぐさま引き剥がして床へ叩き伏せたりもしたのだが、今ゼロ距離にいるのはナナシ分隊長だ。
それもすごく酒くさい。
いつかのハンネスさんを思い出す。

もしかして、だけれど。
酔っているのだろうか?
だとしても…
なにがどうなってこんなことに…!?


「あぁ…エレンか。すまない、今のナナシは…何と言えばいいのか」


エルヴィン団長が、そう言ってナナシ分隊長の肩を支える。
ぐい、と引き離して貰えた。

ナナシ分隊長はと言えば、引かれるままに離れてくれたようだけれど。
額を押さえながらどこかいつもとは違う眼差しでオレを見ている。
じっと。その目が何故か、落ち込んでいるように思えるのは気のせいだろうか。


「あの…何かあったんですか?」

「今日は君の報告をしに、内地の方へ行ってもらっていたんだよ。ただ、報告と言っても正式なものではない。審議所とは無関係の相手だと思ってもらって構わない。そこで…なにか言われたようでね」

「なにか…」

「ここに来るまでは堪えていたんだろうが、私を見るなり酔いが回ったようでこの状態だ」


付き合いで飲まされたんだろう、と締めるエルヴィン団長の言葉を聞きながら、ナナシ分隊長へと視線を戻す。
先程からずっと、黙ったままである事に不安を覚える。
何を言われたのだろう。

化け物。
人間ではない。

自分に対する評価は大方の想像がつくものの、ナナシ分隊長に対してまで何か言われたりしたのだろうか。
オレはどう言われても仕方がないが、ナナシさんは無関係だ。
そんな事を考えていると。


「エレン」


と。
名を呼ばれた。

一瞬、エルヴィン団長かと思ったが声が違う。今の声は。


「腰抜け共の事は気にするな…エルヴィンに任せておけば、なにも問題ない」

「…………」

「…………」


団長と二人で沈黙してしまった。
オレだけでなく、エルヴィン団長も驚いているようだった。

いや…
いやいやいや。

『ナナシは酒にすごく弱い!』

『弱いというより…恐ろしいな』

いつか、ハンジさんとリヴァイ兵長が言っていた事を思い出す。
確かにこれは、恐ろしいのかもしれない。

さっきから驚く事しか出来ていない。
そんなオレと団長をまるで気にする様子もなく。
ナナシさんは言うだけ言って満足したのか、踵を返そうとして。
その体が沈んだ。


「エルヴィン。こいつは俺が回収していく」


リヴァイ兵長だった。
ゲシ、と音でも聞こえてきそうな蹴りが背中に命中していた。
倒れるナナシさんなんて初めて見た。
…なんて妙な感心をしている場合ではなかったのかもしれないが、「あぁ、任せるよ」とアッサリ頷いたエルヴィン団長を見れば、もしかすると良くある事だったのかもしれない。



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