退屈そうに見えた。
楽をするために憲兵団へ入ったのなら、それこそもっと自由に力を抜けばいいだろうに。

鋭い目付きではあるが、周囲を観察しているわけではなく、ただ興味を抱かずに眺めているだけ。そう思えた。
アニ・レオンハート。
資料に書かれた名前に目を落とす。
憲兵団を選んだ彼女を、調査兵団へ勧誘してこいと言う上からの無茶振りであった。

上位10名は、自身の配属先を自由に選べる。以前からの、馬鹿馬鹿しい慣例だ。強い者程壁の中へ。
自分達もそうして安全な地位へと上り詰めていったのだろうに、巨人による進行が進むにつれ、ようやく危機感を抱いた者がいたらしい。

面倒な仕事だ。

無理に誘うつもりはない。
ただ、一応は声をかけておかなければ、エルヴィンが面倒な事になる。

さてどうしたものか。
彼女を視界に捉えながら、ナナシは話の切り出し方に頭を悩ませた。



***



「ねー、アニ。さっきからあの人あんたの事見てるみたいだけど、知り合い?」

「あの人?」


ひょこひょこと。ヒッチが近付いてきた。担当の地域は別のはずだったが、サボったのだろうか。
彼女の指差す方向を見てみれば、確かにこちらに視線を送っている人物がいた。


「もしかして彼氏ー?」

「違う」

「じゃあナンパかな。あはは!やったじゃん!」

「それも違うと思うけどね…」


なにが楽しいのか。ばしばしと肩を叩かれて嘆息する。
どこかで見た事のあるような男だった。思い出せないのは、会話をした事がないからだろうか。
いつまでも悩んでいても仕方ない。はっきりさせる為に、話しかけてみる事にし た。


「頑張りなよー!」


見当違いの応援を背中に受けながら、アニは足を進めていった。



***



「私になにか用?」


真っ直ぐにこちらへ向かってきた彼女が、じっと俺を見つめていた。
思っていたよりも小柄な姿だった。 104期生の中で、4番の実力者。イェーガーよりも成績は1つ上だ。

彼女は俺の正面で立ち止まるが、まだ微妙に距離がある。不信感を隠そうともしていない。
それも仕方のない事だが。とりあえず、確認からしてみようか。


「アニ・レオンハートで間違いないか?」

「…そうだけど。あんたは?」

「俺はナナシと言う。調査兵団で分隊長をしている」

「ナナシ…分隊長…?」


目が丸くなった。 訓練生だったのなら、一度か二度は姿を見た事はある筈だ。思い出してもらえたのだろうか。 …自分も人の事は言えないのだが。彼女の事は記憶にない。


「分隊長さんが、わざわざこんな所まで…?私に何のご用件でしょうか」


背筋が伸ばされた。 一応は信用してもらえたようだ。自分の身分を証明出来なければ、話を進める事も出来ない。
私服で来た事に後悔していた所だった。


「単刀直入で申し訳ないが、 調査兵団に入らないか?と勧誘をしに来た」

「は…?」

「驚くのも無理はないだろう。君はついこの間憲兵団に入ったばかりだ」


決まる前に誘え、という話である。
俺もこの命令を聞いた時は「は…?」と言っていた。彼女の気持ちはよく分かる。


「正直なところ、俺も驚いている。それでも、 君程の実力者を憲兵団に預けておくのは勿体ないと、上からの打診があった」

「…………」

「考えてみてはもらえないか?」


上から。その一言に彼女の表情が冷めていくのがわかった。
きっと気付いたのだろう。馬鹿馬鹿しい保身に走る者達の意図が。
それでも訊ねないわけにはいかない。


「私は…自分の命の使いどころは、自分で決める。あんたたちに預けるつもりはない」

「そうか」


頷く。すると、意外そうに目を見開かれた。


「怒らない…んですか…?」

「怒る理由はない。もっともな話だ」

「………」

「………だが、レオンハート。君の目的は、憲兵団にはないんじゃないか?」

「……どういう意味でしょうか?」

「退屈そうにしていた。ここには興味がないように見えたんだが…違ったか?」


驚きと、困惑だろうか。 口を閉ざした彼女の視線が、わずかに逸れる。

ただ安全を求めて憲兵団へ。それならば退屈を押してでも。有り得ない選択ではなかったが、彼女の場合は違う気がした。
恐れてはいない。きっと、強いのだろう。心も体も。
それなのに、何故ここを選んだのか。
訊ねてみたい気もしていた。


「……考えておくよ」


その一言だけが返ってくる。
今日のところは、これで充分なのかもしれない。一応の勧誘は済んだ。
しかも、一言で断られたわけではない。前向きな検討だ。


「気が向いたら、会いにきてくれ。仕事の邪魔をしてすまなかったな」


手を差し出すと、躊躇いながらも握り返してもらえた。
そんな握手を交わし、俺たちは別れたのだった。


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