気付いたのは偶然だった。
たまたま昨日、すれ違った時に違和感を感じたのだ。
何に対する違和感なのかも分からず、疑問に思いながらもその時は声をかける事はなかった。
――けれど、それがすべての切っ掛けだった。
ナナシとは随分長い付き合いになるが、兵団や巨人絡み以外の会話となると、その回数はぐっと減る。
仲が悪いわけではない。
ただ、友人と言うよりは、信頼出来る仲間。そちらの意識の方が強かった。
ミケについても同じ事が言える。
同じ場所、時には同じ班で戦い、生き残ってきた。
自分達は仲間だった。
「いい風だな…。いつからこんな場所を知っていたんだ、ミケ」
「昔からだ。ここは気に入っているんだ」
「ふらっと居なくなると思ったら、こんな所に来ていたなんてね」
三人で肩を並べて、こんな穏やかな会話をする事になるなんて思わなかった。
訓練場の裏手から歩き進めると、小高い丘となっている場所があった。
眼前に広がるのは、陽の光を浴びて煌めく湖。
生い茂る緑は若々しく、思わず目を細める程の美しい光景だ。
ミケはそこで木の根本に背を預けて座り、見た事もない程リラックスしているようだし、ナナシに至っては体を投げ出して完全に横になっている。腕に頭を乗せ、気持ちよさげに目を閉じていた。
私はそんな二人の間に腰を下ろして座っている。
今朝ナナシを見た時に、昨日の違和感の正体がわかったのだ。
ひどく気が抜けている。
どうしたのかと尋ねれば、返ってきた答えは「オフ」だった。
数ヵ月に一度の休み。その暇をどう潰せばいいのか迷っていた、と。
拍子抜けしながら、ふと思い付く事があり、私は提案していた。
たまに姿を消すミケを追ってみないか、と。
丁度私も休みだ。そして、ナナシに会う直前に、訓練場の方へと向かうミケを見掛けていた。
ずんずんと奥へ進んでいくミケを追い、森の中を進んでいく。
目的地がさっぱり分からないまま黙々と登り続ければ、パッと視界の開けた場所へたどり着いた。
その景色に目を奪われていると、待ち構えていたミケに名前を呼ばれたのだ。
「ナナシ、ナナバ。尾行の途中で気を抜くな。バレバレだぞ」
「もともと匂いでバレていたんじゃないか?」
「誰か来ている事はわかっていたが、まさかお前達だとは思わなかった」
「ミケでもわからない事はあるんだね」
純粋な驚きでそう告げれば、あたりまえだ、と首を振られた。
この辺りは緑の匂いが濃いのかもしれない。
それから、なんとなく腰を下ろし、ただ静かに。穏やかな時間を過ごしている。 ここに居ると巨人と戦っていた事なんて、夢だったのではないかと思えてくる。
風も、あたたかな日差しも。
隣にいる二人の沈黙でさえ。
なにもかもが心地いい。
もしかすると、初めて感じる平穏だったのかもしれない。
「パンでも持って来れば良かったか…」
眠っているのかと思っていたが、ナナシがぽつりと呟く。
それにミケが反応した。
「パンよりはサンドイッチだ」
「…作れるのかい?」
「包丁は握った事がない」
「俺もないな」
「私もないよ」
なんともひどい有り様だった。
頑張れば作れない事もないだろうが、それをこの三人で食べるとなると何だか笑えてくる。
ミケの手作り。
ナナシの手作り。
そのどちらでも、同じだった。
似合わないにも程がある。
やはり、武器以外のものを手にしている二人を想像するのは難しかった。
「ナナシが作るとなると刀身で刻んできそうだな…」
「ミケは妙な具材を挟んできそうだ」
「やはりナナバか」
「ナナバだな」
「待ってくれ…!どうしてこんな時だけ結託するんだ!」
笑っている場合ではなかった。
存外本気らしい口調の二人に、どう説得したものか考える。
まるでピクニックだ。
この面子でピクニック。
思い浮かんだ事は同じだったのか。 ナナシとミケが、同時に笑う気配があった。
.
戻る