book 05の前。エレン視点
「あれ、ナナシさんじゃないですか?あんな所で何やってるんでしょう…?」
馬を引いたまま、一人で佇んでいる姿に首を捻る。
リヴァイ班の面々に囲まれ、壁外調査の陣形について学びながら行動を確認していると、ふと見覚えのある姿が視界に入ってきたのだ。
オレたちのように班員と集まって話…なんて事はしないのだろうか?
答えを求めてエルドさん達に視線を向ける――と。
信じられない、といった表情で、皆が自分を見つめていた。
思わず瞬くと、ズイッとオルオさんが顔を寄せてくる。
「ナナシさん…だと…!?」
「はい…!?」
ナナシさん…で間違いはない筈だ。
まだ距離はあるが、見間違えたりはしない。
どういう事かと続きを待てば、馬上でもないのに舌を噛みきりそうな勢いでオルオさんが口を開く。
「リヴァイ兵長だけでなく、ナナシ分隊長にまで気にかけてもらっていたって事か…!?おいエレンよ…!」
「え…!?」
何をそんなに怒っているのだろうか。
訳がわからない。
それにリヴァイ兵長には気にかけてもらっていると言うよりは、ただ見張られているだけだと…あぁ、そうか。お前のようなガキにリヴァイ兵長が付きっきりになるなどと、と初めて旧調査兵団本部に行った時に言われていた事を思い出した。
「ね、ねぇエレン。前から気にはなってたんだけど…ナナシ分隊長とは仲が良いの…?」
勢いに負けて身を引いていると、そこへ割り込むようにペトラさんが声をかけてきた。
恐る恐る、といった様子なのは何故なのだろうか。
いつもなら「まさかとは思うけど…やっぱり兵長の真似なのオルオ…?やめてって言ったよね?」くらいは言っていた筈だが、まるきりスルーだった。
「仲が良い…というか……よくしてもらってます、けど…」
雰囲気に負けそうになりながらも、なんとかそう答える。
ひゅっ、と。
息を吸い込んだペトラさんが、そのまま沈黙してしまった。
せめて何か言って欲しい。
戸惑いながら視線を泳がせると、唇を引き結んだままのグンダさんと目があった。このままではなにがなんだかわからない。救いを求めて声をかける。
「グンダさん、みんな一体どうし…」
だが、最後まで聞く事が出来なかった。
グンダさんがガクリと地面に両手をついて項垂れてしまったのだ。
こんな先輩の姿は初めて見る。
「俺なんかまともに話した事ねぇぞ…」
「お前だけじゃないさ。エレンがおかしいだけなんだ」
その肩を叩いたのはエルドさんだった。
片膝を付き、励ますように落ち込むグンダさんの肩を揺さぶっている。
「え…、みなさん、話した事がないんですか…?」
「クッ…!」
「気に入られたくらいで調子に乗るなよ!?このバーカ!」
「…………」
この反応は、どうやらないらしい。
オレがおかしいだけ…
そうだったのか…!?
けれど、確かに思い返してみれば。
ミカサとアルミンと。あの会話がなければ、自分もナナシ分隊長と話す事はなかったのかもしれない。初対面の時に、怖い、と思ったのではなかったか。何のきっかけもなしに話しかけられる気がしない。
それに、言われてみれば先輩達とナナシさんが会話している姿も見た事がなかった。
「…証明してくれ、エレン」
「な、なにをですか…?」
「今すぐナナシ分隊長をここに連れて来てくれ…!」
「グンダ!?なにを言っているの!?」
顔を上げたグンダさんが、手を付いたままオレを見上げてきている。
何処かで聞いた事があるような台詞だったが、あるのはただ切実な色だけだ。
ペトラさんは驚いたようにそれを止めていたが…
ナナシさんを呼んでくるくらいならば簡単に出来そうなのだけれど。それが証明になるんだろうか?
「いや待て!これは滅多にないチャンスなんじゃないか?」
「チャンス…?このクソガキに呼んできてもらうのがか…?」
「リヴァイ兵長のいない、今しかない…!」
エルドさんのその発言に、ペトラさんとオルオさんがはっとしたようだった。
確かに今、ここにリヴァイ兵長はいない。それが、チャンス?
先程からまったく話についていけずにいる。疑問に思っていると、口元に手をあてたペトラさんがその答えを教えてくれた。
とは言っても、オレに教える為ではなく、自分自身へと確認するかのような口調だったが。
「リヴァイ兵長とナナシ分隊長が揃ってしまうと、とてもじゃないけど話しかける事なんて出来ない…」
「だから、今か…」
「あぁ、今しかない」
「今だろ!」
オルオさん、エルドさん、グンダさんの順である。
四人は頷き合うと、揃ってオレへと向き直った。
その真剣な眼差しに気圧されながら、オレはなんとか「わ、わかりました」と頷いてみせたのだった。
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