「………遅い」


兵長が苛々としている。
コンコン、と時折ブーツで床を叩きながら、扉へ射抜くような視線を送っている。いつまで待ってもそこに待ち人は現れない。
珍しい事だった。ナナシさんが時間に遅れる、などと。今まではなかった事だ。


「エレン…様子を見てこい」

「え…?どこへ…?」

「クソでも長引いてなければ、アイツの部屋だ」


その言葉に驚く。まだこちらに来ていない、という事は本部の方に居るのだろうが、本部どころかナナシさんの部屋。
まず、誰も付けずに一人で出てもいいのだろうか、とか。勝手に部屋へ、だとか。戸惑いながら兵長の顔を窺う。


「オレが行っても大丈夫なんでしょうか…?」

「いいから行ってこい」

「はい!」


慌てて立ち上がった。
とにかく急がなければ。それだけを胸に、オレは旧本部を後にした。



***


ゴクリ、と唾を飲み込む。
ついに来てしまったが、本当に大丈夫なんだろうか。
ノックの姿勢で固まったまま、あと一押しの勇気が出ない。

本部に入ってからは、驚かれたりギョッとした視線を送られたりはしたが、ナナシ分隊長を探していると告げると皆納得の表情でこの場所を教えてくれた。
簡単にたどり着くことは出来たのだが、問題はここからだ。

いつまでも躊躇っている訳にはいかない。兵長が待っている。緊張よりも、そちらの恐怖の方が上回った。
コンコン、と。
控えめにノックする。


「…誰だ?」


普段よりも、さらに簡潔な。
たった一言の問い掛けに、呼吸を調えてから返答する。


「エレン・イェーガーです」

「……イェーガー?」


そこで、怪訝そうな声音に変わった。
それはそうだろう。
わざわざこんな所まで。
リヴァイ兵長に言われなければ、絶対に有り得ない事だったと思う。


「入れ」

「はっ!失礼します!」


意を決して、扉を開ける。
なにかの書類を手にしたナナシ分隊長がこちらを見ていた。

いつもよりラフな格好だ。
ジャケットと兵団のマントは無造作に椅子へとかけられている。
何のものだか良く分からない書籍が机の上だけでなく、床にも大量に積み上げられていた。
いくつかの書類が、それらの上に散乱している。報告書。その文字だけが目に入る。踏んだりしないのだろうか。


「どうした?」


声をかけられ、ハッと視線をナナシさんへと戻した。
室内の意外な光景に目を奪われてしまっていた。もっと…何といえばいいのだろうか。勝手な想像ではあるが、ナナシさんはリヴァイ兵長と同じく、綺麗好きなのだと思っていた。

案外大雑把なのだろうか。
脱ぎっぱなしの服だとか。起きてそのままらしい乱れたままのベッドだとか。立体機動装置だけはきちんと机の上に置かれているが、その下の棚が棚として機能していない様子だとか。

これが普通だとは思えなかったが、リヴァイ兵長の潔癖さが、まさか自分にも移ってしまったのだろうか。
そんな事を考えていた。


「様子を見てくるようにと言われたので…。何かあったんですか?」

「………まさか、リヴァイは待っていたのか?」

「はい」


とても苛々しながら、とは言えなかった。しかし、この様子だと約束を忘れていたという訳ではなさそうだ。
ハァ、とナナシさんが大きく息をついた。


「ハンジに伝言を頼んでおいたんだが…伝わっていないようだな」

「ハンジさんに?」

「先に片付けなければならない用が出来た。だから遅れると…ソニーかビーンに何か変化があったんだろう」


諦めたようにそう呟くと、申し訳なさそうな瞳がオレを見ていた。


「もう少しかかりそうなんだが…先に戻っていてもらえるか?」

「わかりました」

「わざわざ、すまなかったな」


そんな会話を交わし、部屋をあとにした。



***



事情を説明すると、リヴァイ兵長がガタリと立ち上がった。
ハンジさんが危ないかもしれない。話し終わってからそう気付いたが、でもこうなった責任もハンジさんにあるような気もする。
なんとか話題をかえてみようと、話しかけてみる事にした。


「そう言えば…ナナシさんの部屋ですけど、もっと綺麗なのかと思ってました」

「ナナシの部屋?」


良かった。興味を示してもらえたようだ。こちらを見る兵長の視線は鋭いままだが、苛立ちは減った気がする。


「生活感溢れるというか…整理とか、あまり気にしないタイプなんですね。もっと何も置かれてない部屋とか想像してたんですけど」

「………また荒れてたのか」

「また?」

「エレン。もう一度行くぞ。片付けさせる」

「えっ!?」

「ここに出入りするからには、半端は許さねぇ」


そう言うや否や、リヴァイ兵長はもうそちらへ向かおうとしている。
完全に目が据わっていた。
余計な事を言ってしまったのかもしれない。胸中で謝罪しながら、エレンはその後を慌てて追った。



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