サァァァ、と。
雨が降っていた。
生温い気温に、この雨だ。決して気持ちの良いものではない。
だというのに、その中に佇む人影があった。屋根のない場所に立ち尽くし、ナナシが空を見上げている。
立体機動装置や鞘はどこかに置いてきたのか。ジャケットは水分を吸い込み、下のシャツはべったりと肌に張り付いている。
一体何をしているのか。
エルヴィンはそちらへと歩み寄った。
「ナナシ、何をしているんだ?」
「あぁ…いや、なにも…」
「泣いているようにも見えたが…それは違ったようだな」
「泣く…?俺が?」
余程意外だったのか、目を丸くしている。此方としては些か本気の混じった心配だったのだが。思い過ごしだったようだ。
ナナシはぽたりぽたりと髪から滴る雫を気にした様子もなく、けれど雨に降られる私を見て僅かに表情を歪めたようだった。
「エルヴィン、濡れるぞ」
「ずぶ濡れの相手にそう言われてもな」
「こうなる前に戻った方がいい」
「そうだな…。だが、もう手遅れだとは思わないか?」
どうせ着替えなければならない。
それならば、ナナシに付き合うのも悪くはない事だと思えた。
あまり突飛な行動に出る事は少ないナナシが、なぜこのような場所で立ち尽くしていたのか。気になる事は解明しておきたい。
「……海というものがあるらしい」
「海?」
「この空の下の何処かにあるらしいが…遠いんだろうな」
ぽつぽつと、語られる内容は、外へ向けられたものだった。
久しく聞かなかった単語だ。
壁の外に広がっているとされる世界。
「その話はどこで――」
どこで聞いたのか。
訊ねようとした瞬間に、おーい!と。
ハンジの声が聞こえてきた。
今日は外で天候による状態の変化を観察すると報告があった。捕らえた巨人達の実験が終わったのだろう。
「二人とも、そんな所に突っ立って何してるんだい?暇だったらちょっと私の話を聞ブハッ」
駆け寄ってきたハンジの顔面に、ナナシの脱いだ上着が直撃した。
結構な水気を吸っていたはずだ。
べしゃ、という重い音が聞こえたが、その行動に出た気持ちも理解出来ない事もない。
彼女もまた濡れていたのだ。
ナナシと同じような状態だが、男女の違いというものがあった。
「おっもい…!ていうか苦しい!?なに!?」
「ハンジ、それは自分の状態を理解してから言う事だよ。透けている。我々の前だからいいものの…もう少し気をつけた方がいい」
「いや、だからっていきなり投げつけてくるのはどう!?」
顔からジャケットを引き剥がしたハンジが私に同意を求めてくる。
頷いてやりたい気持ちもあったが、曖昧に笑って誤魔化した。
ミケならば優しく手渡していたのかもしれないが。
普段通りの様子に戻ったらしいナナシが、溜め息を吐いていた。
「いいから早く隠せ」
「はいはいわかったよ。って言ってもどうすればいいのこれ」
「前から着ろ」
「ええ!?」
「逆に腕を通せば…」
そんな賑やかなやり取りが続いている。
未だ降りつづいている雨は、変わらず気持ちの良いものではなかったが。
たまにはこんな日も、悪くはない。
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