1月2日 朝

 無機質な通路を進む足が早まる。身体を包むのは動きやすいとはとても言えない着物で、それだから駆けるようなことはできないのだけれど、気持ちは前へ前へとせり出していた。
 呼び戻された実家で年を越し、挨拶を終えて、一月二日。慌ただしくも私はもう一つの家に帰ろうとしている。
 門の前の職員と軽く年始の挨拶を交わす。素敵ですね、と着物を褒めてもらえるのは素直に嬉しい。けれど、礼を述べながらも心は遠くに飛んでいたようで、そしてそれは彼女にも筒抜けだったらしい。苦笑をこぼしつつ、彼女は手早く私の本丸へと空間を繋いでくれる。熱い頬を抑えながら私はもう一度頭を下げ、転移門へと跳び込んだ。

 まばゆい光が視界いっぱいに広がる。
 静謐な空気を肌に感じた。冬の匂いがすぅっとの喉の奥を冷やす。庭は一面の白に埋もれ、今も尚、薄灰色の空からはふわり、ふわりと軽やかな雪が降りてくる。
 けれどもそれは私の身体に触れる前に、差し出された傘によって阻まれた。

「御手杵」

 愛おしい姿に声が弾む。名前を呼ぶと、御手杵の顔が甘く綻んだ。

「あけましておめでとさん」
「あけましておめでとう……!」

 離れていたのはほんの数日なのに、こうして会えることが嬉しくてたまらない。一歩近づくと御手杵の片手が私の背中に回されて、そっと抱き寄せられた。応えるように御手杵の腰に腕を絡め、ぎゅっと抱きつく。

「待っててくれたんですか?」
「ああ。……言うのも言ってもらうのも一番が良くて。譲ってもらった」

 頬を寄せたコートは凍えそうなほど冷たい。
 本丸を出る前に伝えた時間は大体のものだ。外で待ってくれるなんて思ってなかったから、曖昧な伝え方をしてしまった。

「寒かったでしょう?」
「いや、平気」

 上を向けば優しい瞳と視線が交わった。御手杵はそのまま身体を屈め、ふわりと私の唇を攫っていく。
 とろけた気分で御手杵を見つめた。触れるだけの口づけ一つで身体中がうっとりしてしまう。自分がどうしようもないくらいこの男に惚れ込んでいることを、新年早々自覚させられてしまった。

「綺麗だな」
「ん……ありがとう……」

 胸がじんわりと熱くなる。晴れ着も、やっぱりこの人に褒めてもらえるのが一番嬉しい。
 それにしても、随分スマートに褒めるものだ。傘も一目で分かるくらい私のほうへと傾けられていて、そのせいで彼の広い肩には真綿のような雪が積もってしまっている。

「御手杵が濡れちゃいますよ」
「えー、いいって。雨じゃないしさ」

 御手杵は気恥ずかしそうに言って、かさついた手で私の手を握る。屋敷のほうへと一歩足を踏み出し、それから思い出したように言った。

「えっと……今年もよろしくお願いします」
「はい……どうぞ、よろしくお願いします」

 改まった言い方に思わず笑みがこぼれる。新しい一年の約束を嬉しく思いながら、私は繋いだ手に力を込めた。 

 唇から漏れる息は白く、声は雪の中にひっそりと染み込んでいく。こんなに寒い場所でも二人でいると穏やかな気持ちになるのだから不思議だ。
 遠く見える玄関に飾ってあるのは門松としめ飾り。そこに至るまでの道はしっかりと雪かきがされていて、私と御手杵は薄く積もった新雪をさくりと踏み分けながら、ゆっくりと屋敷のほうへ向かっている。

「足元大丈夫か?」
「はい」

 些細な気遣いが嬉しい。でも、転んだとしても御手杵なら平気で支えてくれそうだとも思う。

「みなさんはどうしてます?」
「ああ、元気だぜ。けど、やれ酒だ料理だ忙しいやつが多い……」

 御手杵がふっと息を吐く。
 四十余名の大所帯となった本丸だ。その中には人の姿を持って初めての新年を迎える者もいる。いや、彼らに限らず、何度目であろうと正月はめでたいものか。事実、今は私も浮かれてはいるし、美味しいおせちやお酒をいただきながら新年を祝いたい気持ちもある。

「御手杵は違うんだ?」

 私の質問をどう捉えたのか、御手杵は弁解するように口を開いた。

「だってなあ……料理は燭台切やら歌仙やらに任せたほうが安心だろ?」
「ん……もっとゆっくりしてくれてもいいんですけどね。三が日も過ぎてないんですから」
「それは俺も思うけどさ、あんたにいい気分で過ごしてもらおうとしてるんだって。……いや、これは置いといていいんだが」

 すん、と御手杵が鼻を啜る。

「酒も詳しいやつが色々揃えてたからなあ。今もたぶん飲んでるけど、とっておきのやつ残してくれてるだろうし」

 一度口を閉じた後で、「あれ、これ秘密にしといたほうが良かったのか?」なんて言いながら彼は首を傾げている。

「私は楽しみが増えましたけれど」
「んー、うん……うん、いいだろ。……まあ、だから俺の出番は――」

 そこまで口にした所で、御手杵は何かに気づいた様子で言葉を止めた。不思議に思って彼の顔を覗き込む。頭を振り、私を見下ろした顔に浮かぶのは、茶目っ気のある甚く楽しげな微笑みだ。

「料理は料理が好きなやつに任せて、酒も酒が好きなやつに任せるだろ?」
「うん……?」
「で、遊び相手が俺か?」

 突然何を言うんだろう。ぽかんと御手杵を見つめてしまった。

「遊び相手?」
「ああ」

 御手杵が意気揚々と頷く。
 驚いたものの、悪戯っぽい笑顔を見ているうちに、なんだか私まで楽しくなってしまった。だって、お正月だからと畏まるような気持ちでいるのかと思えば、御手杵もなんだかんだいつも通りみたいなのだ。

「私とも遊んでくれるんですか? 短刀の子達だけじゃなくて」
「ん、俺は最初からあんたと遊ぶつもりだぜ? あんた専用の遊び相手でもいいくらいだ」

 そう言うと御手杵は繋いだ手を引っ張って、私の身体をぐいと抱き寄せた。

「何して遊びたい? 羽根つきでもすごろくでもかるたでも、雪合戦でもテレビゲームでも、なーんにでも対応してるぜ」
「なんにでも?」
「おう、なんにでも」

 遊び相手としての自信は満々らしい。腕の中で目を丸くする私に、御手杵は得意げな顔で語りかけてくる。
 そこには昔と変わらない無邪気さが垣間見え、気がつくと私の顔は人のことを言えないくらいに緩んでいた。

「ふふ、羽根つきなんていいですね。勿論、負けたら顔に墨で落書きですよ」
「うえー……でも、あんたが負けてもちゃんと落書きするぞ? 顔だからな?」
「望むところです。……あ、やっぱり、その……少しは手加減してくださいね」

 調子に乗ってみたものの、身体能力の関わる勝負で御手杵に勝てる気は全くしない。
 仕方ないなあ、と御手杵が笑う。目の前の屋敷からは正月の華やかなざわめきが聞こえ始めていた。

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