11月11日

「えい」

 唐突に、口の中に何かを差し込まれた。甘い味がする。視線を下げると、四分の一ほどを残してチョコで覆われた棒が女の白い指に摘まれていた。反対側は自分の口へと続いている。顎に力を入れると、細い棒は小気味良い音を立てて二つに折れた。

「あ、噛んじゃった」
「食べたらだめだったのか?」
「いいですよ」

 そう言って、自分の手に残された分をこちらに差し出してくる。俺がそれを食べている傍らで彼女はもう一本棒を取り出し、その手に構えた。

「突く!」

 つん、と棒の先が頬に押し当てられた。彼女は楽しそうに顔を綻ばせている。

「俺の真似かあ?」
「はい」
「食べ物で遊んだら駄目なんだぞ」

 と、言いつつ。俺も小袋から棒を一本摘み、ふっくらとした頬に先っぽを軽く沈めた。

「串刺しだ」
「やだ、怖いです」
「ウソウソ。冗談だって」

 ぎゅーっと眉を寄せて睨まれてしまったので、慌てて棒を引っ込めてぼりぼりかじる。隣では何事もなかったように彼女もおやつの時間を楽しんでいた。

「そういえば」
「なんだ?」

 とりとめのない話をした後、二袋目を開けながら彼女が口を開いた。

「最近の御手杵は、刺すことしかできないとか、そういうことを言いませんよね」
「……あー…………」

 突然の質問に俺は曖昧に返事をした。指摘されたのはとうに自覚していることだったが、良いことなのか悪いことなのかは未だに判断がつきかねていた。
 自分が『こう』なった原因を盗み見る。彼女は俺の肩に華奢な身体を寄せて、適当なところに視線を落としながらもぐもぐと口元を動かしていた。

「人間の身体だと、もうちょっとできることがあるからなあ」
「気づいた?」
「気づいた」

 彼女はなんだか嬉しそうだ。それを見ていると、まあいいかな、とも思った。
 二人の間に置かれている袋に手を伸ばし、取り出した棒を今度は食べないまま、親指と人差し指で挟んでころころ弄ぶ。

「例えば?」
「んー……色々だよ」
「色々?」
「色々」

 彼女は興味津々といった様子でこちらを覗き込んでくる。薄く開かれた唇に、そっと手の中のお菓子を咥えさせた。きょとん、と目が丸くなる。俺が反対側の端に口を付けると、その瞬間、ぽきっと真ん中のあたりで棒を折られた。

「ん」

 もぐもぐ。互いに自分に与えられた分を咀嚼する。

「これ、ポッキーゲームって言うんですよ」
「知ってる」

 きちんと食べ終えてから話し始めるいい子な唇に、もう一度ポッキーを差し込む。

「人間の身体だとポッキーゲームもできるんだぜ」

 そう言って端っこを咥えようとすると、丸みを帯びた肩が震え、太腿の上にポッキーが落ちてきた。一度視線を下げ、戻すと、彼女はおかしそうに笑っていた。今しがたの言葉がツボにはまったらしい。
 そんなにおもしろいことを言っただろうか。おもしろいと言えばおもしろいかもしれないが、そんなに笑われるほどでもない気がする。

「ほら、ちゃんと咥えてろよ」
「咥える、咥えます」

 むっとしながらポッキーを拾い上げて橋を渡す。彼女はぷるぷると震えてはいるものの唇を離すことはなく、顔を赤くしてじいっと俺を見つめていた。その視線に晒されていると、今更おかしなことだが俺はなぜか妙に恥ずかしくなってきて、今度は自分のほうからポッキーを駄目にしてしまった。もぐもぐ。食べ終えてからもう一度挑戦してみると、彼女はすぐさまポッキーを折り、耐え切れず声を上げて笑い出した。
 結局ポッキーゲームが正しく引き分けに終わるまで、あと三本のポッキーを消費した。

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