女子会にて

雄英白書Uのネタで、もし常闇くんに彼女がいたら、という捏造




 ほろりと溶けるような甘いお菓子が、女の子の口を少しずつ少しずつ軽やかにする。
 それは林間合宿の夜のこと。1年A組の女子部屋では、B組の拳藤、小大、塩崎、柳を交えて、女子会が行われていた。ぐるりと円になってお菓子を囲み、賑やかに言葉を交わす。
 女子会の話題といえば決まっている――恋バナだ。
 今の議題はずばり、「A組とB組の中で彼氏にするなら誰?」であった。

「じゃあ、瀬呂は?」
「あ、瀬呂くん結構いいんじゃない!? 明るいし、一緒にいて楽しそう!」
「んー。でもアイツ、デリカシーに欠けてるとこあるからな…」

 葉隠から中々の高評価が出た一方で、顔をしかめたのは耳郎だった。
 思い出すのは今日の夕食時。つまりつい先程、体内に脂質を蓄えれば蓄えるほど個性を使用できるのだと言った八百万に、瀬呂が放った一言だ。女子に対してあれはない。

「ええ…そうですわね、私も少し、遠慮させていただきますわ」

 初めての女子会にぷりぷりしていた八百万が、打って変わって消沈した雰囲気で言う。人当たりが良く、誰に対しても素直で朗らかな彼女から出た否定寄りの言葉には、得も言われぬ説得力があった。

「そういう感じなんだ」
「ん」

 柳と小大が顔を見合わせた。B組女子にとっては、未だ体育祭のドンマイコールの印象が強い相手である。人聞きに判断するのは良くないとは思いつつ、そこに印象が付加されていくのは仕方ない。

「あ、いや、基本的にはイイ奴だよ。彼女には優しいかもしんないしさ」
「そうそう、しょうゆ顔も意外と味がある!」

 耳郎がフォローを入れたところに、彼と仲のいい芦戸だからこその明るい突っ込みが入る。

「なるほどね〜、じゃあ次行こ! うーん…常闇くん!」
「ケロ…常闇ちゃん」

 葉隠の挙げた名前に、A組は揃って頭を捻った。また癖のある人物である。烏のような頭部を持ち、やや古風な話し方をし、個性からして闇っぽいものが好きな感じの少年だ。

「あー…常闇はやめとかない?」

 しかし、初めに口を開いたのは、意外なことにB組の拳藤であった。

「え、なんでなん?」

 麗日が首を傾げた。拳藤と常闇の間に何か関わりがあるとは知らなかった。

「常闇の彼女、私の友達でさ。あの子のいないとこで彼氏について好き勝手喋るのってなんか……って、めちゃくちゃ個人的な事情でゴメンって感じなんだけど」

 我儘に過ぎないということは分かっている。今まで他の男子について思うがままに話してきただけに、拳藤自身もすっきりしない表情をしていた。
 が、A組女子はそれどころではない。

「「「えっ」」」
「…え?」

 己に集中した驚愕混じりの視線に動揺する。やはり自分勝手な言い分だっただろうか? だが、こちらに向けられる感情は、それとは若干違うような…。
 一秒にも満たないそんな思考の直後、拳藤は唐突に悟る。
 ――もしかして、自分はとんでもない失言をしてしまったのではないだろうか。

「彼女? 常闇に?」
「…ゴメン、聞かなかったことに」
「一佳、たぶんそれは無理」

 冷静な小大の言葉に、だよね、と拳藤は諦めた。友人のほうからは当たり前のように彼氏の話を聞いていたので、常闇と同じクラスの子達も彼女がいることくらいは知っているだろうと思っていた。

「常闇くん彼女いるんだーーーー!?」

 突然降ってきた妄想ではない恋の話題に、葉隠を筆頭にA組皆が沸き立った。声が大きいわ、と葉隠を諌める蛙吹にも、どこかそわそわした様子が窺える。

「えっ! マジでか!」
「全ッ然知らなかったーーー!!!」

 口調が荒ぶる麗日に、どこか悔しそうな芦戸。

「ど、どのような方なんですの?」
「拳藤さんと常闇の共通の知り合いってことは、雄英だよね。…普通科?」

 目を輝かせて尋ねる八百万に、比較的冷静な耳郎。
 拳藤が見た感じ、常闇の彼女について知っている者は一人もいなかったようだ。隠していたのか、単にわざわざ伝える必要があるとは思っていなかったのか…なんとなく後者な気はするが、もしかすると自分は常闇に謝らねばならないかもしれない。

「うん、普通科」
「常闇ちゃん、普通科の生徒といつ知り合ったのかしら」

 A組は入学式を欠席したため、普通科と参加した合同行事は体育祭くらいだ。しかしそれも、明示はされていないもののヒーロー科が中心の催しなので、普通科に知り合いが増えるような機会ではなかった。

「中学からの知り合いだってさ」
「へー! じゃあ中学から付き合ってたんかな?」
「ねえねえ、どんな子? 綺麗系? 可愛い系?」
「もしかして、拳藤さんが時折一緒に帰宅されている方なのでしょうか。黒髪の…」
「黒髪! 常闇好きそうだー! 清楚系かな?」
「馴れ初めとか知ってたりするの? どっちから告ったとか」

 女子の輪からは水を得た魚のように次々と質問が飛んでくる。答える間もない。

「み、みなさん! そんなに一度に聞いたら拳藤さんが困ってしまいますわ!」

 八百万がそう窘めるが、しかし最初に質問を口にしたのは他でもない彼女であり、その顔には隠しきれない好奇心が現れている。

「いいよ、向こうが困りそうなことは話せないけどさ。で、ええと…付き合ったのは体育祭の前くらいだったかな。どちらかと言えば綺麗系で、茨の言ってる子で合ってる。清楚…かな、控えめなところもあって可愛い子だよ。告白したのはその子のほうだけど」
「聖徳太子や!」

 雪崩のようだった質問を余さず対処した拳藤に、麗日が思わずといった様子で吹き出した。たまに言われる、と拳藤が言うと、更にツボにはまったようだった。

「常闇告られたのかあ! やるぅ!」
「全然そんな素振りもなかったのに〜! いつの間に!って感じだよね」
「確かに…体育祭に職場体験に期末テスト……行事は盛りだくさんでしたし、常闇さんは体育祭でも3位という素晴らしい成績を収めてらっしゃったのに」
「凄いわ、常闇ちゃん」

 クラスメイトの知らない一面に、皆しみじみと感じるものがあったようだ。1Aの女子が顔を合わせて頷き合っている。

「B組にもお付き合いをされている男子はいらっしゃるのでしょうか」
「ウチは知らないかな」
「ん」

 塩崎が尋ね、柳の答えに小大が同意する。隠れている者がいない限り、ヒーロー科では常闇が唯一の恋人持ちということになりそうだ。
 
「デートとかするんかなあ」
「気になるよね! 常闇くんどういうとこ行くんだろ!」
「そういえば、この間遊園地行ったって言ってたな…」
「遊園地!!!」

 芦戸がぱちりと目を丸くする。
 意外と王道なデートをしているようだ。なんだか暗くて怪しいお店に行ってそうだな…という偏見を、一部の女子達はそっと捨てた。

「そういえば常闇ちゃん、前に飯田ちゃん達と行ってなかったかしら。ズードリームランド」
「ああ、上鳴と峰田のナンパに付き合わされたやつか」

 蛙吹の言葉に、呆れたような口振りで耳郎が言う。
 体育祭が終わった少し後のこと。クラス委員長である飯田が、職場体験で縁のできたヒーローネイティブから遊園地のチケットを貰った。飯田は初め緑谷や轟を誘ったのだが、都合がつかなかった。どうするか悩んでいたところに、ちょうど通りかかった上鳴・峰田が同行することになり、さらに園内のカフェで販売されている期間限定アップルパイが気になっていた常闇が手を挙げ、その四名で遊園地、ズードリームランドに行くことになった。
 ――というのが実際の経緯なのだが、恋バナに耽る女子達の目には、また違った解釈が現れていた。

「でもさでもさ、それ絶対下見じゃん!? 彼女さんと遊園地デートする前の!」
「寧ろ上鳴と峰田のほうが可哀想な感じ!」
「もしかして、純粋に楽しんでいらっしゃったのは飯田さんのみなのでは…?」

 口元を抑えた八百万が、気づいてはいけないことに気づいてしまったような声色で言った。それがなんだかおかしくて、拳藤は思わず表情を崩した。

「その話、あまねもしてたな。踏陰くんの初遊園地が取られた!って拗ねてたよ」
「何それめちゃくちゃ可愛い」
「でしょ?」

 拳藤はにんまりと笑みを浮かべた。大切で可愛い友人のことを褒められると、つい口が緩んでしまう。

「あまねちゃんって言うのね」
「常闇くんのこと、名前で呼んでるんだねえ」
「どんな子か見てみたい〜〜〜! 常闇と帰ってるところ偶然目撃したい〜〜!」
「わ、分かる気がします…紹介していただくよりも、二人が普段どのように過ごしていらっしゃるのかが気になるような…!」
「おおヤオモモ意外とマニアック…」
「ええっそんな…」

 きゃっきゃと盛り上がる中、一つの手がすっ…と持ち上がった。

「ウチ、見たことあるかも」

 挙手をした耳郎に九対の目が集中する。一瞬の間をおいて、彼女に期待のまなざしが注がれた。

「見たってもしや…!?」
「うん、常闇と、たぶんあまねさん」
「えーー!!」

 悲鳴が上がり、視線が一気に耳郎に詰め寄る。

「もー、何で言ってくれなかったのさぁ!」
「いや、期末とかで忙しかったしさ。ウチも忘れてたし、常闇に口止めされた気がして」

 その言葉に顔色を変えたのは拳藤だ。

「マジか…やっぱ私話したの、まずかったかな」
「えっ、いや、分かんない…もしかして別の意味なのかも、とも思ってて」
「別の意味…ですか?」

 八百万が首を傾げる。耳郎が真面目な面持ちで頷いた。

「うん。ウチが見たのは昼休みだったんだけど――」

 奥のほうに押しやっていた記憶を掘り起こす。それは、期末テストが始まる少し前のこと。




 雄英の生徒は、昼休みの始まりを告げるチャイムを聞くとこぞって食堂に詰め寄る。なぜって、ランチラッシュ先生のご飯がそんじょそこらのレストランに引けを取らないくらい美味しいからだ。ごく一部には、それを目的として入学した生徒もいるという。
 しかし、今日の耳郎はいつもと違う場所で昼食をとっていた。
 目の前には母が作ってくれた弁当がある。
 天気もいいことだし、混雑している食堂を避け、外でランチタイムと洒落こむのもいいかと思ったのだ。そしてその判断は大正解だった。
 今回は耳郎一人だったが、八百万など1Aの女子と一緒に来るのもいいかもしれない。みんなでお弁当を持ち寄って、晴れ空の下、おかずを交換したりしながら他愛ない話をする。うん、きっと楽しい。
 すっかり空になった弁当を包み、耳郎は立ち上がった。ぐっと伸びをして、あたりを見回す。
 ここは校舎裏の森の近くだが、こうして見ると、意外と外にも人がいるものだ。いつもはまっすぐ食堂に行っているので気が付かなかった。もしかすると、クラスメイトの一人や二人見つかるかもしれない。そんなことを思い、きょろきょろと周囲を窺いながら、耳郎は校舎ほうへと向かう。

(あ…)

 ふと、視線が一つの木の下に留まった。

(――常闇だ)

 黒い鳥のような頭をしているので、見違えることはそうそうない。いくつかの木の向こう側、少し奥まった場所にある木漏れ日の下に、同じクラスの男子が幹に背を預けるようにして座っていた。手元のスマホをいじりながら、食休みを取っているようだ。
 確かにクラスの中では、一番か二番にはこういった場所にいそうな人物ではあるが、まさか本当にいるとは思わなかった。そんなことを思いながら耳郎は口を開く。

「と――」

 常闇。そう名前を呼ぼうとした声を、喉元でせき止めた。
 彼の隣に、見知らぬ誰かの姿を見つけてしまったからだ。
 常闇の肩にもたれて、安心しきった表情で眠る制服の少女。ふわりと柔らかそうな黒髪が、微かに風に揺れていた。

(と、と、常闇が、女の子と一緒にいるーーーー!?)

 耳郎の頭を驚愕が占める。
 いや、確かに常闇はクールではあるが、女子と話すことに躊躇いを持つような男ではない。実技演習では誰とでも協力体制を築けるし、時折小難しい言葉を使いはするけれど、コミュニケーション能力はある。
 しかし、あの距離感は、ただの知り合いというわけではなさそうだ。女子生徒はぴとりと常闇にひっついていて、よく見れば、柔らかな草の上に置かれた彼女の右手に、常闇がその左手を重ねている。
 ふいに、少女の瞼が持ち上がった。とろんと眠たげなまなこが常闇に向けられる。
 まだ時間はある。休んでいろ。
 常闇が言った。距離はあったが、耳郎には聞こえた。酷く優しい声だった。
 ん…、と小さく返事をして、女子生徒が再び目を閉じる。耳郎はなんだかドキドキしてきて、ごくりと息を呑んだ。覗いてはいけない世界を覗いている気がした。
 その時だ。常闇がふと顔を上げ、耳郎のほうを見た。

 視線がばっちり合って、耳郎はぎくりと肩を跳ねさせた。見ていたことを咎められてしまうのでは、と思ったのだ。
 しかし、耳郎の姿を認めた常闇は微かに瞠目したのみだった。それから一度隣の少女に目を遣り、耳郎のほうを向き直すと、人差し指を一つ、口元に立てた。
 その仕草の意味をはっきりと捉えきれないまま、耳郎は反射的にこくこく頷いた。そして二人に背を向けると、急ぎ足で教室のほうへ歩き出す。

(凄いものを見てしまった…)

 昼休みが終わった後も、耳郎は常闇を見るたびに今しがたの出来事に胸を疼かせていた。色々聞いてみたい気持ちはあった。しかし、授業の難しさや期末テストの波に揉まれるうちに、それはすっかり記憶の彼方にしまいこまれてしまったのだった。




「…まあ、そんなことがあってさ。誰にも言うな、の意味なのか、起こさないように静かにしろ、ってことなのか、いまいち分かんなかったんだけど…ま、女子はみんなもう知っちゃったしね」

 少し言い訳がましいか、と思いながら、耳郎はそう言って話を括った。
 話をしている間、先程までの盛り上がりが嘘のように皆黙っていたが、瞳は爛々と輝いたままであった。誰かがほう、と息をつく。

「らぶらぶだあ…」
「ねー…」

 芦戸と葉隠がほっこりしたような表情で顔を見合わせた。耳郎は思わず目をぱちくりさせる。

「なんか意外な反応。もっと騒ぐかと思ってたけど」
「そういうやつじゃないなって思った」
「お、おお…」

 急に真面目な顔になって芦戸が言うので、耳郎は吃りつつ頷いた。気持ちは分かる。

「なんか、人伝いに友達と彼氏の話聞くのめちゃくちゃドキドキするな…」

 その向かいで薄っすらと顔を赤くしたのは拳藤だ。

「一佳のそんな顔初めて見る」
「ん」
「ちょ、やめてって」

 柳と小大がそんなことを言うので、拳藤は慌てて顔を背けた。

「常闇さん、あまねさんのことを大切に思ってらっしゃるんですね」

 頬に手を当てた八百万が囁くような声で言う。

「うん。さっきあまねちゃんから告白したって言ってたけど、常闇くんもちゃんとあまねさんのこと好きなんだなあ、って思ったよ」
「とても仲がいいのね、ケロ」

 感心したように麗日が言い、にこりと蛙吹が微笑んだ。
 ふと、誰かがお菓子に手を伸ばす。釣られたように数本の腕が輪の中心に伸びた。甘さに満ちた不思議な沈黙が、染み入るように胸をくすぐる。

「私、常闇に彼女いるなんて思ってなかったや」

 三秒に満たない静けさの後、ぽつりと零された芦戸の言葉に、また波紋が広がってゆく。

「実は私も…」
「ウチも」
「私も。障子くんとかはいてもおかしくなさそう!って思ってたけど」
「あ、分かるー! 福岡に彼女いそう!」
「なぜ福岡なのでしょう?」
「ああ、実家がそっちのほうなんだよ」
「大学生くらいのお姉さんと付き合ってそうじゃない?」
「なにそれ」
「障子くん背高いし、大人っぽいもんねえ。年上の女の人と並んでも違和感なさそう」

 話すことといえば、なんてことない話題ばかり。しょうもない妄想で口が止まらなくなるのも、女の子だけの集まりならではだ。
 同級生の新たな一面。まだまだ知らないことがいっぱいで、こんなに胸をときめかせることが眠っていたなんて。

「んん〜! やっぱり恋バナって、楽しい!」


***


 合宿三日目の朝。顔を洗って、訓練用の動きやすい服装に着替えた芦戸は、意気揚々と青空の下に出た。昨日は夜にお菓子を食べてしまったけど、なんだか肌がつやつやしている気がする。きっと恋バナの力だ。

「昨日は楽しかったねー!」
「ね!」

 ご機嫌な葉隠も芦戸と同じことを言っていた。透明人間なので、肌の調子は目には見えなかったけれども。
 外に出ると、まだ生徒は半数も集まっていなかった。ミーティングの時間まであと十分ほどある。周囲を見渡すと、ちらほら人が集まっているあたりを避けるように、人影が一つ。
 木の幹に背を預け、腕を組んで佇むその男子生徒は、クラスメイトであり、昨夜の話題を掻っ攫っていった人物だ。
 二人は自然と顔を見合わせた。これはチャンスだ。頷きあった彼女達は、静かに彼に近づいてゆく。

「と・こ・や・み!」
「…なんだ」

 目を開けた常闇は、悪い予感を覚えたとでも言うように顔をしかめた。しかし、それでくじけるような女心ではない。

「いやー昨日、女子会盛り上がっちゃってさ!」
「聞いたよ〜あまねちゃん!」

 きらきらとした二つのまなざしが常闇に注がれる。
 予感は当たったのだろうか? 常闇はぴくりと瞼を動かした後、深く溜息を吐いた。

「耳郎か」
「最初は拳藤さんだったけどね」
「B組の子も一緒だったんだよー。私達も知ってると思ってたっぽい!」
「で、うっかり」
「なるほど」

 うっかりなら仕方ないな、と常闇は頷いた。なんせ、昨日の枕投げで、ついうっかり個性を使ってしまった身だ。熱く燃え上がった男子会もまた、心を柔軟に解してくれていた。
 常闇の反応を芦戸は意外に思う。話しかけておいてなんだが、もっと嫌がられるかと思っていた。嬉しい誤算である。

「あまねちゃんって可愛い子なんだねぇ」
「一体どのような話を……いや、いい、深淵に足を踏み入れるつもりはない」
「失礼な。常闇とあまねちゃんが仲いい話しか聞いてないよ」

 なんせ、常闇に彼女がいるという話題自体が大きなインパクトを持っていたのだ。聞いたエピソードといえば、耳郎の話してくれたことと、それから――。

「あ、あとあまねちゃんが拗ねてた話」
「遊園地のやつね! でもちょっとわかるな。やっぱり女の子は初めて、っていうのを特別に思っちゃうんだよー!」
「……何?」

 何気なく言った言葉に、思わぬ低い声が返ってきた。そこに疑問の色が混ざっているのを見つけ、芦戸と葉隠はきょとんと目を丸くする。

「え、だから、常闇が遊園地行ったことなかったのに先に飯田達と行ったから」
「あまねちゃんが拗ねちゃったんでしょ?」
「…あまねはそのようなことは言っていなかったが」

 紅玉のように赤い瞳が揺らいでいた。明らかに動揺している。珍しいなと思いながら彼女達は常闇を見つめていたが、突然、はっと気がついた。
 もしかすると、言っちゃいけなかったのかもしれない。
 この反応を見るに、あまねちゃんは常闇本人には秘密にしてたのだ。友達にはちょっとした愚痴のつもりで言ったけれど、彼氏に伝えるには、少し勇気が必要だったりして。
 芦戸と葉隠は顔を見合わせた。心は一つになった。

「…うーんごめんやっぱ今のナシ!」
「うん、ホントになんでもないから気にしないで」
「おい待て…!」

 背を向けてさっさと皆のほうへ向かう芦戸と葉隠。常闇が追いかけてきたものの、丁度教師陣が屋外に出てきたため、それ以上問い詰められることは避けられた。
 女子会の魔力を前にしては、秘密にできる秘密などないのかもしれない。そんな達観した思いを抱きつつ、それはそれとして、機会があればあまねちゃんに謝ろう。常闇の視線が刺さるのを感じながら、二人は胸に誓ったのだった。


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