12月25日
夢なのだろうな、と、今度はなんとなく思っていた。
「メリークリスマス」
見慣れたはずの主が、見慣れない服を身に纏っている。赤と白の鮮やかな衣装。『サンタクロース』なるものが着るべき服なのだと御手杵は知っていた。一年前の冬、短刀と脇差に乗せられた審神者が照れくさそうに着ていたのだ。下半身がミニスカートになっているので正確には本家と違うらしいのだが、自分が知るサンタの衣装はこれだけだ。
しんしんと雪が降っている。だが、それは彼女の赤い帽子の上には積もらない。まるで透明な膜に弾かれでもしているかのように、雪は綺麗に彼女を避けていく。
自分もそうなのかと思って腕を前に差し出すと、小さな雪の花がふわりと手のひらに降りてきた。
「御手杵はトナカイですよ」
にこりと微笑む彼女の手には、角の生えた茶色い被り物が抱えられている。トナカイの顔の下の部分が空いており、そこに頭を入れるらしい。顎の下には鈴のついたリボンが付いていた。
「俺が馬かあ」
「トナカイと馬は違いますよ?」
「ほとんど同じだろ」
直接乗るわけではないようだが、移動手段には変わりないはずだ。槍として不満を覚えずにはいられない。
それが顔に出ていたのか、やれやれといった表情であまねが肩をすくめた。
「それなら、御手杵がサンタさんですね」
その言葉が言い終わるか終わらないかのうちに、気がつくとあまねはトナカイの被り物を被っていた。いや、被り物どころではない。顔を除いた全身がトナカイの着ぐるみに包まれている。
視線を下に向けると、いつの間にか自分の服まで変わっていた。赤と白のサンタ服。着丈はぴったりだが、下半身は勿論と言っていいのかなんというか、彼女が履いていたものと同じ、スカートだ。
「さあ、行きましょう。サンタさん」
「いやいやいや」
幅の広い蹄に包まれた着ぐるみの手が御手杵の腕にぎゅっと絡みつく。それをやんわり振りほどくと、不思議そうにあまねが首を傾げた。
「何が不満なんですか」
「色々おかしいだろ、色々」
スカートは自分のような大男が着るものではないし、あまねもあまねだ。さっきまで持っていたのは頭の部分だけだったのに、どうして気合を入れて全身で仮装してしまったのか。一周回って可愛い気がしなくもないが、正直に言うと間抜けだった。布製の柔らかな蹄がぽかぽかと御手杵を叩く。茶化して笑っているならまだ良いのだが、至って真面目な顔をしているあたり、一層頭が痛くなる。
「やっぱり俺がトナカイでいい」
「そうですか? ツリーでもいいんですけれど」
次の瞬間、御手杵は彼が普段着用している名前入りの緑ジャージを着ていた。ただし、全身をリボンやら綿やら色とりどりのオーナメントやらで着飾られた状態で、だ。ぐるりと巻かれている電飾がチカチカ眩しい。
「トナカイにしてくれ……」
「仕方がないですね」
ふう、と吐かれた息が幻のようにきらめいたかと思うと、あまねは初めと同じサンタクロースの衣装を、御手杵はトナカイの着ぐるみを身に纏っていた。
「それじゃあ……」
あまねの後ろに音もなく立派なソリが現れる。これを引くのは中々重労働だろうが、彼女は沈黙し、いつまで待ってもソリに乗り込もうとしない。
「乗らないのか?」
「……やっぱり、トナカイはいいです」
その言葉とともに着ぐるみが消える。代わりに御手杵は身体によく馴染む彼の戦闘装束に身を包んでおり、手には彼の本体、御手杵の槍を握っていた。
「いいのか? 手伝わなくて」
「いいんです。ほら、乗って」
後ろに回ったあまねが御手杵の背中を押してソリに乗り込ませる。続いてあまねが乗ってもソリはまだまだ余裕があった。
当然だ。何故なら、本来運ぶべきプレゼントが積まれていないのだ。
「さて、どこに行きましょう」
二人を乗せたソリがふわりと浮き上がる。トナカイが引く必要は全くもってなかったらしい。
「いや、その前に、プレゼントは? 配りに行くんだろ」
「今から探しに行くんですよ」
御手杵の質問にあまねはあっけらかんと答えた。その間もソリはゆっくりと上昇し、眼下に見える真っ白な大地が徐々に遠くなっていく。
「調達もサンタの仕事って訳か。それで、どこに行くんだ?」
「どこに行きたいですか?」
「いや、俺に聞かれても」
プレゼントを用意する場所など、サンタでもトナカイでもない普通の御手杵が知るはずがない。
御手杵が頭を捻っているのを見て、あまねは悪戯っ子のような笑顔でこう言った。
「だって、あなたへのプレゼントを探しに行くんですよ。他の誰に聞けって言うんですか」
予想もしていなかった言葉に御手杵は目を見開いた。その反応に満足げに頷くと、あまねは御手杵に寄り添って甘えるように彼を見上げた。
「何が欲しいですか? 私、あなたの欲しいものがあるところに行きます。どうぞ、言ってください。なんでもいいですよ」
「欲しいもの、かあ……」
これはこれで難題だった。
誉の褒美なら御手杵は大して迷わない。美味しい食べ物だったり、さらなる出陣の機会だったり、欲しいものは次から次へと思い浮かんでくる。
だが、サンタに、いや、彼女に願うべきものは、そういった褒美とは違うように思うのだ。
「悩んでる? いいですよ、待ちますから」
あまねはにこにこ笑っている。
御手杵はその微笑みを暫し見つめて、ゆっくりと彼女の頭に手を伸ばした。
「それならさ、本丸に帰ろうぜ」
「え?」
頭を撫でるのと同時にあまねの被っていたサンタ帽がぽろりと落ちる。そしてその瞬間、彼女はサンタではなく、普段通りの審神者の姿になっていた。
丸められたあまねの目が戸惑いに揺れる。
「で、でも……私はサンタですし、あなたに贈り物をしたいんです」
いつになく使命感に燃えているようだが、御手杵にはサンタクロースを恋人にした覚えなどない。彼はこっそり笑った。
「欲しいもの、思い浮かばないんだよな。いや、あんたがくれるんだったら何でも嬉しいとは思うんだが」
決して欲がないわけではなかった。
ただ、御手杵は本丸での生活を気に入っているのだ。
ささやかな出来事を愛おしく思える日々を、ただただ大切に思っている。
満ち足りている。例え、決して届かない過去と未来があったとしても。
「だから、あんたがいてくれればそれでいいよ。いつも通りでいい。一緒にいてくれ」
あまねの頬を撫でる。
呆然としていた表情から、徐々に驚きが溶けていった。
「私で、いいの?」
「あんたがいい」
あまねは喜びを噛み締めるように言葉を飲み込み、そして、ふんわりと微笑んだ。
「御手杵」
柔らかな声に誘われて、御手杵は顔を近づけていく。そして唇が重なる、と思った瞬間。
「起ーきーてー!」
光が差し込むのを感じた。
そのまばゆさにぱちぱちと瞬きをする。ぼやけていた視界が鮮明になり、ぷりぷりと怒っている主の顔が一番に目に入った。
「もう、また寝坊だなんて、あなたってこんな日にも本当変わりませんね。まあ、クリスマスだからって休みじゃないし、仕事はあるんですけれど……」
「え、あ……あまね……?」
「あまねですよ。寝ぼけてるんですか?」
口を半開きにしたまま御手杵はあまねを見つめた。いつも通りの彼女だ。サンタでもトナカイでもない。
寝起きでぼやけた頭に、ようやく現実と夢の内容が染み込んでくる。
何がサンタだ、トナカイだ、あんたがいい、だ。
「……小っ恥ずかしい夢見た……」
顔が急激に熱を持っていくのを感じる。あまねの顔を見ていられなくなり、御手杵は慌てて布団の中に潜り込んだ。
「ちょっと、まだ寝るつもりですか」
「寝ない、寝ないからちょっと待ってくれ……」
この羞恥感は一体なんなのだろう。夢だったということがまた一層彼を居たたまれない気持ちにさせる。
いや、なんとなく現実でないだろうとは思ってはいた。思っていても夢の中で自由な行動が取れるか否かは別の問題で、夢の彼女を現実の彼女と別の存在だと見なすこともまた、夢の中の自分にはできなかった。
心の中で言い訳を並べ連ねるが、現実としては(夢だけど)、御手杵は一人であれだけ盛り上がって、一人で気障ったらしい台詞を吐いていたわけである。羞恥で気が狂いそうだ。
「……またえっちな夢でも見てたんですか?」
「見てねえよ……」
寧ろ、淫夢のほうがよっぽどましだったに違いない。
布団の中で悶々としながら唸っていると、ふう、とあまねがため息をついたのが聞こえた。
「ねえ、じゃあ、なんの夢?」
「あ゛っ」
抵抗する間もなく、がばっと布団が引き剥がされる。
焦る御手杵の顔を見て、あまねは意外そうに目をぱちくりさせた。それからにこりと笑い、顔を近づけると、すりすりと頬を合わせてくる。
「顔、すごい赤いですよ」
「嘘だ」
「どうして嘘なんか」
おかしくてたまらないといった声色だ。
彼女の頬は冬の空気に晒されてひんやりとしている。それを鮮明に感じる分、自分の顔は熱いということなのだろう。
「っ……あー……」
「ね、なんの夢ですか?」
「……はー、クソ……」
吐息が頬をくすぐり、ささやかな笑い声が御手杵を追い詰める。
これはもう諦めたほうがいいのかもしれない。
御手杵はひとつため息をつくと、あまねの背中に腕を回し、彼女を抱きしめた。
「なんか、もう、うん、いいか」
「ん?」
「俺、あんたがいてくれれば、それでいいよ」
そう言ってもう一度大きなため息を漏らす。
夢でなく現実にしてしまえば羞恥のいくらかは減るだろう。自分が彼女に対して抱いている感情は紛れもなく真実なのだ。それはどうやっても否定することはできない。
御手杵の言葉を受けて顔を上げたあまねは、いかにも不満ですといった表情で頬を膨らませている。
「やだ、そんな言葉を渋々言わないでください。ほら、もっとロマンチックに」
「あーもう、ワガママだな!? それはさっきやった!」
急に声を荒げた恋人に驚くこともなく、あまねは声を上げて笑った。そして御手杵の胸に飛び込んで、触れるだけのキスをする。
「拗ねた?」
「拗ねてない」
「そう?」
ころころと鈴を転がすように笑う。その目はこれ以上ないほど甘く緩んでいた。
「私もあなたがいてくれて、それだけですごく幸せです」
「……そうか」
「ええ。……メリークリスマス。なんて、もういらないかしら?」
メリークリスマス。良いクリスマスを。
なるほど、既に達成されているのなら、それはもう必要のない挨拶かもしれない。
「……あまね」
「はい」
「今日の夜は御馳走らしいぞ。なんか、鳥の丸焼きが出るって言ってた。ケーキもあるんだってさ」
「あら、素敵。……そうですね、クリスマスは始まったばかりでした」
腕の中であまねが微笑む。
今日がまた大切な一日になることを、御手杵はとうに知っていた。
夢なのだろうな、と、今度はなんとなく思っていた。
「メリークリスマス」
見慣れたはずの主が、見慣れない服を身に纏っている。赤と白の鮮やかな衣装。『サンタクロース』なるものが着るべき服なのだと御手杵は知っていた。一年前の冬、短刀と脇差に乗せられた審神者が照れくさそうに着ていたのだ。下半身がミニスカートになっているので正確には本家と違うらしいのだが、自分が知るサンタの衣装はこれだけだ。
しんしんと雪が降っている。だが、それは彼女の赤い帽子の上には積もらない。まるで透明な膜に弾かれでもしているかのように、雪は綺麗に彼女を避けていく。
自分もそうなのかと思って腕を前に差し出すと、小さな雪の花がふわりと手のひらに降りてきた。
「御手杵はトナカイですよ」
にこりと微笑む彼女の手には、角の生えた茶色い被り物が抱えられている。トナカイの顔の下の部分が空いており、そこに頭を入れるらしい。顎の下には鈴のついたリボンが付いていた。
「俺が馬かあ」
「トナカイと馬は違いますよ?」
「ほとんど同じだろ」
直接乗るわけではないようだが、移動手段には変わりないはずだ。槍として不満を覚えずにはいられない。
それが顔に出ていたのか、やれやれといった表情であまねが肩をすくめた。
「それなら、御手杵がサンタさんですね」
その言葉が言い終わるか終わらないかのうちに、気がつくとあまねはトナカイの被り物を被っていた。いや、被り物どころではない。顔を除いた全身がトナカイの着ぐるみに包まれている。
視線を下に向けると、いつの間にか自分の服まで変わっていた。赤と白のサンタ服。着丈はぴったりだが、下半身は勿論と言っていいのかなんというか、彼女が履いていたものと同じ、スカートだ。
「さあ、行きましょう。サンタさん」
「いやいやいや」
幅の広い蹄に包まれた着ぐるみの手が御手杵の腕にぎゅっと絡みつく。それをやんわり振りほどくと、不思議そうにあまねが首を傾げた。
「何が不満なんですか」
「色々おかしいだろ、色々」
スカートは自分のような大男が着るものではないし、あまねもあまねだ。さっきまで持っていたのは頭の部分だけだったのに、どうして気合を入れて全身で仮装してしまったのか。一周回って可愛い気がしなくもないが、正直に言うと間抜けだった。布製の柔らかな蹄がぽかぽかと御手杵を叩く。茶化して笑っているならまだ良いのだが、至って真面目な顔をしているあたり、一層頭が痛くなる。
「やっぱり俺がトナカイでいい」
「そうですか? ツリーでもいいんですけれど」
次の瞬間、御手杵は彼が普段着用している名前入りの緑ジャージを着ていた。ただし、全身をリボンやら綿やら色とりどりのオーナメントやらで着飾られた状態で、だ。ぐるりと巻かれている電飾がチカチカ眩しい。
「トナカイにしてくれ……」
「仕方がないですね」
ふう、と吐かれた息が幻のようにきらめいたかと思うと、あまねは初めと同じサンタクロースの衣装を、御手杵はトナカイの着ぐるみを身に纏っていた。
「それじゃあ……」
あまねの後ろに音もなく立派なソリが現れる。これを引くのは中々重労働だろうが、彼女は沈黙し、いつまで待ってもソリに乗り込もうとしない。
「乗らないのか?」
「……やっぱり、トナカイはいいです」
その言葉とともに着ぐるみが消える。代わりに御手杵は身体によく馴染む彼の戦闘装束に身を包んでおり、手には彼の本体、御手杵の槍を握っていた。
「いいのか? 手伝わなくて」
「いいんです。ほら、乗って」
後ろに回ったあまねが御手杵の背中を押してソリに乗り込ませる。続いてあまねが乗ってもソリはまだまだ余裕があった。
当然だ。何故なら、本来運ぶべきプレゼントが積まれていないのだ。
「さて、どこに行きましょう」
二人を乗せたソリがふわりと浮き上がる。トナカイが引く必要は全くもってなかったらしい。
「いや、その前に、プレゼントは? 配りに行くんだろ」
「今から探しに行くんですよ」
御手杵の質問にあまねはあっけらかんと答えた。その間もソリはゆっくりと上昇し、眼下に見える真っ白な大地が徐々に遠くなっていく。
「調達もサンタの仕事って訳か。それで、どこに行くんだ?」
「どこに行きたいですか?」
「いや、俺に聞かれても」
プレゼントを用意する場所など、サンタでもトナカイでもない普通の御手杵が知るはずがない。
御手杵が頭を捻っているのを見て、あまねは悪戯っ子のような笑顔でこう言った。
「だって、あなたへのプレゼントを探しに行くんですよ。他の誰に聞けって言うんですか」
予想もしていなかった言葉に御手杵は目を見開いた。その反応に満足げに頷くと、あまねは御手杵に寄り添って甘えるように彼を見上げた。
「何が欲しいですか? 私、あなたの欲しいものがあるところに行きます。どうぞ、言ってください。なんでもいいですよ」
「欲しいもの、かあ……」
これはこれで難題だった。
誉の褒美なら御手杵は大して迷わない。美味しい食べ物だったり、さらなる出陣の機会だったり、欲しいものは次から次へと思い浮かんでくる。
だが、サンタに、いや、彼女に願うべきものは、そういった褒美とは違うように思うのだ。
「悩んでる? いいですよ、待ちますから」
あまねはにこにこ笑っている。
御手杵はその微笑みを暫し見つめて、ゆっくりと彼女の頭に手を伸ばした。
「それならさ、本丸に帰ろうぜ」
「え?」
頭を撫でるのと同時にあまねの被っていたサンタ帽がぽろりと落ちる。そしてその瞬間、彼女はサンタではなく、普段通りの審神者の姿になっていた。
丸められたあまねの目が戸惑いに揺れる。
「で、でも……私はサンタですし、あなたに贈り物をしたいんです」
いつになく使命感に燃えているようだが、御手杵にはサンタクロースを恋人にした覚えなどない。彼はこっそり笑った。
「欲しいもの、思い浮かばないんだよな。いや、あんたがくれるんだったら何でも嬉しいとは思うんだが」
決して欲がないわけではなかった。
ただ、御手杵は本丸での生活を気に入っているのだ。
ささやかな出来事を愛おしく思える日々を、ただただ大切に思っている。
満ち足りている。例え、決して届かない過去と未来があったとしても。
「だから、あんたがいてくれればそれでいいよ。いつも通りでいい。一緒にいてくれ」
あまねの頬を撫でる。
呆然としていた表情から、徐々に驚きが溶けていった。
「私で、いいの?」
「あんたがいい」
あまねは喜びを噛み締めるように言葉を飲み込み、そして、ふんわりと微笑んだ。
「御手杵」
柔らかな声に誘われて、御手杵は顔を近づけていく。そして唇が重なる、と思った瞬間。
「起ーきーてー!」
光が差し込むのを感じた。
そのまばゆさにぱちぱちと瞬きをする。ぼやけていた視界が鮮明になり、ぷりぷりと怒っている主の顔が一番に目に入った。
「もう、また寝坊だなんて、あなたってこんな日にも本当変わりませんね。まあ、クリスマスだからって休みじゃないし、仕事はあるんですけれど……」
「え、あ……あまね……?」
「あまねですよ。寝ぼけてるんですか?」
口を半開きにしたまま御手杵はあまねを見つめた。いつも通りの彼女だ。サンタでもトナカイでもない。
寝起きでぼやけた頭に、ようやく現実と夢の内容が染み込んでくる。
何がサンタだ、トナカイだ、あんたがいい、だ。
「……小っ恥ずかしい夢見た……」
顔が急激に熱を持っていくのを感じる。あまねの顔を見ていられなくなり、御手杵は慌てて布団の中に潜り込んだ。
「ちょっと、まだ寝るつもりですか」
「寝ない、寝ないからちょっと待ってくれ……」
この羞恥感は一体なんなのだろう。夢だったということがまた一層彼を居たたまれない気持ちにさせる。
いや、なんとなく現実でないだろうとは思ってはいた。思っていても夢の中で自由な行動が取れるか否かは別の問題で、夢の彼女を現実の彼女と別の存在だと見なすこともまた、夢の中の自分にはできなかった。
心の中で言い訳を並べ連ねるが、現実としては(夢だけど)、御手杵は一人であれだけ盛り上がって、一人で気障ったらしい台詞を吐いていたわけである。羞恥で気が狂いそうだ。
「……またえっちな夢でも見てたんですか?」
「見てねえよ……」
寧ろ、淫夢のほうがよっぽどましだったに違いない。
布団の中で悶々としながら唸っていると、ふう、とあまねがため息をついたのが聞こえた。
「ねえ、じゃあ、なんの夢?」
「あ゛っ」
抵抗する間もなく、がばっと布団が引き剥がされる。
焦る御手杵の顔を見て、あまねは意外そうに目をぱちくりさせた。それからにこりと笑い、顔を近づけると、すりすりと頬を合わせてくる。
「顔、すごい赤いですよ」
「嘘だ」
「どうして嘘なんか」
おかしくてたまらないといった声色だ。
彼女の頬は冬の空気に晒されてひんやりとしている。それを鮮明に感じる分、自分の顔は熱いということなのだろう。
「っ……あー……」
「ね、なんの夢ですか?」
「……はー、クソ……」
吐息が頬をくすぐり、ささやかな笑い声が御手杵を追い詰める。
これはもう諦めたほうがいいのかもしれない。
御手杵はひとつため息をつくと、あまねの背中に腕を回し、彼女を抱きしめた。
「なんか、もう、うん、いいか」
「ん?」
「俺、あんたがいてくれれば、それでいいよ」
そう言ってもう一度大きなため息を漏らす。
夢でなく現実にしてしまえば羞恥のいくらかは減るだろう。自分が彼女に対して抱いている感情は紛れもなく真実なのだ。それはどうやっても否定することはできない。
御手杵の言葉を受けて顔を上げたあまねは、いかにも不満ですといった表情で頬を膨らませている。
「やだ、そんな言葉を渋々言わないでください。ほら、もっとロマンチックに」
「あーもう、ワガママだな!? それはさっきやった!」
急に声を荒げた恋人に驚くこともなく、あまねは声を上げて笑った。そして御手杵の胸に飛び込んで、触れるだけのキスをする。
「拗ねた?」
「拗ねてない」
「そう?」
ころころと鈴を転がすように笑う。その目はこれ以上ないほど甘く緩んでいた。
「私もあなたがいてくれて、それだけですごく幸せです」
「……そうか」
「ええ。……メリークリスマス。なんて、もういらないかしら?」
メリークリスマス。良いクリスマスを。
なるほど、既に達成されているのなら、それはもう必要のない挨拶かもしれない。
「……あまね」
「はい」
「今日の夜は御馳走らしいぞ。なんか、鳥の丸焼きが出るって言ってた。ケーキもあるんだってさ」
「あら、素敵。……そうですね、クリスマスは始まったばかりでした」
腕の中であまねが微笑む。
今日がまた大切な一日になることを、御手杵はとうに知っていた。
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