ふたりで愛をころしたの

 くくっと喉が鳴った。今までの笑い声と類が違うことに気づいたらしく、御手杵はこちらを見上げて無垢な目で首を傾げる。そういうところまでもう、本当に。

「どうしたんだ?」
「んーん」
「えー。今なんか笑っただろ」
「ずっと笑ってるよ」
「そうじゃなくて」

 唇が尖る。可愛いなあ、なんて思いながら見ていたら、私の足を支えていた指が急に蠢き始めた。足の裏をくすぐられ、悲鳴と笑い声が混ざり合った奇妙な音が私の口から漏れてしまう。

「手はね、」
「手は?」
「駄目よ」
「駄目なのか」

 そう、と頷いてみせる。そんな器用に使っちゃ駄目。
 私の言葉に逆らうことなく、御手杵は大人しく手を引っ込める。それの代わりか、先程と同じように唇を私のつま先に近づけてきた。
 大きく開かれた口が私の親指にしゃぶりつく。親指と言うよりも、中指のあたりまで纏めて口の中に呑み込まれている。柔らかな粘膜が指先をねっとりと包み、生温い舌は私の指先を丹念に舐め上げる。丸く整えた爪の先に沿うように、指と指の間にねじ込むように。

「っ、は……ふふ、……ね、御手杵」

 くすぐったくてたまらない。全身がびくっと震えるけれど、足首を掴まれて逃げられない。途切れ途切れの乱れた呼吸の合間に名前を呼べば、赤みがかった瞳が素直にこちらを向く。

「ん、……教えてあげても、いいんだけどね、っ、さっき何を考えてたか……」
「聞きたい」

 舌の動きが若干鈍る。でも鈍っただけで、離すつもりはないらしい。くぐもった四文字は御手杵の口の中で、濡れた私の親指に跳ね返る。

「怒らない?」
「え、何考えてたんだよ」

 ぴくり、と御手杵の瞼が訝しげに震えた。
 たぶん、あなたの気に入らないこと。

「あのね、犬みたいだなって思ったのよ」
「いぬぅ?」

 ひっくり返ったようなその言い方は予想していたより何倍も素っ頓狂で、私は思わず軽く吹き出してしまう。
 くすくす笑う私に、御手杵は機嫌を悪くしたらしい。形の良い眉を歪め、私の足に歯を立ててくる。しかしそれも甘噛み程度。全く痛くはなくて、くすぐったい感覚の中にささやかなスパイスを振りかけてくれただけだ。

「ん、ふふ、そう……こうして足をぺろぺろしてるのがね、わんちゃんみたいだなって」
「……俺は槍だぞ」

 指が静かに解放される。御手杵はその整った顔いっぱいに、不満を色濃く表していた。
 完璧な顔は怒った時でさえ綺麗だ。頭の隅でどうでもいいことを考えながら、私はこぼれそうになる笑いを噛み殺している。だって、なんて滑稽なことを言うんだろう。

「そうね、手足があって舌があって、私の足が大好きな槍よね」

 凍りつくのに似た緊張が御手杵の顔を染め上げた。表情はさして変わらなかったのに、確かにそこには張り詰めた何かがあり、今にも弾けてしまいそうだった。
 もっとつついてやったらどうなるだろう? 
 御手杵は激昂しない。誇りを汚されているのだから怒ったっていいのに、決してそうはしない。たとえ槍先を向けられたとしても、私はそれを止めないのに。

「別に好きじゃない」

 少しして、そんな淡白な一言が返ってくる。たぶん、そこに異議を唱えるしかできなかったんだろう。

「そーお? じゃあやめればいいのに」
「……嫌だ」

 瞼を伏せた御手杵の頭をそっと撫でる。
 これは遊び。彼は目的もなくじゃれついているだけ。何振もの刀剣と共に暮らす屋敷の中で、それでも御手杵は私の傍にいることが多いけれど、その理由はきっと未だ、彼自身にも見えていない。

「それなら、私のことは?」
「……」
「好き?」

 遊びの枠から、一歩だけ踏み出してみる。

「……分からねえ」

 御手杵は言葉を封じ込めるみたいに私のつま先に唇を寄せた。
 まるで口づけのようだ。私はまた笑い混じりの息を吐き、滲み出る熱を身体の奥へと追いやった。

「槍だもんねえ」

 心は人に属するものだ。槍は知らなくて当然だし、その必要もない。
 ――からかうような声色を崩せないのは、否定されるのが怖いからだ。
 吐息に後悔が混ざる。
 きっと彼はまたこの言葉を枷にする。彼を守り、縛りつける枷に。
 目を逸らしてるんでしょ。そう言ってやりたかった。でも、私はその言葉が自分に返ってくることを知っていて、それが恐ろしくてたまらないのだ。

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