砂浜を歩く
※現パロ
生憎の曇り空だけど、海辺を歩くにはちょうどいいね。
っていう話をしたのも、なんだかもう何日も前のように感じられてしまう。嘘、それはちょっと盛り過ぎたかも。
「ね、ねえー! 待ってよ……ひゃあ!?」
砂に足を取られ、バランスを崩すのも何度目だろう。すんでのところで持ち直せているから砂の海にダイブすることは免れているけれど、余計な疲労はどんどん溜まっていく。
「大丈夫か?」
「うう……大丈夫じゃない……」
「そんなん履いてくるからだろ……。あいつら、もう砂浜抜けたみたいだぜ」
ヒールを砂から引っこ抜きながらずっと先に目をやると、手を繋いだ男女が仲睦まじく石段を昇っているのが見えた。
私と御手杵は気がおけない友人カップルと一緒に旅行に来ている。今は海辺を歩きながら、夕食を食べる予定の店に向かっているところだった。
二人とは幼稚園からの長い付き合いだ。小学校も一緒。中学も一緒。高校さえ一緒。でも、付き合うのは向こうのほうが早かった。
追いてかれてるのは、別にいい。けど、羨ましいなあ、なんて思う。
「ほら、行こうぜ」
「ま、待ってよ……!」
数メートル先の御手杵に追いつこうと、私は必死で足を動かす。見栄を張って高いヒールを履いてきたことを後悔した。背の高い御手杵に似合う女の子になりたくて、なんて。それで迷惑をかけてちゃ馬鹿じゃない。
「ひゃ、……うう……ねえ、御手杵、待って…………ごめんなさい……」
御手杵は既に私に合わせてゆっくり歩いてくれているのに、私はどうしても砂に阻まれて遅れてしまう。それなのに隣にいてほしいだなんて、わがまま。分かってる。だけど聞いてほしい。
「仕方ねえなあ」
そう言った御手杵がこっちに向かって歩いてきて、私は期待に胸を高鳴らせる。手を前に差し出そうとして、でもそれより先に、なぜか御手杵は私の後ろに回り込んでしまった。
「へ……?」
筋肉のついた逞しい腕が私の脇の下に差し込まれる。そして、御手杵は頭の追いつかない私をひょいっと持ち上げると、そのまま歩き始めた。
「やっ……やだーーー!!!」
「っうわ、大声上げるなって……」
「やだ、やだやだ! 下ろして……っ」
一緒に歩きたいけど、こんな情けない格好で運ばれるのは嫌だ。嫌だ!
ばたばたと足を動かして抵抗する。すると後ろから大きなため息が聞こえてきて、宙ぶらりんの両足が再び砂の感触を捉えた。
「あんたが歩きにくいって言うから」
「で、でも……そうじゃなくてぇ……」
「なんだよー」
運んでほしいわけじゃなくて。そうじゃなくて。
してほしいことははっきりしている。御手杵に望んでいること。でも、伝えようとするとどうしても恥ずかしくなって、私は結局押し黙るしかできなくなる。
そうしているうちに御手杵は痺れを切らした様子で私に背を向け、何も言わないまま歩き始めてしまった。
「あっ……」
寂しくて、つい漏れてしまった縋るような声に、御手杵はかろうじて反応した。
数歩先で足を止め、振り返り、私を見つめている。私の言葉を待っている。
唾を飲み込む。さすがにもう勇気が出ないなんて言ってられない。
「その、えっと……あの、ね、…………手……」
けれども、言い切る前に突然距離が詰められて、私はびくっと身体を強張らせてしまう。その様子を見た御手杵は表情を優しく緩めて、そして、私の手をぎゅっと握った。
「なっ、なな、なに……?」
うまく口が回らない。びっくりして、目を白黒させながら御手杵を見つめる。見上げた彼にはなんだかとても余裕があるように見えて、それに私は一層動揺させられた。
「いや、我慢ができなくて」
「が、我慢……?」
「あんたが中々言わないから」
最初、何を言われているのかが全く分からなかった。その数秒後にようやく理解して、それと同時に一気に顔に熱が上る。
だってそれって、私の考えてたことが、全部ばれてたってことじゃない。
「っ……ち、違うの……!」
「何が、違うんだ?」
どう切り抜けようかと口をあわあわ動かす私を、御手杵はおかしそうに見つめている。
恥ずかしくて、握り締められた手元さえ見れない。うう、と唸り、唇を引き結ぶ。どうせ最初から明け透けだったのだ。私はついに観念して、なけなしの勇気を振り絞った。
「手、繋いでて……」
おう、と御手杵が大きく頷き、私の右手と彼の左手の指をひとつずつ絡ませる。
恋人繋ぎ、ってやつだ。
「よし、行こうぜ」
御手杵がぎゅ、と手を引いた。
それに導かれて、私は砂の上を進む。
目を凝らしても、先を歩いていた友人達の姿は既に見えない。きっと合流するのはお店の前になるだろう。
「あ、ありがとう……」
「いいって」
「ごめんね、……砂が、その……私が歩くの遅かったから……」
小さい時からずっと知ってる人にこんなふうに甘えるのは慣れなくて、私はつい言いたくもない言い訳を口にしてしまう。
本当はただ手を繋いでいたいだけなのに。今、すごく嬉しくて、壊れそうなくらい心臓の音が速くなってて……砂浜を抜けたって手を離したくないのに。
「ええと、な」
ほんの少し、歩く速度が遅くなる。代わりに繋がれている手に力が込められて、私は息を呑んで隣を歩く男の子を見上げた。
「俺、向こう着いても繋いでるつもりだけど」
駄目か?なんて。
そんなに赤い顔で言われたら。
「わっ……私もよ!」
燃え尽きそうになりながら御手杵の手を強く握る。
目が覚めるような心地がした。どきどきしてるのは私だけじゃない。御手杵が私の考えていることを見抜いたのは、そもそも彼が同じことを考えていたからだ。
手のひらが汗ばむ。顔が熱い。曇っているせいで、夕日のせいだとも誤魔化せそうにない。
でも身体は羽が生えたみたいに軽くて、もう砂には沈まなかった。
※現パロ
生憎の曇り空だけど、海辺を歩くにはちょうどいいね。
っていう話をしたのも、なんだかもう何日も前のように感じられてしまう。嘘、それはちょっと盛り過ぎたかも。
「ね、ねえー! 待ってよ……ひゃあ!?」
砂に足を取られ、バランスを崩すのも何度目だろう。すんでのところで持ち直せているから砂の海にダイブすることは免れているけれど、余計な疲労はどんどん溜まっていく。
「大丈夫か?」
「うう……大丈夫じゃない……」
「そんなん履いてくるからだろ……。あいつら、もう砂浜抜けたみたいだぜ」
ヒールを砂から引っこ抜きながらずっと先に目をやると、手を繋いだ男女が仲睦まじく石段を昇っているのが見えた。
私と御手杵は気がおけない友人カップルと一緒に旅行に来ている。今は海辺を歩きながら、夕食を食べる予定の店に向かっているところだった。
二人とは幼稚園からの長い付き合いだ。小学校も一緒。中学も一緒。高校さえ一緒。でも、付き合うのは向こうのほうが早かった。
追いてかれてるのは、別にいい。けど、羨ましいなあ、なんて思う。
「ほら、行こうぜ」
「ま、待ってよ……!」
数メートル先の御手杵に追いつこうと、私は必死で足を動かす。見栄を張って高いヒールを履いてきたことを後悔した。背の高い御手杵に似合う女の子になりたくて、なんて。それで迷惑をかけてちゃ馬鹿じゃない。
「ひゃ、……うう……ねえ、御手杵、待って…………ごめんなさい……」
御手杵は既に私に合わせてゆっくり歩いてくれているのに、私はどうしても砂に阻まれて遅れてしまう。それなのに隣にいてほしいだなんて、わがまま。分かってる。だけど聞いてほしい。
「仕方ねえなあ」
そう言った御手杵がこっちに向かって歩いてきて、私は期待に胸を高鳴らせる。手を前に差し出そうとして、でもそれより先に、なぜか御手杵は私の後ろに回り込んでしまった。
「へ……?」
筋肉のついた逞しい腕が私の脇の下に差し込まれる。そして、御手杵は頭の追いつかない私をひょいっと持ち上げると、そのまま歩き始めた。
「やっ……やだーーー!!!」
「っうわ、大声上げるなって……」
「やだ、やだやだ! 下ろして……っ」
一緒に歩きたいけど、こんな情けない格好で運ばれるのは嫌だ。嫌だ!
ばたばたと足を動かして抵抗する。すると後ろから大きなため息が聞こえてきて、宙ぶらりんの両足が再び砂の感触を捉えた。
「あんたが歩きにくいって言うから」
「で、でも……そうじゃなくてぇ……」
「なんだよー」
運んでほしいわけじゃなくて。そうじゃなくて。
してほしいことははっきりしている。御手杵に望んでいること。でも、伝えようとするとどうしても恥ずかしくなって、私は結局押し黙るしかできなくなる。
そうしているうちに御手杵は痺れを切らした様子で私に背を向け、何も言わないまま歩き始めてしまった。
「あっ……」
寂しくて、つい漏れてしまった縋るような声に、御手杵はかろうじて反応した。
数歩先で足を止め、振り返り、私を見つめている。私の言葉を待っている。
唾を飲み込む。さすがにもう勇気が出ないなんて言ってられない。
「その、えっと……あの、ね、…………手……」
けれども、言い切る前に突然距離が詰められて、私はびくっと身体を強張らせてしまう。その様子を見た御手杵は表情を優しく緩めて、そして、私の手をぎゅっと握った。
「なっ、なな、なに……?」
うまく口が回らない。びっくりして、目を白黒させながら御手杵を見つめる。見上げた彼にはなんだかとても余裕があるように見えて、それに私は一層動揺させられた。
「いや、我慢ができなくて」
「が、我慢……?」
「あんたが中々言わないから」
最初、何を言われているのかが全く分からなかった。その数秒後にようやく理解して、それと同時に一気に顔に熱が上る。
だってそれって、私の考えてたことが、全部ばれてたってことじゃない。
「っ……ち、違うの……!」
「何が、違うんだ?」
どう切り抜けようかと口をあわあわ動かす私を、御手杵はおかしそうに見つめている。
恥ずかしくて、握り締められた手元さえ見れない。うう、と唸り、唇を引き結ぶ。どうせ最初から明け透けだったのだ。私はついに観念して、なけなしの勇気を振り絞った。
「手、繋いでて……」
おう、と御手杵が大きく頷き、私の右手と彼の左手の指をひとつずつ絡ませる。
恋人繋ぎ、ってやつだ。
「よし、行こうぜ」
御手杵がぎゅ、と手を引いた。
それに導かれて、私は砂の上を進む。
目を凝らしても、先を歩いていた友人達の姿は既に見えない。きっと合流するのはお店の前になるだろう。
「あ、ありがとう……」
「いいって」
「ごめんね、……砂が、その……私が歩くの遅かったから……」
小さい時からずっと知ってる人にこんなふうに甘えるのは慣れなくて、私はつい言いたくもない言い訳を口にしてしまう。
本当はただ手を繋いでいたいだけなのに。今、すごく嬉しくて、壊れそうなくらい心臓の音が速くなってて……砂浜を抜けたって手を離したくないのに。
「ええと、な」
ほんの少し、歩く速度が遅くなる。代わりに繋がれている手に力が込められて、私は息を呑んで隣を歩く男の子を見上げた。
「俺、向こう着いても繋いでるつもりだけど」
駄目か?なんて。
そんなに赤い顔で言われたら。
「わっ……私もよ!」
燃え尽きそうになりながら御手杵の手を強く握る。
目が覚めるような心地がした。どきどきしてるのは私だけじゃない。御手杵が私の考えていることを見抜いたのは、そもそも彼が同じことを考えていたからだ。
手のひらが汗ばむ。顔が熱い。曇っているせいで、夕日のせいだとも誤魔化せそうにない。
でも身体は羽が生えたみたいに軽くて、もう砂には沈まなかった。
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