青の誘惑

※突然の現パロ




 畳敷きの和室にどうしようもない懐かしさを覚えてしまうのは、やっぱり私が日本人だということなんだろうか。
 窓の縁に引っ掛けられた風鈴がちりん、と短く響いた。窓枠と風鈴は黒い影になり、目を剥くほど鮮やかな青空を切り取っている。雲ひとつない。夏だなあ、なんて思いながら、私は斜め向かいに座る男の子をぼんやりと眺めた。
 右手にスプーン、左手にスマホ。することのない田舎の祖父母の家でさえなぜか生き急いでいる彼は、私の母方のいとこだ。
 家が互いに遠いから、顔を合わせるのは盆と正月の年に二回くらい。私達は歳が同じなこともあって、子供の頃は男女の差も気にせずよく遊んでいたし、今でもそれなりに仲は良い。……と、周囲からは思われている。
 けれども実のところは、ある意味で深く、ある意味で浅い、なんとも口にし難い関係だった。

「どうかしたのか?」

 私の視線に気づいた御手杵が首を傾げる。
 整った顔立ちだ。東京っぽい人だなあ、と、田舎住みの私は思う。田舎といっても、基本的にお年寄りしかいないこの土地ほどではないけれど。
 たぶん、学校で一番カッコイイって噂の男子でも、御手杵を前にしたらかわいそうなくらい劣ってしまう。雑誌の中のモデルと比べたって遜色ない。ううん、もしかするとその中でも飛び抜けてるかも。
 私は遠慮もせずたっぷり御手杵を眺めてから、ふうっとため息をついた。

「んーん。なんでもない」
「なんだよ。それだけ見ておいて」
「さぞかしモテるんでしょうねえ、って思っただけ」

 さすがに考えてたことをそのまま口にする気にはなれず、皮肉っぽい口振りで言った。どうせ今連絡を取ってる相手も女の子なんだろう。
 御手杵は自慢することも謙遜することもなく、んー、まあ、と、心底どうでもいいことのように頷いた。もしかすると、明日の天気の話のほうが余程彼の心に響くのかもしれなかった。
 窓の外をぼんやり眺める。蝉が鳴いていた。山って意外とうるさいよな、と、御手杵は毎年のようにこぼしている。東京にいると、どうしても田舎に静けさを求めてしまうのだとか。

「ねえ」
「んあ?」

 スプーンを咥えたまま御手杵が応えた。

「私もブルーハワイ食べたい」

 理由を聞かれたら、空が青かったからだと答えるつもりだった。結局、その機会は訪れなかったけれど。
 私と御手杵の前にあるのは、薄く削られた氷の山にシロップをかけたもの。まあ、つまりはかき氷。大量に削ったはずだったけど、御手杵のブルーハワイは既に半分も残っておらず、既に丘とも言えない状態だ。

「一口ちょうだい」
「もう一回作りゃあいいんじゃないか」
「えー、ケチ」

 私はわざとらしく頬を膨らませた。
 家庭用のかき氷機で作ったかき氷だ。材料は氷とシロップ。昨日買ったばかりのシロップもまだたっぷり残っているから、必要なのはちょっとの手間だけなのだと分かってはいる。
 どっちが、と笑いながら、御手杵が青色の乗ったスプーンを差し出してくる。だって一口で十分だし、と答えながら、私はあーんと口を開けた。

「あ、」
「え、っ、ひゃ……ッ!?」

 だけど、口に辿り着く直前に御手杵が手を滑らせた。スプーンからするりと落ちた氷が、そのまま私の胸元に着地する。
 不意打ちの冷たさに悲鳴が漏れた。一口分のかき氷が肌の上で崩れ、ほろりと溶けていく。

「うあ……何するのよ……」

 Tシャツが汚れないように襟を引っ張る。べたつく感覚が不快で、私は思い切り顔を顰めて犯人を見た。私の視線を受けた御手杵がごくりと唾を飲む。

「悪い」
「ティッシュ」
「おう」
「もー……」

 手渡されたティッシュを胸元に突っ込むと、白いそれにじわりと青色が染み込んだ。ブラが少し汚れてしまったけど、このくらいなら洗濯で落ちるだろうから気にしないことにしよう。
 そんなことを考えながら顔を上げると、御手杵がじっとこちら見ていた。

「何よ」
「いや……」

 短く呟かれた言葉には明らかな含みがあった。
 なんだか覚えのある、アヤシイ視線だ。私は自分の身体を抱き込むようにして、御手杵の視線から守るしぐさを見せる。

「ほんとになんでもないんだって」
「……ほんとー?」
「うん。……ほら」

 御手杵がまたひとつさくりと氷を崩したのを見て、私はほんの少しだけ警戒を緩めた。ん、と素っ気ない態度でスプーンが差し出される。

「今度落としたら怒るからね」
「しねえって」

 細心の注意を払われた銀色のスプーンが、そうっと口元まで運ばれてくる。私はこぼさないよう、口を大きく開いてブルーハワイを受け取った。

「ん、おいし……」

 思わず頬が緩む。自分の食べてたイチゴとあんまり味は変わらないけれど、こういうのは雰囲気が大事なのだ。
 ちょっぴり機嫌が直ったので、私はイチゴのかき氷をひと匙すくい、御手杵のほうに差し出した。お礼に一口どうぞ。
 意図を察したらしい彼の顔が近づいてくる。けれどもその唇はスプーンを避けて、私の唇にまでたどり着いてしまった。

「っ、ン……!」

 唇同士が触れ合う。逃げようと咄嗟に退いた頭が大きな手に支えられた。私は硬い手のひらと柔らかな唇に挟み込まれて、どこにも逃げられない。
 んーんーと唸っても、唇は尚も強く押しつけられる。私は抗議のつもりで御手杵を睨みつけたけど、獣のような瞳に射抜かれては、すごすごと引き下がるしかできなかった。
 唇の隙間に入り込んできた舌が誘うように歯を舐める。躊躇いがちに口を開けると、彼はすぐさま口内に侵入してきて、性急なしぐさで私の舌を捕らえた。

「っ、ふ、……ん、んぅ、ン……」

 氷菓のおかげで冷えた舌。けれどもその奥には夏の熱が詰まっていて、表面の冷たさなんて一瞬で溶けていく。
 スプーンを握った指が震えた。紅色の氷が太腿の上に滑り落ちて、私はびくっと身体を跳ねさせる。御手杵が小さく喉を鳴らして笑ったのが分かった。思う存分口の中を舐め尽くした後、去り際にちらりと覗いた舌は、見事なブルーに染まっていた。

「っ、ちょっと……!」

 背中に回された腕にぐいっと抱き寄せられる。私は慌てて彼との間に腕を挟んで隙間を作った。

「や、だ、……こら、なに盛ってるの」
「ええと」

 御手杵はささやかな秘密がバレた時のような、気まずそうな表情を浮かべている。けれども、その実ひとつも悪いとは思っていないだろうことは、不思議なことに、見るからに明らかで。

「なんか、こう、グッときて」
「ッ、……あ……っ」

 濡れた唇が私の喉に噛みつく。骨ばった指がTシャツの襟をつまむ。遠慮を知らない舌が胸元に忍び込んできて、私は思わず色のついた声を上げてしまった。
 鎖骨の下、胸の間のあたり。膨らみに半分顔を埋めるようにしながら、さっきブルーハワイのかき氷が落ちた場所を、食い意地のはった舌が丹念に舐めている。シロップはちゃんと拭いたんだから、きっともう汗の味しかしないに決まっているのに。

「や、……ん、ばか、くすぐったい……」
「んー……」

 がっしりとした肩を押せば、大きな体躯は予想に反して簡単に退いてくれた。
 その代わりに顔のほうへ近づいてきた唇を、手のひらで咄嗟に阻む。御手杵は僅かに目を丸くすると、私の手をぺろりと舐めて、ぐっと上体を屈めた。

「ひゃ、……あ、やっ、おてぎね……っ」

 ホットパンツから伸びる太腿をイチゴ味のかき氷ごとしゃぶられる。足の付け根のほうに流れるシロップを追って、御手杵は奥まった場所へと忍び寄っていく。身体の芯に落ちた熱がじわりと広がる感覚がした。内腿の柔らかな肌を軽く吸われ、私は堪えきれず、喉を震わせ喘いでしまう。

「食べたいって思ったから、さあ」

 身体を起こしつつ御手杵が言った。
 イチゴ味のかき氷のこと、ではないだろう。私だってそこまで鈍くはない。
 このまま流されてしまう予感がする。癪だなあと思いながら御手杵を見つめると、何も考えてなさそうな顔でへらりと微笑まれた。

「何よぉ、食べたいって……」
「そう思ったんだから仕方ないだろ」
「仕方なくない」
「仕方ないの。……な、イヤか?」

 思わず言葉に詰まる。だって、そんな聞き方。
 まだ小さい弟達は親に連れられて外に遊びに行っている。子供のいない叔父も、酒が足りないと言ってついさっき出て行った。おばあちゃんは近所のお友達のところでお茶だと言っていたし、おじいちゃんの軽トラが出ていくところも見かけた。
 広い家の中に、二人きり。
 昼間だから、いとこだから、なんて理由を持ち出すのも、今更だった。

「かき氷、溶けちゃうじゃん」

 自分の気持ちを含めて考えても、言い訳はやっぱりそのくらいしか思い浮かばない。理由としては酷く頼りないその言葉に、御手杵がおかしそうに笑った。

「また作ろうぜ。食べたかったら」

 ちょっともったいない気はしたけれど、自家製のかき氷はお祭りのものと比べれば遥かに安上がりだ。行為の後の裸に近い格好でかき氷を食べている自分達の姿が、ふと脳裏に浮かんだので、私は抵抗を諦めることにした。
 御手杵の首の後ろに腕を絡める。じっとりと熱のこもった肌。それなのにもっと熱くなることを始めちゃうのって、なんだか馬鹿みたいじゃない?
 次のかき氷は全部御手杵に作ってもらおう。そんなことを考えながら、私は彼の唇をぺろりと舐めた。

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