13

※現パロ




 ぐううう。誤魔化せないくらい大きな音はすぐ隣から聞こえてきた。
 横を見ると、あまねが恥ずかしそうにお腹を抱えている。

「腹減った?」
「……うん。ちょっと、ね。夜ご飯食べたの早かったし」

 時計を見ると23時を過ぎたところだった。夕食を食べたのが17時かそこらだから、まあこれだけ時間が経てば腹も減るだろう。それを意識した途端、今まで息を潜めていた空腹感が急に暴れ出してしまった。

「コンビニ行くか。俺も腹減ったし」
「今から?」
「ああ」

 ベッドから立ち上がり、Tシャツの上に厚手のパーカーを被る。もう10月だ。さすがに寒い。

「外寒いよ」
「じゃあ待っててもいいぜ。俺は行くけど。何欲しい?」
「ん…………ううん。待って、私も行く」

 なんだかんだで頷いた彼女に、同じくタンスから取り出したパーカーを放る。俺がテレビの電源を消し、財布をポケットに突っ込む傍らで、あまねは長い裾を引きずりぽてぽてと準備をし始めた。
 一人暮らしというのは本当に自由なものだと思う。好きな時間にご飯を食べて、遊んで、眠って。それをこうして可愛い彼女と一緒にできるところが、何より最高だ。

「うえ、寒い……」
「ね、寒いね」

 静かな夜は微かに冬の匂いがした。あまねは自分の身体を抱きしめ、ただでさえ小さな身体をさらに縮こめている。今は上下ともに俺の服で、だぼだぼの袖は指先までしっかり覆い隠していた。

「なー、あまね?」

 俺の肩よりも低い位置で、あまねがこちらを見上げる。

「なあに?」
「寒いからくっついていいか?」

 そう言うと彼女は嬉しそうに微笑んでみせた。身体を擦り寄せ、僅かに覗かせた指で俺の手に触れてくる。

「手、繋ぐ?」
「んーん。もっとあったかいやつしようぜ」
「あったかいやつ?」

 不思議そうに、そしてせっかくの誘いを断られたからか少し不満げに、あまねが首を傾げた。

「あったかいやつ」

 にんまり笑ってもう一度繰り返し、あまねの後ろに回り込む。彼女が振り向いてしまう前に、腰を屈めて抱きついた。

「おりゃ」
「ひゃっ!?」

 小さな身体が細い悲鳴を上げて飛び上がる。それには構わず、丸っこい肩を左右から挟むような形で覆い被さり、彼女の胸元で両腕を重ねて距離を縮める。

「あったけえ……」

 ぐっと背中を丸め、あまねの肩口に顎を乗せた。背中を流れる髪はひんやりとしていて、擦り合わせた頬や首も空気に晒されて冷たい。けれども肌の奥にはあたたかな血が巡っているのが感じられ、俺はそれを追い求めるように彼女を抱きしめていた。

「う、んん? あったかいけど……」

 道端に立ち止まり、あまねは納得のいかない声を漏らす。間違いなく、手を繋ぐよりも『もっとあったかい』と思うのだが。

「それならいいよな? ほら、前進前進」

 あまねの膝の間に後ろから足を入れ、歩くように促す。

「え、これで歩くの?」
「おう」
「え、や、ちょっと、うう……歩きにくくない?」

 すると彼女は言う通りに足を動かしてくれるが、距離が近すぎるせいであまり身体を動かすことができない。俺の膝があまねの太腿にぶつかったり、靴を踏んづけたり。もたもたもたもた、全然進まない。

「人に見られちゃう」

 その一因にはあまねの抵抗もあるのだろう。歩くことを諦めた様子で足を止め、不満そうに口を尖らせている。

「夜だしそんなにいないって」
「いるよ、まだ日にちも変わってないんだよ」

 言われてみれば、電車もまだ当たり前に走っている時間だ。この道には今のところ人の姿は見当たらないが、住宅街なので帰宅途中の会社員なんかとはいつすれ違ってもおかしくはない。

「でも、離れたら寒いだろ?」
「そうかもしれないけど……その、ね、恥ずかしいから」
「俺は恥ずかしくないぜ」
「御手杵はもっと恥ずかしがって……」

 あまねが呆れたように目を伏せる。

「あんたの背中は俺が守る」
「そんなこと言っても、これじゃ全然かっこよくないからね。御手杵の背中はがら空きだからね」

 たぶん、調子に乗りすぎている。だけど、こうやってくっついて、馬鹿みたいなことをしているのが楽しくて、離してしまうのがどうにも惜しい。離れたら寒いだとか、そういう話じゃない。誰かと出くわしたとしても堂々と見せつけてやればいいのだ。そんなふうに思って、彼女を抱きしめる腕に力を込める。
 けれどもあまねは膝を曲げ、下にすり抜ける形で俺の腕から脱出してしまった。……残念なような、つまらないような。寂しいような。

「はい」

 ふてくされて彼女を見つめていると、くるりと振り返ったあまねが右手を差し出してきた。袖からは手首から先が全部外に出ていて、小さな手は寒さのせいで赤くなっている。
 俺は左手を伸ばし、その手を握った。

「寒い」
「じゃあ早く行こ」

 コンビニはそう遠くにあるわけではない。ひとつ角を曲がれば、少し先に店名の記された看板があり、ガラス越しに漏れた光が辺りを眩しく照らしているのが目に入る。
 さっきまでぴったりと距離を詰めていた分、胸や首のあたりが一際寒い。絡めた指に力を込めると、あまねも同じだけのつよさで握り返してきた。
 絶対にあまねも、抱きしめられてたほうがあったかかったと思うんだけどなあ。そうは思いつつ、繋いだ手からは確かに彼女のぬくもりが感じられ、目的地までの短い道のりを俺達は二人、並んで歩いていた。

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