罪悪と呼べばよろしい

 小さな手が好きだ。
 勿論、短刀達のものと比べれば目に見えて大きい。だが、御手杵からすれば女の手は十分過ぎるほど小さく、細く、握れば折れてしまいそうだと思う。
 だからいつも、御手杵はできる限り優しくそれに触れる。頭をよぎるのは祭りで食べた綿菓子や、積もったばかりの眩しい雪。けれど、それなら崩れたって構いやしない。壊さぬように、痕を残さぬように、そっと、そっと、手のひらを重ねる。

 今だって御手杵はそのように小さな手を取った。いつもみたいに握り返してくれるだろうと思った。しかし、女はその身を微かに震わせたかと思うと、短くない時間、指先を宙に漂わせたまま黙り込んでしまった。伏せた目で重ねた手をじっと見つめ、細く息を吐いて、ようやく恐る恐るといった様子で白い指を絡めてきた。
 その理由に心当たりがあったため、御手杵はまず一番に、ごめん、と謝罪を口にした。

「もう噛んだりしないって」

 薄い皮膚で覆われた、右手の人差し指。今は既にない傷痕が瞼に浮かんだ。

「当たり前です」

 女は気丈に答えたが、その瞳からちらりと覗く怯えが御手杵を阻んでいた。
 いいや、あれは彼女が悪いのだ。人が寝ている間に、口に指なんかを入れるから。御手杵はちょうどその時、とても美味しいモノを食べる夢を見ていたのだから、そんなことをすれば危ないに決まっている。

「俺だって、あんたに傷なんか付けたくなかったよ」

 白い指にくっきりと刻んでしまった赤黒い傷を思い出すと胸が痛んだ。元通りの色を取り戻した指を見た時は、綺麗に治って良かったと心から思った。
 御手杵はそう、確かに思ったのだ。肉の内側で息を潜めていた歪な欲を、はっきりと自覚していながらも。

「……うん」

 御手杵の言葉に女は頷き、結んだ手をぎゅっと握ってくる。強く力を込めても自分には到底及ばない、そのか弱さが愛おしい。

「ああ、なんなら俺のも噛むか? そしたらおあいこになるだろ?」

 手を繋ぐのとは逆の指を女の口元に差し出すと、彼女はぎょっとして顔を背けた。

「嫌ですよ」
「いいぜ、食べて」
「いりませ、っ」

 隙を狙い、言葉を発するために開かれた口の中にそっと指を差し入れた。噛むことも舐めることもできず、女は舌を奥に引っ込ませてこちらを睨みつけてくる。
 御手杵は人差し指と中指を小さな口の中で蠢かし、舌を軽く摘まんで女の言葉を封じた。くぐもった吐息だけが濡れた指を掠めていく。舌を緩く揉み、ざらついた厚い感触を味わってからその裏側へと指を滑らせる。口全体の形をなぞりながら、御手杵は甘く生ぬるい女の温度をうっとりと楽しんでいた。

「舐めて。噛まなくていいから」

 女は僅かに躊躇う様子を見せたが、好き勝手に蹂躙されるよりはましだと考えたのかもしれない。舌を尖らせ、ちろちろと御手杵の指を舐め始めた。
 最初の内は彼女は怖々と舌先を伸ばしていたのだが、やがて普段の調子を取り戻したらしく口を軽く窄めて指先に吸い付いてきた。頼んでもいないのに深くまで口に含んだり、手のひらから爪の先へと舌を伝わせたりする様子は酷く健気で可愛らしい。
 それにしても、なんて従順なのだろう。御手杵はどこぞの刀のように主への忠誠を常に露わにすることはないけれど、自身が従うべき人間を忘れたこともない。だからこそ、主である女が己の手の中にいるという事実は彼を堪らなく興奮させた。

「あまね」

 ほんの少しだけ指の交わる角度を変え、繋いだ手を意識させる。伏せられていた目が御手杵を捉え、艶めいた瞳と視線が重なった。

「あまね、こっちも」

 繋ぐのと、舐められるのとで、手は両方とも塞がっている。だから代わりに御手杵は唇を舐める程度に舌を見せ、その場所を示した。
 わざと水音を立てて解放された指に冷たい空気が纏わる。ぐっと背筋を伸ばして縮められた距離。一瞬だけ、濡れた先端が触れ合い、またすぐに遠ざかった。
 刹那に閉じていた瞼を持ち上げると、どこか不安げな表情が視界いっぱいに広がった。

「噛んじゃ嫌ですよ」

 懇願するような声色だ。あの日から今まで御手杵が女に歯を立てたことはないし、噛んでやると脅したことも勿論ないのに。

「ああ、噛まない」
「本当に?」

 自分はどれだけ彼女を怯えさせてしまったのだろう。御手杵は苦笑を零し、ゆっくりと額を合わせた。

「本当に」

 再び近づけられた舌を唇で優しく食み、自身の口に誘い入れた。深く唇を重ね、柔らかな舌を絡め取る。鼻をくすぐるのはふわりとした甘い香り。溺れていくのを感じていた。
 ああ、やっぱりこの女に傷なんて付けたくない。そんなものはいらない。
 そう思いながらも、瞼の裏には涙を滲ませる女の姿が依然として残り、刻んだ痕は指先にまざまざと蘇る。そしてそれは、どうしようもなく彼の胸を震わせるのだ。

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